世界で最も罹患数が高い乳がん
国際がん研究機関 (IARC) が2020年12月に発表した統計によると、乳がんは現在、世界で最も多く診断されているがんであるとの結果が出ています。(参考サイトはこちら)それを裏付けるかのように、公益法人がん研究振興財団発刊の「がんの統計2021」によると、日本でも2020年の女性の乳がん罹患数は約9万2千人で、部位別ガン罹患数のトップ(21%)となっているのです。(参考サイトはこちら)
今回は国際女性月間にちなみ、女性のがんのトップを占める乳がんに焦点を当て、画期的な治療方法を実現する医療機器を開発している、イスラエルのIce Cure Medical 社を取材しました。
乳がんの特徴
「私たち Ice Cure Medical 社は、凍結療法という治療法を、より安全、確実、簡単にがんに対して施行できる医療機器『ProSense』を開発しました。凍結療法については後ほど詳しくご説明させていただきますが、まず、乳がんについて少しお話ししましょう」
こう言うのは、同社のグローバルビジネス開発およびマーケティング本部長(VP)のトゥラリットさん。彼女は医療機器分野で約20年の職歴を持つベテランで、その腕を買われ、3年前からIce Cure Medical社に勤めています。
トゥラリットさんは言います。「乳がんは、男性の症例がまったくないというわけではありませんが、患者のほとんどが女性であり、乳がんの特徴として挙げられるのが『女性性』と切り離して考えることができない、という点です。乳房は、女性の身体の中でも非常に特徴的な部位です。がん摘出のために乳房を切除するというのは、もちろん命が最優先とはいえ、身体的な負担のみならず精神的な負担が非常に大きいことも確かです。
可能であれば、できる限り乳房を傷つけずにがんを治療したい、乳がんに罹患した女性がそう願うのは当たり前のことで、自分の体に愛着や自信を持つ事は非常に重要なことです」
確かに、再建手術のことなども含めて考えると、身体的、精神的、そして経済的にも「治療」以外の部分からも患者さんに負担が増していることが容易に想像がつきます。
「Ice Cure Medical は、がん治療における低侵襲的な療法(ミニマル・インベイシブ)を目指し、体を切り開いたり部位を切り取ったりすることを最小限に抑えたうえで、効果のある治療を可能にする技術の開発を続けてきました。それを実現したのが凍結療法を利用したIce Cure Medical の医療機器、ProSenseです」と、トゥラリットさん。
凍結療法とは
皆さんは「凍結療法」という治療法をご存知ですか?
凍結療法とは、その名のごとく凍結することで病変を壊死させる治療法です。すでに約30年ほど前には、一定の条件下にあるガン治療法として非常に高い有効性を発揮することが証明されていました。
具体的には、冷却用の針を使って体内のがん細胞を凍結して壊死させます。これが凍結療法です。治療は、ウルトラサウンド(超音波)やCTなどでがん細胞の位置を確認しながら行われます。しかし、体内にあるがん細胞だけを安全に凍結させることは非常に困難で、また治療自体が高価でもあり、この療法は現在にいたるまでポピュラーな治療法であるとは言いがたい状態でした。特に今まで、乳がんに凍結療法が利用されたことはなかったのです。
トゥラリットさんは続けます。
「これまで凍結療法は、肺がん、骨がん、肝臓がん、腎臓がんなどの治療に利用されていました。冷却にはアルゴン・ガスを使うのですが、アルゴン・ガスは高価な上に入手と扱いが難しく、また圧力の関係で危険を伴うことから利用や保管に厳重な安全確保が必要です。さらに冷却に時間がかかるため治療中の患者の負担も大きく、不完全な凍結のためにがん細胞が完全に死滅せずに残されてしまうという恐れもあったのです」
Ice Cureの開発した凍結療法機器「ProSense」
そのような、複雑で高価なオペレーションを必要とした凍結療法に革命を起こしたのがIce Cure Medical だと、トゥラリットさんは言います。
「Ice Cure Medical が開発した医療機器ProSenseは、アルゴン・ガスの代わりに液体窒素を利用します。液体窒素は研究所や教育機関、工場など、様々な場所で利用されているもので、世界中のどこでも安価に入手が可能です。アルゴン・ガスを利用した場合、-100℃までの冷却に2分以上を要しますが、液体窒素を利用したProSenseは1分以内にがん細胞を-170℃まで冷却させます。また、液体窒素は取り扱いが簡単で、アルゴン・ガスのように冷却装置とガスの保管場所を別にする様な、危険回避の必要もありません。ProSenseがあれば、小さなクリニックでもがんの治療が可能になるのです。
ProSenseは、国際基準でステージ1と定められたがんで、がん細胞が1.5センチ以下のものに対して治療を実施することができます。がん細胞の摘出手術にとって代わるものですが、麻酔や切除の必要がないため治療時間も短く、痛みもほとんど感じません。入院の必要もなく、治療後、日を置かずに通常の生活に戻ることが可能です。また、これは乳がんの治療にとって非常に重要なことだと思うのですが、治療後の乳房の形や感覚に変化がなく、傷跡がのこらないのも大きな特徴なのです」
現在ProSenseは、ドイツ、フランスなどのヨーロッパ各国で、医療機器としての承認を得るための手続きが行われています。アメリカでは食品医薬品局(FDA)のファスト・トラック指定を受け承認手続きが最終段階に突入し、日本ではテルモ(株)と提携し、医薬品医療機器総合機構(PMDA)の認証を受けるための手続きが行われています。
また、日本においては亀田総合病院の野森先生、福間先生により、Ice Cure Medical 社の医療機器を使ったがんの凍結療法の臨床実験が長年行われていて、その結果は世界でも注目を浴びているのです。
コロナ禍において世界各国で医療施設のひっ迫が引き起こされたことから、コロナとは直接に関係のないその他の医療の在り方にも見直しの動きがあり、現在はオーストラリア、南アフリカ、タイ、インド、UAEなど、世界各国からの問い合わせが引きも切らないといいます。
世界各国でProSenseが医療機器として承認されれば、乳がん治療の選択肢が増えることになり、患者の負担を劇的に軽減することができるのです。
がんの早期発見の重要性
インタビューの間、トゥラリットさんは乳がんの早期発見の重要性について何度も説明してくれました。
「乳がんの罹患数は近年上昇傾向にありますが、乳がんは早期発見、早期治療によって治癒率をあげることが可能です。そして乳がん検診を定期的に行うことによって発見を早めることができるのです。乳がん治療で最も大切な第一ステップは早期発見です。皆さんにはぜひがん検診を若いうちから定期的に実行して欲しいです。
Ice Cure Medical は女性の乳がん早期発見のため、乳がん検診を行う各種団体と共に、がんの早期発見に関する啓蒙活動にも協力しています。なぜなら、治療開始が早期であればあるほど、治療の有効性があがり、治療中の患者さんの負担が低いことが、確実だからです」
日本へのメッセージ
Ice Cure Medicalは2006年に設立され成長を続け、昨年9月、ナスダックとTASE(テルアビブ証券取引所)に上場した、イスラエルでも大成功を収めている会社の一つです。
日本でもPMDAの承認を受けるための手続きの最中ということで、コロナ前には日本に出張に行ったり、日本からもお医者様がIce Cure Medical を訪問したりということがあったそうです。同社に取材に行くと、非常に親日の雰囲気を感じました。今では日本と関係する業務はほとんどがオンライン上で行われているとのことですが、日本に向けてのメッセージをいただきました。
「日本の会社や先生たちと協力してProSenseを日本市場に広めていくことができるのは、本当にうれしいことです。日本の関係者の皆さんの、丁寧でプロフェショナルな仕事ぶりにはとても感謝しています。
乳がんに罹患してしまった患者さんに対し、できるだけ負担の少ない治療の選択肢を提供するのが、私たちIce Cure Medicalの役目だと思っています。乳がんに罹ってもそれを早期に発見できれば、本来の、自然のままの乳房の形をそのまま維持することができる。Ice Cure Medical は、女性の皆さんにそういう選択肢を提供したいと強く願っています。そして、それを可能にするのがProSenseなのです。
日本女性の皆さん、日本でも、今では乳がんは珍しいものではありませんよね。どうか積極的に乳がんの検診を受けてください。繰り返しますが、がんの発見は早ければ早いほど私たち患者自身にとって良いのです。」
近年、日本でも患者数が増えている乳がん。ProSenseがその力を発揮して、ひとりでも多くの患者さんが少ない負担でがんを克服できる日が来ることを待ち望んでいます。
IceCure Medical ウェブサイト
https://icecure-medical.com/