最近、「携帯電話料金値下げ」の話題がにぎやかです。
菅首相は、官房長官時代から「日本の携帯電話料金は国際的にも高い」と指摘しており、通信事業者は4割の値下げが可能ではないかと圧力をかけられています。各社の料金プランは複雑ですが、大容量データプランで比較すると大手3社とも7,000円前後となっています。また、政府の要請に対応する形で、ソフトバンクとKDDIは、それぞれサブブランドですが20ギガバイトで4,000円前後のプランを発表しました。
出典:中日新聞
国際水準比較として、総務省は米英仏独韓の料金プラン比較資料を出していますが、これによると日本の料金はアメリカ、韓国よりも安いですが、ヨーロッパの料金は日本の半額程度になっていることがわかります。
出典:ICT総研
では、イスラエルの携帯電話料金がどのくらいのレベルかご存知でしょうか?実は驚くほど安いのです。一例をあげると、Golan Telecomでは2年契約、データ 200GB、電話、SMSし放題、国際電話も300分まで含むという条件で、月額39.9シェケル(日本円で1,200円程度)です。日本で200GBというデータ量に相当し得るのは、auのデータMAX 4G LTEプランであり、月額7,650円ですから、如何にイスラエルの携帯電話料金が安いかが理解出来るのではないでしょうか。
イスラエルには、モバイル通信事業者が6社あります。その6社とは、Cellcom Israel、Golan Telecom、Marathon 018 Xfone、Partner Communications、HOT Mobile、Pelephone Communicationsです。この6社は自社でネットワークを持つMNOであり、日本のドコモやKDDIと同じ位置づけの事業者です。ネットワークを持たないMVNO、格安事業者、ではありません。日本も大手3社に新規参入の楽天、そして大手のサブブランド2社の合計6社ですが、人口は1億2000万人います。イスラエルの人口が900万人なので、各事業者は如何に厳しい競争状態に置かれているか、直感的に理解できるのではないでしょうか。
参考までにいくつかの事業者の料金プランページをお見せします。ぱっと見ただけですが、12GBというメニューがある一方で、1000GBのプランがあったり、2回線目からは安くしたりと、料金プランがバラエティに富んでおり、各社かなり知恵を絞っている様子が伺えます。日本の大手3社の料金プランが似たりよったりであるのとは違う様子がわかるのではないでしょうか。各社とも、競争力のある特徴的なプランを実現するために大変な努力をしているようです。事業者によっては、MNOではありながら、無線アクセスのネットワークを他の事業者と共有することで、投資、費用を削減している例もあるようです。
また、例えば現在Cellcomを使っている人が、HOT Mobileに乗り換えようと考えた場合は、単にSIMカードを購入するだけでよく、日本のように手数料が必要となることもありません。2006年までは、イスラエルでも携帯デバイスは通信事業者から購入していましたが、その後SIMロックをしてはいけないという法律ができ、どこからでもデバイスを購入し、通信事業者から必要なSIMを買えば良いようになったのです。更に、他の国同様メッセージのやり取りはSMSが主流ですから、携帯事業者のメールアドレスは昔から無く、それが要因で乗り換えをためらうということも無さそうです。サービスがシンプルで事業者間の移動を阻害する要因も少ないと言えるかもしれません。
やはり、料金値下げを含めて「競争」が生む知恵(価値)の具体例としてイスラエルのモバイルサービス事情を見れば、日本政府が通信事業者間の競争を促進しようと考えるのは、ある種必然かと考えます。
Golan Telecom
Marathon 018 Xfone
Partner Communications
一方で、イスラエルのような厳しい競争状態を作り出すことが、はたして消費者にとって本当に良いことなのか、という視点も提示したいと思います。
例えば、通信事業者の提供するサービスはモバイルだけではありません。殆ど使わないにせよ、固定電話やブロードバンドサービスもあります。イスラエルでは、有線のブロードバンドといえばまだADSLが主流です。今年の新型コロナウイルスの影響を受けているのはイスラエルも例外ではなく、都市のシャットダウンや学校の閉鎖もありました。特に、学校が閉鎖され、子どもたちがオンラインの授業やYouTubeで一斉に学ぶようになった時、有線も無線もトラフィックが集中し、ネットワークの遅延が起こってオンライン授業が中止されたこともあったそうです。
日本では、通信の問題というより、「PCやタブレットを持たない家庭の子供が学べないのは問題だ」という公平性の観点からも、子どもたちがオンラインで学ぶという状況はあまり多くは生まれなかったようです。しかし、多くの企業でリモートワークが当たり前となり、朝10時になるとマンションの各戸で一斉にZoom通信が始まる、という従来経験したことのない状況が起こりました。このような通信の使い方は、従来事業者が想定していた通信ネットワークの利用とは全く異なる状況であり、既存のトラフィック理論に基づくネットワーク設計の考え方からは全く外れているはずです。それでも光ファイバーが普及しており、モバイルネットワーク品質も良い日本では、リモートワークによる通信障害という話は幸いにして聞きません。我々が、リモートワークで通信面での問題なく仕事が出来ているのは、通信事業者が費用と時間のかかる光アクセスネットワークに地道に投資し、モバイルネットワークの最適化に投資を続けてきた成果と言っても間違いではありません。
政府の競争政策により、イスラエルの通信事業は収益性が悪化しました。その結果、従業員数も減り、サポートサービスの質は悪化したという話も聞きます。LTEの電波が届きにくい場所も結構あるようです。
携帯料金の値下げという日本の社会課題に対して、紹介したイスラエルの通信各社が提供する料金は、「ここまで安く出来る」というレファレンスにはなるはずです。一方で、社会インフラとしての使命を阻害しないように、バランスのとれた政策の実現が望まれます。