
企業の多角化は、成長戦略の重要な柱として位置づけられる。なぜならリスク分散やシナジー効果、範囲の経済性の獲得、プロダクトライフサイクルへの対応など、さまざまなメリットがあるからだ。多角化には、水平型や垂直型、集中型、コングロマリット型などの種類がある。本記事では多角化戦略の理論と分類、メリットとデメリットおよび成功事例などを紹介していく。
目次
企業の多角化戦略とは?
多角化を企業成長戦略の柱のひとつとして位置づけたのは、事業経営者であり経営学者のイゴール・アンゾフ(1918~2002年)である。アンゾフは、企業の成長戦略を「成長マトリックス」として次の4つに分類した。
- 市場浸透戦略
- 市場開拓戦略
- 製品開発戦略
- 多角化戦略
また企業の多角化戦略は、大きく分けて次の4つに分類される。
- 水平型多角化戦略
- 垂直型多角化戦略
- 集中型多角化戦略
- コングロマリット型多角化
さらに企業が多角化すると以下のようなメリットが期待できる。
・収益の拡大が期待できる
・企業環境の変化によるリスクを分散できる
・シナジー効果が期待できる
・範囲の経済性が得られる
・プロダクトライフサイクルに対応できる
・経営資源の有効活用
一方デメリットには以下のようなものがある。
・多角化のコストがかかる
・経営が非効率になりやすい
・損失拡大の可能性
・企業ブランドの不明瞭化
企業の多角化は成長戦略の大きな柱
アンゾフの成長マトリックスは、企業の成長戦略や多角化戦略を検討するにあたり理論的な柱となってきたフレームワークである。「製品」と「市場」とのそれぞれについて「既存」と「新規」を考えることにより下表の通り4象限のマトリックスができる。

この成長マトリックスを利用することにより自社の成長戦略を発見することが可能となる。以下で4つの象限それぞれの意味を見てみよう。
1. 市場浸透戦略
市場浸透戦略は、これまで対象としてきた既存市場に対し既存製品をさらに売り込むことにより、購入量と購入頻度を増大して売上高と市場シェアの拡大を狙う戦略だ。競合が多種多様な製品を提供している市場において、さらに自社の製品を浸透させるためには、製品の認知度や購入の意欲をいかに高めることができるかが課題となる。
認知度や購入意欲を高めるためには、価格の引き下げやブランド力の向上が決め手となることが多い。したがって生産コスト削減やまとめ買いなど割引の検討、広告宣伝や顧客管理の強化などが効果的であるとされる。
2. 市場開拓戦略
市場開拓戦略は、既存の製品を新規の市場で展開する戦略だ。新規の市場とは、既存製品に対する認知度や販売実績がゼロのところからスタートするケースもあれば、所得や年齢、価値観、行動様式などが異なる顧客を新たに開拓するケースもある。具体的には、海外展開や法人向けから家庭向け、あるいは高級品から大衆品への転換などだ。
市場開拓戦略においては、一般的に営業販売や広告宣伝、顧客管理などの強化が決め手となることが多い。市場の開拓に成功した場合には、売上のアップとともに既存製品を大量生産することによるスケールメリットも得られることになる。その一方で消費ニーズの違いにより、既存の製品では歯が立たず市場に合わせた新製品を投入せざるを得なくなるケースもある。
3. 製品開発戦略
製品開発戦略は、既存の市場に対し新製品を投入することにより売上の拡大を狙う戦略だ。新製品を開発するにあたっての方向性は、「製品カテゴリーの幅を広げる」、「製品アイテムの奥行きを伸ばす」の2つだ。いずれの方向性においても、いかに顧客ニーズをつかみ、他社製品との差別化を図ることができるかが決め手になることが多い。
したがって製品開発戦略に際しては、まず入念な市場調査が重要だ。また顧客の関心を引きつけるため、開発やプロモーションにおいて激しい競争が行われることとなる。
4. 多角化戦略
多角化戦略は、これまでとは異なる新しい市場において新しい製品を投入することにより成長の機会を求める戦略となる。新規の市場に参入するために、入念なマーケティングが必要となるばかりでなく新製品の開発も必要だ。したがって戦略の綿密な検討、および技術開発力や営業力、資金力などを含む総合力が決め手となってくる。
多角化戦略は以下で詳しく見ていくが、「リスクの分散やシナジー効果、範囲の経済性を得られる」、「プロダクトライフサイクルに対応できる」などがメリットだ。その一方で「大きなコストがかかる」、「経営が非効率になりやすい」などのデメリットもある。
多角化戦略の4つの分類 それぞれの特徴とは?
多角化戦略は、企業の成長戦略を考えるうえでの柱の一つだ。多角化戦略は、生産技術および市場の観点から大きく以下の4つに分類することができる。
- 水平型多角化戦略
- 垂直型多角化戦略
- 集中型多角化戦略
- コングロマリット型多角化
それぞれの意味について詳しく見ていこう。
1. 水平型多角化戦略
水平型多角化戦略とは、その企業が保有する生産技術を活用し、それまで対象としてきた市場と似た市場に対して新製品を投入することだ。例をあげれば「電話機のメーカーがFAX機を生産する」、「乗用車のメーカーがバイクやトラックなどを生産する」などである。水平型多角化戦略は、既存の生産技術や流通経路を利用できることから後に詳しく見る「シナジー効果」が期待できる。
2. 垂直型多角化戦略
垂直型多角化戦略は、生産技術の関連性は低いものの、これまで対象としてきた市場と似た市場に対して新製品を投入することである。例えば万年筆メーカーが鉛筆を生産するようなことがそれにあたる。すでに蓄積された取引関係、販売スタッフなどの経験を生かせることがメリットだ。例えば「チェーン飲食店が販売のみならず生産や流通などをすべて担う」「テレビメーカーがテレビ台を製造する」などである。これには、それまで複数のメーカーやサプライヤーなどが担っていた分野を、単独の企業が担うようなケースも含まれる。
3. 集中型多角化戦略
集中型多角化戦略とは、生産技術の関連性が高い新製品を異なった市場に投入することとなる。例をあげれば、テレビからカーナビへの進出、デジタルカメラに使用しているレンズを医療機器に転用する、あるいは産業用アルコールのメーカーが焼酎を製造するといった具合だ。企業内に蓄積された、技術的な資源や能力を活用できることがメリットとなる。
4. コングロマリット型多角化(集成型多角化)
コングロマリット型多角化は、生産技術的にも市場的にもまったく関係がない事業分野へ進出することだ。例えばコンビニエンスストアがATM手数料を得る目的で銀行業務へ進出する、あるいは清掃業者が飲食業に進出するなどがこれにあたる。まったく新しい分野へ事業を展開することになるため、収益の拡大を狙えるが高いリスクを伴うこともある。
多角化のメリット・デメリット
企業を多角化することにはどのようなメリット・デメリットがあるのかを見てみよう。まずそのメリットとしてあげられるのは、主に以下の6つである。
1.収益の拡大が期待できる
多角化の第1のメリットは、収益の拡大が期待できることだ。多角化には先述の通り「水平型」、「垂直型」、「集中型」、「コングロマリッド型」があるが、いずれも市場を拡大(もしくは変更)することにより収益増が期待できる。製品のプロダクトライフサイクルについては後述するが、企業や事業にもライフサイクルはある。特に事業はある程度まで成長すると成長率が鈍化することが多く、これを避けるため成熟期に入った事業に経営資源(ヒト・モノ・カネ)を再投入しても効果は上がらないことが多い。
このようなことを避けるためには、成長の期待できる新規事業に経営資源を投入するなどの多角化が有効だ。企業は経営の多角化によって寿命を延ばすこともできるが、単一事業の衰退を防ぐことは難しい。多角化により事業や製品のライフサイクルに意図的なばらつきを出せれば、収益の拡大と経営の安定が期待できる。
2. 企業環境の変化によるリスクを分散できる
企業を多角化することの第2のメリットは、リスクを分散できることだ。企業の経営は、法令の改正や破壊的イノベーションによる技術革新、顧客ニーズの変化など、予想できない企業環境の変化により打撃を受けることがある。上記のように成長のサイクルや事業内容の異なる複数の事業を多角的に展開することにより、経営基盤の安定が期待できる。
また企業環境の変化により縮小や撤退を余儀なくされた場合でも、事業を多角化していれば縮小・撤退した事業の経営資源をほかの事業に振り分けることが可能となる。そのために「経営悪化による人員整理」など、企業イメージに悪影響を与える事態も避けることができる。
3. シナジー効果が期待できる
多角化は、シナジー効果を期待できることもメリットだ。シナジー効果とは「相乗効果」とも呼ばれ、経営資源の部分的なものの総和より大きな結合利益が得られることをいう。「2+2=5 になるようなプラスの効果」といわれることもある。シナジー効果について、アンゾフは以下の4つをあげている。
・販売シナジー
流通経路や販売組織、広告、商標、および倉庫などを共有することにより得られる効果。
・操業シナジー
「施設と人員の効率的な活用」、「間接費の分散」、「学習曲線の共通化」「仕入れの一括化によるコストダウン」などによる効果。
・投資シナジー
原材料の共同在庫、機械設備やプラントの共同使用、研究開発成果の転用、投資基盤や材料調達、投資機会などの共通化などによって得られる効果。
・マネジメントシナジー
経営陣の能力や経験の移転、事業運営や現場管理のノウハウ共有などによって得られる効果。
4. 範囲の経済性が得られる
「範囲の経済性」とは、複数の企業が事業を個別に行うよりも一つの企業が複数の事業を同時に行ったほうがコストとしては低くすむという効果を指す。一つの企業内であれば、複数の事業間でも経営資源の共有が可能になることがその根拠だ。共有できる経営資源は、以下のようなことが原因となって生み出される。
・資源が分割できない
総務や人事などの機能、土地や建物、製造機械やエネルギー供給などはある程度以上細かい単位に分割できず、過剰に投入されることが多い。
・副産物の発生
ある事業において発生する副産物が、ほかの事業において利用できることがある。例えばコークス製造の副産物であるコールタール。これは炭素繊維が製造できるため、鉄鋼メーカーが炭素繊維事業に進出した例がある。
・ブランドの確立
ある事業において確立したブランドは、そのブランド名をほかの事業の新製品にもつけることが容易にできる。異なる事業における製品に同一のブランド名をつけることは「ブランドの拡張」あるいは「ブランドの傘」と呼ばれ効果的なマーケティング手法のひとつだ。
5. プロダクトライフサイクルに対応できる
企業を多角化することによりプロダクトライフサイクルに対応することが可能だ。プロダクトライフサイクルとは、「開発期⇒導入期⇒成長期⇒成熟期⇒衰退期」と変化していく製品の寿命のことだ。一つの製品が衰退期に入っても企業が多角化されていて、ほかの製品が成長期に入るなどしていれば企業全体としての売上高を安定的に維持することが可能だ。
6.経営資源の有効活用
多角化は経営資源の有効活用にも大きく寄与する。顕著な例ではバックオフィスと呼ばれる管理部門の有効活用だ。生産部門や開発部門は一般的に専門性が高く、転用や共有が難しい場合が多い。ただし人事や総務などのバックオフィスであれば、人材やノウハウ、ツールなどの有効活用が可能だ。
また経営資源のうち、モノを活用できることもある。例えば、積雪地帯にあるゴルフ場などの例だ。春、夏、秋のシーズンにゴルフ場は営業できるが、冬の積雪時にゴルフはプレイできない。そこでこのゴルフ場は、冬はスキー場として営業することにした。リフトを施設するコストはかかったが、土地や建物(受付やレストラン、ロッカー、駐車場)、従業員は冬も休むことなく営業でき、収益に貢献できるようになった。
このように多角化は、アイデア次第で今まで活用できていなかった経営資源を有効活用することができる。
多角化のデメリット
ただし企業の多角化には、メリットだけでなくデメリットもある。
多角化のコストがかかる
企業を多角化することで、長期的にシナジー効果や範囲の経済性によりコストの低減および利益の増大を目指すことは可能だ。しかし多角化とは新規事業を立ち上げることでもあるから、短期的にはマーケティングや製品開発、販売活動のために投資が必要となる場合がある。したがって企業を多角化するためには、そのための投資が可能であることが前提だといえるだろう。
経営が非効率になりやすい
企業を多角化することにより範囲の経済性によりコストが抑えられる側面もある。ただしその一方で経営が非効率になりやすい面も発生するのだ。例えば単一事業のみを行っている際に可能となる大量発注によるコスト削減は、各事業で個別の発注をすると大量発注のメリットを失ってしまうことにもなりかねない。また経営資源も範囲の経済性によって共有できるものもあるが、重複するものが多くなる場合もある。
損失拡大の可能性
多角化戦略は収益拡大の可能性も大きいが、損失拡大の可能性もある。極端な例かもしれないが、リーマンショックなどの世界同時不況の場合には、事業の種別にかかわらず収益が低下する恐れがある。このような場合、上記のような経営の非効率化が更なる収益の低下を招く。規模の経済(工場設備や企業の規模が拡大することによって生み出される収益)は、縮小時には反作用として働いてしまうのだ。
また、例えば事業拡大のために立ち上げた子会社などで、不適切な会計処理など企業イメージを低下させるような事案が発生した場合には、親会社まで損害を被ることがある。事業をグループとして拡大している場合などは注意が必要だ。
企業ブランドの不明瞭化
範囲の経済性(メリット)としてあげたブランドは、デメリットになってしまう場合もある。
企業の多角化を進めることにより、今まで築いてきたある事業でのブランドが、さまざまな事業を展開することにより、顧客にとって不明瞭なもの(ブランドの毀損)になってしまう場合があるのだ。
ブランドは、特定の顧客にとってはロイヤルティ(忠誠心)の根幹となる。ロイヤルカスタマーが多い事業を持っているならば、多角化した事業では別のブランドを使うなど、従来の顧客に配慮する施策が必要になる。
多角化企業の成功例
事業を多角化した企業の成功例を見てみよう。
1. セブンイレブンは本業の価値と利便性を上げるために多角化
セブンイレブンなどのコンビニエンスストア(以下、コンビニ)は、事業を多角化させながら本業の価値と利便性を上げることに成功している。
かつてコンビニはスーパーの価格競争力にはかなわなかったが、プライベートブランド(PB)を立ち上げることにより小売業からメーカーへと多角化した。スーパーと同等以上の品質を持つ商品を、同等の価格で提供しコンビニの価値を向上させたのだ。またコピーや公共料金の収納、宅配便の受け渡し、チケットの発券、ATMの設置など、コンビニの利便性は日々向上している。
さらにセブンイレブンは、ATMの利用価値を高めるために金融事業(セブン銀行)にも参入。定期預金への入金がセブン銀行ATMでできるなど、その利便性を一段と高めている。またイトーヨーカドーやオムニ7、西武デパート、そごうのネットショップで買った商品が指定した店舗で受け取れるなど、国内に20,000以上ある店舗を最大限に活用し、本業の価値を向上させる多角化を推進している。
他にもファミリーマートはコインランドリーとフィットネス事業に参入しているが、コンビニがこれらの多角化を進めているのは「店舗の有効活用」という範囲の経済性によるところが大きい。多角化してきた事業の一つひとつに拠点を確保しようとすれば、膨大なコストと時間がかかることになるからである。
2. ソニーは家電から金融事業へ
日系電機メーカーで売上高2位のソニー。コングロマリット型の多角化企業として知られテレビやスマートフォン、カメラ、オーディオ機器などの消費者向けエレクトロニクス事業が有名だ。またプレイステーションなどのゲーム、半導体、映画、音楽、銀行、生命保険などの金融事業も手がけている。ソニーは2014年に本業ともいえるテレビ事業やパソコン事業、デバイス事業などが低迷したため、約1,000億円の赤字となった。
しかしその際には金融事業が業績の下支えをし、多角化によるリスク分散の効果が発揮されている。ソニーはその間にエレクトロニクス事業の選択と集中を進め、2015年にはテレビ事業が11年ぶりに黒字化、2019年3月期には過去最高の純利益を記録している。かつては本業だったエレクトロニクス事業は、現在では安定した収益を上げることによりほかの事業を下支えする存在となっている。
3.富士フィルムはカメラ用フィルムメーカーから多角化し成功
アナログカメラが全盛だった時代、富士フィルムは国内シェアNo.1のフィルムメーカーであった。しかし1990年代後半になるとデジタルカメラが急速に普及し始め、カメラ用フィルムの売上は一気に低下。その売上は、わずか10年で20分の1にまで下がってしまった。
従来の売上の約半分を占めていた事業(フィルム、プリントなどのアナログカメラ関連)の衰退に危機感を抱いた富士フィルムは、事業の多角化を推進。以前から手がけていたドキュメント事業の富士ゼロックスを完全子会社化(米ゼロックス社との合弁は後に解消)し、画像処理技術を医療機器事業(CTや磁気共鳴画像装置)に転用した。またフィルムに塗る乳液の薄膜技術とフィルムの製造技術を医薬品や化粧品に転用し、医薬品・化粧品事業を立ち上げた。
富士フィルムの多角化戦略は成功し、2000年に1兆4403億円であった売上は、2014年には2兆4926億円となった。他方、同じ業態で世界最大のフィルムメーカーであったイーストマン・コダック社は、2012年に経営破綻。富士フィルムの成功は、多角化戦略の手本といわれている。
企業を多角化するのにはコストがかかる点を認識しよう
企業を多角化することには、リスクの分散やシナジー効果、範囲の経済性、プロダクトライフサイクルへの対応など、多くのメリットがある。その一方で「短期的には多大なコストがかかる」「経営が非効率になりやすい」などのデメリットもある。特に中小企業が多角化を考える場合には、自社の経営資源や技術を十分に分析し、それに適した戦略を選択することが重要だ。