M&Aの重要なプロセスの一つが、M&Aの対象候補となる企業の選定と絞り込みです。このプロセスにおいて、大切な役割を果たすのが今回紹介するロングリストです。本記事ではロングリストの概要や重要なポイントを解説します。
ロングリストとは?
ロングリストとは、M&Aの初期段階においてターゲット候補となる企業を一定の条件で絞り込みを行い、作成された候補企業リストです。
M&Aの提案候補をなるべく広く検討するため、事業内容や売上高、事業エリアなどの大まかな情報によって絞り込みを行い、少しでも候補先になりそうな企業を徹底的に拾い上げていきます。そのためロングリストに掲載される企業の数は、選定のもととなるデータベースの質や量にかなり左右されるものの、おおむね30~100社前後となります。
さらにこのロングリストから、より検討可能性が高く、自社のニーズによりマッチしている候補企業の絞り込みが行われます。そうして絞り込まれたリストは「ショートリスト」と呼ばれ、さらに具体的な検討資料として用いられます。
つまり、 ロングリストは 最終的なショートリストを作成するためのリスト なのです。
万が一、初期段階でロングリストから重要な候補企業が漏れてしまうと、たとえそれがシナジー効果を最大限発生させられる最高の相手だったとしても、M&Aの対象から外れてしまいます。したがって、M&Aにおいてロングリストの作成はM&Aの成否を握る最も重要なポイントの一つであると言えます。
ロングリスト作成のメリット
ロングリストを作成するメリットは、 M&Aの対象となる企業のスクリーニングを高精度で行える 点です。
ロングリストの段階でM&Aの可能性がある候補企業が外れてしまって、希望に沿ったショートリストは作成できません。したがってM&A仲介会社などが保有するデータから全ての企業を詳細に精査していくことがベストですが、現実的には莫大な手間と時間を要してしまいます。
「ある程度の精査は必要だが、無制限に時間や手間もかけられない」問題を解決するために、M&Aでは前述のようにロングリスト、ショートリストと候補企業の絞り込みを2段階に分けて自社のニーズによりマッチした企業に絞り込んでいきます。
このように対立する2つの課題を解決して、精度の高い候補企業のリストを作成できる点が、ロングリスト作成の最大のメリットと言えるでしょう。
ロングリスト作成の流れ
では、実際にロングリストがどのように作られていくのかを見ていきましょう。
ロングリストを個人で作成する場合はウェブサイトや信用調査会社から収集する必要がありますが、現実的には豊富なリストを個人で作成することは困難です。多くの場合は、M&A仲介会社など専門家を通じて作成されます。
① リストアップの基準を決める
まずはじめに、何を基準にリストアップしていくのか、自社のM&Aの目的と照らし合わせながら対象企業の条件を設定します。
例えば製造業の会社が、従業員の雇用維持を目的に買い手候補を探す場合、同業他社で人材不足を課題にしている会社が候補としてイメージできそうです。したがって、この場合は「業種」「従業員数」「所在地」などを基準にリストアップするのが良いでしょう。
また、技術力が高い会社が販売力強化を目的に相手の会社を探す場合、技術力を課題にしていそうな会社が候補に挙げるでしょう。技術力に課題がある会社は、一般的に売り上げの割に粗利率が低い傾向にあるため、「業種」「売上」「利益」「所在地」などを基準にするのが望ましいでしょう。このように、「M&Aの目的は何なのか」「相手にアピールするポイントは何なのか」を明確にした上で、理想の候補企業像を作り上げ、そこから逆算してリストアップに必要な基準を決めていきます。
② 候補企業を選定し、ロングリストを作成する
①で定めた基準をもとに、リストを作成していきます。
なお、売り手企業が買い手候補をリスト化する場合、買い手候補企業の形態によって以下のようなメリット、デメリットが生じることが考えられます。これらを念頭に置いた上で、選定、リスト化していくことがのぞましいでしょう。
(譲渡先企業の形態) | メリット | デメリット |
同業他社の場合 |
譲渡後引継ぎが異業種に比べてスムーズ、両者のシナジー効果がイメージしやすい | 業界内でのM&Aの情報漏洩に、より注意が必要になる |
オーナー系事業会社(同族会社)の場合 | 意思決定が速いため、早い進行が期待できる | オーナーの個性が色濃く反映されるため、自社の社風と合わない場合がある |
上場企業の場合 | 経営が安定し、より一層の発展が期待できる | 組織が大きいため、意思決定、M&Aの進展に時間を要する場合がある |
異業種の場合 | 両者のシナジーによる新たなビジネス展開が期待できる | 同業に比べてM&A後の統合手続きなどに時間を要する場合がある |
投資ファンドの場合 | ファンドの持つ経営ノウハウにより、会社の企業価値を上げられる | 企業価値向上した後に、次の買い手企業に売却される可能性がある |
ロングリストとショートリストの違い
冒頭で述べた通り、ロングリストでリストアップされた候補企業の中から、より検討可能性の高い候補企業に絞り込まれたリストがショートリストです。ロングリストやショートリストはいずれもM&Aの候補企業をリストアップしたリストですが、両者には次のような違いがあります。
① 作成目的の違い
ロングリストとショートリストの大きな違いは、その作成目的です。ロングリストは、少しでもM&Aの候補として可能性のある企業を漏らすことなく網羅することです。そのため、膨大なリストの中から候補企業として可能性のない企業を削除して作らます。
これに対してショートリストの作成目的は、一定数ピックアップされたロングリストの中からより「可能性の高そうなもの」「自社の理想とする候補に近いもの」だけをピックアップして精度を高めていくことです。
漏らすことなく網羅することを目的に作られるロングリストと、その精度をより高めるために作られるショートリストとでは、このように作成目的が大きく異なります。
② 記載項目の違い
ロングリストに記載される項目は、一般的に表面的な企業情報が中心であるのに対し、ショートリストに記載される項目は、一歩踏み込んでM&Aで具体的に必要となる情報などが中心です。両者の記載項目を比較したものが以下の図です。
ロングリストの記載項目(例) | ショートリストの記載項目(例) |
会社名 | 事業上の強み・弱み |
代表者名 | ブランド力 |
所在地 | 技術力 |
主力事業・製品 | 想定されるシナジー効果 |
資本金 | 直近3年程度の財務状況 |
売上高・利益 | 取引銀行・主要取引先 |
従業員数 | 株主・役員構成 |
客観的な情報を中心に羅列してあるロングリストとは違い、ショートリストには情報を分析してM&Aの相手候補としての評価などを記載します。
③ 作成・活用タイミングの違い
ロングリストをふまえてショートリストが作成されるため、当然ながら作成・活用のタイミングも異なります。
M&Aのプロセスの前半部分では、ターゲット企業の選定とターゲット企業との交渉が行われます。これがソーシングです。このソーシングにおいて重要な役割を果たすのが、ロングリストです。
ソーシングは、一般的に以下の流れで進められます。
- 自社の条件や希望の明確化
- 候補企業の情報収集
- ロングリストの作成
- ショートリストの作成
- 候補企業の選定
- 候補企業との交渉
買い手(もしくは売り手)候補企業の条件を明確にし(① 自社の条件や希望の明確化)、その条件に該当しそうな企業をリストアップ(② 候補企業の情報収集) を経てリスト化したものがロングリストです。 このロングリストをもとに、さらに精度を上げて絞り込んだリストがショートリストです。このショートリストをもとに候補企業を選定して、実際の交渉に入ります。
<関連コラム>
M&Aのソーシングとは?手順や方法、仲介会社に依頼する際のポイントを解説
ロングリストを作成する際の2つのポイント
ロングリストを作成する際のポイントは、以下の2点です。
候補企業の条件や戦略を明確にしておく
作成の流れでもお伝えしましたが、ロングリストを作成する際には、M&Aの候補となる企業の条件をできるだけ明確にしておかなければなりません。そうしなければ、一定以上の精度でのスクリーニングが難しくなってしまうからです。
たとえば、売り手企業として従業員の雇用維持を第一目標に掲げるのであれば、遠方の企業よりは近隣の企業の方が良いでしょう。また、M&A後の従業員の働き方を考えれば、買い手企業は異業種よりも同業の方が仕事もやりやすくて良いでしょう。
また、従業員の安定した雇用や待遇、会社の継続的な発展を重視するならば、上場企業もしくはそれに準ずる資本力や事業規模の大きいな会社が候補として挙げられます。
このように、まずM&Aで達成したい目的を明確にし、そこからイメージできる買い手(もしくは売り手)であればどのような条件が必要なのかを具体的にピックアップしていくと、ロングリストとして相応しい一定以上の精度があるリストが作成できるでしょう。
得られるシナジー効果を考慮する
質の高いロングリストを作成し、最終的にM&Aを成功に導くためには、相手企業の目的やメリットについて十分に理解しておかなければなりません。特に買い手側企業にとってM&Aの最大の目的の一つが「シナジー効果の創出」です。
そのため「自社が持っているリソースを使ってシナジー効果が得られそうな企業像はどのようなものなのか?」をできるだけ明確にイメージしておくことが大切でしょう。このイメージが明確にできればできるほど、作成するリストの精度を上げられます。
ロングリストを作成する際の2つの注意点
ロングリストを作成する際に注意すべき点は、以下の2点です。
情報漏えいに注意する
M&Aが成立するまでのプロセスにおいて、最も大切なことの一つが情報の漏えいを防ぐ点です。情報が漏れてしまうと、M&Aが不成立に終わってしまうだけでなく、最悪の場合得意先との取引停止や従業員の大量離職によって事業の継続が難しくなってしまいます。
したがって、ロングリストの作成段階から情報の漏えいには細心の注意を払わなければなりません。リストを作成していることは、社内でも必要な人間に留めます。
また、同業他社であれば、大まかな売上高や主力商品を見るだけで、自社の情報を匿名にしても分かってしまうことがあります。そのため、自社に関する情報を表に出すときには、自社だと特定されないか最大限に注意を払う必要があります。
客観的な視点に基づいてリスト化を行う
バイアスがかかって選択肢を自ら狭めてしまわないためにも、できるだけ主観を排除して客観的にリスト化を行わなければなりません。そのため、第三者であるM&A仲介会社にアドバイスを求めながら作成することがのぞましいでしょう。
終わりに
ロングリストがM&Aの成否のカギを握ると言っても過言ではありません。
そして何よりもロングリスト作成の拠り所となる候補企業データが、そのリストの質を左右する重要なポイントとなります。また、ロングリストを作成するためには、複数の視点から見ることが大切です。自分たちが希望する条件に合った企業をピックアップするだけでなく、相手企業側から見た場合、自社とのM&Aでどのようなシナジー効果が生じるのか客観的な視点が求められます。
以上のことからM&Aを成功させるためには、M&A仲介会社のような豊富なデータや実績を保有する専門家に相談されることをお勧めします。
監修
一橋大学卒業後、大手金融機関及び大手外資系証券会社で法人営業。その後、大手外資系金融機関プライベートバンキング部の日本支社立ち上げプロジェクトに参画。現在は日本M&Aセンターにて、上場企業を中心に M&A戦略からクロージングに至るまで幅広いアドバイスを行う。戦略的M&Aをテーマに、研修・セミナー講師としても活躍。