カンブリア宮殿,千代田区立麹町中学校
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入学希望者が殺到~いま注目の公立中学校

教育関係者のみならず、さまざまな企業も注目する東京・千代田区立麹町中学校。夏休み中にもかかわらず、学校説明会に続々と人が訪れている。参加者は一言一句聞き逃すまいと、メモや撮影をしている。この学校に入るために千代田区内に引っ越しを決めた親子もいた。

最大の特徴は、「学校の当たり前」である宿題や定期テストを廃止してしまったこと。それでも学力はアップしていると言う。生徒数434人。都心の一等地にある公立中学ということで、私立中学の受験に失敗して来ている生徒も少なくないが、「麹町中学でよかった」という声は多い。

麹町中学では定期テストを廃止した代わりに、教科の節目ごとに単元テストを実施している。一般的な中学で行われている中間・期末テストは範囲が広く、短期間に集中して行うので、どうしても一夜漬けで臨む生徒が多くなってしまう。単元テストなら、定期テストより範囲が狭く、実施時期もバラバラなので、生徒の負担が少なくて済むのだ。

関数に関する単元テストの翌日、採点の済んだ答案が生徒に返された。一見、よくある学校生活のワンシーンだが、他の学校では見られないのが、誰一人、自分の点数を全く隠さないことだ。

「まずいと思いませんか?」と言いながら、3年B組の高橋吉平君が先生の元に。テストが100点満点中40点だったのだ。だが、その割には落ち込んだ様子もなくニコニコとしている。テストで失敗しても気にする必要がないのだという。

受験を控えた高橋君は、自宅に戻るとテストで失敗した関数の勉強を始めた。

麹町中学にはテストで失敗したとしてもリベンジできる再テストがある。しかもその内容は1回目とほぼ同じ。間違ったところを勉強し直せば、点数を上げられる。再テストを受けると、1回目の点数はノーカウントになり2回目の点数が成績に反映される仕組みだ。

再テストを受けた高橋君は75点に。確かにこの仕組みなら、分からなかったところを勉強することで、分かるようになるかもしれない。

麹町中学がやめたもう一つの「学校の当たり前」が宿題。だが、宿題がなくて大丈夫なのか。小5まで上海にいた帰国子女の華石翔名君も不安に思った一人だ。

「初めは空いた時間を寝るのに使うのかと思っていたんですけど……」と言うが、今は空いている時間を自分のために使えるようになったと言う。見せてくれたのは麹町中学名物のスケジュール帳。それによると毎日、帰宅後の1時間を国語の勉強にあてている。苦手な国語を克服しようと時間を使っていた。

宿題の代わりに自習する生徒を後押しする仕組みもある。海外経験がある華石君は、英会話は得意だが、文法は苦手。こんな生徒たちのために、大学生の講師を呼んでいるのだ。

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教育界以外からも注目~合宿で「対話の訓練」

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麹町中学校長の工藤勇一(59)は、変えるのは難しいと言われる公立中学で「学校の当たり前」を見直し、大鉈を振るってきた。その手腕は、教育以外のさまざまな業界からも注目を集め、最近では女性誌などでも特集が組まれるほどになっている。

「学校は社会の縮図でなければならないと思うんです。社会に出るための準備期間だから。学校に来て世の中が嫌いになって、『早く大人になりたくない』と言うのであれば、その教育は変えないといけない」(工藤)

社会に出る準備の一環として、工藤が始めた行事がある。それは2年生を対象としたスキルアップ合宿だ。

7月、山梨県富士河口湖町。ここで行う工藤肝いりのプログラムが「対話の訓練」だ。

そのやり方は、「日本の未来をよくする方法」という大テーマのもと、班ごとで話し合い、具体的なアイデアを練り上げるというもの。ある班は、話し合った末、環境問題でいくことにした。対話を通して人の意見を聞き、一つのアイデアにする訓練。だが、みんなバラバラの意見だからまとめるのは難しい。

2日間、対話を重ねた後で開かれるのが発表会。環境問題を選んだあの生徒たちは食品廃棄物でまとめ、「麹町中学校の残飯を利用して腐葉土を作り、それを使って野菜や果物を作ります」と発表していた。

バラバラだった意見から、前向きなアイデアが生まれた。こうして他人と意見を交え、何かを成し遂げる経験こそ、社会に出た時に必要だと工藤は考えている。

「仲良くならなかったら物事が解決しないのであれば、仲良くなれない人とは仕事ができない。心の中で『うまくいかない』と思う人はいっぱいいるけど、物事を達成するためには、何が目的で、どう協力すればいいかを覚えなければならない」(工藤)

9月、麹町中学に100人を超える大人達が。工藤改革の噂を聞きつけてやってきた視察団だ。見学して回るのは授業中の教室。参加者の多くは教育関係者だが、中には畑違いのビジネスマンも。人材育成のヒントがあると言う。

「上の立場に立った時、後輩に対してどうアドバイスできるか。実際に中学校で指導している方の話が聞けたので、ためになりました」(監査法人勤務・木村聡宏さん)

世の中の大部分の子ども達が通っているのは「普通の学校」だ。だが、工藤は「ごく普通の学校ではダメですよ。目的がないことをやっているから。目的がない教育活動を積み重ねるのは、子ども達にとって、大人が考えるよりも罪なんです」と言う。

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細かいルールは必要ない~「当たり前」を変えた中学校

休み時間に生徒たちと友達のように話していたのは数学の戸栗大貴先生。廊下を歩いていても、生徒たちが気軽に話しかけてくる。

3年C組。小さな時から電車が大好きだという白坂隆二君と戸栗先生が何やら相談をしていた。白坂君は趣味が高じて鉄道について学べる高校を目指すことにしたのだが、志望校で友達ができるかどうか、心配していた。戸栗先生は「何の根拠もないけど、隆二なら大丈夫」と励ましていた。

戸栗先生は違うクラスの生徒の相談にも付き合っていた。これも麹町中学独特の仕組みによるものだ。例えば3年生を担当するのは8人の先生。一般的な中学の場合、クラスごとに担任や副担任を決めているが、麹町中学はそのやり方をやめ、8人の先生全員で学年全体の面倒をみている。

この仕組みを生徒達も歓迎している様子だ。話しやすい先生を選べるから、相談の機会も増える。だから生徒と先生の距離が縮まり、仲よさそうに見えるのだ。

クラス担任制の廃止を決めたのも工藤。これまで工藤はさまざまな改革を行ってきたが、全ては同じ目的のために行っていると言う。それが「自律」。自分で考え、判断し、行動する「自律」こそ、社会に出た時に最も必要だと考えているのだ。

工藤は長い教師生活の中で幾度となく「教育の目的」の重要性を感じてきた。

その一つが29歳の時、赴任したばかりの中学校での経験だった。その学校では、土曜日の放課後になると教師が教室をまわり、生徒の机やロッカーをチェック。教科書を見つけては、回収していた。それは勉強道具を学校に置いていく「置き勉」。「家で勉強できなくなるから」と、学校は禁止していたのだが、ルールを破る生徒が続出。月曜日になると彼らを呼んで注意するのが恒例だった。

他にも頭髪や服装など、教師たちはルールを守らせることばかりに躍起になっていた。

「置き勉を探しにいくことが目的になって、そこに時間を費やして、生徒は先生に怒られないように教科書を隠して、またそれを探しにいく。それよりも優先すべき目的があるはずなのに……」(工藤)

本来目指すべき目的を忘れ、ルールを守らせると言う手段にこだわってしまう。これでは子ども達のためにはならない。

「学校が何のためにあるかというと、『世の中を生きていくために何が必要か』を学ぶ場所だということです」(工藤)

学校は自律した人材を育てる場。この本来の目的を叶えるべく、工藤は教育委員会にも入り、学校教育の現状を見つめ直した。

そして2014年、麹町中学校の校長に就任。自らの手で学校改革を実行していった。まず改革すべき課題をリストアップ。初年度だけで340項目あったと言う。

例えば校則。就任当初は「中学生らしい髪型にする」「化粧やマニキュア等はしない」といったものもあったが、自律に繋がらない項目は全て廃止にした。

授業も変えた。数学の授業では、教科書を開いている生徒がいれば、タブレットを使っている生徒も。中には塾の宿題をやっている生徒もいる。

「教材は別に問わない。その45分間をひとつでも成長できる時間にしよう、と」(前出・戸栗先生)

学びの手段やその中身も自分で決める。単に勉強するのではなく、自律のための訓練をしているのだ。

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ビジネスにも使える育成術~全国に広がる工藤メソッド

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余計なルールをなくすと同時に行ったのは、生徒に権限を渡すこと。例えば「体育祭」では、「みんなが楽しめる」という目標を与え競技の内容は一任。すると、足の病気で走れない生徒がいたので、全員が参加できるように、生徒たちは競技種目を見直し、アイデアにとんだ楽しい競技を考えた。結果、体育祭は、大成功を収めた。

新宿の高層ビルにオフィスを構える岡村陽久さん(39)は中学時代、工藤の教え子だった。現在は年商400億円の企業「アドウェイズ」の経営者だ。20歳でインターネットの広告事業を始め、2006年、史上最年少での上場も達成した。

成功の裏には中学生時代に受けた工藤の教えがあったと言う。

「社会に出た時に立派な大人になれるように、工藤先生は生徒に接していたんじゃないか。自分の人生の中で大きかったと思います」(岡村さん)

企業経営で生かした工藤の教えは「権限を与え、任せること」。入社1年目の広瀬唯さんは、仕事を任され、大きく伸びたと言う。アプリの画面上に載せる広告の営業で月に1億円の売り上げを出している。

「今までやったことがないことを1人で経験し、短期間で成長できたと思っています」(広瀬さん)

もちろん、このやり方にはリスクもある。現在は取締役の山田翔さんは入社早々、大失敗をやらかした。

「新卒の1年目で、5000万円ぐらいの赤字を出しました。でも任せてもらえる環境がなかったら、今の自分はなかったと思います」(山田さん)

一人の教師との出会いが若者の未来を大きく変えることもある。

石川県金沢市の公立校、西南部中学。去年、麹町中学を視察し、生徒達の前向きな姿勢に感銘を受け、保護者からの反対もあったが、今年の春から定期テストと宿題を廃止した。自分で何をやるか、決めてから行動するスケジュール帳も導入。その成果が出始めていると言う。

「この石川、金沢の地で、やれることをやりたいなと思います」(高島栄治校長)

東京・東大和市立第五中学校や長野市立東部中学校などでも、定期テストやクラス担任制度をやめ、工藤メソッドを取り入れる中学が出てきている。学校改革が広がり始めた。

~村上龍の編集後記~

「中間・期末テスト廃止」「宿題廃止」などが話題になって、工藤先生は異色だと言われる。だが、組織の歯車を育てるという明治以来の教育方針が、いまだ本流として残っているほうが異常だ。わたしはそういった教育体制で育った。数少ない例外を除いて教師は敵だった。だが現代、教師たちも疲弊している。どう生きればいいのか、規範もモデルもない。

ただし、重要なのは「どう生きるのか」ではなく、「生き延びるには何が必要か」だ。工藤先生は、そのことを生徒たちに「教える」のではなく、「考えさせよう」としている。

<出演者略歴>
工藤勇一(くどう・ゆういち)1960年、山形県生まれ。1984年、山形県公立中学教諭に。1989年、東京都公立中学教諭に赴任。東京都教育委員会、目黒区教育委員会、新宿区教育委員会教育指導課長などを歴任。2014年、千代田区立麹町中学校に就任。

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