M&Aコラム
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後継者不在問題を抱える中小企業では、その解決手段として近年M&Aが積極的に活用されています。M&AはMerger And Acquisitionの略語で、和訳すると「合併および買収」です。
合併が大きく2種類(吸収合併と新設合併)に分けられるのと同様に、買収も同じように2つに大別されます。一つは「友好的買収」、そしてもう一つが「敵対的買収」です。日本における企業買収の大半は友好的買収によって行われますが、まれに敵対的買収が行われることがあります。
本記事では、敵対的買収を理解するために概要やメリットやデメリット、防衛策などについて解説したうえで、実際に行われた敵対的買収の事例を紹介いたします。

敵対的買収とは

敵対的買収(Hostile Takeover)とは、 売り手となる買収対象企業の経営陣や、株主などの合意を事前に得ることなく行う、企業買収 のことを指します。買収が成功すると、買収対象企業の経営陣は退陣することが大半です。
このような手法から、敵対的買収は「乗っ取り屋」のイメージをもたれがちです。しかし、会社法などに抵触するような非合法な行為ではなく、合法的な経済行為の一つとして認められています。
また、敵対的買収を仕掛ける側と買収対象企業の経営陣は対立するものの、必ずしも敵対的買収によって株主や従業員、取引先などのステークホルダーに対して害が及ぶわけでもありません。

敵対的買収を成功させるためには、買収側の株主グループが対象企業の株式を50%超保有しなければなりません。ただし、その方法は株式市場での買付けではなく、株式公開買付け(Take Over Bit:略称TOB)で行うように、金融商品取引法(第27条の2) で定められています。
具体的には、対象企業の株式の「買付け期間・買い取り株数・価格」をあらかじめ公告したうえで、不特定多数の株主からの株式買い取りを行います。このときの買い取り価格は、市場価格よりも高めに設定するのが一般的です。通常は、30~50%程度上乗せ(この上乗せ部分を「プレミアム」といいます)した価格で公告されるので、既存の株主にとってもネガティブな話ではありません。
ちなみに、アメリカなどでは敵対的買収も数多く行われており、敵対的買収が果たす一定の役割(経営陣の刷新や抜本的改革など)も、ある程度は理解されています。しかし、日本では敵対的買収に対するイメージがネガティブな傾向があるため、件数そのものが多くないため、成功事例があまり見られないという現状です。

友好的買収とは

友好的買収は敵対的買収とは異なり、 事前に対象企業の経営陣や株主などと協議を行い、合意を得たうえで進められる買収のことです。 日本で行われる企業買収のほとんどは友好的買収であり、中小企業で頻繁に行われているM&Aもほぼすべてが友好的買収 です。
友好的買収を行う場合は、買収対象となる企業との間でトップ面談を行ったり、譲渡価格の交渉や買収後の従業員の処遇などを話し合ったりしなければなりません。しかしその分だけ、買収成立や成立後の統合作業に向けた協力を得られるなど、メリットがあります。

公開会社と株式譲渡制限会社

上場している企業の株式は、株式市場で購入できます。また、上場はしていないものの、株式の譲渡に制限がない会社(公開会社)の株式であれば、株主との相対取引で株式を購入することが可能です。
対して、すべての株式に譲渡制限が設けられ、株式を譲渡する際は取締役会、もしくは株主総会の承認を得なければならない会社(株式譲渡制限会社)があります。
日本の中小企業の大半は、株式譲渡制限会社です。敵対的買収を仕掛けようとしても、法律上敵対的買収を成立させられません。したがって、 日本の中小企業のM&Aでは敵対的買収が行われることはほとんどない わけです。

敵対的買収のメリット

企業買収には、先述したとおり友好的買収と敵対的買収があります。敵対的買収のメリットは、おもに以下の5つです。

① 合意なく買収できる
② 企業改革を速やかに行える
③ 株主に企業のあり方を問うことができる
④ 買収計画を立てやすい
⑤ 株価の上昇によるコスト増加のリスクを減らせる

① 合意なく買収できる

1つ目のメリットは、合意なく買収できる点です。友好的買収を行う場合は、相手との話し合いのなかで、妥協点を探しながら交渉を進めていかなければなりません。買い手側の都合でやりたいように買収を行うのではなく、売り手側の意見も受け入れたうえで、譲るべきところは譲らなければ、交渉としてまとまらないでしょう。
また、買収成功後の経営もすべてが思い通りになるわけではありません。売り手側の意向も、大なり小なり汲んだうえでの船出です。
しかし敵対的買収であれば、対象企業の合意形成などは一切考慮する必要がないため、交渉するための手間や時間のロスが発生しません。大資本を背景に、パワープレイで一気に土俵際の外まで寄り切ってしまうことも、場合によっては可能です。また、買収をするための株式の取得は、公開買付けによって行われます。そのため、既存の株主は市場価格よりも高めに設定された価格で売却できます。

② 企業改革を速やかに行える

2つ目のメリットは、企業改革を速やかに行える点です。敵対的買収は、買収側の経営陣との対立を乗り越えたうえで成立します。買収成立後は旧経営陣のやり方や顔色をうかがう必要が一切なく、思い切ったやり方で企業改革をスピーディーに進められます。

③ 株主に企業のあり方を問うことができる

3つ目のメリットは、株主に企業のあり方を問える点です。
敵対的買収で行われる株式公開買付けの買い取り価格は、上述のように市場価格よりも高く設定されるのが通常です。したがって株主は、買収側と被買収側の経営方針や、株価戦略などを直接比較できます。敵対的買収により、株主はどちらの経営方針がこの会社にとって相応しいかを考える、いいきっかけとなるでしょう。

④ 買収計画を立てやすい

4つ目のメリットは、買収計画を立てやすい点です。敵対的買収は株式公開買付けによって株式の取得を行うため、買付け期間や買い取り株数、そして1株あたりの価格を公告します。公告時には、買収のための期間や必要なコストなどがすべて計算できるので、買収計画が立てやすくなるでしょう。

⑤ 株価の上昇によるコスト増加のリスクを減らせる

5つ目のメリットは、株価の上昇にともなうコスト増加のリスクを減らせる点です。敵対的買収を成功させるためには、対象企業の株式を50%超所持しなければなりません。
株価は、その株式を「買いたい」と思う人が増えれば増えるほど、株価が上がっていく特性があります。そのため、もし株式の取得をすべて市場からの購入で達成しようとすると、株価の上昇に歯止めが利かなくなり、買収コストはどんどん増えていってしまうでしょう。
しかし、敵対的買収による株式公開買付けは、事前に買い取り株数や価格を公告して行うため、株式買い取りのためのコストが増加するリスクを減らせます。

敵対的買収のデメリット

敵対的買収にはメリットも多くありますが、もちろんデメリットも存在します。敵対的買収のデメリットは、おもに以下の3つです。

① 成功事例が少ない
② 買収企業のイメージの低下
③ 買収後の組織運営が難しい

① 成功事例が少ない

1つ目のデメリットは、成功事例が少ないことです。上述のように、日本で行われる買収の大半は友好的買収であり、敵対的買収が行われるケースは極めて少ないといえます。
数少ない敵対的買収において、成功事例が少ない理由はおもに以下の3つです。

その1. 敵対的買収に対するネガティブなイメージ
日本では、敵対的買収は「乗っ取り」と捉えられる場合が多く、ネガティブなイメージに捉えられがちです。そのため、買収対象となる経営陣はもちろんのこと、主要株主などからも、強引なやり方に対して反感を買ってしまうことがあります。イメージが悪くなってしまうと株主の賛同を得るのが難しくなり、50%を超える株式の取得を断念せざるを得ません。

その2. 敵対的買収に対する防衛策が複数存在する
近年では昔とは違い、多くの企業が敵対的買収に対する防衛策をいくつも持っています。敵対的買収は短期間で決着をつけるのが定石ですが、抵抗が激しい場合は買収が長期化してしまいます。こうなると、成功したとしても焦土作戦などにより、企業そのものがボロボロになるので、買収から撤退せざるを得ません。

その3. シナジー効果を発揮しにくい
上述のように、日本では敵対的買収に対するイメージが悪いため、買収対象先の従業員や得意先からの、理解・協力を得ることが難しくなります。買収後に従業員の大量離職や、得意先との取引停止などが相次いで起こってしまうと、シナジー効果を発揮することが極めて難しくなってしまうでしょう。

これらの理由により、日本では敵対的買収の成功事例が少ないといえます。

② 買収企業のイメージ低下

2つ目のデメリットは、買収企業のイメージ低下です。上述のように、日本では敵対的買収に対するイメージが決してよくありません。関係者はもちろんのこと、顧客からも同意を得ることも難しいでしょう。したがって、買収企業のブランドイメージや、商品に対する信頼性が大きく棄損されてしまうことがあります。

③ 買収後の組織運営が難しい

3つ目のデメリットは、買収後の組織運営が難しいことです。敵対的買収によって、今までの取締役の大半は辞任し、新たに外部から取締役が送り込まれます。
今までとはまったく違うやり方でいきなり企業経営がスタートするため、従業員のなかには不安を抱いたり、混乱したりする人が少なからず出てくるでしょう。また、従業員の離職が増えることも十分に予測されます。このような混乱を抑え、組織運営を安定させるのはとても難しく、また時間もかかります。

敵対的買収に対する防衛策

敵対的買収に対する防衛策としては、 事前に対策するもの と、 TOBがはじまってから行うもの があります。以降では、この2つの防衛策について解説していきます。
なお、敵対的買収に対する防御策は、現経営体制を維持するために必要不可欠なものではあるものの、投資家からは諸手を挙げて歓迎されている、というわけではないようです。

2008年 8月26日に東京証券取引所が発表した、「M&A をとりまく現状に関する投資家意見の概要―買収防衛策を中心にー」 によると、買収防衛を導入することにより企業のパフォーマンスが悪化することは、一般投資家や株主にとって好ましいことではないとの意見がありました。また、買収防衛策は既存経営陣の保身の道具として使われており、株式の売却機会を狭める可能性もあるとの意見が見受けられます。
ただし、健全な買収防衛策は長期的な株主価値の向上につながる可能性も高いため、経営者の恣意性を排除したものであれば賛成するとの意見もあり、今のところ買収防衛策に対する評価は賛否両論です。このような背景を踏まえたうえで、まず敵対的買収への事前の防衛策について解説していきましょう。

事前に行う防衛策

敵対的買収に対する事前の防衛策は、おもに以下の5つです。

ライツプラン(ポイズンピル:毒薬条項)
ライツプラン(Rights Plan)は、別名ポイズンピル(Poison Pill:毒薬条項)とも呼ばれており、敵対的買収に対する防衛策の一つです。
敵対的買収が仕掛けられた場合に備えて、敵対的買収者の株式保有割合が一定割合を超えると、既存の株主に「市場価格より安い価格で新株を大量購入する権利」を与えておきます。敵対的買収が仕掛けられた際は、速やかにこの権利が発動され株主には新株が付与されるため、買収者の持ち株比率は一気に低下し、敵対的買収を防ぐことが可能です。
なお、ライツプランには2つパターンがあります。あらかじめ新株引受権を信託銀行に信託して、敵対的買収が仕掛けられたときに発動させる「ライツプラン信託」。そして、平時から買収防衛策を開示して、敵対的買収に対して警告する「事前警告型ライツプラン」です。ただしライツプランを行うと、新株の大量発行により株式の希薄化が起こる可能性が高まり、株価が低下するかもしれません。既存の株主に悪影響が及ぶ場合も考えられるので、株主の反発を受けやすい買収防衛策ともいえるでしょう。ちなみに、ライツプランによって敵対的買収を防いだ例としては、2007年に日本の調味料メーカー「ブルドックソース」が、アメリカのヘッジファンド「スティル・パートナーズ」の敵対的買収を阻止したことが挙げられます。

ゴールデン・パラシュート
ゴールデン・パラシュートとは「墜落する飛行機から、旧経営陣が黄金のパラシュートで脱出する」という比喩からこう呼ばれます。
敵対的買収によって役員が解雇されたり権限が減らされたりした場合に、割り増しした多額の退職金が発生するよう、契約を事前に結んでおく防衛策のことです。敵対的買収によりゴールデン・パラシュートが発動されると、買収成立後に多額の退職金の支払いが生じてしまいます。会社の資金繰りは一気に悪化し、企業価値は大幅に棄損されてしまうでしょう。今後の資金繰りの悪化が抑止力となり、敵対的買収を防ぐ効果が生じるわけです。
ただし実際には、従業員に対して人員整理が行われる中、役員だけが多額の退職金をもらうのは、印象がよくないという理由で、退職金の割り増し分はストックオプション(あらかじめ決めた価格で自社株を購入できる権利)で支払われる契約です。また、経営者以外の従業員に対しても割増退職金などを支払う契約を締結するのがティン・パラシュート(Tin Parachute:ブリキのパラシュート)です。
ちなみに、2007年2月~3月にNHKで全6回にわたって放映された経済ドラマ「ハゲタカ」では、第2話でこのゴールデン・パラシュートが登場しています。ドラマのなかでは、経営陣を退陣させ買収を成立させるための手段として用いられていました。
そのほかゴールデン・パラシュートが行われた例としては、コールバーグ・クラビス・ロバーツ社によるRJR Nabisco社の買収が挙げられます。1989年にノースカロライナ州でタバコの製造を行っていたRJR Nabisco社は、コールバーグ・クラビス・ロバーツ社に買収された際に、当時CEOだったロス・ジョンソンにゴールデン・パラシュートとして、5,800万ドル(当時のレートで約80億円)を支払いました。

プット・オプション
プット・オプションとは、特定の商品について、そのときの市場価格とは関係なく、一定の期間内にあらかじめ決められた数量・価格で売る権利のことです。
敵対的買収の対抗策としてプット・オプションを用いる場合は、あらかじめ株主には一定の価格で株式を売る権利を、そして金融機関をはじめとする債権者には、債権を回収する権利を与えておきます。
敵対的買収による支配権の変化などの事由が生じると、プット・オプションの権利行使が認められ、買収企業は株式の一斉買い取りや債権の一括弁済などをしなければなりません。この巨額な支払いが抑止力となり、敵対的買収の防御策としての効果を発揮します。

黄金株
黄金株とは、買収などの株主総会決議事項について、拒否権を行使できる株式のことをいいます。正しくは「拒否権付種類株式」といい、株主の権利内容について、特別な条件がつけられた種類株式の一つです。
普通株式が一株一議決権の原則に基づいて、出資割合に応じた議決権数を有しているのに対し、黄金株は1株だけで議案に拒否権を行使できる、極めて特殊な株式です。そのため、1株だけが発行されます。
黄金株が活用された例としては、英国のサッチャー政権下で行われた、国営企業の民営化が挙げられます。当時国営企業だった通信分野を民営化するにあたり、敵対的買収により株主構成の極端に変化し、会社経営が混乱することを防ぐ目的で黄金株が発行されました。黄金株は経営陣が信頼できる特定の株主に付与されるので、敵対的買収が仕掛けられたとしても拒否権を発動し、買収を防止できます。
日本では、2006年の会社法施行により、譲渡制限付きの黄金株発行が認められるようになりました。しかし東京証券取引所では、当初黄金株を発行した企業の上場を拒否する旨を発表しており(現在では一定条件付きで認められています)、上場企業では国際石油開発帝石のみが黄金株を発行しています。

チェンジオブコントロール(COC)条項
チェンジオブコントロール(Change of Control:COC)条項とは、M&Aなどを理由に契約の当事者の支配権に変更が生じた場合、もう一方の当事者が契約内容に制限をかけたり、契約そのものを解除できたりする契約規定のことです。別名「資本拘束条項」ともいわれます。
たとえばライセンスや営業権を供与する場合、契約書にチェンジオブコントロール条項を加えておくと、第三者に経営権が移ったとしても、技術移転などを防げます。特定の企業との契約依存度が高い会社であれば、敵対的買収に対する防衛策として効果を発揮することも可能です。なお欧州圏では、被買収リスクが高いと思われる企業が社債を発行する際に、投資家が社債に対してチェンジオブコントロール条項の付与を要求することが一般的です。 チェンジオブコントロール条項がつけられた社債は、買収などで支配権に変更が生じた場合、買収会社に対して社債の買戻しの請求権を発生できるプット・オプションが付与されています。つまり、敵対的買収に対する防衛策としての抑止力を発揮することになるわけです。ちなみに日本では、サッポロホールディングスが2007年6月にはじめてチェンジオブコントロール条項がついた社債を発行して、話題となりました。

事後に行う防衛策

次に、買収者が現れてから行う事後的な防御策について解説します。この場合行われる防御策は、おもに以下の6つです。

ホワイトナイト
ホワイトナイトとは、敵対的買収を仕掛けられた企業が、別の友好的な買収者を見つけて買収あるいは合併をしてもらい、敵対的買収を阻止する防衛策のことです。新たに登場する友好的な買収者を白馬の騎士になぞらえ、ホワイトナイトと呼びます。
ホワイトナイトとなる企業にとっては予定外のM&Aを持ち掛けられるため、通常よりも有利な条件が提示されます。敵対的買収を仕掛けられた企業にとってこの状況は、「前門の虎後門の狼」ともいえるものです。どちらにしても、他社のグループ企業となる苦渋の選択を決断しなければなりません。
代表的な事例としては、2005年に行われたドン・キホーテによるオリジン東秀への敵対的買収が挙げられます。
また、後述するぺんてるに対するコクヨの事例でも、ホワイトナイトによって買収が防御されました。

焦土作戦(クラウン・ジュエル)
焦土作戦とは、買収企業が狙っている財産価値の高い資産や収益性の高い事業を関連会社へ売却したり、金融機関からの負債を引き受けたりすることによって、買収されたあとの企業価値を低下させる買収防衛策です。
「王冠(会社)」から価値ある宝石を外すという例えから、別名クラウン・ジュエルとも呼ばれます。
焦土作戦は、軍隊が敗走するときに自らの基地や橋を破壊して相手側の兵站を消耗させる状況に似ています。敵対的買収自体を防げるものの、肝心の会社そのものの利益が大幅に棄損されるため、取締役会に対して背任罪や特別背任罪が適用される恐れもあるでしょう。
この焦土作戦の実例としては、ライブドアによるニッポン放送への敵対的買収事件が挙げられます。ライブドアによって敵対的買収を仕掛けられたニッポン放送は、新株予約権を発行して、フジテレビを子会社化しようと試みます。しかし、子会社化は東京地裁の仮処分によって差し止められてしまいました。追い詰められたニッポン放送は、ニッポン放送とフジテレビの企業価値を低下させる目的で、子会社であったポニーキャニオン社の株式の売却を検討する発表をしました。

パックマン・ディフェンス
パックマン・ディフェンスとは、敵対的買収を仕掛けられた被買収企業が、逆に買収企業を買収してしまう買収防御策のことです。パックマンは、1980年に日本のゲーム会社ナムコが開発した、テレビゲームのキャラクターです。普段はモンスターに追われているパックマンがエサを食べることにより、今度は逆にモンスターを飲み込んでしまうことから、この名前がつけられています。
実際には、被買収企業が買収企業を完全に飲み込んでしまうまで進めるのではなく、買収企業の発行済株式総数1/4の取得を目指します。会社法308条1項「株主(株式会社がその総株主の議決権の1/4以上を有すること、その他の事由を通じて株式会社がその経営を実質的に支配することが可能な関係にあるものとして、法務省令で定める株主を除く。)は、株主総会において、その有する株式一株につき一個の議決権を有する。」の定めにより、買収企業は被買収企業に対する議決権を行使できなくなるためです。
ただし、パックマン・ディフェンスには莫大な資金が必要です。さらに、買収企業の株式を大量に保有したところで経営上何のメリットもないことから、近年では利用されることがほとんどありません。

マネジメント・バイアウト
マネジメント・バイアウト(Management Buyout:MBO)とは、経営陣が自ら会社の株式などを買い取ることです。オーナー企業において経営陣に事業承継を行う場合や、上場企業を非公開化するときなどに用いられます。
敵対的買収の防衛策として用いられる場合は、買収対象となっている企業の経営陣が、既存の株主から株式を買い取ることにより議決権の過半数を死守します。最終的に目指すのは、上場廃止です。
このとき、小規模会社であれば経営陣の自己資金で行うことも可能ですが、中規模以上の会社であれば金融機関や投資ファンドによって資金調達がよって行われます。
具体的には、SPC (special purpose company) と呼ばれる特別目的会社を設立し、SPCが受け皿となって株式の買い取りを進め、対象会社を完全子会社化します。その後、SPCと対象会社を合併させ、最後は経営陣による合併会社の株式の買い取りが行われるという手順です。非上場企業の株式には譲渡制限があるため、これで敵対的買収に対する防御策は完成です。
なお、マネジメント・バイアウトによる上場廃止は、事業承継や敵対的買収の防衛策以外にも、株主からの増配要求をかわす目的などでも行われます。
マネジメント・バイアウトの実例としては、2006年業績悪化を理由に行われた、大手外食チェーンすかいらーくの上場廃止が挙げられるでしょう。

第三者割当増資
第三者割当増資とは、増資をするにあたり、特定の第三者に対して新株を発行することです。第三者割当増資が敵対的買収の防止策として用いられる場合は、買収が仕掛けられたときに新株、もしくは新株予約権を第三者割当することで株式の希薄化を行い、買収者の持ち株比率を下げさせます。
実例としては、2006年に行われた北越製紙による三菱商事への第三者割当増資が挙げられます。2006年に王子製紙から敵対的買収を仕掛けられた北越製紙は、三菱商事に対して第三者割当増資の引き受けを打診し、三菱商事が応じたことにより、王子製紙によるTOBは不成立となりました。
ただし会社法210条 において、株式の発行が著しく不公正な方法により行われる場合は、発行をやめることを請求できるとされています。そのため、被買収企業の第三者割当増資は、買収企業によって裁判所に仮処分申請が行われるかもしれません。
実際に、上述のライブドアによるニッポン放送への敵対的買収事件の際に、フジテレビを子会社化する目的で発行しようとした第三者割当増資は、東京地裁の仮処分によって差し止められています。

増配
増配とは、株主に対して通常よりも配当を増やすことです。敵対的買収の防止策としては、買収企業が被買収企業の預貯金など流動性の高い資産などをターゲットにしている場合において、増配を行うことにより、買収目的そのものを喪失させるために行われます。
この方法は、焦土作戦と同じように、自社の価値そのものを棄損させることによって買収を防ぐ捨て身の方法です。買収を防いだとしても、その後の企業経営が難しくなるというデメリットをもっています。
実例としては、2012年にゴルフ場最大手アコーディア・ゴルフが、業界2位のPGMホールディングスに敵対的買収を仕掛けられた際に、当期純利益の90%を配当する増配政策が発表されたことが挙げられます。

実際に行われた敵対的買収の事例

実際に国内外で行われた敵対的買収の事例を見ていきましょう。

敵対的買収の成功事例

敵対的買収が成功した2つの事例をご紹介します。

ソレキアへの敵対的買収(2017年)
2017年2月、ジャスダック上場のシステム開発会社ソレキアは、東証2部上場で押出機などを製造するフリージア・マクロスの会長兼個人投資家でもある佐々木氏から、事前に通知・連絡もなく突然敵対的買収を仕掛けられます。
富士通グループのパートナー企業だったソレキアは、以前から富士通にTOB対策としてソレキア株の取得を打診していたものの、買収対策は行っていませんでした。この間隙を縫ってTOBを仕掛けたのが佐々木氏です。
この危機的状況に際し、ソレキア側からホワイトナイトの打診を受けた富士通は、佐々木氏とのTOB合戦に参加を表明します。佐々木氏が1株2,800円で買い付けるのに対し、1株3,500円総額25億7,000万円でのTOBを発表しました。
その後両社による熾烈な争いが繰り返され、最終的には富士通が定めた5月22日の買付け期間終了日に、富士通によるTOBは不成立に終わってしまいます。その結果佐々木氏は、39.64%の議決権を手中に収め、筆頭株主となりました。
この事例は、ホワイトナイトを打ち破って敵対的買収が成功した、国内では極めて珍しい例です。

デサントへの敵対的買収(2019年)
2019年1月、伊藤忠商事が大手スポーツ用品デサントに対して、敵対的買収を仕掛けました。もともと両社は蜜月関係にあったため、デサントが1984年と1996年の二度にわたり経営危機に陥った際には、伊藤忠は再建の支援を行っていました。その関係で、1994年からは3代続けてデサントの社長を伊藤忠の出身者が務めています。
しかしその後、両者の経営を巡る対立が表面化します。韓国への依存度が高いデサントと、中国での市場を伸ばそうとする伊藤忠との意見が対立したことで、伊藤忠側への連絡なしに伊藤忠出身の社長を退任させ、伊藤忠出身者以外の人物を社長に選任しました。その後さらにデサントの経営を巡る両社の対立が激化した結果、伊藤忠はデサントに対するTOBを発表しました。伊藤忠は株式の買い取り価格を市場価格の5割増しに設定し、TOBを開始します。もともと伊藤忠がデサントの株を買い進めていたこともあり、デサント側は有効な防衛策が打てないまま、約2ヵ月後の3月15日にTOBは成立しました。

敵対的買収の失敗事例

続いて、敵対的買収に失敗した5つの事例をご紹介します。

ぺんてるへの敵対的買収(2019年)
東証一部上場の文房具国内最大手のコクヨは、2019年11月15日、ぺんてるに対して敵対的買収を仕掛けます。ぺんてるは非上場会社ですが、コクヨはぺんてるの筆頭株主であるファンドを子会社化したことで議決権37.45%を持っており、実質的には筆頭株主でした。
コクヨはさらに株式を買い進め、子会社化する目的でTOBを公表します。ぺんてるは非上場企業なので株式の流動性は低く、ぺんてるを子会社化するためにはぺんてるOBが持つ株式をコクヨが取得できるかどうかが焦点でした。
しかし、ぺんてるはブラス株式会社に対し、ホワイトナイトとしてぺんてる株の買い取りを依頼します。その後一進一退の攻防が続いたものの、最終的にぺんてる側の圧勝に終わり、コクヨの敵対的買収は失敗に終わりました。

ユニゾの敵対的買収(2019年)
不動産やホテルを手掛けるユニゾホールディングスは、2019年7月、旅行代理店大手のHISにより突如敵対的買収を仕掛けられます。そこでホワイトナイトとして、米ファンドのフォートレス・インベストメント・グループ(以下、フォートレス)を呼び込みました。
ホワイトナイトの登場により、HISによる敵対的買収の防衛には成功したものの、今度はブラックストーン・グループがフォートレスの買付け価格を上回る価格でのTOBを発表。このTOBに対抗するため、ユニゾホールディングス従業員とローンスターが共同で設立したチトセア投資がTOBを発表し、両社によるTOB合戦が行われました。
最終的にはチトセア投資が勝利し、日本ではじめてのエンプロイー・バイアウト(EBO)となりました。その結果ユニゾホールディングスは、2020年6月18日に東証より上場廃止となっています。

富士興産の敵対的買収(2021年)
シンガポール投資会社のアスリード・キャピタルは、2021年4月28日、東証一部に上場しているENEOS系石油販売会社の富士興産に対して、敵対的買収を仕掛けます。
富士興産は5月24日に買収防衛策として、新株予約権の無償割当の発動を公表し、翌月24日の定時株主総会で株主に対して真意を問うため議案として提出。議案は承認・可決され、買収防衛策は発動準備の段階に入ります。
これに対しアスリード・キャピタル側は、買収防衛策の差し止めを求め、裁判所に仮処分を申し立てるも棄却。即時抗告するも、8月10日に再び棄却しました。万策尽きたアスリード・キャピタルは、TOB期間中に買収防衛策の差し止めは困難だと判断し、断念します。
富士興産はアスリード・キャピタルのTOB撤回を受け、新株予約権の無償割り当てを中止しました。

日邦産業の敵対的買収(2021年)
東証2部上場で押出機などを製造するフリージア・マクロスは、2021年1月27日、ジャスダックに上場している産業資材商社の日邦産業に対して、敵対的買収を仕掛けます。フリージア・マクロスは前年度より日邦産業の株式を市場で買い進め、19.75%を保有し筆頭株主となっていました。一方で日邦産業側は、保有株式が20%になった時点で買収防衛策としてポイズンピルを発動すると警告し、後日株主総会で承認・可決されます。
フリージア・マクロスは買収防衛策撤回の訴訟を起こして対抗しようと試みたものの、裁判所による仮処分命令が棄却される見通しであることから、同年7月TOBを断念しました。

京阪神ビルディングの敵対的買収(2021年)
旧村上ファンドの出身者が代表を務めるストラテジックキャピタルは、2020年11月5日、関西を中心に不動産賃貸事業を展開する京阪神ビルディングへ、敵対的買収を仕掛けます。
9%の持ち株比率を29%に引き上げて発言力を高めることを目的とする、ストラテジックキャピタルに対し、京阪神ビルディングは反対を表明。TOBは開始されたものの、応じる株主は少なく、期間を延長しても買付け予定数下限の半数にも達しませんでした。結局2021年1月13日、ストラテジックキャピタルはTOB不成立を発表しました。

終わりに

敵対的買収は、日本ではまだ少ないものの、投資先企業の経営陣に対して積極的に提言を行う株主(アクティビスト)の増加にともない、徐々にその数を増やしています。
そもそも、敵対的買収は怠慢な経営陣の刷新や経営の合理化を促進させる効果もあり、本来は株主の利害と直接対立するものではありません。しかし、ただ株価を釣り上げて高値で株式を会社関係者に引き取らせる濫用的買収者の登場により、他株主の利益も棄損する可能性も生じはじめています。
本記事で紹介したように、敵対的買収に対する防御策はいくつもあるものの、発動した場合に受ける会社側のダメージはどれも決して軽微なものではありません。したがって、「戦わずして勝つ」戦略がいつでも採れるように、企業経営者には今まで以上の緊張感と注意力をもった経営が求められるでしょう。

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