不動産バブル崩壊でサッカー選手帰国か 習近平「サッカー超大国」の野望粉砕?
(画像=VitaliiVodolazskyi/stock.adobe.com)

中国恒大集団を筆頭とする不動産バブル崩壊の波紋は、サッカー業界にも広がっている。

「チャイナマネーで諸外国から中国に強豪選手を呼び寄せ、帰化させる」というプロジェクトを習近平主席の肝いりで始めたが、トップチームの活動休止や給与遅延が相次ぎ、暗礁に乗り上げた。さらに、痺れを切らした帰化選手たちが母国へ帰国するなど、その先行きが危ぶまれている。

習近平主席「世界のサッカー超大国」の野望 

中国は、五輪のメダル獲得数では世界トップクラスだが、サッカーとなるとお世辞にも強いといえない。FIFAワールドカップへ出場を果たしたのは、2002年の初出場のみだ。

「世界で最も人気の高いスポーツ」であるサッカーで惨敗しているようでは、中国を世界最強国にするという野望を果たせないといわんばかりに、習近平主席が猛烈に後押しし始めた。中国サッカー協会(CFA)は2016年、「2050年までに、世界のサッカー超大国になる」という成長戦略を掲げた。

2020年までのサッカー人口を5,000万人に増加させ、全国に2万ヵ所以上のトレーニングセンターおよび7万面のグランドの設置を目指すなど、野心的な計画を発表した。2015年~2017年にわたり、サッカーを特色とする学校が約1万4,000校設立され、約70の地域が「サッカー改革地域」に指定されたという。

しかし、「2030年までにアジア圏でトップクラスのチームになる」という短期目標を達成するためには、のんびり自国の選手を育てている時間はない。そこで中国が打ち出したのが、海外の有望選手を巨額の契約金で誘致し、即席の強豪チームを作り上げるという戦略だ。

選手の引き抜きそのものは珍しいことではないが、中国は5年以上プロリーグに所属した選手に帰化を許可している。中国籍を取得させ、ワールドカップに中国代表として送り込むことが狙いだ。

不動産融資の引き締めが打撃に

合理的な戦略ではあったものの、ここへきて大きな誤算が生じた。巨額の資金を投じて海外から引き抜いてきた選手に、給与を支払えないという事態が発生したのだ。チューリッヒのFIFA(国際サッカー連盟)本部には世界中からさまざまな訴えが寄せられるが、「特に給与未払いを巡る、中国の選手やコーチからの苦情が急増している」とニューヨークタイムズ紙は報じている。

背景にあるのは、かつて金に糸目を付けず優良プレーヤーを獲得してきた企業の経営難だ。中国は現在、中国恒大集団などで巨額のデフォルト(債務不履行)が懸念されており、不動産バブルの崩壊の危機に瀕している。「中国スーパーリーグ(CSL)」の16クラブ中15の親会社がこれらの不動産関連企業である。その要因となっているのは、中国政府による不動産向け融資の規制強化だ。

広州FC(旧広州恒大)を保有する中国恒大集団の負債総額は、中国の国内総生産(GDP)の2%にあたる2兆元(約36兆704億円)と見積もられており、2021年12月27日現在も破たん回避策に悪戦苦闘している。とてもじゃないが、サッカーに投資している余裕はないだろう。

「中国人」になったものの…母国に帰る選手たち

同クラブには、イングランドのティラス・ブラウニング(中国名:蒋光太)やブラジルのエウケソン(艾克森)、アロイージオ(洛国富)、アラン(阿兰)など、数々の帰化選手が所属しているが、親会社の経営の雲行きの怪しさから「逃亡」する選手が続出している。

11月には、年俸1,300万ユーロ(約16億9,154万億円)で5年契約を結んだFWリカルド・グラールが、12月にはエウケソンとアランが母国へ帰国した。目玉選手と資金を同時に失った広州FCの存続の可能性を、疑問視する声も少なくない。

一方、2020年のリーグ勝者だった江蘇FCは2月に運営休止を発表した。親会社の蘇寧グループはイタリアの名門サッカークラブ、インテルミラノも所有しているが、資金繰りの悪化を理由に、8ヵ月にわたり選手の給与を延滞した。

また、現在FIFAは給与延滞問題について調査を進めており、不動産開発会社、武漢卓爾発展控股が所有する武漢FCを含む一部のクラブに、新規選手の獲得を禁じている。FIFAは給与延滞の訴えがあったクラブに対し、新規選手の契約を一時的に差し止める権限をもっている。

1ゴール1億円以上も夢じゃない?

投資に見合うほどの実績を残せていないことも、中国サッカーの土台が固まらない理由の一つかと推測される。

一部の海外選手は年棒に釣られたことを隠そうともせず、「中国のためにプレーしたい!」という熱意は一切感じられない。ちょっとした話題になっているのが、マンチェスター・ユナイテッドやボカ・ジュニアーズなどで活躍した元アルゼンチン代表のFWカルロス・テベス選手の例だ。

同選手は2017年に中国1部リーグである上海申花にたった1シーズン在籍し、20試合中4ゴールを決めただけで4,000万ドル(約4億5,957万円)を手にした。後に母国のスポーツチャンネルに出演した同氏はこう語った。「中国に上陸した瞬間、ボカ(ジュニアーズ)に戻りたいと思った。7ヵ月間(中国で)休暇をとっていたようなものだ」

6,000万ユーロ(約78億729万円)というアジアクラブ史上最高額で上海海港FCへ移籍したブラジル代表オスカル・ドス・サントス・エンボアバ・ジュニオールも、「自分のキャリアのためではなく、家族に裕福な暮らしをさせるために中国に移籍した」とコメントしている。

このような「腰掛仕事」は、湯水のごとく投資しているにも関わらず、未だ国際水準にステップアップ出来ていないCSLの現状を反映しているのではないだろうか。

「サッカー150年の歴史はお金では買えない」

英シェフィールドハラム大学サッカーファイナンスの専門家、ロブ・ウィルソン博士いわく、「150年かけて築き上げられたサッカーの歴史を、中国はお金で買おうとしている」。まさしくその通りである。札束を積み上げて膨らませたバブルは、いずれ崩壊する。習近平主席の野望がまた一つ、粉砕するのだろうか。

文・アレン琴子(英国在住のフリーライター)

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