ロンドン初の国際的な現代アート情報誌「Art Review」が毎年発表する「Power 100」。現在のアート界で最も影響力のある100組のランキングだが、2021年の第1位に輝いたのは、アーティストでもギャラリーでもコレクターでもなかった。

「ERC-721」、つまりNFTを発行する際に最もよく使われる規格である。

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(画像=2011年に公開されたGIFアニメ『ニャン・キャット』。2021年にNFT化され、オークションで約58万ドルに。)

出典:https://artreview.com/

NFTの台頭によって、一体アート界に何が起こっているのだろうか? NFTが広げたアートの3つの可能性と、NFTがもたらしたファインアート界の変化から紐解いてみよう。

目次

  1. NFTアートが注目を浴びたきっかけ
  2. NFTが広げた3つの可能性
    1. ❚ 若い世代の新しい買い手を取り込む
    2. ❚ アートの流通を変化させる
    3. ❚ アートの価値観が転換する
  3. NFTがもたらしたファインアート界の変化
    1. ❚ 老舗オークションハウスが参入
    2. ❚ 伝統的な美術館が名画をNFT化
    3. ❚ アートフェアでも取り扱われる傾向
    4. ❚ 現代アート界の大物がNFTに参入
  4. NFT市場はバブルか?
    1. ❚ NFT市場の急成長
    2. ❚ 供給過剰でバブルが弾ける可能性
    3. ❚ まだ評価が不確実

NFTアートが注目を浴びたきっかけ

NFTの登場は2014年までさかのぼることができるが、アート界で話題を呼んだのは2021年に入ってからのこと。

2021年3月、世界最大手のオークションハウスであるクリスティーズが、デジタルアーティストBeepleの《Everydays – The First 5000 Days》を出品、約6,935万ドル(約75億円)で落札された。

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(画像=Beeple《Everydays – The First 5000 Days》(2021))

出典:https://www.artpedia.asia/

ブロックチェーン技術をデジタルアートの権利保護に活用する動きはそれ以前からあった。しかし、実際にBeepleのNFTがオークションで驚異的な落札額を記録したことによって、一気にアートマーケットが熱を帯びたのである。

NFTが広げた3つの可能性

❚ 若い世代の新しい買い手を取り込む

クリスティーズによると、NFTの買い手の平均年齢は42歳で、従来のアートコレクターの平均年齢より12歳若いという。また、NFTの入札者の75%が、クリスティーズを初めて利用する人だった。

NFTは暗号資産(仮想通貨)や最新テクノロジーと深く結びついており、若い世代の投資家やビジネスパーソンなどの間でも話題を呼んでいる。結果として、これまでアートに関心の薄かった層をアートマーケットに呼び込むこととなっているのだ。

❚ アートの流通を変化させる

NFTによって、美術品の取引方法に革命的な変化が起きている。

従来、アーティストが作品をコレクターに販売するにあたって、ディーラーやギャラリーが仲介者となっていた。ギャラリストなど目利きによって作品価値が保証される一方、仲介手数料が発生したり、アーティストの意思通りに作品が発表できなかったりすることもある。

NFTであれば、「OpenSea」などのマーケットプレイスと自身のウォレットを連携させることによって、誰でも作品を直接販売・購入できる。公平で透明性のある取り引きが可能となるのだ。

さらに、クリエイターにロイヤリティ収入が発生することも大きなメリット。もともとアート界にこのような仕組みはなく、オークションでどれだけ高値の落札が繰り返されても、制作者であるアーティストには一円も還元されなかった。

NFTによって売買が正確に記録されていけば、作品が転売されるごとにアーティストに利益が還元される。ごく一部の成功者しか食べていけないと言われていたアート界で、未来のアーティストを守ることにつながるだろう。

❚ アートの価値観が転換する

これまでの価値観では、「価値が高いもの=希少性のあるもの」であり、アートで言えば複製できるプリント作品よりも1点モノのキャンヴァス作品のほうが価値があると考えられきた。また、作品を自由に鑑賞できるのは所有者に限られ、「所有権=アクセス」が基本だった。

NFTの場合、デジタルデータを見ることは誰にでもできるが、多くの人がアクセスできるからといって作品の価値が下がるわけではない。むしろ、その作品の良さを共有する人が増えれば増えるほど価値が安定すると言われており、作品を独占する必要がなくなるのだ。

そうなれば、人類の共有資産としてアートが広まりつつ、所有者の権利も守られるということになる。

NFTがもたらしたファインアート界の変化

❚ 老舗オークションハウスが参入

前述のクリスティーズは、2021年11月に最大のNFTプラットフォーム「OpenSea」と共同でNFTオークション「Christie’s x OpenSea」を開催するなど、積極的な姿勢を見せている。

同じく大手のオークションハウスであるサザビーズも、2021年10月、独自のNFTプラットフォーム「サザビーズ・メタバース」を公開。

NFTに限定したオークションの開催も増えつつあり、アートマーケットでのNFTの存在感を高める一因となっている。

「サザビーズ・メタバース」より、NFTアーティストHackataoのジェネラティブアートの仕組み
(画像=「サザビーズ・メタバース」より、NFTアーティストHackataoのジェネラティブアートの仕組み)

出典:https://metaverse.sothebys.com/

❚ 伝統的な美術館が名画をNFT化

世界の有名美術館も続々とNFTを取り入れており、マーケットだけでなくアカデミックな方面からも注目されていることがうかがえる。

イギリスの大英博物館は、2021年9月、葛飾北斎のデジタル画像のNFT200点以上をオンラインで販売。続いて2022年2月、ジョン・ウィリアム・ターナーの絵画20点をNFT化し、提携するフランスの新興企業「LaCollection」のプラットフォームで販売を開始した。

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(画像=大英博物館のNFTポップアップショップと、NFT化された北斎の作品を模したパネル)

出典:https://flint-culture.com/

イタリアのウフィツィ美術館を含む4つの文化施設では、ブロックチェーンを活用してレオナルド・ダ・ヴィンチなど巨匠の名画のデジタルレプリカを作成、NFTとして販売している。

他にも、ロシアのエルミタージュ美術館、オーストリアのウィーン美術館など、各国を代表する美術館が名画のNFT化に乗り出している。

❚ アートフェアでも取り扱われる傾向

国際的なアートフェアでもNFTの取り扱いが始まっている。

世界最大級の現代アートフェアのひとつ「アート・バーゼル・マイアミ・ビーチ」では、2021年12月、AIアーティストのマリオ・クリンゲマンのインスタレーション「人間と機械。NFTと進化し続けるアートの世界」を展示。来場者がその場で作成した自画像をNFTアートとして持ち帰るというインタラクティブな体験が提供された。

インスタレーション「人間と機械。NFTと進化し続けるアートの世界」内の空間
(画像=インスタレーション「人間と機械。NFTと進化し続けるアートの世界」内の空間)

出典:https://www.businesswire.com/

2008年に始まった「インディア・アートフェア」では、2022年ジャヤ・アソカンをディレクターに迎え、NFTを展示する予定。南アジアの現代アートに特化したブロックチェーンプラットフォーム「Terrain.Art」の協力で、新進気鋭のNFTアーティストの作品が紹介されるという。

❚ 現代アート界の大物がNFTに参入

NFT登場前から活躍していた大物アーティストもNFTに挑戦している。

イギリスを代表するダミアン・ハーストは、2021年にNFTプロジェクト「The Currency」を発表。1万枚の作品をNFTとして販売し、1年後、所有者に「NFTを物理的な作品と交換してNFTを破棄する」のか、「NFTを保持して物理的な作品を破棄する」のか選択を迫った。

2022年に入ってからは、蝶モチーフの5枚のプリントシリーズ「The Empresses」のNFT版をドロップしている。

ダミアン・ハーストと「The Empresses」シリーズ
(画像=ダミアン・ハーストと「The Empresses」シリーズ)

出典:https://robinrile.com/

「××」の目をしたキャラクターで知られるKAWSは、すでにメタバースでの展覧会を開催。2022年1月から2月にかけて、ロンドンの現実のギャラリーでの個展に合わせ、オンラインゲーム「Fortnite(フォートナイト)」の中で、バーチャルな展覧会を公開した。

また、KAWSはアートコレクターとしても知られ、日本人アーティスト花井祐介の作品も所有。2022年2月に花井初のNFTコレクション「People In The Place They Love」が販売された際には、KAWSをモデルにしたスペシャル・レジェンダリー・アバターを贈られている。このNFTは所有者に永久保存されるという。

左から2番目がKAWS(下)と花井祐介によるKAWSのアバター(上)
(画像=左から2番目がKAWS(下)と花井祐介によるKAWSのアバター(上))

出典:https://prtimes.jp/

NFT市場はバブルか?

❚ NFT市場の急成長

分散型アプリのデータを提供する「Dapp Radar」によると、2021年にNFT空間が生み出した取引量は約220億ドル(アート以外のNFTも含む)。2020年の約1億ドルから飛躍的な伸びを見せた。

投資銀行などを運営するアメリカの金融サービス会社Jefferiesは、2025年には約800億ドルまで成長するという見通しを立てている。

❚ 供給過剰でバブルが弾ける可能性

NFT市場が急激に拡大しているのは事実だが、今後バブルが弾ける可能性も指摘されており、安易に過剰な期待を寄せるのは危険だ。

従来の絵画と異なり、NFTは誰もが無限につくれるため、全てのNFTが高い価値を維持できるわけではない。すでに多くの素人がNFTに飛びついており、乱立するNFTアートのクオリティはピンキリ。供給過剰になる兆しがあり、長期的な価値を保てるNFTを見極めるのは困難だろう。

❚ まだ評価が不確実

販売されているNFTのほとんどは、実績のないアーティストによるものなのが現状。ギャラリーやオークションハウスが来歴を把握している伝統的なアート作品と違い、評価の基準となる情報が何もない。

二束三文で購入したNFTが些細なきっかけで高騰することもあれば、大金を払って入手したNFTが急に無価値になる可能性もあるのだ。存在が一般的に認められてきたとはいえ、まだ投機的な側面があることには留意しておかなければならない。

BAYC(Board Ape Yacht Club)の所有者限定クラブ特典「THE BATHROOM」
(画像=BAYC(Board Ape Yacht Club)の所有者限定クラブ特典「THE BATHROOM」)

出典:https://nftevening.com/

急激な盛り上がりを見せるNFTに、さまざまな業界から人々が参入しているが、全員が仕組みや影響を正確に把握できているわけではない。まだ不確実な要素が多く、リスクが高いのが現状だ。

しかし、ファインアート界ですでに大きな変化が起こっていることからも分かるように、NFTが市場の動きや価値観に影響力を持っていることは間違いない。時代の波に乗り遅れないためにも、今のうちにNFTに関する情報にアンテナを張っておいてはいかがだろうか。仕組みを理解するために少額から試してみるのもひとつの方法だ。

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文:ANDART編集部

参考
https://www.businesstoday.in/magazine/luxury-lifestyle/story/how-nfts-are-disrupting-the-art-world-321706-2022-02-15
https://www.coindesk.com/business/2022/01/20/jefferies-sees-the-nft-market-reaching-more-than-80-billion-in-value-by-2025/