イギリスを代表する現代作家のひとり、ダミアン・ハーストの大規模個展「ダミアン・ハースト 桜」が国立新美術館にて始まった。新作〈桜〉シリーズより、ハーストが選んだ24点が展示されている注目の個展をレポート。
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ハーストが「桜」を描くきっかけとなったのは、2017年に着手した「ベール・ペインティング」。鮮やかな色彩の点を幾重にも重ねて、絵の中で奥行きを出すことを試していると、それが“木”のように見え、「木が描けるかもしれない」とハーストは思ったそう。しかし、それだけでは「単純すぎるのでは?」と考えていたところ、小さい頃に母親が油絵で桜の絵を描いていたのを思い出し、今回の制作を始めたのだとか。ベール・ペインティングを通して抽象と具象について考えていたハーストは、「桜」を描くことによってその二つの世界を行き来することを試みたのである。そうして、2018年から3年をかけて完成されたのが〈桜〉シリーズだった。
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会場に入ると高い天井が空を思わせ、白い壁にそれぞれ桜が咲いている。壁に並べられている作品は、どれも想像以上に大きい。まるで本物の木のように見上げることのできる背の高さで、どれも3メートル近くからそれ以上ある。このフォーマットについて、ハーストはこう語っている。
俺はある種、絵画に没入出来るように作品を大きくしたかった。それで、実物の木と並ぶものにしたいと気づいた。木を近くで見た時に視覚いっぱいになるような感じを目指して、大きくしたかったんだ。要するにかなり大きくした。木を見上げているようにしたかった。重力がない桜の天蓋のような。
「ダミアン・ハースト 桜」展 図録6ページより
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本物の木のように大きな作品を眺めていると、本当にお花見をしているかのような気分にしてくれる。それぞれ微妙に異なる色彩で描かれた桜は、まるで満開に咲くような濃い桜やまだ新緑が残っているような少し緑の混じる桜など、それぞれ違った表情を見せている。枝の生え方によって、画面内で変わるブルーの配分は、見上げたときに枝の合間から覗く空のよう。少し近づいて作品を見ると、立体的で生き生きとした筆致と色の重なりを観察できる。近くで見ると「ここにこんな色が」と新たな発見もできて、二度も三度も楽しい桜たちだ。
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会場の最後には、今回展示されている中でも最大の作品が堂々と咲く。大きさは549×732cm。作品というよりは、どこか知らない遠くの場所で咲く、桜の風景を眺めているような気分になる。会場内に設置された椅子に腰掛けて、じっくりと眺めてみてはいかがだろう。
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普遍的な美しさを持ち、そして日本人が愛してやまない象徴的な花を描いた〈桜〉シリーズ。本物の桜と同じように、ハーストが描いた桜もどれひとつとして同じ桜はなく、命が込められたアートなのだということを感じる。
〈桜〉のシリーズは美と生と死についての作品なんだ。それらは極端で、どこか野暮ったい。(中略)〈桜〉は装飾的だが、自然からアイデアを得ている。欲望、周囲の事柄をどのように扱い、何に変化させるのかについて、さらに狂気的で視覚的な美の儚さについても表現している。〈桜〉は快晴の空を背にして満開に咲き誇る一本の木だ。
「ダミアン・ハースト 桜」展 図録11ページより
ハーストが〈桜〉シリーズを「美と生と死についての作品」と言うように、桜はあっという間に散ってしまって、その美しさは長くは持たない。「ダミアン・ハースト 桜」展では、その儚さを「アート」で感じることができる。桜の季節にあわせての日本初公開。是非、春と桜を楽しみに足を運んでみてほしい。
【展覧会情報】
「ダミアン・ハースト 桜」
会期:2022年3月2日〜5月23日
会場:国立新美術館 企画展示室2E
住所:東京都港区六本木7-22-2
電話番号:050-5541-8600
開館時間:10:00〜18:00(毎週金土〜20:00) ※入場は閉館の30分前まで
休館日:火(ただし5月3日は開館)
料金:一般 1500円 / 大学生 1200円 / 高校生 600円 / 中学生以下無料
公式:https://www.nact.jp/exhibition_special/2022/damienhirst/
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写真・文:千葉ナツミ