世界の超富裕層(後述の「世界で最も裕福な500人」)の資産が過去最高に達した2021年から一転、2022年上半期は米株や仮想通貨などの暴落により、そのうちの最大83%、総額約135兆円以上が消え去った。それにもかかわらず、インドの超富裕層は保有資産の99%を維持しているという。
「世界で最も裕福な1%」が株価暴落の損失202兆円超え
2020年春の世界的なロックダウン以降、世界の富裕層の資産は過去に例を見ない勢いで膨張した。フォーブス誌が2021年4月に発表した世界長者番付によると、ビリオネア(純資産10億ドル/約1,350億7,230万円以上)の資産は、前年から63%増えて13兆ドル(約1,756兆1,034億円)を突破した。
この異常事態に終止符を打ったのが、原油価格の高騰やロシアのウクライナ侵攻に起因するインフレの加速、それに伴う急速な米金融引き締めだ。景気後退への不安が金融市場に広がり、2022年6月中旬には米国株が弱気相場入りした。
「世界で最も裕福な1%」の資産も、その煽りを受けて急減している。
ブルームバーグ紙によると、この層の資産は過去2年間で総額11兆ドル(約1,486兆7,534億円)以上増加したが、2022年第1四半期には2020年初頭以降で初めて減少に転じた。連邦準備制度理事会(FRB)の同四半期の推計によると、株価暴落により総額1兆5,000億ドル(約202兆7,400億円)の損失を出した一方で、不動産やその他の資産の利益に相殺され、総体的な損失は7,010億ドル(約94兆7,318億円)減となった。
資産急減、損失の6割は米中のビリオネア
とは言うものの、国によって資産の減少には差が見られる。
ビジネスインサイダー・インディアが、「ブルームバーグ・ビリオネア指数(BBI)」の2022年上半期のデータを分析したところ、世界で最も裕福な500人の資産は過去半年間で総額1兆ドル(約135兆1,017億円)以上減少した。
そのうち60%は米国と中国のビリオネアの損失で、それぞれ4,260億ドル減(約57兆5,533億円)、1,850億ドル減(約24兆9,949億円)だった。次いで、フランスのビリオネアの資産が1,040億ドル(約14兆512億円)、カナダが870億ドル(約11兆7,534億円)、ロシアが490億ドル(約6兆6,197億円)減少した。
ロシアのビリオネアの資産減少は、ウクライナ侵攻に対する欧米諸国をはじめとする国々の経済制裁に起因するところも大きい。
唯一、スイスの超富裕層だけが、資産を120億ドル(約1兆6,207億円)増加させた。
資産が1%しか減らなかったインドの超富裕層
そうした状況下で注目されているのが、総資産額4,100億ドル(約55兆3,741億円)を有するインドのビリオネアだ。
同国のビリオネアの資産は増加しなかったものの、わずか1%(50億ドル/約91兆1,647億円)の減少でとどまった。
同国には2022年上半期、166人のビリオネアが存在したが、BBIにランクインしているのはそのうち18人と、米国の10%、中国の25%のみだった。それにもかかわらず、総資産額では大幅に資産を減らして4位に後退したフランスに代わり、世界3位に順位を上げた。
「コロナ禍の持続的な需要拡大」が資産急減回避の要因か
なぜ、インドの超富裕層は資産の急減を回避することができたのか。
BBIにランク入りしている同国のビリオネアを見てみると、通信やエネルギー、医薬、鋼鉄など、コロナ禍で持続的に需要が拡大しているセクターのエクゼクティブが圧倒的に多い。特に、エネルギーや鉄鋼などの資材価格はインフレで高騰しており、これが資産の増加に貢献したものと推測される。
例えば、「インドのインフラ王」の異名を取る大富豪、新興財閥アダニ・グループのゴータム・アダニ会長の純資産は、1,000億ドル(約13兆5,063億円)強と22%減少したが、増加額はBBI中最大の220億ドル(約2兆9,719億円)だった。
一方、インド最大のコングロマリット、リライアンス・インダストリーズのムケシュ・アンバニ会長の資産は2022年6月上旬、わずか1日で62億ドル(約8,375億5,629万円)増加。総額1,040億ドル(約14兆 510億円)となり、アダニ会長から「インドで最も裕福な大富豪」の座を奪還した。同社の時価総額が過去3ヵ月で25%以上急増したことが、資産を大幅に押し上げた。
その他、国際IT企業、ウィプロ・テクノロジーのアジム・プレムジ会長兼CEO、HCLグループのシブ・ナダール名誉会長、量販チェーン「Dマート」の創設者ラダキシャン・ダマニ氏、世界最大のワクチンメーカーであるセラム・インスティテュート・オブ・インディア(SII)を有するサイラス・プーナワラ・グループのサイラス・プーナワラ会長兼CEOなどが、BBIにランクイン入りしている。
インドでは欧米の4~8倍のペースで超富裕層が増加?
英投資顧問企業ヘンリー・アンド・パートナーズは、2022年3月に発表した国際居住と市民権に関する報告書『international residence and citizenship』の中で、欧米や中国の富の成長が鈍化するのに対し、インドの富が急拡大し続ける可能性を指摘している。
報告書によると、特に金融サービスや医療・健康、テクノロジーセクターの力強い成長に支えられ、2031年までにインドにおけるミリオネア及びビリオネアの数が80%増加すると予想されている。それに対し、欧米の増加率は10~20%にとどまる見込みだ。
もっともその一方で、インドでは富の国外流出も指摘されている。
特に、国際市場へのアクセスを熱望する若い起業家や、家族のために高水準な教育・医療環境を望む超富裕層世帯による、ドバイやシンガポール、欧州連合(EU)などへの移住が目立つ。「2022年は8,000人の超富裕層がインドから海外へ移住する」と、同報告書は推定している。
推定1万人の超富裕層流出が見込まれている中国に次いで高い数字だが、インドでは海外に移住する超富裕層を上回る数の超富裕層が毎年続々と生まれているため、「深刻な懸念材料とはならない」可能性が高い。
また、海外に移住した富裕層が帰国する傾向も見られ、今後同国の生活水準の向上に伴って、帰国する超富裕層の数が増えていくことも予想される。
文・アレン琴子(英国在住のフリーライター)