持株会社,メリット・デメリット,相続税対策
(写真=Gorodenkoff/Shutterstock.com)
岸田康雄
岸田 康雄(きしだ・やすお)
国際公認投資アナリスト(日本証券アナリスト協会認定アナリスト)、一級ファイナンシャル・プランニング技能士、公認会計士、税理士、中小企業診断士。監査法人にて会計監査及び財務デュー・ディリジェンス業務に従事。その後、金融機関に在籍し、中小企業オーナーの相続対策から上場企業のM&Aまで、100件を超える事業承継と財産承継の実務に従事した。平成29年経済産業省中小企業庁「事業承継ガイドライン改訂小委員会」委員、日本公認会計士協会中小企業施策調査会「事業承継専門部会」委員、東京都中小企業診断士協会「事業承継支援研究会」代表幹事。

「ホールディングス」と呼ばれる持株会社が設立されることがある。上場企業であれば、複数の事業会社を束ねる統括会社として設立されることが多い。特に同業他社とのM&Aの結果、複数の事業会社が経営統合するケースである。

これに対して非上場企業では経営統合ではなく、そのほとんどが相続税対策を目的とする組織再編だ。特に、親族内の事業承継対策として持株会社を設立するケースが多い。事業承継対策で持株会社を設立することは、実は相続税対策としても有効だ。ここでは、M&Aによる一般的な持株会社統合と相続税対策を目的とする持株会社の両方について説明したい。

経営統合を目的とする持株会社とメリット

M&Aは、会社の支配権の全部を手放してしまう取引だけではない。支配権の一部を留保する取引スキーム、たとえば合弁会社設立や持株会社統合という方法もある。これは相手が持っている経営資源の一部を活用しながら、徐々に会社売却を進めていく方法である。会社売却後に一部継続保有した株式があったとしても、それは価値が高くなった後で売却することが予定されているものだ。

近年日本では、同業者との経営統合を模索する動きが増えている。ニッチ市場で中核的な地位を確実なものにしようという目的もあれば、狭い業界の中での価格競争から脱却するという目的もある。業界のトップ企業同士が経営統合することで過当競争状態を解消しようと考えるのは、成熟市場では珍しくない。

経営統合を行う場合、共同持株会社を設立して、各社が子会社としてその傘下に入るという方法が有効だ。持株会社による経営統合のメリットは、各社の法人格が存続するため緩やかな統合ができることだ。従業員の抵抗や実務上の作業も少なくて済み、スムーズに統合を進めることができる。

経営統合を目的とする持株会社のデメリット

持株会社のデメリットは、各子会社が併存するためシナジー効果が生まれにくいことだ。これでは経営統合した意味があまりないので、一定期間後に各社を合併させたり、事業分野ごとに再編したりした上で、最終的には合併まで進める必要がある。

経営統合を目的とする持株会社の設立によって、売り手は持株会社の株主となる。売り手は、株式価値が上がった後に、買い手に対して株式を売却することを予定する。最終的に株式を売却する方法(プット・オプションまたはコール・オプション、タイミング、価格の算定方法)については株主間契約で決められる。

持株会社は経営統合の過程で用いられるもので、最終的なゴールは合併によって組織を一体化することである。

合併にはどちらかの会社名を残すケースと、合併と同時に新社名にして新しい会社としてスタートさせるケースがある。一方の社名を残す場合、社名が消えた会社の従業員には会社が乗っ取られたという気持ちが生まれやすいが、新社名に変える場合は従業員の抵抗は少ないだろう。

いきなり合併させる方法のメリットは、短期間で一気に経営統合するため、早期にシナジー効果が生まれることだ。ただし法人が一体化するため、組織や情報システムだけでなく業務プロセスまで短期間で統一することを求められる。

デメリットは、早急な統合作業によって現場に負荷がかかり、組織の混乱を招くおそれがあることだ。合併による経営統合を行う場合は、統合作業のための準備期間を設けて、効率良く作業が進むよう段取りを整えておく必要がある。

経営統合を目的とする持株会社における組織統合

M&Aが実行されると、経営統合を実現するための実務がスタートする。
経営統合のメリットは、買い手とのシナジー効果によって事業価値を高められることだ。両社に不足する事業価値を補完し合う、あるいは自社の強みをさらに強化することもシナジー効果によって実現する。

事業承継の現場では、取引は実行したものの、期待したほど事業価値が生まれないというケースがある。調査結果でも、「統合後の利益拡大効果が期待したほど得られなかった」という回答が多い。これは、取引実行後の統合作業に失敗するケースが多いからだろう。

買い手との経営統合について、取引実行までに時間をかけて検討できることは少なく、取引実行後にようやく統合作業を開始するケースがほとんどである。しかし、経営統合を確実に成功させるためには、取引実行前から統合の事前準備を行っておきたい。

特に統合作業プロセスと経営管理体制は、譲渡契約を締結する前から検討しておくべきだ。その際、「企業文化や組織風土」といった最上位の概念から、「人事・組織」や「業務プロセス」、「情報システム」まで幅広く検討しなければならない。

相続税対策を目的とする持株会社化

持株会社を設立する目的は、M&Aによる経営統合だけではない。相続税対策を目的とした組織再編の結果として、持株会社が設立されるケースもある。特に親族内の事業承継では、このケースが多い。

業績が好調で株式評価額(株価)の上昇が予想される場合、持株会社を設立することでその上昇を抑制できる。

先代経営者が持株会社を設立するケースもあれば、後継者が持株会社を設立し、銀行からの借入金で先代経営者の自社株式を買い取るケースもある。相続税対策を目的とするなら、先代経営者が株主となって持株会社を設立すべきだ。これは組織再編(株式移転、会社分割、現物出資など)であり、後継者に対して株式の承継が行われるものではない。

これに対して、遺産分割対策(譲渡代金の現金を後継者以外の推定相続人に渡すこと)を目的とするなら、後継者が持株会社を設立するスキームが採用されることになるだろう。これは株式の譲渡であり、後継者に対する株式の承継が行われるものである。

しかし極端な組織再編は、租税回避行為として否認されるリスクを伴う。相続税対策のための組織再編スキームは、時間をかけて自然に行うとともに、その取引が事業に関係するものであることを確認しておく必要がある。

そもそも、会社の組織再編や資産の譲渡などは、節税以外の「経済的なメリット」を生み出すことを前提に実行されるべきだ。この「経済的なメリット」とは、税効果を織り込むことなく客観的に実現が見込まれる経済的利益のことだ。たとえば、事業の集中・選択・リストラなどによって収益増加や経費削減が実現し、キャッシュ・フローが改善されるようなものが考えられる。

しかし「経済的なメリット」を無視し、税負担を軽減させることのみを目的とする相続税対策が行われているのが実情だ。

同族会社などの行為または計算で、その株主や親族など関係者の相続税や贈与税の負担を不当に減少させるような場合は、税務署長の判断によって課税することができることになっている。いわゆる「同族会社の行為計算の否認」という規定だ。

相続税を不当に減少させることのみを目的として企業組織再編や同族間取引を行った場合、税務調査において否認される可能性があることに注意したい。

相続税対策を実行する際は、グループ経営の合理化や間接部門の統合によるコスト削減などの経済的な合理性を確保するだけでなく、専門家から指導を受け、それを明文化した書面を残しておく必要がある。

持株会社を作るための組織再編

相続税対策を目的とする持株会社を作るためには、会社分割や株式交換などの組織再編スキームを使う必要がある。

株式評価の引下げ効果は、複数の事業を営む会社であれば、高収益部門を会社分割によって子会社として独立させることで実現できる。分社型分割による持株会社化だ。これによって、評価会社には低収益部門が残るために、企業オーナーが所有する株式の評価を下げることができる。

また、複数のグループ会社を所有している場合は、既存の兄弟会社を株式交換によって100%子会社化することで、持株会社化を実現できる。高収益で株式評価の高いグループ会社を、低収益で株式評価の低い会社の100%子会社にすることで、オーナーが所有する株式の評価を下げることができる。

持株会社を使った相続税対策の具体例

持株会社が所有する資産は、ほとんどが非上場株式(子会社株式)である。「ホールディングス」と呼ばれるように、株式所有による子会社の支配が事業目的だからだ。

とはいえ、持株会社にオーナーの利益を蓄積させるために、獲得した現金を不動産投資に充てることもあるだろう。不動産には財産評価を下げる効果があるため、株式評価を下げることができる。子会社が所有する不動産を持株会社に移転し、事業会社の資産を軽くしてM&A(特に従業員承継のMBO)を計画することもあるだろう。

中堅規模の会社の事業を2つに分け、事業会社に子会社を保有させる持株会社体制も効果がある。

たとえば持株会社に、大規模だが収益性の低い事業を運営させる。会社の規模が「大会社」に該当すれば、類似業種比準価額を100%適用することができるだろう。比準要素数1の会社に該当しないよう、配当金を0.1円は出したい。すると、当然株式評価額は低くなる。

子会社には、小規模だが収益性の高い事業を運営させる。利益が多いため類似業種比準価額が高くなるが、できる限り純資産価額を下げ、純資産価額100%の選択適用ができるようにする。株式評価額が上昇しても、持株会社に反映される金額は法人税等相当額37%(2019年現在)だけだ。

子会社株式の評価額の上昇は、親会社である持株会社の株式評価額の上昇をもたらすが、持株会社の評価方法が類似業種比準価額100%であれば、子会社株式の上昇を最小限に抑えることができる。

つまり持株会社化は、株式評価額の引下げと株式評価額の抑制の両方に効果がある相続税対策なのだ。

持株会社化の株式評価の注意点

持株会社が発行する株式を評価する際に注意すべきポイントは、持株会社化によって評価対象会社が株式保有特定会社に該当してしまうことだ。

分社した高収益部門の規模が大きければ、子会社株式の評価額が総資産に占める割合が50%以上になることで、株式保有特定会社に該当する可能性が高くなる。

そこで、「特定会社外し」を検討することになる。子会社株式の総資産に占める割合を50%未満に下げて株式保有特定会社から外し、類似業種比準価額を使えるようにするのだ。これは、純粋持株会社を事業持株会社に転換することを意味する。

たとえば子会社の不動産を持株会社へ移転して、それを子会社に貸し付ける、人事・総務・経営企画などの管理部門に係る資産および負債は持株会社に帰属させて、子会社の事業と切り分けるなどの組織再編を行う。

また、子会社化された事業会社の不動産を持株会社に移すことで、株式保有特定会社から外せる場合もある。その際、不動産を子会社に対して賃貸すれば、純資産価額を下げることもできる。純資産価額の評価において、建物は貸家(相続税評価額が30%減少)、土地は貸家建付地(相続税評価額が概ね20%減少)として評価額を下げる効果がある。

持株会社を株式保有目的会社から外して類似業種比準価額方式を適用できれば、子会社の株式評価額が上がっても、評価される持株会社の株式評価額にはほとんど影響しない。つまり、持株会社を設立することで、高収益事業の成長に伴う相続税負担の増加を抑制できるのだ。もちろん特定会社外しを行った後は、持株会社の規模拡大を図ることで、類似業種比準価額方式の適用割合を上げなければならない。

とはいえ、実務において株式保有特定会社を外すことは容易ではないため、結果的に純資産価額で評価することになるかもしれない。その場合、株式評価額を下げる効果は享受できない。

そのような残念な場合でも、持株会社化することで享受できるメリットは他にもある。それは、保有する子会社株式の評価額が上がったとしても、その上昇を抑える効果だ。直接保有の場合は自社株式の「含み益」のすべてが課税対象になるのに対し、持株会社を使って間接保有した場合は子会社株式の法人税等相当額37%(2019年現在)が控除されるため、その分株式評価額の上昇を抑える効果があるのだ。

いずれにせよ、株価の上昇が見込まれる事業会社の株式を、持株会社を使って間接保有することがポイントになる。

相続税対策を目的とする持株会社の所有と経営

事業承継のために持株会社を設立する場合、親族内で持株会社の株式を相続し、子会社である事業会社の経営を外部の人間に委ねることがある。たとえば、事業会社の社長に従業員を登用するようなケースだ。

この場合、対象会社の株式の買取資金調達の問題が解決できず、後継者が会社を支配するために必要な株式を取得できないことが多い。よって引き続き親族が支配株主の座に留まり、会社の経営は外部人間に委ねるため、所有と経営の分離状態が生じる。所有と経営が分離することで、外部から有能な経営者を招くことができるというメリットがある。

しかしながら、持株会社化による所有と経営の分離には問題点が多い。

第一に、親族のリスクが大きい。中小企業においては、事業用資産と個人財産が一体となっているケースが多い。経営を外部人材に委ねた後も、親族の個人資産を資金調達の担保に供することを要求されることが想定される。最悪の場合、経営を任せた人材の経営判断の結果、オーナーが個人財産を失う可能性がある。

第二に、経営の機動性が低下する。中小企業の強みは、社会や経済動向に機敏に対応できるという小規模ならではの機動性にあり、それには素早い意思決定と思い切った経営判断ができる環境が必要だ。

しかし所有と経営が分離していると、経営者の地位自体がオーナー(持株会社の株主=親族)の意向に左右されるため、重要な意思決定にはオーナーの同意が必要になり、素早い意思決定が難しくなる。
雇われた経営者は、思い切った経営判断によって損失が生じた場合の責任を考慮し、どうしても無難な選択をしてしまいがちである。このように所有と経営の分離は、中小企業の強みを消してしまうおそれがあるのだ。

第三に、経営者や従業員のモチベーションの低下が懸念される。経営者が受け取ることができる利益は役務の対価である役員報酬のみであり、自らあるいは従業員の貢献によって企業価値が向上したとしても、株式の価値上昇による利益を享受し、会社が獲得した利益をどのように分配するかを決めるのは、持株会社の株主であるオーナーだ。努力の成果が自分のものにならない雇われ経営者の立場を考えると、そのモチベーションが高まらないのも無理はないだろう。

文・岸田康雄(税理士)