現在は、技術の進歩や気候変動、災害の発生など、環境変化が激しい時代である。こうした時代背景の中、企業や個人が変化に適応するために、セルフマネジメントの考え方に注目したい。この記事ではセルフマネジメントの意味や必要な理由、経営で実践する方法などについて解説していく。
目次
セルフマネジメントとは?
セルフマネジメントという言葉は、「組織の自主経営」という文脈と「個人の自主管理」という文脈の両方で使われる。セルフマネジメントの意味を組織と個人の両面から紹介していく。
組織のセルフマネジメント
「組織の自主経営」としてのセルフマネジメントは、次世代型組織の理念型を示した『ティール組織』という本で詳しく紹介されている。
セルフマネジメントとは、階層やコンセンサスに頼ることなく、仲間との関係性の中で動くシステムである。『ティール組織』の解説を執筆した嘉村賢州氏は、セルフマネジメントについて「組織を取り巻く環境の変化にたいして、誰かの指示をまたず、適切なメンバーと連携しながら、迅速に対応すること」と定義している。
『ティール組織』によれば、人類の協働方法(組織の形)には発達段階がある。歴史の中で、衝動型組織→順応型組織→達成型組織→多元型組織と変遷してきた。
多元型組織の次が、生命体に例えられるティール(進化型)組織だ。ティール組織では、機械のようにレバーを引かなくても、自己組織化に向かう細胞や有機体が自ら進化し続ける。
このパラダイムによって組織にもたらされるブレイクスルーが、自主経営(セルフマネジメント)だ。
自主経営のメリットは、一人の人間が容易に理解したり統制したりできない複雑な状況であっても、組織の集団的知性によって最適な意思決定ができる点にある。
『ティール組織』では、「自主経営とはつまり、組織内に自由主義経済を成功させる諸原則を持ち込むということなのだ」と表現している。
自主経営により、膨大な報告書の作成や管理から従業員が開放され、本当に価値を生む仕事に従事できるようになる。従業員のモチベーションが高まり、企業価値の向上も見込めるだろう。
個人のセルフマネジメント
「個人の自主管理」という文脈におけるセルフマネジメントの意味も考えてみたい。
ジェレミー・ハンター氏(クレアモント大学院大学准教授)が執筆した本『ドラッカー・スクールのセルフマネジメント教室』では、「自己の内面を見つめ、自分の感情や願望を知り、そのうえで外側の世界に働きかけ、よりよい結果に近づけていくこと」と定義している。
個人のセルフマネジメントのメリットは、不安定な環境でも安定した自分を保ち、能力を発揮し続けられる点にある。ハンター氏は、経営学者の宇田川元一氏との対談で、「セルフマネジメントは変化に動じない姿勢を身につけるうえで役に立つ」と説明している。
たとえば、新型コロナウイルス感染症の流行のように、日常が脅かされる出来事があると人間は大きな不安を感じる。しかし、セルフマネジメントのスキルが身についていれば、心の平穏を保ちながら仕事や勉強で通常のパフォーマンスを発揮できるのだ。
組織と個人のセルフマネジメントの関係
ここまで、組織と個人のセルフマネジメントについて説明してきたが、両者は無関係ではない。
個人が自律的に自己管理できているからこそ、組織の自主経営が可能となる。逆に、ティール組織のように自主経営が機能している組織では、権限や責任が自分に近いところにあるため、組織のメンバーは自分の考えや価値観にもとづいて自律的に仕事を進められる。
ティール組織では、意思決定の基準が外的なものから内的なものへ移行するという。
既存の階層的な組織モデルでは、社会規範への順応度や組織への調和といった外的な要因に判断が左右されていた一方で、進化型の段階にいる人々は自分の内面に照らして正しいかどうかを重視する。
セルフマネジメントが必要な理由
『ドラッカー・スクールのセルフマネジメント教室』では、セルフマネジメントが必要な理由について「21世紀に生きるわたしたちを取り巻く社会や組織のあり方と深く関連している」と述べられている。
経営学者のピーター・F・ドラッカーは、20世紀から21世紀にかけて、「社会は急速に知識社会(ナレッジ・ソサエティ)化する」と指摘した。
20世紀に支配的だった組織の形は、階層ごとに権限や役割が決まったピラミッド型のヒエラルキーモデルだった。しかし、知識社会となった21世紀に最適化した組織の形は、人間関係のネットワークで役割がいつも変化し続けるネットワークモデルだという。
ネットワークモデルの世界では、個人が望んでいる状況を実現させるために、ネットワークにいる他者と交渉する必要がある。その出発点となるのが、自分の願望に気づくことだ。それができずに受け身になってしまうと、役割を失ってネットワークの周辺に追いやられてしまう。
ここでいうネットワークモデルの組織とは、ティール組織のイメージに近いのではないだろうか。
経営者としては、組織と個人のセルフマネジメントを両方とも取り入れ、企業全体として環境適応力を高めていくのが理想的だろう。
組織がセルフマネジメントを実践する3つの方法
「組織の自主経営」としてのセルフマネジメントを実践するために最も重要なのは、経営者が現場を信頼することである。そのうえで、組織構造や意思決定、コミュニケーションの在り方を改善していく。組織のセルフマネジメントを実践する3つの方法を見ていこう。
方法1.マネジメントとスタッフ機能を最小限にする
組織構造の面では、マネジメントとスタッフ機能を最小限にする。
オランダの在宅ケアサービス組織であるビュートゾルフでは、看護師が10~12名のチームに分かれて50名程度の患者を受け持つが、チームには管理職がいない。チームを統括するミドルマネジメントも存在しない。その代わり、チームが現場における全ての権限と裁量を持つ。
また、同社では7,000人の看護師に対し、本社スタッフはわずか30人であるという。その代わり、採用等のスタッフ機能はチームが持つ。専門知識も現場の看護師が身に付けており、専門知識を持つ人材が必要な場合、社内SNSを通じて他のチームの看護師に連絡できる。
方法2.誰でも意思決定を行える環境を整える
意思決定の面では、関係者間の情報共有と助言を経て、意思決定を行うプロセスを取り入れる。
世界トップクラスの電力会社であるAESでは、組織内の誰もが意思決定を下すことが可能だという。ただし、事前に全ての関係者と専門家に助言を求めなければならないという原則(助言プロセス)がある。
同社では、新入社員が助言プロセスにもとづき、未進出国で発電事業を立ち上げたという。
方法3.情報の開示を限定しない
コミュニケーションの面では、情報を広く共有する。
ピラミッド型組織では、情報が一部の対象者だけに開示されていることがある。しかしティール組織では、あらゆる情報をいつでも誰でも入手できることが多いという。
個人がセルフマネジメントを実践する2つの方法
大きな環境変化の中で、経営者としての判断力を維持するためには、経営者のセルフマネジメントが重要である。
また、企業を発展させるのに従業員のセルフマネジメントも鍵を握る。個人がセルフマネジメントを実践する2つの方法を確認していく。
方法1.内面に耳を傾けて理解する
個人がセルフマネジメントを実践するには、自分の内面に耳を傾けて理解することから始める。自分の内面は瞬間的な要素と長期的な要素に分けられる。
瞬間的な要素は、身体感覚や感情、思考として認識される。瞬間的な要素にしっかりと意識を向けることにより、マインドレス状態(無意識・無自覚の行動)から脱却していける。
そのうえで本当にやるべきことに意識を向けるため、自分が本当に望む結果やエネルギーを投入すべきことを自分に問う。その過程で、長期的な内面要素である「無自覚に持っていた認識」や「気づいていなかった選択肢」を明らかにしていく。
方法2.従業員に実現したいことを問う
従業員のセルフマネジメント能力を最大限に引き出すには、従業員に望んでいる結果を問いかけるとよい。
急速な成長を続けているサイバーエージェントには、日頃から部下に実現したいことを問い、大胆な抜てきにつなげていく組織カルチャーがある。20代後半で本社の取締役になった社員もいるという。
従業員の自発的な意思を引き出し、セルフマネジメント能力の高い集団を作れば、企業としてサイバーエージェントのような成長が見込めるかもしれない。
恐れは恐れを生み、信頼は信頼を育てる
以上、組織と個人の両面におけるセルフマネジメントの概念と実践方法について説明した。組織と個人のセルフマネジメントが表裏一体であることや、セルフマネジメント能力を高める方法を理解していただけただろう。
組織のセルフマネジメント能力を高めるには、経営者が現場を信頼することが重要だと説明したが、『ティール組織』では発達心理学の観点から信頼の必要性について説明している。
恐怖によって人が動くという思い込みや、階層と統制が必要だという前提で組織を作り上げると、従業員は恐れと不信によって動く。
逆に、信頼をもって従業員に接すると、従業員は責任感のある態度で応えようとする。恐れは恐れを生み、信頼は信頼を育てるというわけだ。
信頼にもとづく自主経営を行うには、経営者と組織の構成員が自分の内面における意思決定基準を確立する必要がある。そのためには、個人のセルフマネジメントが有効だ。
組織と個人のセルフマネジメントを意識して経営すれば、社員が能力を最大限に発揮してくれるだろう。
文・藤井真奈香(株式会社NTTデータ経営研究所)