海外M&AではM&Aの対象となりうる企業が海外に所在していることから、文化や言語、宗教にはじまり、準拠するルールや実務慣行等も日本とは異なります。すなわち、会社法や労働法、税法、会計基準、ビジネス慣習等の違いを把握したうえで、海外M&Aを検討する必要があります。そこで、今回は海外M&A、特にASEAN(東南アジア諸国連合)域内におけるM&Aを検討する上で注意すべき事項の一部を紹介したいと思います。なお、紹介事項はほんの一部であり、実際の検討にあたっては海外対象企業が所在する国に精通した専門家によるアドバイスを受けることをお勧めします。
禁止業種・規制業種
自国の安全保障や産業保護等を目的として、外国人または外国企業(以下、「外資」という)による国内企業への投資を禁止または規制していることがあります(一般的には「外資規制」や「ネガティブ・リスト」といった用語で表現されることがあります)。
禁止業種への外資による投資は認められておらず、また規制業種への外資による投資は業種ごとに定められた一定の出資比率に限定されています。
海外M&Aの検討にあたっては、海外対象企業への投資は可能なのか(=禁止業種ではないのか)、また投資が可能であるとしても出資比率に規制はないのか(=規制業種ではないのか)の確認が必要です。対して、税金を始め種々の優遇措置を設け、国内企業への外資による投資を奨励する奨励業種というものもあります。
資本金に係る規制
外資による国内企業への投資が一定の出資比率を超える場合、海外対象企業の最低資本金を一定金額以上とすることを義務づけられていることがあります。この資本金規制に抵触すると、海外M&Aにより現地資本から外国資本となる海外対象企業は、増資により最低資本金を充足する必要があります。海外M&Aの検討にあたっては、海外対象企業が現地資本から外国資本となることにより、株式譲渡に加えて増資による海外対象企業の資本金の増額が必要ないかの確認が必要です。
株主の最低人数
日本では株主数は最低1名以上であれば良いものとされていますが、海外では株主数を最低1名を超える人数としている国もあります。最低株主数が1名を超える人数の場合には、譲受企業1社のみで海外対象企業の株式を100%取得することはできないため、株式の一部を譲受企業のグループ企業や代表者個人に取得させることが実務において行われています。海外M&Aの検討にあたっては、海外対象企業の最低株主数を確認し、複数の株式の譲受者が必要な場合には誰を譲受者とするかの検討が必要です。
複数の決算書
一般的にASEANに所在する企業の決算書は、シンガポールやマレーシアでは決算書の信頼性が相対的に高いが、インドネシアなど他のASEAN諸国ではその信頼性が相対的に低く、複数の決算書が存在すると言われています。複数の決算書とは、海外対象企業の実態を表した決算書や、業績を低くした税務申告のための決算書、業績を高くした金融機関等の外部利害関係者向けの決算書のようなものです。海外M&Aの検討にあたっては、海外対象企業に複数の決算書が存在するかを確認するとともに、提示を受けた決算書の適正性や税務リスクに係る十分な調査が必要となります。
著者
大手監査法人、中堅および大手財務系コンサルティング会社での監査・IPO業務、M&Aや事業再生等のコンサルティング業務を経て、2014年株式会社日本M&Aセンターに入社。組織再編や買手FAを含む国内から海外まで多数の案件に関与。公認会計士。