韓国の最大手インプラント企業であるオステムインプラントで、超大型横領事件が起きた。たった1人の社員が単独で、国内上場企業史上最高額の約211億円もの資金をいとも簡単にだまし取ったのだ。その波紋は、被告の家族から同社の経営陣、さらに金融市場へと広がっている。
横領した資金で株式や金(ゴールド)に投資
巨額の横領事件で社会を欺いたのは、オステムインプラントの経理担当者だったモ・リー(45歳)被告だ。
メディアの報道によると、2021年12月31日に会社側が横領疑惑で被告を告訴し、2022年1月5日、警察が逮捕に踏み切った。被告は、会社が資金担当者に毎月提出する書類を操作して会社の口座に資金があるように偽装する一方で、自分と妻の銀行口座に送金していた。
被害額は、当初発表されていた1,880億ウォン(約179億4,330万円)をはるかに上回る、2,100億ウォン(約210億9,358万円)にのぼる。被告は、オステムインプラントの2020年の営業利益の2倍以上にあたる金額の大部分を株式投資につぎ込み、さらに国内の不動産や高級車、金塊、高級リゾートの会員権などを父親や妻、妹の名義で購入していた。
事件発覚後、警察は被告名義の証券口座にある250億ウォン(約23億8,316万円)相当の株式を凍結した。さらに、被告が購入した金塊851本のうち、押収したのは755本で、その中には父親や妻、妹に「委託」していた254本も含まれる。
家族である3人にも共謀容疑で捜査の手が伸びていたが、父親は事件への関与を否定した。自宅から金塊が押収された後に遺書を残して失踪し、後日遺体で発見された。
株式投資で72億円以上の損失
金融インテリジェンスユニット(FIU)が警察に開示した被告の取引口座明細によると、被告が資金を横領した10月から発覚までの数ヵ月間に売買した株式の総額は、推定1兆2,000億ウォン(約1,143億8,893万円)だった。
短期間で42銘柄に投資し、総額760億ウォン(約72億4,463万円)の損失を出した。特に大損をした銘柄は、半導体および液晶ディスプレイ(LCD)の材料メーカーのドンジンセミケムと、オンラインゲームメーカーのNCsoftだ。
10月には推定1,430億ウォン(約136億,2950万円)相当のドンジンセミケム株を売買し、3,360億ウォン(約320億2,456万円)の損失を出した。11月には3,000億ウォン(約285億9760万円)相当のNCsoft株を購入したが、ここでも数百億単位の損失を出したと推測される。
被告にとっては巨額の損失すら、取るに足らない出来事だった。株式取引で得た160億ウォン(約15億2,558万円)の利益を素早く複数の口座に分配し、続いて681億ウォン(約64億9,242万円)相当の金塊を購入した。
しかし、一連の「大盤振る舞い」が、後に被告の首を絞めることとなる。個人投資家が大量の株式を取得したことで、被告の氏名や住所などが一般公開されたのだ。
オステムインプラント、経営陣交代?上場廃止?
被告の大胆さもさることながら、社会が最も衝撃を受けたのは、時価総額2兆ドル(約229兆4,159億円)を誇る大手企業が3ヵ月間も横領を察知できず、巨額の資金を流出させてしまった事実だ。
会社側は「被告が入出金から銀行業務まで担当していたことで発覚が遅れた」と主張しているが、当時、組織内部には5~6人の資金担当者が在籍していた。連帯チェックを怠らなければ、事件を未然に、少なくとも早期に発見できたのではないか。内部の監査制度が正常に機能していなかった点は、否定のしようがない。
すでに、責任の追及に向けて法執行機関や金融当局が調査に乗り出しており、会長兼筆頭株主であるチェ・ギョオク氏やウム・テククワンCEOが背任罪で起訴されている。両者が糾弾されることになれば、「経営陣の謝罪」以上に最悪の展開が待ちうけているかもしれない。
オステムインプラントは、韓国取引所(KRX)の新興企業向け部門であるコスダック(KOSDAQ)に上場しているが、事件発覚以降、取引は一時的に停止されている。
2022年1月31日現在、KRXが同社の上場の適格性を検証しており、上場廃止となる可能性もゼロではない。あるいは、取引停止解除の交換条件として、筆頭株主や経営陣の交代、つまり事実上の退任を要求するシナリオも想定される。
一方では、小口株主へのネガティブな影響も指摘されている。取引凍結がいつ解除されるかも分からず、上場廃止の可能性も浮上している今、眠れない夜を過ごしている投資家も少なくないはずだ。
「コスダック優良株」に打撃
1997年にソウルで設立されたオステムインプラントは、堅実に事業を展開することで国内インプラント最大手になるまで成長を遂げた。コスダック優良株として、市場の期待感も高かった。
しかし今回の大騒動により、投資家や消費者からの信用はもちろん、経営面や財務面への打撃は回避できないとの見方が強い。次期大統領の有力候補であるイ・ジェミョン氏が、インプラントへの健康保険適用を公約に掲げたことなどの期待材料もあるが、今後の捜査の展開次第では急落のリスクも考えられる。
年末の株価は、9月下旬のピークから12%減の14万2,700ウォン(約1万4,000円)だった。
貪欲さとモラルの欠如、不透明な管理体制の複合物
日本においても、ソニー生命元社員が170億円を横領してビットコインに投資し、30億円分の含み益を出すという事件があった。いずれも、一社員の貪欲さとモラルの欠如、そして、ずさんな管理体制を浮き彫りにした上場企業の脆弱性を象徴する事件である。
文・アレン・琴子(英国在住のフリーライター)