WHO(世界保健機関)の現地調査以来、影を潜めていた「新型コロナ武漢起源説」や「中国のウイルス兵器説」が、にわかに再燃している。米国は追加調査と共にWHOへの現地再調査を要請した。さらに、他国もこのような動きを全面的に支持するなど、世界による対中包囲網が展開されつつあるようだ。なぜ、今になって各国が動き出したのか。
「新事実」が明るみに 動き出した米国
そもそもWHOの現地調査が、「不完全燃焼」の印象を拭えなかったのは事実である。武漢における初の新型コロナウイルス確認からWHO調査団派遣まで、1年以上もの月日を要したこともあり、一部の専門家は「遅すぎた調査」として当初から調査の透明性に懐疑的だった。
中国が最初は出し渋っていた初期感染者174人に関する生データから、「以前に報告されていた以上に初期感染が拡大していたことを示す兆候」など新たな発見もあったものの、決定的な答えは見つからないまま調査は終了した。3月には「武漢ウイルス研究所から流出した可能性は極めて低い」と結論付ける調査報告書をWHOが公表した。
ところが5月下旬、これまで非公開だった米国情報機関の報告書が明るみに出たことで、武漢が再び注目を浴びた。その内容は「武漢市内で感染が始まる直前の2019年11月に、武漢ウイルス研究所に在籍する3人の研究者がコロナと類似する症状を訴え、病院で治療を受けていた」というものだった。この報告の詳細は、トランプ政権下で発行された国務省のファクトシートの「2019年秋頃、コロナウイルスやその他の病原体研究所の研究者が数名病気になった」という報告を裏付ける。
バイデン政権は、報告書の内容についての明言は避けたが、「パンデミックの起源に関するすべての信頼性のある理論は、WHOと国際的な専門家により調査されるべき」とし、自国の情報機関に追加調査を指示した。ジュネーブの米国代表部は、「WHOによる第一回目の現地調査は不十分で決定打に欠ける」との声明を発表し、WHOに再調査を要請した。
人工変造の痕跡発見「中国のウイルス兵器説」も濃厚に?
これに続き、今度は「欧州の研究者チームは、コロナウイルスが武漢研究所で人工的に変造された痕跡を発見した」と英メディアの報道が世間を驚かせた。ロンドンのセント ジョージ大学腫瘍学部のアンガス・ダルグレイス教授とノルウェーの科学者バーガー・ソーレンセン博士がコロナワクチン開発のためにウイルスを調べた結果、「科学者たちが中国の洞窟コウモリに見られる天然のコロナウイルスの“バックボーン”を採取し、それに新しい“スパイク”をつなぎ合わせ、致命的で伝染性の高いコロナウイルスに変えた痕跡が見られた」というのだ。
この調査が正当であれば、中国側は起源の特定に役立つ重要なデータを意図的に隠蔽したとも考えられる。また、「コロナは中国が第三次大戦に備えて開発したウイルス兵器」という説の信ぴょう性が増すのも避けられないだろう。
各国機関、米国・WHOの追加調査方針支持
報告書の露見や「痕跡」の発見は、単なるきっかけに過ぎない。水面下では、常に疑惑と不信の影が見え隠れしていた。
WHOの現地調査報告書を賞賛する中国とは裏腹に、米国を含む一部の国の政府は「データやサンプルへのアクセスが十分ではない」と懸念を示していた。実際、武漢研究所が行っていた、コウモリのコロナウイルスを使った広範な研究に関する生データや実験記録は未だに公開されておらず、不透明な部分が多々残されている。
当局者の証言によると、英国を筆頭とする西欧州の情報機関および安全保障機関は、米国の追加調査方針を全面的に支持する考えだ。カナダもこれに賛同する意向を示している。一方、インドは「WHOによる包括的な調査に対する各国の要請」を支持する声明を発表した。
再燃の影響は民間にも及んでいる。Facebookは「コロナウイルスは人工的に作られた」と主張する投稿をプラットフォームから削除していたが、今後は削除しない方針を明らかにした。Twitterなど他のSNSがこれに続けば、たちまち武漢が再び注目を浴びるだろう。
中国は「米国の陰謀」と反発
面白くないのは中国だ。すっかり鎮静したと思い込んでいた「疑惑」が再び浮上している現状に、憤慨を露わにしている。
中国外務省の趙立堅報道官は「(米国は)事実や真実を尊重しておらず、科学に基づいた起源の研究には一切関心がない」「(米国の)目的はパンデミックを利用して(中国に)汚名を着せ、政治的操作を行い、非難を転化することだ。(このような行為は)科学への冒涜であると同時に人々の生活に対しても無責任であり、ウイルスと戦うための協調した努力に逆効果である」と厳しく非難した。
また、在米中国大使館は「(中国に対する)中傷キャンペーンと非難の転化が再燃している」との声明を発表した。
狭まる中国への包囲網
パンデミックの再発防止には、ウイルス起源の特定が重要なカギを握っている。そのためには、透明性の高いデータや情報を入手し、あらゆる可能性を検証する必要がある。しかし、解明に向けた努力も、中国の全面的な協力なくしては水の泡となるかもしれない。
世界各国が透明性の高い情報開示を求め動き出した今、中国への包囲網はますます狭くなっていくものと予想される。コロナの起源特定、ウイグル族や香港を巡る人権問題、台湾問題など、中国と世界の関係はかつてない規模の圧力にさらされている。果たして中国は世界を相手に、強硬な姿勢を貫き通すことができるのだろうか。
文・アレン琴子(オランダ在住のフリーライター)