この記事は2022年4月21日に「テレ東プラス」で公開された「劣等感を武器に変える! ~次世代建築家の驚き仕事術~:読んで分かる『カンブリア宮殿』」を一部編集し、転載したものです。
「交ぜる」で新たな価値を ―― 知られざる次世代建築家
東京都渋谷区の住宅街にちょっと不思議な食堂がある。店内はおしゃれなカフェ風の造り。若い女性客が中心で、お目当てはお母さんが作ったような家庭料理だ。
「日替わり定食」(1,210円)には野菜たっぷりの小鉢が三つ付く。メインは低温調理でじっくり煮込んだ「肉じゃが」や甘みのある九州の麦味噌を使った「鯖の味噌煮」だ。
不思議なのは客席から厨房を挟んで反対側がオフィスになっていること。店舗や住宅などを手掛ける設計事務所サポーズデザインオフィスだ。施設は社員のための社食と一般向けの食堂を交ぜ合わせたもの。だから店名も「社食堂」という。
「最初は気になっていたんですけど、慣れるとカフェで仕事をする感覚。人に見られているので『しっかりしよう』とプラスに働いている気がします」(設計担当・五十嵐克哉)
実店舗を運営することで得た気づきもあるという。皿の収納はカウンターをグルリと回ったオフィス側につけた。客から見えない場所に、という配慮だったが、使い勝手が悪く、結局、皿はカウンターの上に置いたままだ。やってみないと分からないことがある。実店舗にすることでオフィスが学びの場となったのだ。
「実際に自分たちで店舗を体験したうえで、理解してより良いものを作れるのがメリットなのかな、と」(五十嵐)
仕掛け人のサポーズデザインオフィス代表・谷尻誠(48歳)は、オフィスの周辺をぶらぶらしながらインスタグラムのために写真を撮っている。フォロワーは8万人。インスタに力を入れる理由を「建築を頼む人は、過去の建築を見て依頼する面もありますが、『この人は洋服好き、気が合いそう』と、共通点を見つけて安心する部分があると思うんです」と、説明する。
谷尻はライフスタイル雑誌などにもたびたび取り上げられており、若者たちが興味を持つ建築家だ。その手法の一つが「混ぜる建築」。「本来は混ぜなかったものを混ぜると、化学反応が起きて良くなることがある気がします」と言う。
化学反応を起こした代表例が「虎ノ門ヒルズ」の中にある「虎ノ門横丁」だ。路地の両脇に26軒の名店が並ぶグルメな横丁。新宿の予約困難店「鳥茂 分店」など他では味わえない料理でいっぱいだ。
「虎ノ門ヒルズ」で谷尻が交ぜたのは「名店」と「横丁」。この組み合わせから生まれた新しい価値が分かるのは「寄合席」だ。4人連れの客を見ていると、1人は飯田橋の人気中華「虎ノ門パイロン」、もう1人は「鳥茂」へ。4人がそれぞれ違う店で注文し、おいしそうなものが集結。名店をハシゴしてちょっとずつ味わうことができる下町の商店街のような横丁なのだ。
▽虎ノ門横丁の様子
評判を呼んだ谷尻の「交ぜる建築」は他にもある。焙煎所と珈琲店を交ぜてコーヒーの世界観を広げたカフェチェーン「猿田彦珈琲」。図書館と旅館を交ぜて自由な時間に浸れるようにしたリゾート施設「松本本箱」。組み合わせで新しい価値を生み出してきた。
既成概念をぶっ壊せ ―― 大手企業も注目の業界異端児
谷尻が得意とする手法は「交ぜる建築」だけではない。
「LDKという言葉があると、リビングにソファを置かなければいけない気分になるし、ダイニングという名前があると、食事をする場所と脳が決めてしまいます」(谷尻)
リビングやダイニングといった部屋の概念にとらわれない、「役割を決めない空間」のある家。愛知県安城市の施主の希望は「のびのびと楽しめる家」だった。
その住宅には穴の空いた屋根があり、かなり広めの空間が。その横はガラス戸で仕切られたリビングになっているが、ガラス戸を開ければひと続きになる。そこは大きなリビングなのか、庭なのか、名前のつけようがない空間となる。バーベキューもできる。名前も役割も決まっていない場所だから何でもあり。家族は狙い通り、伸び伸びとした時間を過ごしていた。
「何が起きるか予測できない場所を作ることができれば、新しいドキドキの生まれる場所になるかもしれないので」(谷尻)
▽家族は狙い通り、伸び伸びとした時間を過ごす
この日、谷尻が向かったのは長野県王滝村の御嶽スキー場。現場は必ず見る。打ち合わせの相手は支配人の家高里加子さん。施設のリニューアルを依頼してきた。
「客数は年間3~4万人。もう少し増えないと本当に厳しいですね」(家高さん)
御嶽スキー場には1980年代、年間60万人が遊びに来ていた。しかし、アクセスのいいスキー場が次々とオープンし、客を奪われてしまったと言う。
谷尻が家高さんと向かったのはリニューアルを依頼された「第7休憩所」。平屋建ての低い建物だ。谷尻は持参したドローンを取り出して、「高いところからどんな景色が見えるか確認したい」と、少し上がれば絶景が見えることを確認した。
その間も、依頼者を質問攻めにして、本人も気付いていないかもしれない本質的な希望を探っていく。こうして理解を深めた上で、独自の視点から答えとなるコンセプトを導き出す。この日は「人がいないからのびのび滑れていい」という谷尻自身の感想がヒントになった。
後日、リモートの打ち合わせで谷尻が提案したのは「いいなと思ったのは、人が少ないこと。空いているのに利益が出るというのが健全な状態なので、人を入れすぎない」というリニューアル案だった。
まず平屋の「第7休憩所」は3階建てにする。1、2階は休憩スペースにし、3階はサウナに。眺めのいいサウナがあれば、地元の人も来てくれる。
大浴場にはワーキングスペースを併設し、滞在型の貸しオフィスにすることを提案。レストランや宿泊施設も作り、一年中客が呼べる施設にするというアイデアだ。これならスキー客を増やし過ぎずに利益をあげられる。
「私の想像を覆す提案で、本当に驚きました。すばらしいと思います」(家高さん)
この間、谷尻はこんな自問自答をしていたと言う。
「僕が家族を連れて行きたいか。何があれば行きたくなるのか。シンプルなことですよ」
▽「何があれば行きたくなるのか。シンプルなことですよ」と語る谷尻さん
柔軟な発想で「新しい建築」を生み出す谷尻は今や大手企業からも引っ張りだこ。「マツダ」のリニューアル店舗に、「TSUTAYA」の新業態「草叢BOOKS」、「ライン」の旧新宿本社など、有名企業から設計依頼が殺到している。
メガネの最大手「JINS」の店舗も谷尻が変えた。
「マス目什器と言っていますが、メガネを置く絵の具箱のような什器を作りました」(「JINS」田中仁社長)
これを「JINS」の目印、つまりアイコンにしてそれぞれの店舗のデザインをやり直した。すると売り上げが上がったという。
「我々が気づかないものを気づかせていただいたような気がします」(田中さん)
経験なし、ノウハウもなし ―― 落ちこぼれ建築家の逆転劇
谷尻こだわりのイベントがサポーズの広島の本社で開かれた。さまざまなジャンルで活躍する人の考え方を社員に聞いてもらうトークイベント「THINK」だ。すでに100回を超えて開催されている。
この日のゲストは数多くのビジネスの立ち上げに関わってきた投資インフルエンサー、ジェレミーさん。これまでもサカナクションの山口一郎さんや放送作家の小山薫堂さん、キングコングの西野亮廣さんなど、錚々たる面々を招いてきた。
「社員に『こんな人に会って話を聞いた』と伝えるよりも、本人が来て直接伝えてくれたほうが、僕とは違う解釈が生まれる。自分たちの考え方が成長できれば、いい建物を作ることにつながると思うので」(谷尻)
▽トークイベント「THINK」すでに100回を超えて開催されている
1974年、広島で生まれた谷尻。生家はトイレが汲み取り式の長屋のような家だったという。高校を卒業するとデザインの専門学校に進学。その後、建築会社に就職したが、建売住宅の設計を雛形通りにやるだけの仕事で、結局、5年で退職した。
26歳にして無謀にも独立。同級生とともに設計事務所サポーズデザインオフィスを立ち上げた。しかし当時の谷尻は注文住宅を1軒も作ったことがない、いわば素人同然だったが「得意です」と言って仕事を取った。
当時のことを、谷尻と共同代表を務める吉田愛が振り返る。
「作り方がさっぱり分からない」(谷尻)
「見様見まねという感じですか。たまたま姉が建築家に頼んで家を建てていたんです。その図面をもらって(笑)」(吉田)
「建築家はこんな感じで図面を描くのか、と(笑)」(谷尻)
そんなやり方でうまくいくものなのか。
「自分のやりたいことには真っすぐで、プレゼンの時だけ口がうまくなる(笑)」(吉田)
目を引く独創的な家を作ると、広島では少しずつ名前が知られるようになっていく。しかし、谷尻にはこんな思いがあった。
「雑誌に出ている建築家のプロフィールを見ると、有名大学の建築学科を卒業して有名な設計事務所に勤めて独立した人ばかり。やっぱりそうでないとダメなんだと思ってました」
谷尻は「雑誌に載るような建築家になる」と、自分を売り込むべく東京に通う。住宅雑誌に自分の設計した家の写真を持ち込んでみたのだが、あえなく門前払い。ようやく面会が叶うと、狙いを聞かれた。
「『なんでこう作ったのか』と、コンセプトなどをすごく聞かれる。当時、あまり設計意図はなかったんです。とにかく安く作るとか、かっこ良く作るとかで、意味づけができていなかった」(谷尻)
誰のために、何のために作るのか。そうした視点が抜け落ちていることに気づかされた。
尾道市で地域活性化~建築以外でも引っ張りだこ
以後、谷尻の作品は「施主の望みを考え抜いた建築」となっていく。その代表作とも言えるのが、広島県・尾道市の使われなくなった倉庫のリニューアル・プロジェクト。施主からは地域を活性化させるリノベーションを求められた。
谷尻が目をつけたのは瀬戸内を結ぶ「しまなみ海道」。ここを走りたいと全国からサイクリストが来ていた。しかし、尾道は宿泊施設が少なく、せっかく来た観光客も素通りしていたのだ。そこで考えたのがホテル「ONOMICHI U2」へのリニューアル。自転車好きが泊まりたくなるホテルだ。
自転車でやって来たら、フロントからそのまま部屋に入れて愛車を飾ることもできる。客室前の廊下には広めのスペースを作り、自転車のメンテナンスができるようにした。これでサイクリストたちは尾道に泊まり、地元にお金が落ちる。
▽フロントからそのまま部屋に入れて愛車を飾ることもできる
さらに谷尻は地域の活性化というテーマを考え抜き、もう1つ仕掛けたことがある。
「ホテルに外から人が来て泊まるだけでは、地元の人は無関係になる。日常的にこの場所を観光客と地元の人が混ざり合って使ってほしいという思いがありました」(谷尻)
ホテルの周辺には住宅地が広がっていた。そこの住民たちを巻き込もうと考えたのだ。
そこでホテルのスペースは施設の半分にとどめ、もう半分は住民向けとし、地域になかったカフェやこだわりのパン店、地元の野菜を売るマルシェなどを入れた。狙いはあたり、住民たちも集まってくるようになった。客は近くの店でも増え、注文通りのリニューアルとなった。
「やはりにぎやかになるのは商売人にとってはありがたい。若い移住者も増えて、街の活性化につながりますね」(尾道市の飲食店「保広」)
谷尻は建築家の枠を超えた仕事にも乗り出している。
その一つがインテリア商社の「サンゲツ」と共に行った壁紙の商品開発だ。谷尻が目をつけたのは、すでに売られていた、表面に特殊な加工を施した壁紙。アルコールで拭くだけでマジックの文字が消せる。
「汚れにくいんだったら、描いてもいいということだよねと言ったんです」(谷尻)
谷尻が発想して作ったのは黒板のような壁紙「Blackboard壁紙」だ。実際に利用している家庭を見せてもらうと、「子どもたちが毎日楽しく使っています」と答える母親の後ろで、子どもたちが落書きを始めた。
「汚れが落とせる壁紙」は「落書きしてもいい壁紙」に生まれ変わった。カフェなどではメニューボードに活用。どこかノスタルジックな魅力もあり、ヒット商品となった。
▽黒板のような壁紙「Blackboard壁紙」
~ 村上龍の編集後記 ~
回り道をしてきた人だなと思う。体感と結びついている。くみ取り式の便所、バスケ、自転車競技の「ダウンヒル」。それで言葉を得た。
スタッフに単独犯でなく共犯関係を結ぼうと促し、依頼主に耳を傾けいっしょに物語を紡ぎ、プロセスを失敗するといい建物にならないと説く。
当然のことばかりだが、体感がベースになっているので、強い。勉強してこなかった分、人より考える癖がついたのだそうだ。
「プロの概念は素人の気持ちを忘れない人」。至言で、まさにその通りだ。
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<出演者略歴>
谷尻 誠(たにじり まこと)
1974年、広島県生まれ。1994年、穴吹デザイン専門学校卒業。2000年、サポーズデザインオフィス設立。2015年、大阪芸術大学准教授就任。
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