ダミアン・ハーストは、「生と死」をテーマにストレートでショッキングな表現をした作品で物議を醸してきた、イギリスを代表する現代アーティストである。絵画やインスタレーション、彫刻など制作ジャンルは多岐に渡り、いち早くNFT作品を制作するなど新しいことにも果敢に挑戦している。今回は、2022年にリリースされた「The Empresses」シリーズを解説。
「The Empresses」とは?
「The Empresses」シリーズは、2022年にHENI Editionsからリリースされた5枚のジークレープリントで構成される作品。「Empress」とは「皇后」を意味し、それぞれに5人の皇后の名前がつけられている。グリッターを使用することにより、蝶の生命力を感じさせるようなまばゆい輝きがプラスされ、リアルに表現された蝶の翅が神秘的な印象を与える作品である。
現物 or NFT?選択を迫られる作品
この「The Empresses」シリーズの特徴の一つは、NFT作品としても発売されたことだ。発売当時、HENIは現物のプリント作品を直接購入するか、「HENI Editions NFT Deed」と名付けられたNFTを購入することで現物の作品を最長で3年後に受け取ることができるサービスを提供。受注生産で発売されたため、5枚それぞれエディション数が異なる。
NFTの購入者は、そのNFTを後日現物の作品と交換可能なほか、NFTの取引を通じて現物作品を受け取る権利を相手に渡すことも可能。つまり、購入者は現物作品かNFT作品か、どちらを所有するかの選択を迫られるという仕組み。これは2021年にリリースした《The Currency》と同様である。
なぜ蝶?ハーストが蝶を使う理由
蝶はハーストのキャリア初期から重要な位置にあり、最も有名なモチーフの一つ。この「The Empresses」は、2001年に制作を開始した「Kaleidoscope(カレイドスコープ)」シリーズで考察した複雑な構成をさらに発展させた作品といわれている。「Kaleidoscope=万華鏡」と名付けられた通りに、まるで万華鏡を覗いているような美しい細密な模様が神秘的だ。
© Damien Hirst and Science Ltd. All rights reserved, DACS 2012 出典:https://www.qa.damienhirst.com/
© Damien Hirst and Science Ltd. All rights reserved, DACS 2012 出典:https://www.qa.damienhirst.com/
「カレイドスコープ」シリーズのテーマは「宗教」である。万華鏡のような模様は仏教の曼荼羅やゴシック様式の教会のステンドグラスを連想させる。また、このシリーズの作品の多くがキリスト教の図像を参照してタイトルが付けられており、蝶はキリスト教において復活のシンボルでもあるのだ。
ハーストは蝶を愛している理由を「死んでいるのに生きているように見えるからです」と話す。「生と死」はハーストの制作における大きなテーマであり、死んでもなお美しさを保つ蝶を作品に取り入れるのは、ハーストにとって死生観を問う手段の一つということだ。この「The Empresses」シリーズは、宗教的な要素も取り入れながら「生と死」、そして女性のパワーや栄光、国の発展を讃えた作品なのだ。それでは、この作品で取り上げられた5人の皇后を見ていこう。
讃えられた5人の皇后
1:Wu Zetian(武 則天)
出典:https://www.myartbroker.com/
武 則天(ぶ そくてん/625 – 705)は、中国史上唯一の女帝。日本では則天武后(そくてんぶこう)と呼ばれることが多い。唐の第3皇帝・高宗(こうそう)の皇后となり、後に唐に代わる王朝・武周(ぶしゅう)を建てた。皇后に成り上がるために我が子を殺したという説もあるが、類稀なる知性と政治力には高い評価の声も上がる。
中央の蝶を中心に、3羽の蝶が六角形の形に展開されている。「6」は中国ではラッキナンバーの一つとされ、六角形は六つの方向(東西南北、天地)を表し、完全性、調和、均衡を意味する。エディションは2853。
2:Nūr Jahān(ヌール・ジャハーン)
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ヌール・ジャハーン(1577- 1645)は、北インド、ムガル帝国の第4代皇帝ジャハーンギールの妃。才色兼備の女性で、健康の優れない皇帝に代わり、事実上の女帝として政務に携わった。ジャハーンギールの死後は権力を失い、年金受給者として余生を送った。名前のヌール・ジャハーンとは「世界の光」という意味。さまざまなサイズと赤と黒の蝶が対照的に配置された構図は、視線を中央の赤い蝶へ誘導するように意図されたもの。この複雑なテクニックはタージ・マハルを飾るモザイクのタイルを思い起こさせる。エディションは3041。
3:Theodora(テオドラ)
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テオドラ(500 – 548)は、東ローマ皇帝ユスティニアヌス1世の皇后。貧しい踊り子から皇后へとのし上がり、たくましく生き抜いて来たテオドラは夫の助言者として国政に関与した。後世の歴史家には「女帝」とも呼ばれている。この作品は中央の垂直線に対してシンメトリーになっていて、よく見ると中央上部には円、下部には水平線が浮かび上がり、女性のジェンダー・シンボル(♀)を思わせる構図になっている。これは、少女の人身売買を禁止し、離婚法を改正して女性に権利を与えるなど女性のための政策をしてきたテオドラを讃えた品。エディションは3315。
4:Suiko=推古天皇
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推古天皇(554 – 628)は、記録に残る日本史上最初の女性天皇である。名前は豊御食炊屋姫 (とよみけかしきやひめ) 。聖徳太子を摂政(天皇にかわって大政を摂行する重職)として国政を行い、遣隋使の派遣や法隆寺の建立など飛鳥時代の代表的な位置を占める天皇となった。左右対称の円を描いた構成は、仏教のシンボルでもある「法輪」や「輪廻転生」をイメージさせる。エディションは3310。
5:Taytu Betul(タイトゥ・べトゥル)
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テイツー・ベトゥル(1851-1918)はメネリク皇帝と結婚して3番目の妻となり、1889年から1913年まで女帝を務めた。反植民地の抵抗勢力として影響力を持ち、エチオピアの領土を失うことになる交渉には断固として反対し続けた。1886年、皇帝とともに現在もエチオピアの首都であるアディスアベバを建設した功績を残している。螺旋状に広がる蝶がダイナミックで、このシリーズの中でも一際目を引く作品。エディションは2814。
ANDARTの共同保有作品「Suiko」が販売開始後40分で完売!
ANDARTで「The Empresses」シリーズより、推古天皇を讃えた作品《H10-4 Suiko from The Empresses》が9月13日12時に一般販売開始後、40分で完売しました。
ハーストはこれまでにも「桜」を描いた絵画を発表するなど、日本に馴染みのある作品を発表しており、日本でも知名度・人気度ともにトップクラスのアーティストです。本作は象徴的なモチーフである蝶を使った話題作であり、日本の歴史上において重要な人物にフィーチャーした人気作品。会員間取引開始までもうしばらくお待ちください!
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文:ANDART編集部