マズローの欲求5段階説から導き出す日本人向けのサービスとは?
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マズローの欲求5段階説は、現代のマーケティングに活用されている理論として有名なものだ。この理論を意識すると、ターゲット層にアプローチしやすい事業を展開しやすくなる。少しでも優位性を築きたい経営者は、本記事で概要や事例をチェックしていこう。

マズローの欲求5段階説とは?

マズローの欲求5段階説とは、人間の欲求が生じるメカニズムを5段階に分けて理論化した説のこと。図にするとピラミッドのような構造になっており、この説では低次の欲求にあたる生理的欲求や安全欲求が満たされると、一段階上の欲求が高まるとされている。

マズローの欲求5段階説から導き出す日本人向けのサービスとは?
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マズローの欲求5段階説は、元々はアメリカの心理学者であるアブラハム・マズロー氏(1908~1970)によって提唱された。その汎用性の高さから心理学や教育学などの幅広い分野に影響を与えており、この考え方はマーケティングをはじめとした現代の経営学にも活用されている。

5段階の欲求は何を意味する? 具体例を用いて解説

マズローの欲求5段階説をビジネスに活かすには、それぞれの欲求を正しく理解しておく必要がある。そこでまずは、具体例を用いながら各欲求の概要を解説していく。

1.生理的欲求

生理的欲求とは、生命を維持するために必要な欲求のこと。「生きたい」と感じる意志のほか、以下のものも生理的欲求に該当する。

・お腹が空く(食欲)
・睡眠をとりたい(睡眠欲)
・異性と関係をもちたい、繁殖したい(性欲)
・生命を維持できる住まいが欲しい

生理的欲求は生きている限り続くものだが、日本においては憲法で「最低限の生活を営む権利」が保障されている。つまり、国内に限るとほとんどの人の生理的欲求は満たされているため、マーケティングの観点では重視されにくい傾向にある。

2.安全欲求

安全欲求とは、以下のような安全な生活につながる欲求のことだ。

・危険にさらされない生活を手に入れたい
・健康面の不安を解消したい
・老後生活への不安を取り除きたい
・日常生活を予測可能な状態にしたい

欲求5段階説を唱えたマズロー氏は、安全欲求を「生理的欲求と同じくらい強いもの」と位置づけている。日本の安全性は比較的高いが、最近では超高齢社会へと突入した影響で、老後生活に不安を感じている人が多く見受けられる。

3.社会的欲求

3つ目の社会的欲求は、現実社会において「孤独になりたくない」と感じる欲求のこと。以下の具体例を見るとわかるように、他人からの愛情や社会生活に関する欲求なので、「所属と愛の欲求」や「社会帰属欲求」と呼ばれることもある。

・結婚して家族が欲しい
・恋人が欲しい
・友達や仲間が欲しい
・社会に居場所が欲しい

既婚率が徐々に下がっており、さらにネットを活用したコミュニケーションが増えてきた日本では、強い社会的欲求をもっている人が多く見られるようになった。そのため、社会的欲求とビジネスを上手くつなげられれば、大きなビジネスチャンスになる可能性がある。

4.承認欲求

承認欲求とは、「誰かに認められたい」「評価してほしい」と感じる欲求のこと。以下のように、他人からの評価を欲することだけではなく、自尊心や自信につながる欲も承認欲求に含まれる。

・周りの人からほめられたい
・会社で頼りにされたい
・他人より優れた知識やスキルをもっていたい
・自分に自信をもちたい

詳細は後述するが、現代のビジネスには承認欲求を満たすようなサービスが多い。承認欲求は幅広い層からのニーズにつながりやすいため、ビジネスプランを考える際には強く意識することが重要だ。

5.自己実現欲求

承認欲求が満たされると、多くの人は「理想の自分になりたい」という自己実現欲求をもち始める。自己実現欲求の具体例としては、以下のようなものが挙げられるだろう。

・仕事を変えて田舎でのんびりと暮らしてみたい
・給料が下がっても、自分のやりたい仕事をしたい
・生活を犠牲にしてでも、自分が納得できる作品を作りたい
・通勤ラッシュから解放されるフリーランスになりたい

自己実現欲求は、狭いコミュニティに閉じ込められている人ほど感じやすい。特に普段から自分を押し殺している人は、「ほかのものを犠牲にしてでも願望を叶えたい」と極端に考える傾向がある。

マズローの欲求5段階説とビジネスの関係性

マズローの欲求5段階説とビジネスには、深い関係性がある。多くの人が上記の欲求を満たす手段として、さまざまな商品・サービスを購入するためだ。

日本人のニーズ

例えば、ほとんどの日本人は生理的欲求が満たされているので、国内で生理的欲求に働きかける商品・サービスを提供しても大きなニーズにはつながりにくい。一方で、ほかの欲求をターゲットとして商品・サービスを開発すれば、潜在顧客(見込み顧客)が多い有利な市場で事業を展開できる。

つまり、マーケティングの際にマズローの欲求5段階説を意識すれば、市場内で優位性を築ける可能性が高まる。したがって、ビジネスプランや中長期的な計画、商品・サービスの開発計画などを立てる際には、「どの欲求にアプローチするか?」を強く意識しておきたい。

マーケティングに活用する際の2つの注意点

もっとも、マズローの欲求5段階説をマーケティングに活用することは、決して簡単ではない。ポイントを間違って理解していると、マーケティングの方向性がズレてしまう恐れがあるので注意が必要だ。

そこで次からは、マーケティングに活用する際の2つの注意点を紹介する。

1.各欲求は必ずしも順番通りに優先されるわけではない

マズローの欲求5段階説はピラミッドのような図で表されるが、それぞれの欲求は必ずしも順番通りに優先されるわけではない。人によっては安全欲求よりも社会的欲求を優先したり、社会的欲求が満たされた後に自己実現欲求を重視したりするケースもある。

したがって、2つ以上の欲求をターゲットにして複数の商品・サービスを展開する場合は、「段階」を意識しすぎないことが重要だ。また、自己実現欲求などの高次の欲求を諦めることで、低次の欲求が新たに発生するとも言われているため、ターゲット層の欲求は慎重に見極めなくてはならない。

2.人によっては6段階目の欲求が生じることも

実は後年のマズロー氏は、欲求5段階説のピラミッドの最上部に6段階目となる「自己超越の欲求」を付け足している。自己超越の欲求とは、理想の世界を実現することを目的とした欲求であり、具体的なものとしては以下のような欲求が挙げられる。

・寄付活動をして世界の貧困をなくしたい
・ボランティア活動を通して、社会をより良いものにしたい
・自分の資産や労力をつぎこんで、困っている人を助けたい

上記を見ると分かるように、自己超越の欲求は自分ではなく他者に向けられたものだ。世の中の有名人や富豪が慈善目的として、被災地に寄付をしている光景をイメージすると分かりやすいだろう。

自己実現欲求が満たされると、多くの人は自己超越の欲求を満たすために行動を始めると言われているため、高次の欲求をターゲットにする場合はこの点も意識しておきたい。

商品・サービスの事例から学ぶ、各欲求を満たすためのポイント

では、マズローが提唱したそれぞれの欲求を満たすには、どのような商品・サービスを提供すれば良いのだろうか。ここからはそのヒントをつかむために、各欲求を満たす商品・サービスの事例や、経営者が押さえておきたいポイントを紹介していく。

1.生理的欲求を満たす商品・サービスの事例

生理的欲求を満たす商品・サービスの事例としては、衣食住に関するものが多く見られる。例えば、自力での生活が難しい高齢者を受け入れている老人ホームは、その代表的な例と言えるだろう。

一見すると飲食店も生理的欲求を満たすように思えるが、飲食店に訪れるほとんどの人は味や見た目などの付加価値を求めている。つまり、生きるために来店しているわけではないので、飲食店経営は生理的欲求を満たす事業には含まれない。

前述したが、現代の日本は最低限の生活が保障されており、ほとんどの人の生理的欲求は満たされている。そのため、生理的欲求をターゲットにするのであれば、海外市場にも目を向ける必要がある。

2.安全欲求を満たす商品・サービスの事例

終身雇用制度の崩壊や年金制度に対する不安の影響で、最近では安全欲求を満たす商品・サービスが増えてきている。代表的なものとしては老後資金を積み立てられるiDeCoや、私的年金などの類が挙げられる。

また、防災グッズやサプリメント、健康増進に役立つアプリなども安全欲求を満たす商品・サービスの代表例だ。最近では「WalkCoin」や「トリマ」のように、歩いてポイントを貯められる健康アプリも珍しくなくなった。

これらの商品・サービスは大きなニーズを獲得しているが、安全欲求の種類によってはすでに満たされている人も多い。例えば、普段から命の危険にさらされる生活を送っている日本人は少ないので、国内で生活の安全性を高める商品・サービスを提供しても、大きなニーズにはつながらないかもしれない。

したがって、安全欲求を狙って事業を展開する場合は、ターゲットを具体的な欲求まで絞り込むことがポイントになる。

3.社会的欲求を満たす商品・サービスの事例

社会的欲求を満たす商品・サービスとしては、「Twitter」や「Facebook」をはじめとしたSNSが挙げられる。また、結婚相談所などの婚活サービス全般や、人脈を広げられるシェアハウスなども代表的な商品・サービスだろう。

そのほか、ペットと共生できる賃貸物件やイベントの開催など、社会的欲求を満たす商品・サービスはすでにありふれている。したがって、単に社会的欲求を満たせるような事業を始めただけでは、多くのニーズを獲得することは難しい。

特に近年では、海外のサービスを積極的に利用する日本人も増えてきているため、国内で事業展開をする場合であっても広範囲における市場分析・競合分析が必要だ。

4.承認欲求を満たす商品・サービスの事例

現代の日本には、以下のように承認欲求を狙った商品・サービスが非常に多く存在している。

マズローの欲求5段階説とは? マーケティングへの活用方法や参考になる事例集

上記のほか、身体を鍛えられるジムや高級ブランド店、他社の質問に回答できるQ&Aサイトなども承認欲求を満たすサービスだ。

承認欲求を満たす商品・サービスは幅広い層からの需要につながるが、社会的欲求と同じく競合が多い。また、経営者にとってはビジネスの選択肢が多い欲求なので、具体的なターゲットの絞り込みと、徹底した市場分析の両方が必須になる。

5.自己実現欲求を満たす商品・サービスの事例

自己実現欲求を満たす商品・サービスとしては、主に以下のものが挙げられる。

・自身のライフプランを相談できるサービス
・就職活動・社会復帰をサポートするサービス
・理想の身体を目指せるジム
・人生観に関する動画メディア
など

自己実現欲求の強い人は、時間や労力を犠牲にしてでも上記のような商品・サービスを利用する傾向がある。なかには、目的のために手段を選ばない人もいるので、質が良ければ高額な商品・サービスを提供してもニーズにつながるかもしれない。

したがって、自己実現欲求を満たす事業を始める際には、多くのコストを費やしてでも商品・サービスの質を高めることがポイントになる。

欲求の傾向は地域によって異なる? 今の日本で意識しておきたい欲求とは

マズローの欲求5段階説をマーケティングにとり入れる際には、「欲求の地域差」に目を向けることも重要だ。例えば、衣食住が不安定な発展途上国では多くの人が生理的欲求を抱えているが、先進国で強い生理的欲求を抱えている人は少ない。

では、日本国内でビジネスを成功させるには、どの欲求に目を向けるべきだろうか。現代の日本は生理的欲求と安全欲求が満たされた状態の人が多く、その次の階層にあたる「社会的欲求」や「承認欲求」を抱える人が多いと言われている。

これらの欲求が大きなニーズにつながっていることは、SNSや動画配信サービスが流行していることからも分かる。特に両方の欲求を満たせるSNSは、今や先進国を中心に世界中のユーザーを抱えている。

社会的欲求や承認欲求を完全に満たすことは難しいため、今後もしばらくはこの2つの欲求に目を向けることが重要になるだろう。

具体的な欲求まで絞り込み、アプローチしやすい商品・サービスの開発を

マーケティングの際にマズローの欲求5段階説を意識すると、ターゲット層にアプローチしやすい商品・サービスを開発しやすくなる。ただし、地域や年代、時代によって欲求の傾向は変わってくるため、ターゲットとなる欲求は具体的なものまで絞り込むことが重要だ。

また、SNSのように複数の欲求をターゲットにする場合は、それぞれの欲求がどのように関係しているのか、そのメカニズムを慎重に分析していこう。

著:片山 雄平
1988年生まれのフリーライター兼編集者。2012年からフリーライターとして活動し、2015年には編集者として株式会社YOSCAに参画。金融やビジネス、資産運用系のジャンルを中心に、5,000本以上の執筆・編集経験を持つ。他にも中小企業への取材や他ライターのディレクション等、様々な形でコンテンツ制作に携わっている。
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