「社員の生産性が低い」「社員が自発的に仕事をしない」「社員がスキルアップなどにまったく関心がない」などの悩みを抱えている経営者もいるのではないだろうか。いわゆる「言われないと仕事をしない」といった体質を一変させる可能性があるのが内発的動機付けだ。内発的動機付けについてマズローの欲求5段階説とあわせて解説する。
目次
内発的動機付けとは何か?
内発的動機付けとは何か、外発的動機付けと併せてみていこう。
内発的動機付けとは?
内発的動機付けとは、「報酬が得られる」「罰を受けるのが嫌だ」といった理由ではなく「自分がやりたいからやる」というモチベーションのことである。例えば、以下のように「何の利益にもならないのにあることに熱中してしまった」という経験をしたことはないだろうか。
- 推理小説に夢中になり徹夜して読んでしまった
- 評判のテレビドラマにハマり毎週末必ず見てしまう
- イタリア語がおもしろいことを知りネット動画で学び始めてしまった
など
これらは、何の報酬も得られない行為だ。いずれも当事者が「好きだから」行っているのであり「おもしろい」と思うから行っている。そうした「内なる意欲」をベースとしたモチベーションが内発的動機付けと呼ばれるものだ。
外発的動機付けとは?
外発的動機付けとは、「外部の要因」をベースとしたモチベーションのこと。例を挙げれば以下のようなものがある。
- 給料がもらえるから毎日会社へ行く
- 残業代が欲しいから残業をする
- 資格を取らないと上司に怒られるから資格取得の勉強をする
- 食後に食器を洗わないと妻に叱られるから食器を洗う
など
いずれも「報酬が得られる」「ペナルティを受けるのが嫌」といった外部要因からの行為だ。一般的なビジネスパーソンが仕事で行う際の多くは外発的動機付けに基づいて行われるものである。
企業経営者は、給料や賞与、資格手当などを用意し社員にインセンティブとして提供。一方で罰則規定や社内ルールなどの「ペナルティ」も用意し社員の行動を規制している。
つまり多くの企業の経営は「外発的動機付けをベースにしている」と言っても過言ではないだろう。
マズローの欲求5段階説との関係
内発的動機付けと外発的動機付けをマズローの欲求5段階説で説明しようとする理論体系もある。マズローの欲求5段階説とは、米国の心理学者アブラハム・マズローが提唱したもので「人間の欲求は、5段階のヒエラルキー構造になっている」とする仮説のことだ。
マズローによると「人間はヒエラルキーの低位の欲求が満たされて一つ上の階層へ上り階段を上るように一つ一つの欲求を満たして行く」という。
以下がその5つの段階だ。
生理的欲求
生命の維持に必要なものを求める欲求のこと。つまり「空気」「食物」「水」「睡眠」などを求める基本的な欲求である。
安全欲求
経済的な安定や日々の健康、暮らしの安全性、社会秩序などを求める欲求のこと。一般的に人間は生理的欲求が満たされると次にこの安全欲求を求めるようになる。
所属と愛の欲求
「愛する家族を持つ」「企業などの組織に所属する」「地域ボランティア組織に参加する」などの欲求のことだ。生理的欲求と安全欲求が満たされると次にこの所属と愛の欲求を求めるようになる。
承認欲求
自分が社会や集団から価値ある存在と認められることを求める欲求。他者からの尊敬や名声などを求める低レベルの承認欲求と自立や能力、自己尊重などを求める高レベルの承認欲求とで構成される。所属と愛の欲求が満たされると次にこの承認欲求を求めるようになる。
自己実現欲求
「本来求めている自分になりたい」「自分にしかできないことをしたい」「自分がなるべきものになりたい」といった欲求のことである。承認欲求が満たされると、人は自己実現欲求を求めるようになる。
以上の5段階のうち「生理的欲求」「安全欲求」「所属と愛の欲求」は外発的動機付けと関連付けることができるだろう。また「承認欲求」「自己実現欲求」は、内発的動機付けと関連付けることができる。特に自己実現欲求は「強い内発的動機付け」と考えられているのが特徴だ。
内発的動機付けのメリット
「企業の経営は外発的動機付けをベースにしていると言っても過言ではない」と前述したが、企業経営に内発的動機付けを取り入れることでどんなメリットがあるのだろうか。
生産性
まずは、社員の生産性の向上だ。外発的動機付けに基づいて仕事をしている人の多くは、その外発的動機付けに見合わない仕事は行わない。例えば、多くの人は残業代が支払われないサービス残業であれば「しない」もしくは「したがらない」だろう。
一方で給料などの外発的動機付けではなく内発的動機付けに基づいて仕事をしている人であれば、給料の金額や労働時間に関係なく仕事をすることが期待できる。
創造性
内発的動機付けをベースに仕事をしている人は、例えばデザインやイノベーションなどで創造性を発揮する人が少なくない。アニメーションや映画などを制作する仕事にかかわっている人の中には「自分がやりたいからやっている」「好きだからやっている」といった人もいるだろう。逆に言うと外発的動機付けだけでクリエイティブなタレントを集めることは難しいかもしれない。
優秀な人材の離職防止
社内に内発的動機付けを多く用意することで優秀な人材の離職を防止することも期待できる。特に自発的に物事を行い自己研さんするタイプの優秀な人材は、外発的動機付けだけで社内につなぎ止めておくことは困難だ。「毎日新たな学びができて楽しい」「日々進歩を実感できてうれしい」といったポジティブなフィードバックが生まれる職場であれば、そうした優秀な人材にとって理想的な職場といえる。
内発的動機付けのデメリット
一方、内発的動機付けを企業経営に取り入れるデメリットもある。
管理が難しい
内発的動機付けを企業経営に取り入れる最大のデメリットは「汎用性の低さによる経営管理の難しさ」である。内発的動機付けは、個人により感じ方や捉え方など動機付けの程度もさまざまだ。
社員全員一律に適用されるようなものではなく、極めて相対的なものである。そのため導入にかかるコストなどリソース投入量の把握やリターンの測定が困難で投資効率などを客観的に捉えることが難しい。
他者による動機付けが難しい
「他者による動機付けが難しい」といった点もデメリットの一つである。内発的動機付けは、基本的に「本人がおもしろい」「本人がやりたい」という自発的に感じるもののため、他者が促して動機付けることは基本的にできない。そのため外発的動機付けのように「一定の投入である程度の効果が期待できる」というわけにはいかないのだ。
内発的動機付けを萎縮させる過剰正当化効果に注意を
企業経営ではケースバイケースで「外発的動機付け」「内発的動機付け」の両者を使い分けることが必要だ。しかし、その際に注意したいのが「過剰正当化効果」である。過剰正当化効果とは、内発的動機付けによって動機付けされた人に賞などの外発的リワードを与えることで逆に内発的動機付けを委縮させてしまう現象のことだ。
ある調査によると自発的に玩具で遊び始めた幼児のグループに玩具で遊び始めたことに対する報酬を与え続けたところ、ついに自分たちで遊び始めることをしなくなったという。企業でいえば「自発的にプログラミングを学び始めた社員に対しプログラミングを学び始めたことに対してボーナスを支給する」といったイメージだ。
経営側としては、よかれと思ってやったことが、かえって社員の自発的意思を挫くことになる可能性があるため、十分に注意する必要がある。
社員の内発的動機付けを高めるには?
社員の内発的動機付けを高めるにはどうすればいいだろうか。
社員の自立性を高める
社員の内発的動機付けを高めるポイントの一つは、社員の自立性を高めることだ。なんでもトップダウンで命令するのではなく社員一人ひとりに考える余地を与え、みずから判断する環境を整えることが重要となる。
社員の側から自発的に行動しボトムアップで仕事ができる環境であれば内発的動機付けが生まれる可能性も高まるだろう。
学びの機会を増やす
社内に社員のための学びの機会を増やすことも重要だ。例えばプログラミングや語学、各種の資格など仕事に関係するスキルを学ぶ機会を社員へ提供するといった具合である。
Eラーニングのプラットフォームやバーチャルライブラリー、チュータリングやコーチングなどを利用できるようにすることも方法の一つだ。
内発的動機付けを推奨する
会社として社員に内発的動機付けを推奨することも重要だ。社員に内発的動機付けについて説明し会社として内発的動機付けをベースに仕事をしてもらいたいことを説明する。サクセスストーリーなどの事例を会社全体で共有してもいいかもしれない。
目標を設定する
目標を設定することで内発的動機付けを促すことが期待できる。報酬や地位といった外発的動機付けに基づく目標でもそれらが獲得できた後の「承認欲求」や「自己実現欲求」の獲得は、十分に内発的動機付けとなるだろう。「これまで世の中になかったものをつくる」「人々が感動する作品をつくる」など、漠然とした目標でも内発的動機付けを生み出す素地になる可能性がある。
内発的動機付けと外発的動機付けのバランスを保ち適所で活用を
労働力の流動化が進む今後の日本では「優秀な人材をいかに獲得し活用するか」が各企業にとっての共有課題の一つだ。その実現のため、企業に内発的動機付けをベースにした経営を導入する機運が今後さらに高まる可能性がある。
内発的動機付けは、外発的動機付けとトレードオフの関係にあるものではない。そのため内発的動機付けと外発的動機付けとのバランスを保ち、それぞれに適所で活用することが求められている。内発的動機付けと外発的動機付けとは、企業経営において両輪のような関係といえるだろう。
文・前田健二(ダリコーポレーション ライター)