「投資離れ」で銀行貯蓄が急増? 中国、崩れ去った不動産神話
(画像=cyberneticimages/stock.adobe.com)

経済失速、住宅価格や株価の暴落、国際社会における対立など先行きの不透明さが増す中国で、投資より貯蓄と考える国民が増加している。国内の銀行の貯蓄預金は、2022年4月末時点で約2,145兆円を上回った。

住宅価格抑制策が不動産に大打撃

コロナ禍で世界に先駆けて急回復を遂げた中国経済の雲行きが怪しくなり始めたのは2021年後半である。その兆しが真っ先に現れたのは、当時バブル状態にあった不動産市場だった。

不動産企業への過剰投資や過剰債務、価格高騰を起因とする住宅バブルの崩壊を警戒した中国政府は、2020年夏頃に不動産企業の資金調達条件や住宅購入の規制を強化するなど、厳格な価格抑制策を講じた。その結果、住宅販売は2021年春あたりから鈍化した。

中国国家統計局が発表した9月の新築住宅価格指数では、主要70都市中36都市で前月と比べて下落が見られた。2022年に入り、規制の一部緩和により下落幅は一時的に縮小されたものの、オミクロン株のまん延に伴う都市封鎖が再び市況を悪化させた。4月の主要70都市の新築住宅価格は8ヵ月連続で落ち込み、前月比0.3%減、中古住宅市場は0.28%値下がりした。

総額3,000億ドル(約39兆2,519億円)以上の負債を抱える中国恒大集団を筆頭に、資金繰りに窮した不動産大手が次々と経営危機に陥ったことも逆風となっている。

米中摩擦と当局規制の二重苦で株式市場も苦戦

ブルームバーグ紙によると、中国の資産の70%以上は不動産に投資されている。

国民皆年金制度がなく、年金格差や公的年金の積み立て不足などが問題視されている同国では、過去数十年間にわたり不動産が長期的な資金形成における重要な役割を果たしてきた。社会経済階層にとって最も確実な資産形成の手段は、資金の大部分を不動産購入に充て、残りを株式に投資することだった。

ところが、不動産神話が崩れ去り、バブル崩壊がささやかれているにもかかわらず、頼みの綱の株式や投資信託も芳しくない。中国テック株は米中摩擦と当局規制の二重苦から抜け出せず、長引くゼロコロナ政策の影響から企業利益の見通しも不透明さが増している。

2022年6月1日現在、ハンセンテック指数(香港株式市場の代表的株価指数)はピークの2018年1月から36%下落し、ハンセン中国企業株(香港証券取引所に上場している中国本土の優良株の動向を示す株価指数)は40%下落している。中国のハイテクセクターからは、一時期1兆ドル(約130兆8,494億円)以上の市場価値が吹き飛んだ。

長引く米中摩擦で米上場の廃止リスクに直面する企業が増えており、企業への締め付けが緩和方向にあるとはいえ先行きの不透明さは根強い。4月の工業部門企業利益は前年比8.6%減と、2020年4月以来の前年割れとなった。

ブルームバーグ紙のエコノミストは中国経済の見通しについて、成長率目標の5.5%を大きく下回る2%に留まると予測するなど、国内の期待材料は少ない。

国外市場へのアクセスは規制されているため、個人投資家は海外にまとまった資金を移転させることも難しい。暗号資産への投資は全面的に禁止されている。そうなると、八方ふさがりの投資家に残された選択肢は「銀行貯蓄」となる。

大手銀行に貯金しておけば安全

悲観的な投資家心理は、国内の銀行貯蓄の急増に反映されている。2022年1~4月の銀行貯蓄は、前年同期より1.6ポイント高い7%増の109兆2,000億元(約2,145兆4,63億円)に達した。

インフレ抑制策として利上げに舵を切る欧米諸国を横目に、中国は量的緩和を強化している。貯蓄をしてもお金が思うように増えない現状であるにもかかわらず、人々は貯蓄を選んだのだ。

上海の銀行幹部であるハリー・コン氏はその心境について、「たとえ預金金利が低くても、大手銀行に貯金しておけば少なくとも安全だ」と語る。昨年来の株式市場の利益がすべて消えてしまったという同氏曰く、「(中国の株式市場の現状は)20年間の投資人生の中で最も悲観的だ」。

一方、浙江省台州市で小さな靴工場を経営する李明氏は、資産の60%を理財商品(中国において取引されている高利回りの投資信託)で保有しているが、出来るだけ早く現金化して銀行に預ける予定だという。「今年に入って保有株の価値が50%も下落した。他の投資をするリスクは冒したくない」とも語った。

「富裕層であろうとなかろうと、お金を貯めて財産を増やす黄金の時期は過ぎ去った」との見解を示しているのは、北京の市場調査企業ガベカルリサーチのエコノミスト、Wei He氏だ。

「貯蓄返り」の始まり?

現在見られる「投資離れ」は、一過性の現象なのだろうか。過去の背景を振り返ってみると、「貯蓄返り」と受けとめることもできる。

元々、中国は世界で最も貯蓄率の高い国の一つとして知られており、2008年のピーク時には国内総生産(GDP)の52%を占めるほどの貯蓄大国だった。

消費者の関心が貯蓄から投資に流れ始めたのは、同年9月に起きたリーマンショック後だ。一連の利下げが行われ、それに続くインフレ上昇により実質金利が低下した。その結果、消費と貯蓄に2分割するという伝統的な資産形成に対する関心が薄れ、消費と投資を優先させる消費者が増えたのだ。2010年10月の住民貯蓄額は7,000億元(約13兆7,541億円)減となり、減少率は過去最高を記録した。

しかしながら、国際通貨基金(IMF)アジア太平洋部門のエコノミストの見積もりによると、同国の貯蓄率は依然として高く、2017年の時点でもGDPの46%と世界平均より26ポイントも高かった。

先行きへの不安から、貯蓄率が上昇するのは中国に限った現象ではない。特に、貯蓄が文化の一部として定着している国でその潮流が高まるのは、ごく自然なことだろう。

「最悪期は過ぎた」 との楽観的な見方も

株式市場に関しては、コロナ規制の緩和や追加景気支援策への期待感から、5月には上海総合指数が1年ぶりの大幅高となった。その一方で、テック企業の規制緩和や住宅購入促進策が立て続けに発表されたことにより、「最悪期は過ぎた」との楽観的な見方が一部で広がっている。

景気回復の時期や成長の見通しについては専門家間でも意見が分かれるところだが、中長期的な視点に立つと、遅かれ早かれ貯蓄から投資への回帰が始まる可能性は高い。

文・アレン琴子(英国在住のフリーライター)

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