狭義のビールの購入容量は、この10年で、8割程度まで下がっている。なかでも、20~30代は、この10年間で6割以下にまで落ち込んだ。
その中で異彩を放つビールブランドがある。「サッポロ生ビール黒ラベル」缶商品だ。6年連続で売上を伸ばしており、2014年と2020年を比較すると、約1.6倍の売上となる。この1~4月累計の販売数量も前年比117%であり、7年連続の伸長に向けて快進撃を続けている。好調の裏には何があるのか。成功の要因を探った。
4月単月をみても前年比118%、コロナ以前の2019年比でも118%という快挙だ。その理由を「若い世代のニーズにマッチしている。競合商品と比較し、特に20~30代から支持を集めていることが分かっている」と話すのはビール&RTD事業部・齋藤愛子ブランドマネージャーだ。
齋藤氏は、黒ラベルのブランドマネージャーで初の女性、しかも入社11年目の34歳という若さだ。2020年4月、黒ラベルのターゲットと同じ目線を持つマーケッターとして、異例の大抜擢となった。
「ビールの選択基準は、旧文脈では、コクとかキレとかといった味、あるいは発泡酒・新ジャンル(第3のビール)といった価格面だ。ここから脱して独自の世界観を創れている。20~30代は選択基準に世界観も重要視していることが分かっている」。
伝統的なビールブランドが若者に支持を得るのは、実のところ容易なことではない。転機は何だったのか。齋藤氏が筆頭に挙げるのが、TVCM「大人エレベーター」だ。2010年から放映開始、今年で12年目になる。黒ラベルを飲むことが“大人への憧れ”“大人になった瞬間に立ち会う”ことにつながるという、若年層を意識したCMで、その独自の世界観は時を超えて、圧倒的な支持を得ている。
しかし、聞き手の妻夫木聡さんは当初29歳、大人の方に大胆に質問して“大人への憧れ”を映し出すものだったが、その妻夫木さんも、もう40歳という立派な“大人”。最新TVCMに“大人代表”として登場する内田篤人選手は33歳である。「そうなんです(笑)。しかし、もう私たちより下の世代は、先輩の方から教えを乞う、ということそのものを好まない傾向にある。“大人とはこういうものだ”というフレームは大事にしながらも、若者の琴線に触れるようなコミュニケーションにすることは、よく制作サイドとも話し合っている。もともと細部まで計算され尽くした完成形のCMであり、大人になった妻夫木さんが、同世代に鋭い質問をするなど、見せ方もいろいろと模索できるフレームになっている」とのこと。今後の展開が楽しみだ。
〈若者がビールを口にするきっかけ作る〉
2020年4月に就任した齋藤氏が早速取り組んだのが、業種を超えたコラボレーションだ。「ビール単体ではアプローチしづらいような若者にも、一口でいいから飲んでもらうきっかけを作りたいと考えた」。昨秋、アパレルブランド「BEAMS」とコラボして、黒ラベルの6缶パックと24缶入りの箱に、独自デザインのタオルやポーチを景品として付けた。
この4月からは「星空の下で、乾杯しよう」をテーマに、アウトドアブランド「Coleman」とのコラボレーション連続企画を展開する。第1弾は6缶パックや24缶カートンに、黒ラベルのスタイリッシュなイメージのキャンプ用皿を付ける。「コロナ禍でキャンプなどのアウトドアのニーズが高まっている。コールマンと開発したキャンプ用のオリジナルレシピをWebで公開していくなどいろいろと話し合っている」。
「黒ラベルはブランドロゴが立っている。このデザイン性は生かしやすい。アパレルとのコラボはビームス以外ともいろいろ行ってきたが、黒丸ロゴはアパレルでもマッチする」。商品だけではなく、シーンのなかで商品を際立たせる。「私の役割は、この10年の黒ラベルの大きな変化を、さらに加速させることだ」と話す
〈家飲みでの“完璧な生”体験を追求〉
ビールのマーケティングで、業務用の接点は欠かせない。業務用の飲用体験が缶の購入につながるからだ。しかし、コロナ禍ではそれもままならない。
「2014年から当社は良質な飲用体験をしていただく活動に注力してきた。パーフェクトビヤガーデンなど、リアルな体験イベントから、新しいお客様が入ってくることが多かったので、やはり痛い。しかし、前向きに捉えなおして、昨年からオフラインでの接点を大きく方向転換している。すなわち量から質へ、というアプローチの切り替えだ。これまでは、より多くの方に体験してもらうという狙いだったが、コロナ状況下では、体験人数自体は少なくなるが、徹底した感染対策のもと、一人ひとりのお客様に、より圧倒的なプレミアムな飲用体験をしてもらえるイベントを計画している」。
そして「コロナ禍での接点減を補うためにもう一つ重要なことは、家飲みでもプレミアムな飲用体験を行ってもらうことだ」と話す。この春から、44種類のビヤグラスを選べるキャンペーンを行っているが、下期も、家庭で完璧な生ビールを体験してもらうプロモーションを考えているという。
〈“情報の真偽”がすぐにわかる世代〉
齋藤氏は2010年入社、一貫してマーケティング畑を歩んできた。ターゲットと同じ世代、同じ目線を持ったマーケッターということへの自負はどうだろう。「私たち以下の世代は、情報の取り方が決定的に違うと感じている。誤解を恐れず言えば、“情報の真偽”がすぐにわかる。これまでのビールのマーケティングは、メーカーからの情報発信が主だった。これが届きにくくなっているなと。だから、Webのコミュニケーションでも、メーカーの純広告は付けず、お客様の生活のなかで、気が付いたら黒ラベルに自然と触れている、というアプローチで行う。大人エレベーターにしても、先に述べたように、考えを押しつけるなどの方向にならないようチューニングしている」。
2017年秋には「サッポロラガービール」(通称=赤星)のブランドマネージャーも担当している。「2つのブランドには共通点があって、“やるべきでないことを見定める”ということ。2017年以前には新ジャンルのホワイトベルクはじめ、いろいろと経験したが、こちらはどちらかというと“攻め切るマーケティング”だ。伝統あるブランドとは、自ずから手法は変わってくる」。
「なぜ、やるべきでないことを明確にする必要があるかというと、両ブランドとも、“好き”と言ってくださるファンの方その人が、ブランドの印象と合致している。いわば、お客様がブランドをつくってくれている。それを裏切るようなことはしてはならない。黒ラベルはミュージシャンやデザイナーの方に大変支持されていて、その方たちを“見える化”したことで、ブランドの輪郭が掴めてきた、という側面もある」。
〈私の役割は変化を加速させること〉
下期に向けた方針は「これまでやってきたことをより強化していく。家飲みを中心に、“大人の生”のコミュニケーションと“完璧な生ビール体験”を追求していく。最盛期には、アウトドアブームということを捉えて、コールマンとのコラボ企画を全面化させていきたい」。
歴代のブランドマネージャーは30代後半~40代が多く、しかも男性ばかりだった。「どちらかというとメンズライクなブランドにみえていたかもしれない」。時代は変わり、女性の社会進出は当然のことになった。しかし、かつて「男は黙って、サッポロビール」というコピーがあったが、その“カッコよさ”は、違う意味で継承されているともいえるのではないか。そう尋ねると、「そうですね、ブレない、流行とかになびかない、という意味では、今も受け継がれているものはあるかもしれない」と答えた。齋藤氏がまさにそうであるのかもしれない。
〈酒類飲料日報2021年5月17日付〉