知らない間に驚きの進化~家電も絶好調の秘密~
「焦げつくのがイヤ」という人たちがたどり着くフランパン。それが「取っ手のとれる」でおなじみのティファールだ。
ユーザーが「焦げつかない」「長持ちする」と口を揃えるように、焦げつかずに使える期間がティファールは長い。その耐久性は調理器具を酷使するプロも認める。「作り置きレシピ」で人気の料理研究家・瀬戸口しおりさんもフル活用。特にその良さを感じるのが肉料理。2年間、ハードに使っているがいまだ焦げつかない。
「普通は肉が焦げつくのですが、焦げつかずに?がせる」(瀬戸口さん)
焦げつきにくいのは表面をフッ素樹脂加工しているから。もともとティファールが生み出した技術だ。
その技術も進化を遂げている。2021年発売の最高級モデル「アンリミテッド」シリーズでは、アルミのフライパンのフッ素樹脂加工のコーティングは5つの層になっているが、そのうちの1つにクリスタル素材を配合。これまで以上に強度をアップさせた。その結果、焦げつかずに使える期間は1世代前の商品の2倍。10年前の2世代前なら20倍に伸びた。
こうしてティファールの愛用者はじわりと増え、「取っ手のとれる」シリーズだけでも日本で5700万枚以上を売り上げた。
ティファールといえば鍋やフライパンが一緒になったセット売りが定番だが、実はそのアイテム数は約270に上り、中にはあまり見かけないものもある。
例えば「キャストライン」シリーズは型にアルミを流して作った鋳物の鍋。「ライスポット」(6250円)でご飯を炊けば、鋳物ならではの蓄熱力でかまど炊きのようなふっくらとした仕上がりになる。
平べったいフライパン「フレンチパン」(2850円)はクレープ用。深さはわずか2センチなので、ひっくり返すのが簡単。クレープの他、錦糸卵やお好み焼き作りにもってこいの調理器具だ。
さまざまな調理器具を世に出してきたティファールだが、キッチン周りで生み出した大ヒット商品がある。それは今や日本の半分以上の家庭で使われるようになった電気ケトル。お湯を必要な分だけすぐに沸かせる便利さがうけて普及。ティファールはトップシェアを誇り、日本だけで累計2700万台以上を売り上げた。
さらに今、同じキッチン家電で絶好調なのが電気圧力鍋の「クックフォーミー」(3万円)。使い方は、食材や調味料を入れてスイッチを押すだけ。本来、何時間もかかる煮込み料理などが数十分でできてしまう。しかも電気だから消し忘れがない。あとはお任せの「ほったらかし家電」として大人気なのだ。
その他、アイロンやミキサーなどもライバルとはちょっと違う視点の家電になっていて、業績も絶好調だという。
簡単&便利でヒット連発~前年比2割減からのV字回復
ティファールの親会社はフランスに本社を置くグループセブ。世界150か国以上に展開し、調理器具の売り上げは世界一。家電にも力を入れながら年商8700億円をたたき出すグローバル企業だ。
その日本法人がグループセブジャパン。この日、東京・港区にある本社の一室を訪れたのはコストコ ジャパンのケン・テリオ社長。グループセブ ジャパン社長のアンディことアンドリュー・ブバラとの間で商談が行なわれていた。コストコにとって、ティファールは主力商品の一つ。そのため年に2回、トップ直々に商談にやってきているのだ。
コストコとの商談は毎回シビアなものになると言うが、ケン社長はアンディに一目置いていると言う。
「彼は決してすぐにノーとは言いません。お互いを理解して、何ができるか考えてくれます。交渉は時に激しくなることもありますが、最終的にはウィンウィンの結論を導き出してくれる男です」
このアンディこそ、日本のティファールを躍進させた立役者だ。その会議用のメモを見ると「英語が入ったり日本語が入ったり、“ちゃんぽん”ですね」(アンディ)。「ちゃんぽん」という日本語がすっと出てくる。
アンディは1973年、アメリカのインディアナ州出まれ。名門イェール大学時代、なんとなく日本語を学んだのがきっかけとなり、卒業後は「日本で働きたい」と「ソニー」に入社した。その後は「グーグル ジャパン」などを渡り歩き、2015年、ヘッドハンティングを受けてグループセブ ジャパンの社長に就任した。
しかし、当時の日本のティファールは問題が山積みだった。
「売り上げは前年より2割ほど落ちていて、販売会社として危機的状況でした」(アンディ)
人口が減っていく中で、柱となるフライパンやケトルの販売数は伸び悩み、新たなヒットを狙って投入した家電もパッとしない。業績はじわじわと低迷し先の見えない状況だった。
「ヨーロッパで販売されていたものをそのまま日本で売っていたので、なかなか日本の市場に合わなかった」(営業本部・浅賀俊明)
アンディは新たな作戦にうって出る。それが「メイド・フォー・ジャパン戦略」だ。
例えば電気ケトルなら、「汚れたら丸洗いしたい」という声に応え、電気が通る底の部分まで洗える商品を開発。2019年、日本向けに売り出す。
さらにこの秋には、急須の役割も果たす新発想のケトルを発売。中には「茶こし」が付いていて、そのままお茶が淹れられ「フルーツティー」も楽しめる。この商品もきれい好きな日本人のために、わざわざ茶こしの底を外せるようにして洗いやすくした。
一方、ハンドブレンダーでは特別なアタッチメントを日本向けに開発。子育て世代が離乳食作りで苦労しているという声を聞き、少しの量でも細かくできるアタッチメントを作ると、反響を呼んだ。
アンディは商品だけでなく売り方も変えた。以前は量販店などに卸すのがメインだったが、ショッピングモールなどに直営店を一気に出店。就任6年で25店舗をオープンさせた。また公式オンラインショップも開設し、販売方法を大きく広げたのだ。
こんな戦略がはまり売り上げはV字回復。今年は300億円を突破する見通しだ。
「日本の事情はどうだ、消費者はどうだと、国によって違います。それぞれの国に合わせた商品を作ればチャンスはあると思います」(アンディ)
ライバルに先を越されて…~商機をつかむ大胆改革
千葉・浦安市のケーズデンキ 東京ベイサイド新浦安にアンディの姿があった。こうした売り場回りを常に行っているという。
「現場に行って『これは売れるかも』というアイデアを持たないと、将来がなくなるんです」(アンディ)
足を止めて真剣な表情になったのはミキサー売り場。手にしたのはアメリカのヒット商品「バイタミックス」。温かいスープも作ることができる話題のミキサーだ。
「アメリカ製の商品で大きくて重いのですが、いろいろな調理ができるので気になります」(アンディ)
続いては日本のメーカーのミキサー売り場へ。じっとのぞき込んでいたのは「不快な音が減った」と書かれたポップ。この言葉が気になったようで、スマホを取り出しその場で検索。すると実際のミキサーの音が流れ始めた。
「一番大きく訴求しているのが音のこと。日本では騒音を気にする人が多い。キーコンセプトを『静か』にしたのは、さすが日本メーカーです」(アンディ)
こんなやり方で、アンディは日本特有のニーズを探り、ヒット商品を生み出してきた。しかし、以前は状況がまるで違ったという。
かつての企業体質と失敗を象徴する商品がある。アンディが来る1年前に売り出した「アクティフライ」という調理家電。高温の熱風を使い、油を99%カットできるフライヤーだ。例えば小さじ1杯分の油とジャガイモや水、塩を入れるだけで、揚げたてのフライドポテトが出来上がる。
「すごく画期的な調理家電で“ヒーロー商品”になるはずだったのですが、結果的に大失敗になりました」(アンディ)
12年前、フランスの本部から日本法人にこのフライヤーの販売提案が入った。ヨーロッパで人気だというが、日本サイドの答えは「大きすぎて日本では売れない」だった。
当時、フランス本部で日本エリアを担当していたグループセブ上級顧問フレデリック・ヴェルベルドゥが明かす。
「あの頃の日本の家電チームは新商品の販売にとても慎重でした。日本には大きすぎるとか、小さくしなければ売れないとか、話がちっとも進まないんです。フランス本部のメンバーはいつもいら立っていました」
フランス本部と何度も議論を交わし、日本での販売開始が遅れた。すると2013年、ヨーロッパでは後発だったフィリップスが似たような商品「ノンフライヤー」を日本で売り出し、大ヒット。その後、ティファールも慌てて追いかけたが、ほとんど売れず大量の在庫を抱える羽目になったのだ。
「小売りの店頭で売れず、テレビCMを出しても反応がない。過去にないような“見事な失敗”でした」(アンディ)
勝負をせず商機を逃す体質を変えようと、アンディは動く。そこで始めたのが、売れるか売れないか迷う暇があったら、まず市場に出してみること。そのやり方で最初に成功したのが電気圧力鍋の「クックフォーミー」だ。これも日本には大きすぎると反対の声が上がったが、「おいしいものを早く作れるので、これはいけると思いました」(アンディ)。
2016年に社長判断で全国販売に踏み切ると、「これまでにない調理家電」と消費者が飛びつき、大ヒットを記録した。
サイズが大きめの衣類スチーマーも、当初スタッフは販売に消極的だったが、ライバルの2倍近い蒸気の量に差別化された商品力を確信。この「アクセススチーム」は、販売すると年末商戦でヒットした。
こうした成功体験が日本のスタッフの意識、そして企業体質を変えていく。ヒットが続き、日本の業績が伸びていくと、うまくいっていなかったフランス本部との関係も変わる。
「『日本は良くなった』『日本は協力的になった』というコメントを多くの人から頂きました」(アンディ)
そしてフランス本部は日本向けの小型化した商品開発にも取り組んでくれるように。「まず市場に聞いてみる」。その挑戦する姿勢が成功を招き、グローバル企業の中での、立ち位置まで変えたのだ。
こんな商品が欲しかった~調理器具でも日本モデル
アンディが新分野でのヒットを狙って動き出していた。「マスターシールフレッシュ」(500円)は、冷蔵庫の中に必ずある、漬物などに欠かせない保存容器。差別化したのは密閉度だ。
「(逆さにしても)大丈夫です、一滴も出ないです」(アンディ)
30年のメーカー保証付き。使いやすさも売りで、蓋のパッキン部分を一体構造にした。よくある取り外せるパッキンは溝の部分に汚れが溜まりやすい。でもこれは溝が無いから、手早くきれいに洗える。
フライパンでも日本オリジナルの新たな商品がお目見えしていた。「マルチパン(6900円)」は、普通に焼いたり炒めたりでき、さらに汁気の多い料理の時は鍋になる1台2役のフライパンだ。
日本人のニーズを反映したのが左右についている注ぎ口。よく見ると幅が違う。汁気の多い料理は幅の広い注ぎ口から。これならこぼさずに皿に移せる。ソースなどは反対側の幅の狭い注ぎ口から。ヘリに垂らしたりせずに注げるようになっている。
和洋中いろいろな料理を作る、きれい好きな日本人を狙った商品だ。
※価格は放送時の金額です。
~村上龍の編集後記~
アンディ氏は単純なことを言った。「市場が縮小しているときは、新しい製品を出すか、既存の製品の新しい売り方を考えなくてはならない」まったくその通りだ。これほどシンプルなことが、他から聞こえてこないのはどうしてだろう。アンディ氏はダイレクトでもある。電気ケトル、日本の客は清潔さを保ちたい、だったら丸洗いできる新製品を作ろうと自然な流れを作る。製品との距離が近い気がする。モチベーションを見つけるのが早い。独特の感覚だ。
<出演者略歴>
アンドリュー・ブバラ 1973年、アメリカ生まれ。1995年、イェール大学卒業後、ソニー入社。2001年、ソニー アメリカ入社。2013年、グーグル ジャパン入社。2015年、グループセブ ジャパン社長就任。
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