経営学者ピーター・ドラッカー氏の「マーケティングの理想とは、販売を不要にするものである」という有名な言葉がある。マーケティングは、事業を立ち上げ、軌道に乗せていくためには欠かすことができないものだ。マーケティングを実践するための手法は、これまでに多くのものが考案されている。今回は、それらマーケティング手法のうち基本的なものを具体的に3つに分類して紹介する。
1. 環境分析のための4つのマーケティング手法
内部および外部の環境を分析するためのマーケティング手法は数多く提案されている。そのうち「3C分析」「PEST分析」「ファイブフォース分析」「SWOT分析」の4つのマーケティング手法について見ていこう。
3C分析
3C分析とは、以下の3つの観点で環境を分析するものだ。
- Customer(市場・顧客)
- Competitor(競合相手)
- Company(自社)
経営コンサルタントである大前研一氏が提案したものとして知られている。大前氏は、著書『The Mind of the strategist』において「およそいかなる経営戦略の立案にあたっても、3者の主たるプレーヤーを考慮に入れなければならない。すなわち「当の企業=自社(Company)、顧客(Customer)、競合相手(Competitor)の3者である」と述べている。
外部要因となる市場・顧客と競合、および内部要因である自社を照らし合わせることにより自社の強みと弱みを明確にすることが可能となる。
・Customer(市場・顧客)の分析
3C分析で最初に行うのは市場・顧客の分析である。なぜなら事業を行うにあたって最も重要なのは、市場・顧客についての理解だからだ。市場をマクロに分析するためには、後に紹介する「PEST分析」が有力な手法として知られている。また市場をミクロに分析するための「ファイブフォース分析」も欠かすことができない。顧客の動向を直接知るためには、アンケート調査などの手法も有効だ。
・Competitor(競合相手)の分析
競合を分析するにあたっては、売上や利益率、販売管理費などの基本情報はもちろん社員1人や顧客1人当たりの売上など効率についての情報も可能な限り入手しよう。そのうえで競合がいかなる理由によりそのような結果を出しているのかを検討する。競合を分析することにより自社が取り入れるべき点や差別化のポイントなどを明確にすることができる。
・Company(自社)の分析
市場・顧客と競合についての分析をふまえ自社の戦略を検討する。ここで重要な観点は、「市場の変化に競合がどのように対応しているか」を自社と比較することだ。自社と市場・顧客および競合を俯瞰的に見るためには、後に紹介するSWOT分析も有力な手法となる。
PEST分析
PEST分析とは、外部の環境をマクロに分析するためのものだ。以下の4つの観点から分析を行う。
- Politics(政治)
- Economy(経済)
- Society(社会)
- Technology(技術)
経営学者フィリップ・コトラー氏が提唱するマーケティング・フレームワークの一つである。事業を行うにあたっては、自社で統制することが不可能なマクロ環境も分析しておくことが重要だ。現在および未来においてマクロ環境が自社に対してどのような影響を与えるかを把握・予測し、対策を検討しておかなくてはならないだろう。
・Politics(政治)の分析
PEST分析は、まず政治的状況や法律の改正などから分析を始める。規制などの策定あるいは変更・撤廃は、事業に大きな影響を与えることがあるだろう。「政治的状況の変化による利得を最大限に享受する」「損失を最小限に抑えるための対策を検討する」といったことがポイントだ。
・Economy(経済)の分析
経済的状況も事業に大きな影響を与えることになる。経済成長率や株価、金利、消費動向などの将来における影響を予測することは大切だ。また「製品を輸出する企業」「原材料を輸入する企業」にとっては、為替相場の変動にも細心の注意を払うことが必要だろう。
・Society(社会)の分析
事業を行うにあたっては、社会構造やライフスタイルの変化についても分析が必要だ。例えば近年進みつつある超少子高齢化社会は、高齢者向けの市場拡大、および子ども向けの市場縮小が見込まれる。
・Technology(技術)の分析
急速に発達する技術的状況の分析も欠かせない。技術開発の結果により大きな市場が生まれたり逆に市場が丸ごとなくなったりする例は事欠かない。技術の変化に敏感になることで大きなビジネスチャンスをモノにすることも可能となる。
ファイブフォース分析
ファイブフォース分析は、市場における業界構造をミクロに分析するためのものである。以下の5つの「脅威(フォース)」から分析を行う。
- 売り手の交渉力による脅威
- 買い手の交渉力による脅威
- 既存競合他社による脅威
- 新規参入業者の脅威
- 代替品の脅威
アメリカの経営学者マイケル・ポーターが提唱したフレームワークだ。ファイブフォース分析は、既存事業の収益向上策や新規参入のリサーチに役立てることができる。それぞれの要因の意味は以下の通りだ。
・売り手の交渉力による脅威
原材料や部品などの売り手が寡占状態であったり、独占技術を持っていたりするなどの理由によって高い交渉力を持っている場合、買い手は高い価格を受け入れざるを得ず収益性は低くなる。
・買い手の交渉力による脅威
買い手が強力な購買力があるなどにより高い交渉力を持っている場合には、売り手はギリギリの値引きを要求され、収益性は低くなる。
・既存競合他社による脅威
同程度の規模の企業がひしめいていたり、装置型産業などのように撤退が難しかったりするなどの場合には、市場における競争は激しくなる。
・新規参入業者の脅威
新規に参入することが容易である業界における収益性は、たとえ一時的に上がることがあったとしても、すぐに参入者が増えるため、再び下がってしまうことが一般的となる。
・代替品の脅威
ユーザーのニーズを満たす代替品が、より費用対効果が高い形で登場すると収益性は低くなる。
SWOT分析
SWOT分析は、自社の内部および外部の環境を分析するためのフレームワークだ。以下の4つの観点から分析を行う。
・Strength(自社の強み)
・Weakness(自社の弱み)
・Opportunity(チャンスとなる外部要因)
・Threat(脅威となる外部要因)
SWOT分析を行うことにより、自社をとりまく環境を俯瞰し事業を行ううえでの課題を明らかにすることができる。
・Strength(自社の強み)の分析
SWOT分析を行うにあたっては、最初に自社の強みについて分析する。ユーザーがなぜ自社の製品・サービスを選択するかを考えることにより強みがはっきりしてくるだろう。
・Weakness(自社の弱み)の分析
次に自社の弱みを分析する。競合と比較して足りていない部分について洗いざらいあげていこう。
・Opportunity(チャンスとなる外部要因)
環境の変化や競合の動向など自社のチャンスになると見込めるものをあげていく。分析するにあたっては、徹底した情報収集が必要となるだろう。
・Threat(脅威となる外部要因)
脅威となる環境変化、競合の動向もあげていく。脅威については、自社の努力だけではどうにもならない部分がある。しかし脅威を知っておくことで新たなビジネスチャンスをつかむことが可能となることもある。
2. 事業の基本的な方向を検討するためのマーケティング手法
これまでで自社の内部および外部の環境を分析するための手法を見てきた。次に事業の基本的な方向を検討するための手法「STP分析」を見ていこう。
STP分析
STP分析は、フィリップ・コトラーが提唱した、マーケティング戦略を立案するためのフレームワークだ。以下の3つの観点から分析を行う。
・Segmentation(セグメンテーション:市場の細分化)
・Targeting(ターゲティング:細分化された市場のうちどのセグメントを狙うのかを決める)
・Positioning(ポジショニング:市場における立ち位置を明確にする)
一般に「すべての顧客を狙った商品・サービスは誰からも必要とされることがない」といわれる。なぜならすべての顧客のニーズを満たす商品・サービスを作ることは不可能だからだ。そこでSTP分析を用いることにより市場を細分化したうえで、「どの顧客層を狙い、どのような立ち位置でアピールしていくか」を決めることになる。
STP分析は、これまで見てきた環境分析、および後で紹介する事業施策の立案の中間に位置する。まさにマーケティング戦略の「要」といえるものであり多くの企業が導入している。以下で「セグメンテーション」「ターゲティング」「ポジショニング」の3つのポイントについて紹介する。
・セグメンテーションのポイント
セグメンテーションで市場を細分化する際には、最初に「ニーズ」に着目することが重要だ。「パソコン」を例にあげると以下のようなさまざまなニーズがある。
- ゲームがしたい
- WordやExcelを使いたい
- Webサイトの作成がしたい
- 持ち運びがしたい
- 動画をきれいに見たい
ニーズをあげたところで次に「そのニーズを持つのがどのような属性の顧客なのか」を考える。「ゲームをする」「動画を見る」のは個人だと推測できるだろう。それに対してWord・Excelの使用やWebサイト作成、持ち運びをしたいのは法人に属する人が多い傾向だとイメージできる。さらにWebサイトを作成したいのはデザイナー、持ち運びをしたいのは外回りの営業職だと考えることもできるだろう。
このようにセグメンテーションにおいては、顧客のニーズと属性を徐々に細分化していくことが必要だ。
・ターゲティングのポイント
ターゲティングにおいては、細分化された顧客セグメントのなかから、それでは自社がどの顧客をターゲットとするかを決める。ターゲティングを行う際に重要な参考となるのが先で見た環境分析の結果だ。環境分析において市場における脅威や競合他社の状況、自社の強みや弱みを分析している。この分析結果と考えあわせ最も魅力的な顧客セグメントを選択することがポイントだ。
たとえ成長の余地がありそうな顧客セグメントであったとしても自社の経営資源を考えたときに取り組むことが難しければ意味がない。また競合が多すぎるなどの場合には、撤退したほうが無難な場合もある。顧客セグメントを選択したら、その顧客の「ペルソナ」を作成することも重要だ。ペルソナとは、その顧客が具体的にどのような属性の、どのような人なのかの「理想像」のこと。
ペルソナを作成し関係者で共有することによりマーケティング戦略についての理解の関係者によるブレを少なくすることができる。
・ポジショニングのポイント
ターゲットとする顧客が決まったら、その顧客から自社の商品・サービスが選ばれるための立ち位置を決める。自社の商品・サービスが魅力的に見え、また競合より優位に立てる立ち位置を決めることが重要だ。ポジショニングは、例えば「付加価値」によって定めることもできる。パソコンの例にもどれば「軽量」「バッテリー時間が長い」などの付加価値は、外回りの営業マンにアピールするには大きなポイントになるだろう。
3. 事業の具体的な展開を検討するための2つのマーケティング手法
マーケティング戦略を立案するには、以上で見てきた通り最初に環境分析を行い、次にそれをふまえてSTP分析を行う。STP分析によりターゲットとすべき顧客セグメント、およびポジショニングが決まったら今度はそれを事業として具体的にどう展開していくかを考えることになる。具体的な事業展開を考えるための分析手法が、以下で紹介する2つだ。
・4P分析(マーケティングミックス)
・バリューチェーン分析
4P分析(マーケティングミックス)
4P分析は、「マーケティングミックス」と呼ばれることもある。事業展開を考えるために、以下の4つの観点から分析を行うものだ。
- Product(プロダクト:製品)
- Price(プライス:価格)
- Place(プレイス:流通)
- Promotion(プロモーション:販売促進)
それぞれを検討するためのポイントは以下のようになる。
・Product(プロダクト:製品)の分析
まず考えなければならないのは、販売する製品・サービスだ。ここでポイントとなるのは、その「製品やサービスが顧客のニーズをどのように満たせるのか」ということ。また「製品やサービスが顧客に対してどのようなメリットを提供できるのか」を考えることも重要だ。
・Price(プライス:価格)の分析
価格を決定する際には、まず適正な利益が得られることが重要になる。しかしそれと同時に「価格がターゲットとする顧客層に対して適切であるか」を検討することも大切。なぜなら顧客にとって割高感があっては、製品・サービスが選択されにくくなるからだ。
・Place(プレイス:流通)の分析
製品・サービスを販売するためには、それを流通させるための経路を考えなくてはならない。流通経路には、実店舗からネット通販まで多様なものが考えられる。ただしここでも「ターゲットとする顧客セグメントに確実に届けられる経路であるか」を考えることが最も重要だ。
・Promotion(プロモーション:販売促進)
製品、価格、および流通が決まったら、さらにその製品を認知してもらうための販売促進の方法を検討する。
販売促進の方法にも多様なものが選択肢となってくる。この場合にも、ターゲットとする顧客セグメントに認知してもらうために最も適切な方法を選択することが大切だ。
バリューチェーン分析
バリューチェーン分析とは、製造業の場合なら以下のような原材料の仕入れから製品が顧客に届くまでの一連の流れを分析することだ。
- 原材料の仕入れ
- 製造
- 出荷・物流
- 販売・マーケティング
- サービスなど
バリューチェーン分析の目的の1つは、コストを削減することである。ただしこの分析手法に「バリューチェーン(価値の連鎖)」の言葉が使われていることに注目することが重要だ。製品が顧客に対して届けられるまでのプロセスは、「モノの連鎖」であると同時にそれぞれのプロセスにおいて生み出されていく「価値の連鎖」と捉えることもできる。
バリューチェーン分析においては、製造や流通・販売の個別のプロセスごとに「どこで高い付加価値が生み出されているのか」「どのプロセスに弱みがあるのか」について分析することが必要だ。分析結果を検討することにより、どのようにすればターゲットとする顧客に対して、より高い価値を提供することができるのかが明らかになってくる。
バリューチェーンには、仕入れや製造、出荷、流通、販売、サービスなどの「主活動」と、インフラや人事・労務、技術開発、調達などの「支援活動」との2つの側面がある。どちらかに偏ることなく、その両面をあわせて見ていくことが重要だ。
マーケティングの基本は顧客にとっての価値を考えること
マーケティング戦略は、以下の3つの段階を経ながら策定していく。
・環境分析
・事業の基本的な方向を検討する
・事業の具体的な展開方法を検討する
それぞれの段階において「基本」とされるマーケティング手法を以上で紹介した。マーケティングとは、常に「顧客にとっての価値」を中心に据えながら事業展開を考えていくことだ。顧客が中心であるのは、事業において当たり前のこととはいえ、つい疎かになりがちなことでもある。またマーケティング戦略を実践するにあたっては、行った施策の効果を測定し戦略を改善していくことも大切だ。
マーケティングとは、ビジネスにおける戦略であるとともに事実に基づく実践的な思考法であるともいえるだろう。
文・THE OWNER編集部