モノクロームの画面にぼんやりと浮かび上がる、誰かの顔。アップで描かれているのに、ヴェールをかけたように輪郭がぼやけ、触れることのできない距離を感じさせる――。

2021年10月30日・31日に開催されたANDARTオーナー向けの鑑賞イベント「WEANDART」の中で開催された若手アーティストの作品展「KIBI」。多くの来場者の方が、ひと目見て「かっこいい!」と声を漏らしていたのが、こちらの作品です。

「WEANDART」(2021.10.30-31)での展示風景
(画像=「WEANDART」(2021.10.30-31)での展示風景)

多彩なメディウムとテクノロジーを駆使して、作品制作だけでなく展覧会の企画や執筆活動も行うアーティスト、布施琳太郎さん。2017年から続く「Retina Painting」シリーズでは、支持体に触れずにスプレーで描画することによって、iPhoneのタッチスクリーン(retina display)越しに出会う他者との関係性を表現しています。

iPhone発売以降の都市において可能な「新しい孤独」を模索する布施さんの活動の背景には、どのような体験や思考があるのでしょうか?「WEANDART」の会場でお話を伺いました。

「インターネットの中で過ごすような時間を、絵を描くという別の時間の中でも感じられたらいいな、と思って制作をしています。」

ーー布施さんの作品に通底するテーマや、制作する上で大切にしていることを教えてください。

今回の展示では絵画作品を出展していますが、絵画の制作だけではなく、映像作品や展覧会の企画を通じてもアーティスト活動をしています。その中には、実際に空間を使った展示もあればインターネットを使った展示もあります。

こうした方法をとっている背景には、「今の社会の中で、インターネットやスマートフォンというものを通じて人と人が親密になっていく時間、親密になっていく方法には、どういうものがあるのだろう、なぜそれで親密になれてしまうのだろう」という疑問があるんです。

活動を通して、自分なりにその疑問に答えられたらいいなと。そして、インターネットの中で過ごすような時間を、絵を描くという別の時間の中でも感じられたらいいな、と思って制作をしています。

《Retina Painting》/ 2021(木製パネルにスプレーペイント)
(画像=《Retina Painting》/ 2021(木製パネルにスプレーペイント))

ーーテクノロジーの発展、同時代性というものもテーマにされていますが、アートがオンラインでシェアされたりNFTが広まったりといったような、アートのデジタル化についてどうお考えでしょうか。

前提として、デジタル化というのは非物質化、つまり物質から物事を解放するということではないと思っています。むしろ、ブロックチェーンのマイニングでは、中小規模の国家レベルの電力という物理的な資源を使っていますし、音楽がCDからストリーミングサービスに移行することで音楽産業全体の二酸化炭素排出量が増えました。

「僕たちが何を手にとっているのか分からなくなる」という状態と反比例して、実は物理的な資源をたくさん使っています。それを批判したいのではなくて、もっとそこに目を向けさせることが、アートにはできるかもしれないと思っているんです。

手に取れるものだけが「もの」や「資源」ではない、NFTも熱量という物質を使っている、という実感が持たれていないことに違和感があります。

「おもしろいと思ったことを実現できるのは、アートという領域ではないかと考えたんです。」

ーー影響を受けたアーティストや、好きなアーティストを教えてください。

最初に「ものを作りたい」と思ったきっかけは、『新世紀エヴァンゲリオン』シリーズ監督の庵野秀明さんです。庵野さんはもともと友人と同人活動をされていて、それが法人化して「ガイナックス」という会社になりました。そんな庵野さんの生き様自体に魅力を感じていたんです。

僕はその後、アーティストコレクティブ「Chim↑Pom」などを知っていく中で、アートに魅了されていきました。庵野さんとの出会いを通して「おもしろい」と思ったことを実現できるのは、アートという領域ではないかと考えたんです。アートがやりたかったというよりも、一番やりたいことができそうな手段として選んだのがアートでした。名前が売れた後でも、すごくインディーな活動も許されるようなところに希望があると思っています。

「WEANDART」(2021.10.30-31)での展示風景
(画像=「WEANDART」(2021.10.30-31)での展示風景)

ーー布施さんはテキストの寄稿もされていて、素晴らしい文章を書かれていますが、文学などもお好きなのですか?

文学というよりは、物理的に本というものが好きですね。たくさん読んでいるというより、本を買うのが好きなんです。2〜3cmの厚みの中に、作家の本気が詰まっているわけじゃないですか。そして、デザイナーが最も適切だと思う装丁を施して、しかも開いたらたくさん書いてあって読めるという。最高の表現方法のひとつだと思っています。

そういう意味でも詩は好きです。日本語の現代詩がとても好きで、石原吉郎さんの詩は、別の展覧会のテキストにも引用させてもらいました。

今こうして言葉をしゃべっていますけど、今考えていることを詩にするとしたら同じようには言葉を紡がないわけで、何か入れ替えてみたり、少し意味を通らなくしてみたりするはずです。そうして「ちょっと解りづらくなった詩」というところから、向こうに何があるのか考える。自分が制作する上でも、そこから得られるものがたくさんあります。

「関係性をリフレッシュしたりリセットしたりするための引力みたいなものが、芸術作品にはあるのではないか」

ーー2020年に企画された『隔離式濃厚接触室』では、1人ずつしかアクセスできないウェブページを会場としていて、とてもおもしろいと思いました。その中で「芸術は繋がりを育むためにあるのではなく、これまでにない仕方で繋がりを断つためにある」という文章を拝見したのですが、「アートで繋がる」のではなく「アートで離れる」という考え方について、もう少し詳しくお伺いできますか?

単に「繋がりがなくなればいい」と思っているというよりも、何かと何かが繋がるということにおいて、その輪の中に入っている人と入っていない人がいる、という状態が必ず起きると思っています。たとえばパーティー会場に行った人と行かなかった人がいるとか、キリスト教を信仰している人としていない人がいるとか。

作品を鑑賞することを通じて、そういうふうに当たり前に分けられているということ自体に目を配ったり、普段だったら輪の外側にいるはずの人が輪の中に出たり入ったりするきっかけになる、そうやって関係性をリフレッシュしたりリセットしたりするための引力みたいなものが、芸術作品にはあるのではないかと思っています。

普段仲の良い人たちと一時的に距離を取ることで初めて見えるものがあったりするので、そういうことに意識を配るのが大事なのではないかと思っています。

《Retina Painting》の表面
(画像=《Retina Painting》の表面)

ーーコロナ禍で、強制的に距離ができるという状況にもなりましたが、今回のパンデミックよって考え方や制作に影響はありましたか?

僕自身は、もともとビデオ通話などが好きだったんです。心地いいと思っていたものを、誰に対しても、強要することなく使えるようになったので、とてもやりやすくなりました。

新しい刺激があったというよりも、「これまで考えていたことにただ向き合っていればいいんだ」と思えるように、周りが変わってくれました。みんながネット越しにコミュニケーションしているので、理解されやすくなりましたね。

「4ヵ国くらいに1週間ずつ訪れて、どの国が自分に合っているかを考える1年にしたい」

ーー今回の展示は「心の機微」をテーマにしています。最近の体験や出来事で、心を動かされたり、制作にインスピレーションを与えられたりしたことはありますか?

最近引っ越して、いつも展示のデザインをしてくれているデザイナーの八木幤二郎くんとルームシェアを始めました。

映像作品に字幕をつけたり、画像付きのツイートをしたりする時など、彼にお願いしています。僕はきれいに文字を並べることはできないのですが、目の前にずっとデザイナーがいるおかげで、すべてが美しく文字組みされていってくれて。そうすると、自分が少し「いい生き物」になれたようで嬉しくなります。

デザイナーは、文字や漢字がどうやってできているのか、「へん」と「つくり」は何なのか、など考えながら、人によってはオリジナルの文字を作ったりもするので、そういう話を聞いています。

僕自身も、スプレーで絵を描く時に、ばらばらの目や鼻や口を「へん」と「つくり」のように組み合わせて描いていくんですが、それが形になったりならなかったりします。そういう時、日本人が漢字とかを作る時の話を思い出しながら、よりのびのび制作できるようになった気がします。

ーーこれからチャレンジしたいことは何ですか? 制作に関わることでも、プライベートのことでも構いません。

そろそろ海外で何かやりたいと思っているのですが、特に行きたい国がないので、来年は4ヵ国くらいに1週間ずつ訪れて、どの国が自分に合っているかを考える1年にしたいと思っています。

ーー特に行きたい国は決まっていますか?

まずカナダに、80年代にネットアートをやっていたおばさま方がいるので、話を聞きに行きたいなと。

それからインドネシア。使われている言語が自然に成り立ったのではない国で、言葉が人々の間でどのように使われているのかを感じたいです。あと、僕は英語しか外国語が分からないので、人工的に英語を導入した国に行きたいという気持ちがあります。

あとは普通にベルリンにも行ってみたいです。それからパリ。パリには何回か行ったことがあるんですが、都市がアートを基準にできている権威的な感じが好きなので、それを見て元気をもらいたいですね。現地に友人がいれば何事もなんとかなるので、まず友達を作りたいと思っています。

ーーありがとうございました。

布施琳太郎さん。撮影:竹久直樹
(画像=布施琳太郎さん。撮影:竹久直樹)

私たちが見逃しがちな日常の中のかすかな違和感を的確に捉え、アートへと昇華させる布施さん。インタビューを通して、コミュニケーションや言葉などに対する思考の深さが伝わってきました。

2021年に入ってからも、SNOW Contemporary(東京都・西麻布)での個展、クリエイティブセンター大阪での企画展『沈黙のカテゴリー|Silent Category』のキュレーション、宮城県石巻市で開催される芸術祭「Reborn-Art Festival」への参加など、多方面で活躍されており、これからの活動にも目が離せません。

布施琳太郎 公式webページ
Instagram:@fuse_oe

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文:稲葉 詩音、写真:ANDART編集部