2020年に廃刊・休刊を迎えた雑誌は100誌以上になるなど、雑誌不況が加速している。縮小する雑誌市場において、50代以上の女性向け雑誌「ハルメク」は定期購読のみにも関わらず、右肩上がりの成長を続けている。コンテンツ、コト、モノを連動させる「リッチコンテンツ戦略」を武器に、発行部数は38.5万部を達成。女性誌カテゴリーで第1位、全雑誌中でも第2位となった※。
2009年に民事再生法適用を申請し、そこからV字回復を遂げたハルメク。再生秘話と雑誌の強さの秘訣をハルメクホールディングス代表取締役社長 宮澤孝夫氏に聞いた。
※日本ABC協会発行社レポート(2021年1月~6月)
『いきいき』から『ハルメク』へ、民事再生から復活までの経緯
―――宮澤さんは2009年、いきいき(2016年、ハルメクへ社名・誌名変更)の再建を任されることになり、社長に就任しました。その経緯を教えてください。
宮澤:私はそれまで野村総合研究所、ボストンコンサルティンググループなどでコンサルタントを十数年やってきました。コンサルが長くなると実際に事業をやってみたいと思う方が多いのですが、私も例外ではありませんでした。ある時、テレマーケティングジャパン(現TMJ)という会社にヘッドハンティングされて、経営者としてのキャリアをスタートしたのです。
そこではコールセンター業務のアウトソーシング事業の立ち上げと業績拡大を成功させることができました。そして次の目標として、会社の再建にチャレンジしたいと考えていたところに、お付き合いのあったプライベートエクイティファンドのJ-STARから、「いきいき」の再建をやってみないかと声をかけていただいたんです。
「いきいき」が経営破たんし、J-STARが買収する前に行うビジネスデューデリジェンスの段階から携わりました。デューデリジェンスしてみると、シニアビジネスの可能性を感じましたね。その時に「確信」とまでは言いませんが、再建の手応えを感じたことが、J-STARからのオファーを受ける決め手となりました。
―――当時の「いきいき」は、どのような状況だったのでしょうか?
宮澤:もともと「いきいき」は、シニア向けの雑誌があまりなかった頃に、50歳以上をターゲットに創刊し一躍脚光を浴びた雑誌です。最盛期の発行部数は40万部近くまで伸びましたが、競合が増えるに連れて、徐々に新規読者を獲得できない状況になっていたのです。発行部数が減ることで資金が枯渇して、社員のボーナスも払えない状況となり、読者を増やそうにも広告が打てないという悪循環に入っていました。
―――社長に就任されてからはどのようにして改革を進めたのでしょうか?
宮澤:まず、再び資金がショートしないようにすることが第一歩でした。そのために、会社を動かす基本的な仕組みをつくり直しました。
例えば、目標が明確になっていなかったので、雑誌、通販、イベントというそれぞれのビジネスユニットに対して、ミッションとKPIを定めました。それから末端の情報が経営まで速やかに上がってくるようにしました。人間に例えると、脳から手足へ、また手足から脳へと情報がスムーズに流れるようにしたのです。
そのうえで、戦略づくり、オペレーションの再構築、組織や人事などを再構築しました。
―――具体的にはどんなことをしましたか?
宮澤:戦略としては、通販事業を収入源と決めました。従って雑誌事業は利益を上げなくてもいいと。雑誌は広告収入を得るためにスポンサーを向くのではなく、新しいお客様を獲得して会社の信頼をつくるために、お客様の方を向いて、お客様に役に立つ情報を提供するものと再定義しました。そして通販では、食品、健康食品、アパレル、化粧品、雑貨など商品カテゴリーごとに戦略をつくっていきました。
オペレーションについては、業務の各工程にかなり無駄があったので、一つひとつ改善していきました。オペレーションサイクルも見直し、月単位を基準に半期、年間でのPDCAを再構築していきました。
組織の仕組みについては、オーナーの指示を待って動くメンタリティがスタッフに定着していたので、それぞれのビジネスユニットが自律的に考えて事業を進められるよう、評価制度、人事制度を含めてつくり直し、予算管理の仕組みなどを乗せていきました。
つまり、会社としてごく当たり前の仕組みを作ったということです。もともと良い物を持っていましたし、社員も能力ある人ばかりだったので、仕組みさえ作ってあげればうまく回り出しました。再生スタートから半年後には黒字転換できていました。
―――今までで一番の難所はどこでしたか?
宮澤:再生開始から数年は順調に業績が伸び、2012年にはJSTARがイグジットして、ひとまず再生が終了しました。しかし2014年から再び雑誌の発行部数が下がり始めて、そこから3年間ほどは難所が続きました。これは苦しかったですね。雑誌が売れなくなってきたことで通販にも影響が出て、溺れる者は藁をもつかむように四苦八苦していました。
そこでもさまざまな改善施策を行うことで業績は回復しましたが、最終的には雑誌のトップを現編集長の山岡朝子に変更したことが大きかったですね。彼女のことはNHKの『プロフェッショナル 仕事の流儀』でも取り上げていただきましたが、彼女を起用することで逆回転していたものが順回転に戻ったという感じです。
―――企業再生のマネジメントにおいて重要なポイントは?
宮澤:企業再生はその企業の状態によってやるべきことに違いがありますから、一概には何とも言えません。ハルメクの例で言うと、一つ目はビジネスモデル、つまり、事業ごとのミッションは何かをはっきりさせることでした。
二つ目は、組織が自律的に考えて行動できるように仕組みを変えることです。ただし、仕組みはつくっただけでは定着しませんでした。ハンズオンで社員と一緒に喧々諤々と戦略を考えたりすることで、徐々に定着していきました。
出版不況と逆行する『ハルメク』のリッチコンテンツ戦略
―――出版不況の中、プレシニア世代向けの『ハルメク』は発行部数をどんどん伸ばしていますが、その裏にはどのような戦略があったのでしょうか?
宮澤:まずお客様をよく見ることです。そのために「生きかた上手研究所」というお客様の調査分析をサポートする専門家を集めた組織を設けています。そこでは例えば、雑誌で毎号1000人の方々にアンケートを実施して、どの記事が読まれたか読まれないか、面白かったか面白くなかったかなどを分析して、次の企画に活かしています。
次に「リッチコンテンツ」という考え方です。当社は雑誌、通販、イベントという三つの事業で成り立っているのですが、以前は各事業がバラバラに動いていました。その各事業を、雑誌を中心に密に連携させました。
例えば、記事で取り上げて読者に評判が良かった人に会いに行けるツアーを企画したり、その人を都内の会場にお招きしてイベントを開催したり。体操の専門家を招いて、読者1000人以上と一緒に体操をしたこともあります。
通販では、オリジナル商品の開発に努めてきました。今では売上の7割以上がオリジナルです。社内で商品を企画しメーカーに製造をお願いしています。もちろん雑誌と連動させて、例えば雑誌で「グレイヘア」の特集の評判が良かったら、きれいなグレイヘアができる白髪染めを通販で売る。
このような取り組みが徐々にうまくいき、社員にも事業間の連携の意識が浸透していきました。雑誌、イベント、通販という三つの事業を通して「情報」、「コト」、「モノ」をワンパッケージにして提供できることは当社の大きな強みとなっています。
日本のシニア市場のプラットフォーマーを狙う
―――日本のシニアの方が雑誌に求めているものはどういったものなのでしょうか?
宮澤:シニアの方は、さまざまな不安や悩みを抱えていらっしゃいます。ですので、前向きに生きるために必要なものを求めています。それはご自身で意識しているものと、潜在的に感じているものがありますが、お客様が意識していないことを含めて当社が先回りして理解して、雑誌という枠を超えてお役に立てる情報を提供していきたいと考えています。
―――超高齢化社会がさらに進展していく日本で、今後の事業展開をどのように考えていますか?
宮澤:引き続きシニア女性をコアターゲットとしていきます。シニア女性が必要としているもので、当社がまだ提供できていないものを、新たな事業として一つ一つ追加していくことが事業展開の方向性です。
例えば終活の分野です。ご自身、あるいは親御さんの終活に関心があるシニア女性は多いです。そこで私たちが、情報、コト、モノを提供していけば受け入れていただけるはずです。そのようにシニア女性の方々が必要とすることに事業の範囲を広げ、一人のお客様がハルメクグループの多様なサービスを利用していただけるよう周辺事業を増やしていきます。
二つ目は当社の強みである情報、コト、モノをワンパッケージで提供できる機能の活用です。特にデータを持つことは大きな強み。この強みを生かし、他企業とのアライアンスを推進しながら、価値あるものを提供していく。このようにしてシニア向けプラットフォームのビジネスモデルを確立していきます。
三つ目はDX(デジタルトランスフォーメーション)の推進です。これからの時代は、紙の媒体をどれだけ売るかではなく、媒体にかかわらず信頼できる情報を提供することが重要です。雑誌の内容をインターネットで提供するだけではなく、紙の雑誌では提供できなかった新たな価値を提供できるような、新サービスをデジタル領域で開発していきたいですね。
四つ目はコミュニティの強化です。ハルメク読者の皆さんはコミュニケーション力が高く、旅行やイベントに積極的に参加し、参加者同士が仲良くなることも多い。その根底には、「自分たちはハルメクの会員だ」という意識があるのでしょう。このコミュニティを大事にし、拡大していこうと考えています。
―――いろいろな事業展開が考えられますね。
宮澤:そうですね。さらにもう少し風呂敷を広げると、将来的には海外進出もしたいと思っています。世界的にシニア人口が増えていくなかで、シニアが幸せに生き、社会にとって役に立つ存在になることが、特に先進国では求められていくでしょう。そのために当社のビジネスモデルを世界でも汎用性のある形にしたいと思っています。