コロナワクチンは、重症化予防と医療機関の負担軽減という恩恵とともに、多数の「ワクチンビリオネア(純資産10億ドル/約1,650億円以上)」を生み出した。
ワクチン開発欧米3社ファイザー、バイオテック、モデルナはコロナ禍で合計100億ドル(約1兆6,499億円) 以上を稼ぎ出し、モデルナのステファン・バンセルCEOの特恵的退任手当はコロナ以前のおよそ100倍に跳ね上がった。しかし、これらの大富豪をはるかに上回る「ワクチン王」の存在については、あまり語られることがない。
ワクチン開発欧米3社トップ、2021年の報酬はいくら?
コロナワクチンの特需が製薬会社の業績をけん引した2021年、ファイザー、バイオテック、モデルナの通期総売上高はそれぞれ、813億ドル (約10兆2,700億円/前年比2倍増)、190億ユーロ (約2兆 5,951億 円/39倍増)、185億ドル( 約2兆3,369億 円/23倍増)へと押し上げられた。
各社のCEOが受け取った報酬は、ファイザーのアルバート・ブーラ氏が2,430万ドル(約30億6,965万円/前年比15%増) 、モデルナのステファン・バンセル氏が1,820万ドル (約22億 9,908万円/41%増)だった。バイオテックのウール・シャヒン 氏は1,159万ユーロ(約15億 305万円/30%減) だったが、これは2020年以降、CEOの賞与の上限が年間固定給の50%に設定されているためだ。
モデルナCEOの特恵的退任手当は数千億円?
現在のところ、3社の中で最も手厚い報酬待遇を受けているのは、バンセル氏という印象を受ける。モデルナの取締役会は2021年末 、バンセル氏の特恵的退任手当について、その大部分を自社株と現金150万ドル(約1億8,948万円)、ボーナス250万ドル(約3億1,580万円)で支払うことに合意した。
承認当時の株価に基づいて算出すると、自社株だけでも9億2,500万ドル(約1,168億4,908万円)相当の価値があった。これはファイザー のブーラ氏のゴールデン・パラシュート(特恵的退任手当)の約8倍に相当する。
ゴールデン・パラシュート(特恵的退任手当 )とは、買収・合併等の理由で経営トップが解雇された際、受け取ることができる高額な退職金のことだ。多額のボーナスや株式報酬のほか、保険や年金の給付が含まれることもある。
モデルナがパンデミック以前はバイオテクノロジー界以外でほとんどその存在を知られておらず、ワクチンの成功で初めて黒字を達成した事実を考慮すると、バンセル氏への好待遇は当然の功績と見るべきか。
ちなみに同社は、インフルエンザや他の感染症用のワクチンも開発しているが、現在市販している商品はコロナワクチンのみとなっている。
2021年は40人以上のコロナビリオネアが誕生
ワクチン大手3社の経営トップの高額報酬は、コロナワクチンが医療分野だけではなく、国際規模のビジネスとして類まれなき成果を上げたことを反映している。2021年4月に発表されたフォーブス世界長者番付 に新しくランクインした493人のビリオネアのうち、少なくとも40人がコロナ関連企業の幹部だった。
この中にはバンセル氏やシャヒン 氏のほか、香港の保護フェイスマスクメーカー ウィナーメディカルの創設者 李建泉氏や イントコメディカルの創設者兼会長 劉方怡氏、ワクチンメーカー深セン康泰生物製品の大株主 袁麗萍氏 、モデルナの創業投資家である米免疫学者ティモシー・スプリンガー氏などが含まれる。
純資産3兆円以上を保有する「ワクチン王」とは?
実は、これらのワクチンビリオネアをはるかに上回る富を有する、「ワクチン王」が存在する。
インドのバイオテクノロジー企業セラム・インスティテュート・オブ・インディア(Serum Institute of India/SII)を有する、サイラス・プーナワラ・グループの会長兼CEO サイラス・プーナワラ 氏だ。
SIIは、年間15億回分以上 の血清、麻疹、ポリオ、インフルエンザを含むさまざまなワクチンを生産する世界最大のワクチンメーカーである。コロナ禍では8億ドル(約1,010億5,866万円)を投じてコロナワクチン生産用の新工場を建設し、アストラゼネカとオックスフォード大学 が共同開発したワクチンの製造を請け負っている。
2021年は純資産が41%増え、インド長者番付では500以上順位 を上げて国内4番目の大富豪の座へ上り詰めた。4月16日現在の純資産は254億ドル (約3兆2,086億円)で、フォーブス世界長者番付の56位にランクインしている。
ファイザーCEO「ワクチン開発から利益を得るべきではないという考えは誤り」
一部からは、ワクチンメーカーのCEOの高額報酬に対する批判の声も上がっている。パンデミックを不当に利用し、貧しい国へ低コストでワクチンを提供するための努力を怠っているというのだ。
ブーラ氏はワクチンが第3相試験段階にあった2020年7月、「企業はワクチン開発から利益を得るべきではないという考えは間違っていると思う」とバロン誌の 取材で語った。診断方法や治療方法やワクチンの開発を行っているのは民間企業であり、その功績に対して正当な報酬を受ける権利があると述べた。
ビジネスインサイダー によると、ファイザーはワクチン開発に政府資金を利用しておらず、ブーラ氏は自社が最低価格でワクチンを提供すると主張していた。これに対してオックスファム は翌年、「コロナワクチンが適正価格の4~24倍で販売されている」との報告書を発表した。
「正当な報酬」とは何か?
「正当な報酬」が何を基準とするものかにより、評価は分かれるだろう。パンデミックの抑制で重要な役割を果たしたことは明白だが、人命を賭けたインセンティブが巨額の利益を生みだしていることも事実である。
文・アレン・琴子(英国在住のフリーライター)