組織再編やイノベーションなど、近年ではさまざまな目的でスピンアウトが実施されている。経営リスクを抑える効果もあるため、工夫次第では貴重な戦略になるだろう。本記事ではスピンアウトの概要や特徴に加えて、国内・海外の代表的な事例を紹介する。
目次
ビジネスにおける「スピンアウト」とは?
ビジネスにおけるスピンアウトとは、資本関係を継続させずに親会社から別会社を切り離すことである。親会社が出資しない形での独立となるため、切り離された新会社は完全な独立企業となる。
スピンアウトが実施されるシーンとしては、親会社に勤めていたサラリーマンが独立を果たす場合や、不採算事業のみを売却したい場合などが有名だ。特に近年では、優秀な若手社員が大手企業からスピンアウトする光景が国内でも見られるようになった。
スピンアウトとその他の用語の違い
数あるビジネス用語の中でも、「スピンオフ」「カーブアウト」「社内ベンチャー」の3つは特にスピンアウトと混同しやすい。正しい経営戦略を立てるためにも、以下でこれらの違いをしっかりと確認しておこう。
スピンオフとの違い
スピンオフとは、資本関係を継続したまま子会社を切り離すことである。親会社が出資を行う点が特徴的であり、主にリスクの高い事業に取り組む場合や、グループを再編したい場合などに実施される。
なお、切り離された子会社は完全な独立企業ではないため、親会社の経営資源(ブランドや販売チャネルなど)を活用することが可能だ。
カーブアウトとの違い
カーブアウトも、資本関係を維持した状態で子会社や一部事業を切り離すことを意味する。つまり、スピンオフとカーブアウトは似た意味合いの用語だが、以下のように用語の主体に違いがある。
- スピンオフ…親会社を主体とした用語。
- カーブアウト…子会社を主体とした用語。
例えば、「スピンオフをした企業」は親会社のことであり、「カーブアウトをした企業」には子会社が該当する。ビジネスシーンで誤解を生まないように、これらの用語はシーンに合わせてうまく使い分けたい。
社内ベンチャーとの違い
社内ベンチャーとは、新規事業を立ち上げるために新たなチーム・部門を設けることである。チーム・部門はあくまで社内に設置されるため、社内ベンチャーでは企業や一部事業が切り離されることはない。
つまり「疑似的な分社」であるため、スピンアウトやスピンオフ、カーブアウトとは意味合いが大きく変わってくる。
企業がスピンアウトを実施するメリット
親会社の立場から見ると、スピンアウトには「不採算事業を整理できる」「事業再編につながる」などのメリットがある。では、切り離される子会社から見た場合に、スピンアウトにはどのようなメリットがあるのだろうか。
1.経営の自由度が高まる
スピンアウトでは両社の資本関係が継続されないため、子会社は親会社から干渉を受けることなく事業に取り組める。したがって、資本関係を継続するスピンオフやカーブアウトに比べると、スピンアウトでは新会社の独立性が高い。
つまり、経営の自由度が非常に高いため、事業内容だけではなく資金調達や投資、海外進出なども独自に行える。将来性のある事業を分離させれば、短期間で大きな成長を目指すことも可能になるだろう。
2.イノベーションを実現しやすくなる
経営の自由度が高まることで、イノベーションを実現しやすくなる点も子会社に生じるメリットだ。
例えば、親会社が自前主義にこだわる企業であった場合、開発に費やせる経営資源は常に限られる。このような状況下では、業界をひっくり返すような革新を起こすことは難しい。
一方で、スピンアウトの実施後には他社との提携も自由になるため、優れたパートナー企業を見つけられればイノベーションの実現がぐっと近づく。つまり、スピンアウトされた企業は古い慣習やルールから解放されるので、イノベーション創出に向けた体制を整えやすくなるだろう。
3.投資家へのアピールにつながる
スピンアウトによる新会社の設立は、投資家へのアピールにつながることもある。
投資家の立場からすると、ひとつの成長事業に集中している企業は、将来の見通しを立てやすい投資対象となる。一方で、数多くの事業を手がけている企業はさまざまな外的要因の影響を受けるため、的確な投資判断が難しい。
そのため、スピンアウトによって成長性の高い事業を独立させると、投資家からの評価が高まる可能性がある。
企業がスピンアウトを実施するデメリット
スピンアウトによって切り離された子会社には、以下のようなデメリットやリスクが生じることもある。
1.親会社の経営資源を活用できなくなる
スピンアウトされた子会社は完全な独立企業となるため、親会社の経営資源は活用できなくなる。設備や人材はもちろん、親会社のブランド力や販売チャネルなども活用できないため、状況次第では事業に大きな支障が生じるだろう。
したがって、スピンアウトによって独立をする前には、十分な経営資源があるかどうかを確認しなければならない。もし十分な経営資源を確保できない場合は、ビジネスを収益化させることが難しくなるので、中長期的な成長プランを用意しておく必要がある。
2.従業員のモチベーション低下や離職を引き起こすことも
スピンアウトを実施すると、一部の従業員は親会社から子会社へと移ることになる。親会社から離れることで、少なからず業務環境や人間関係には変化が生じるため、なかにはモチベーションが低下する従業員も現れるかもしれない。
特に注意しておきたいのは、モチベーションの低下やストレスの蓄積によって離職が増えてしまうケースがある点だ。優秀な人材が離れると、ノウハウや技術の喪失によって生産性が下がるため、従業員のケアには力を入れる必要がある。
スピンアウトとスピンオフの比較
ここまでの内容を踏まえて、スピンアウトとスピンオフの違いを改めて整理しておこう。
経営の自由度の面ではスピンアウトに分があるが、その一方でスピンオフされた企業は親会社の経営資源を活用しながら成長を目指せる。どちらも一長一短であるため、独立する事業の特性やプランなどを踏まえて、各ケースに適したほうを選ぶことが重要だ。
実際にはどんなスピンアウトがある?国内外の事例
スピンアウトのイメージをつかむために、ここからは国内外の事例をチェックしていこう。
【国内事例1】企業価値向上を狙ったスピンアウト/東芝
日本の大手電機メーカーである『東芝』は、過去に世界有数の半導体メーカーである『東芝メモリ(現:KIOXIA)』をスピンアウトさせている。さらに、2021年11月には3社分割の実施を公表しており、今後はそれぞれの企業が上場を目指していくシナリオになりそうだ。
東芝がこのような戦略に踏み切った背景としては、「物言う株主」の存在が大きい。同社は株主へのアピールとして企業価値向上を狙っており、その実現のためにスピンアウト・スピンオフを通して事業再編を行おうとしている。
独立をする企業がそれぞれどのような成長を遂げていくか、今後の動向も注目しておきたい国内事例だろう。
【国内事例2】本業ではないビジネスを独立させるスピンアウト/花見煎餅
スピンアウトを実施しているのは、誰もが知る大手企業だけではない。例えば、東京都の老舗せんべい屋である『花見煎餅』は、店内で営んでいた喫茶事業を『喫茶室ルノアール』としてスピンアウトさせた。
喫茶室ルノアールは親会社のコンセプトを活かした形で展開されており、店内には大きな柱時計が置かれるなど、大正ロマン・昭和モダンならではの雰囲気を大切にしている。前述の通り、スピンアウトでは親会社の経営資源を活用することは難しいが、両社の関係性によっては活用できるものも一部あるようだ。
このように、スピンアウトは副業にあたるビジネスを独立させたい場合にも活用できるので、中小企業も経営戦略のひとつとして検討したい。
【海外事例1】イノベーションを目指したスピンアウト/Alphabet
次は、イノベーションの実現を目指したスピンアウトの事例を紹介しよう。Google Inc.のグループ企業である『Alphabet』は、2021年11月に社内のロボットプロジェクトを『Everyday Robots』として独立させることを発表した。
同社のロボット事業はすでに稼働しており、現時点で100台以上の掃除ロボットなどがGoogle本社内を動き回っている。機械学習技術が搭載されたこのロボットは、日々の作業をこなしながら業務ノウハウを自ら習得していくようだ。
つまり、Everyday RobotsにとってGoogle本社は顧客であると同時に、テストの場としても機能している。この事例のように、スピンアウトされた新会社を関係企業(かつての親会社やグループ会社など)がサポートするケースも少なくない。
【海外事例2】入念な準備によって多額の資金調達に成功/Serve Robotics
アメリカの『Postmates』からスピンアウトされた『Serve Robotics』も、ロボット技術によるイノベーションを狙っている企業だ。同社は最先端の自動運転モードを搭載することで、業界をリードできるような歩道走行ロボットの実現を目指している。
この事業には多くの経営資源を必要とするが、同社はすでに約15億円の資金を調達している。資金調達が成功した要因としては、独立前の段階でロボットによる配達実験をするなど、入念な準備を行ってきた点が大きいだろう。
スピンアウトを成功させるには準備が必要
スピンアウトはさまざまな経営目的を果たせるが、切り離した事業を軌道に乗せることは簡単ではない。特にイノベーションを目指して事業を切り離す場合は、経営資源や資金の獲得に向けて入念な準備が必要になる。
スピンアウトを検討している企業は、本記事で紹介した事例も参考にしながら、慎重に今後の計画を立てていこう。
スピンアウトのよくある質問集
スピンアウトを実施すると、会社の組織や事業構造は大きく変化する。場合によっては失敗を招くリスクもあるため、実施前には正しい知識をつけておくことが重要だ。
以下ではスピンアウトのよくある質問集をまとめたので、本記事をおさらいする意味でも最後まで確認していこう。
Q1.スピンアウトはどういう意味?
スピンアウトとは、資本関係を継続させずに会社の一部門を切り離すことである。切り離された子会社は完全に独立する形となるため、親会社のブランド力や販売チャネルなどを利用することはできない。
なお、近年国内でも見られる「バイアウト(※)」は、スピンアウトを実施する手段の一つである。
(※)経営陣や従業員が自社株を買収し、会社再建などを目的として経営権を握ること。
Q2.スピンアウトの使い方は?
経営戦略としてのスピンアウトには、次のような使い方がある。
・従業員が自社株を買収し、特定の部門や事業で独立を目指す
・不採算事業のみを切り離し、事業の選択と集中を実践する
・一部の事業や部門を切り離し、親会社とは別の方向性で成長を目指す
スピンアウトは事業の多角化やビジネスチャンスの獲得につながるため、工夫次第ではさまざまな経営戦略に活用できる。
Q3.スピンアウトのデメリットは?
スピンアウトによって切り離された子会社は、親会社の経営資源を活用できなくなる。完全に独立する形となるため、自社のブランド力や販売チャネル、設備、人材のみでビジネスを展開しなければならない。
また、人間関係や業務環境の変化によって、従業員のモチベーションが低下するリスクもある。そのため、スピンアウトでは会社の独立と並行して、従業員のケアにも取り組む必要があるだろう。
Q4.スピンアウトの成功例は?
無印良品やMUJIブランドで有名な「良品計画」は、スピンアウトの代表的な成功事例である。無印良品はもともと西友のプライベートブランドだったが、1990年のスピンアウトで独立する形となった。
その翌年にはロンドンに1号店を出店するなど、良品計画は独自のブランドや販売チャネルを築き上げてきた。親会社と異なる経営戦略が功を奏し、1998年には東証二部への上場を果たしている。
Q5.スピンアウトとスピンオフの違いは?
スピンアウトとスピンオフの違いは、親会社と資本関係を継続させるか否かである。いずれも会社から一部門を切り離す戦略だが、その中でも資本関係を継続する手法はスピンオフ、継続しない手法はスピンアウトと呼ばれる。
独立後にも親会社のブランド力や販売チャネルなどを活用したい場合は、スピンオフを選ぶことが望ましい。
Q6.スピンオフの目的は?
企業がスピンオフを実施する目的としては、不採算事業の整理や独立、肥大化したグループの再編などが挙げられる。また、新規事業立ち上げのリスクを回避するために、一部門をスピンオフによって独立させるようなケースも見られる。
なお、2017年度の税制改正によって、スピンオフを実施した企業の株主にもメリットが生じるようになった。この変化により、現在では事業承継の手段としてもスピンオフが注目されつつある。
Q7.スピンオフ上場のメリットは?
スピンオフをしてから上場すると、親子上場(※)に比べて切り離された子会社の独立性が高まる。つまり、親会社への依存度を下げられるため、全く異なる方向性で成長を目指しやすくなる。
また、切り離した企業・事業の企業価値を算定しやすくなる点も、スピンオフ上場のメリットだろう。
(※)子会社の株式の大部分を、親会社が保有している状態での上場。
Q8.スピンアウト税制とは?
スピンアウト税制とは、2017年度の税制改正で定められた要件を満たすことで、譲渡益や配当益への課税が緩和される制度である。親会社と資本関係があるケースも含まれるので、本制度は「スピンオフ税制」とも呼ばれている。
本制度によって株主への影響を抑えやすくなったため、以前に比べると国内企業はスピンアウト・スピンオフを実施しやすい状況になった。