働き方改革が企業に浸透し、テレワークが当たり前になった昨今でも、食品製造業が抱える課題は多い。
特に、個人が営む製パン業者が抱える課題は多い、一番おいしいとされている「焼きたて」状態のパンを提供するために、毎朝午前4時には起きて準備を始める。
店主が高齢になると、そんな働き方はできにくくなって、しかも、後継者はそう簡単には見つからない。やむなく店を閉める。ほかの食品とは違い、発酵や焼き上げなど製造に要する時間がかかるパンは、注文のたびに作るということができないため、多かれ少なかれ売れ残ってしまうパンも出てくる。賞味期限とは関係なく、味が落ちてしまったパンは廃棄せざるをえない。
ほかにも、店頭販売以外に販路がない、肉体労働がキツい、製造販売や経営に追われ新商品開発に時間を割けない、など全国のパン屋が抱えるこれらの課題に独自の冷凍とITを導入して取り組んでいるのが、パンフォーユーだ。
パンフォーユーでは、オフィスに毎月違った冷凍パンを届ける「パンフォーユーオフィス」、個人向け冷凍パンのサブスクリプションサービス「パンスク」を中心にパン屋の働き方、あり方を変え、パン業界をサステナブルにする試みを続ける株式会社パンフォーユーの代表、矢野健太氏に話を伺った。
冷凍パンの福利厚生サービス「パンフォーユーオフィス」ができるまで
私の家族、親族には経営者、自営業者が多く、浮き沈みを子どもながらに見ていたので、起業は絶対やらないと思っていました。
ただ、就職してからも地域のためになにかしたい、という思いはずっとあり起業し、事業を興すことにずっと興味はありました。
私が起業前に働いていた群馬県の桐生市にはパン屋さんが多いんです。冷凍パンメーカーさんもいらっしゃって、そちらの冷凍パンを食べた時に、「おいしいしいパンってあるんだ!」と初めて思いました。そこから、地域の独自性や強みを発揮できる食であるパンと冷凍を組み合わせることで、多くの人に召し上がってもらえますし、現在企業のビジョンにも掲げている「魅力ある仕事を地方にも」を叶えることができるのではと考えてスタートしました。
そこから、色々なチャレンジを行い、現在も続いている法人向けに冷凍パンを提供する福利厚生サービス「パンフォーユーオフィス」へと至りました。
―――いまのパン屋さんの課題解決と御社のビジネスが結びついたのは、いつからでしょうか
矢野:地方の課題、パン屋さんの課題解決と弊社のビジネス、ビジョンが結びついたのは、冷凍パンの福利厚生サービス「パンフォーユーオフィス」事業を始めてしばらくしてからだと思います。当時は撤退した事業もあり、無我夢中でビジネスを始めていました。
そんな時に、当時は知人で現在は役員の山口に「あなたがやっている事業はパン屋さんの可能性をかなり広げるものだよ」と言われ、我々の事業は思った以上にパン屋さんの助けになっているんじゃないかと感じました。
そこで初めて冷凍パンの販路を広げることが個人で運営されているパン屋さんの課題解決になるサステナビリティのある事業ではないかと気がつきました。
―――パンフォーユーオフィスのブランド戦略はございましたか
矢野:パンフォーユーオフィス展開当初は、一般的には”焼き立て”などを売りにするところで、”冷凍”という変わった形でパンを展開する点や、冷凍でもパン屋さんの焼き立てのような味わいの美味しいパンをオフィスで食べることができる点をアピールしました。また、冷凍なので1か月以上賞味期限があるというところも、福利厚生サービス導入担当の方からは好評でした。
―――法人向けから個人向けサービス「パンスク」に広げられたきっかけは何でしょうか。
矢野:もともと個人向けサービスもタイミングをみていて、まずはオフィス向けから始めたという経緯があります。
個人向けもニーズがあると思えたのは、2019年3月にテレビ番組で「パンフォーユーオフィス」をご紹介いただいた時、個人の方から自宅で食べたいという声をかなりいただいたことです。
パンスクは2020年2月にスタートさせましたが、コロナによる巣ごもり需要も追い風になりました。
パンのサステナビリティーを目指して
―――地方の小さなパン屋さんは事業承継が上手くいっていないところが多いように感じますが、どこに原因があると思いますか
矢野:昭和から続くパン屋さんは店頭の売り上げのほかにも学校給食への卸売りなどがありましたが、少子化が進み卸先が減ってきています。売り上げが縮小している事業を引き継ぐのは難しいというのが背景にあると思います。
一方で、新規参入されるパン屋さんはショーケースにパンを並べ、従来のパン屋さんよりも売り場面積を狭くし、品数を絞ったりして工夫されているところも多い印象です。しかし、天候や季節などの不可抗力によって店頭の売り上げは左右されてしまうので、安定した卸先がないと難しい面もあります。
そこで、当社の提供する様々なサービスを通じて店頭以外の売り上げ、つまり外販を支援させていただけると考えています。具体的には、お店で作ったパンをパンフォーユー独自開発の冷凍技術である「袋」と「冷凍の手順」を使ってお店で冷凍していただき、あとは運送会社さんに引き渡すだけです。
パン屋さん従来の見込み生産ではなく受注生産でパンを製造することができますし、毎月売り上げの見通し立てることができるようになります。また、冷凍なのでスキマ時間を活用した効率的な生産も可能なため、従来のように早朝からパンを焼くかなくてもよくなるかもしれません。
―――日本人は割とパンを食べる人種で、美味しいパン屋さんもあるし、歴史もあってパンに対して馴染みがあります。どのように一般認知してもらう取り組みをなされてきましたか
矢野:実際に食べていただくと「冷凍とは思えない食感!」「パン屋さんの焼き立ての味と香りだ!」と言っていただけるのですが、通信販売となると試食ができないので冷凍パンの美味しさも香りの良さも伝えきれないことが多いのは事実です。そういう経緯から法人向けにサービスを開始し、強制的に冷凍パンを召し上がってもらって美味しい体験の実績を作っていくところからスタートしました。
―――ベンチャー企業として社員とのコミュニケーションで意識していることはありますか?
矢野:社員は40名で、食に関わらずITなど、業種や企業の規模の異なるさまざまなバックグランドのメンバーが集まっています。
コミュニケーションで意識しているのは、会社で起きていることを社員みんなに共有することと、個々の目標を明確にすることです。
いま、僕の他にいる2人の役員に社員とのコミュニケーションは任せているので、僕自身が社員と話しをするのは週1あれば多い方なのですが、全員が出席する全体会議というものを設けており、そこでは今会社ではこんなことが起きているんだよと事実をしっかりと共有するようにしています。
また、採用を意識して割と早い時期から評価制度を会社に取り入れています。そこで会社のゴールに紐づいた個々の目標を設定するので、それぞれ納得した上で同じ方向に向けるようにコミュニケーションをとっています。あとはパンの試食とかもあったりするので、そこで雑談が生まれる環境はあると思います。
―――社長が目指すパンの経済圏の理想をお伺いしたいのですが
矢野:お客様目線での理想というと、やっぱり食べたいパンを凄い美味しい状態で食べられるっていうところがベストだと思います。美味しいパンを食べたい人は、いろいろな種類のパンを食べたいと思うので、そこに対してしっかり提供していきたいと思っています。
一方パン屋さんはかなり朝早いとか、労働環境が過酷だとか、パン屋さんが壁とも思っていない壁がたくさんあるので、そこのところを僕らがしっかり課題を解決できるようなソリューションを提供していきたいと思っています。
製造の現場では、朝8時9時の販売開始となると、4時5時6時には出勤しなければいけません。店主はともかく製造のスタッフさんはなかなかそんな時間帯に来れる人っていうのは少ないですよね。
そんな課題も冷凍やITを活用することで、より無理なく製造に専念できることを目指していきたいと思っています。
―――今後の展開について教えてください
矢野:ひとえにパンといっても本当に多様なニーズがあることがわかっていますので、小さいニーズに対してもしっかりパンの提供をしていきたいと思っています。
2月中旬にスタートした、とあるタレントさんのパンの定期便のサポートをさせてもらっているのですが、かなりのお客さんのご注文がありパンのニーズの多様性を感じています。
また、ベーカリーさんが気づいていない課題も多々ございますので、そこに対してソリューションも提供していきたいと考えています。