パリ条約
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パリ条約とは、特許や商標などを外国出願するために設けられたものである。パリ条約で規定された優先権制度により、国内出願したのと同じ日に、外国での出願が可能となる。

この記事では、パリ条約の内容や3大原則、優先権などについて簡単に解説する。またあわせて、特許協力条約に基づく外国出願方法「PCTルート」の概要、パリ条約に基づく「パリルート」との比較についても見ていこう。

パリ条約とは?

パリ条約とは正式名称を「工業所有権の保護に関するパリ条約(Paris Convention for the Protection of Industrial Property)」といい、1883年にパリで成立、1884年に発効した特許に関する国際条約の1つである。国際特許を取得するためには、このパリ条約に基づく「パリルート」と、特許協力条約に基づく「PCTルート」の2つが現在主なものとしてある。

パリ条約には3大原則として「内国民待遇の原則」「優先権制度」および「各国工業所有権独立の原則」がある。パリルートはこのパリ条約に基づき、日本で特許出願してから12ヵ月以内に加盟国に出願すれば優先権が主張でき、日本における出願日が加盟国でも確保できるため、有利な審査が受けられる。

他方のPCTルートは、日本の特許庁に1つの言語で1つの国際出願をすれば、他の加盟国に出願したのと同様の効果が得られる。国内段階への移行は30ヵ月以内となるため、特許の市場性を判断するための猶予期間がパリルートの12ヵ月より長いのがメリットだ。この猶予期間の長さから、コストや権利化の早さではデメリットもあるPCTルートが、国際特許出願の方法として近年では主流となりつつある。

パリ条約の加盟国・保護対象

パリ条約の加盟国、および保護対象は以下のとおりだ。

加盟国

パリ条約の加盟国は2021年1月現在175ヶ国である。世界の国の数は2020年3月現在196ヶ国なので、ほとんどの国がパリ条約に加盟しているといえる。

パリ条約加盟国の一覧は、WIPOのホームページから確認できる。
パリ条約加盟国一覧

台湾はパリ条約には非加盟だが、日本と台湾との間で個別に優先権の相互承認協約が結ばれている。したがって、パリルートと同様の方法で出願できる。

保護対象

パリ条約は「工業所有権の保護」を目的としている。この「工業所有権」は広く解釈され、商業や農業、採取産業、製造・天然の産品(ワイン、穀物、タバコの葉、果実、ビール、花など)についても同様に用いられる。

これら工業所有権の保護対象は、特許や実用新案、衣装、商標、サービスマーク、商号、原産地表示(原産地名称)、および不当競争の防止とされる。特許は、輸入特許、改良特許、追加特許など、加盟国の法令で認められる各種特許が含まれる。

パリ条約の3大原則

パリ条約の3大原則を見てみよう。パリ条約の3大原則は、以下のとおりである。

・内国民待遇の原則(第2条)
・優先権制度(第4条)
・各国工業所有権独立の原則(第4条の2、第6条(2)、(3))

内国民待遇の原則(第2条)

内国民待遇の原則は「パリ条約の柱」ともいわれる重要なものである。パリ条約の加盟国は他の加盟国の国民に対し、条約が定める権利を害されることがないことを保証しなければならない。また、内国民(自国民)が現在与えられている、または将来与えられることがある工業所有権に関する利益を、同じように与えなければならない、というものだ。

つまり、パリ条約に加盟する他国の国民と自国民とを、工業所有権の保護に関する権利や利益などの待遇について、区別してはいけないというわけである。さらに、他国民に権利や利益を保証する際、自国に住所または営業所があることが条件とされてはいけないと念押しもされている。

優先権制度(第4条)

優先権制度とは、加盟国のうち1国に、特許や実用新案、意匠、あるいは商標を正規に出願すれば、一定の期間中は他の加盟国に対して「優先権」をもつというものだ。期間は、特許と実用新案については12ヵ月、意匠と商標については6ヵ月とされる。

この優先権期間中に、最初に出願したものと全く同じ内容の特許などを他国に対して出願すれば、新規性や進歩性などの判断や先使用権の発生などについて、最初に出願した日に出願したものとして取り扱われるのである。

たとえば、2020年1月1日に日本で特許を出願し、次に2020年6月1日に優先権を主張してアメリカで特許出願したとする。するとアメリカで出願した特許の審査は、6月1日ではなく、1月1日に出願したものとして行われるわけである。

一般に国際特許を出願する際には、出願する国に合わせた翻訳文や出願書類などの準備にどうしても時間がかかる。優先権制度はそのための時間を、審査のうえで不利になることなく確保するためのもので、意義は大きいといえる。

各国工業所有権独立の原則(第4条の2、第6条(2)、(3))

各国工業所有権独立の原則は、以下の2つがある。

・各国特許独立の原則(第4条の2)
・各国商標保護独立の原則(第6条(2)、(3))

・各国特許独立の原則
各国特許独立の原則とは、同一の発明であっても、加盟各国にそれぞれ出願された特許は独立したものとするということだ。特許の審査は、各国で独立に行われる。また、特許の消滅や無効についても各国独立で判断し、他国で消滅・無効となったという理由で、自国の特許を消滅・無効にしてはいけないということである。

・各国商標保護独立の原則
商標についても、特許と同様に独立とされている。ある加盟国に出願された商標が、本国で登録出願されていない、あるいは登録や存続期間の更新がされていないことを理由として、拒否・無効とされてはならないということだ。

パリルートでの外国出願の流れ

パリルートで外国出願をする際の流れを見ていこう。

1. 日本において出願をする
パリルートで外国出願する際には、まず日本の特許庁に正規の出願を行う。するとその時点で優先権が発生する。優先権が認められる期間は前述したように、以下のとおりとなっている。

・特許・実用新案 …12ヵ月
・意匠・商標 …6ヵ月

2. 各国への出願
次に、出願するパリ条約加盟国の特許庁に、優先権を主張して出願を行う。

パリルートとPCTルートの比較

ここまでパリ条約の優先権制度を利用した、パリルートでの外国出願について見てきた。特許の外国出願については、パリルートのほかに「PCTルート」があり、近年ではそちらが主流になりつつある。ここからは、PCTルートの概要、およびパリルートとPCTルートそれぞれのメリット・デメリットを見ていこう。

PCTルートとは?

PCTルートとは、特許協力条約(PCT:Patent Cooperation Treaty)に基づき国際出願を行うことだ。特許協力条約は1970年に締結された。加盟国は2021年1月現在153ヶ国となっている。

PCT国際出願では、国際的に統一された出願願書が用意されている。日本の場合なら、日本の特許庁に対して日本語または英語で国際願書を提出すれば、その時点でPCT加盟各国へ国内出願したのと同じ扱いがされることになる。各国の国内願書出願日は、国際願書の出願日とされる。

ただし、PCT国際出願は、あくまで各国への「出願手続き」に限られる。特許が実際に各国で認められるかは、各国の特許庁の審査による。したがって、PCTルートで国際出願をしたあとは、特許出願したい国の国内手続きへ移行する「国内移行手続き」を行うことが必要だ。

・PCTルートのメリット1 …30ヵ月の猶予期間が与えられる
PCTの大きなメリットとして、出願各国の国内移行手続きまで、日本で最初に特許出願をした日(優先日)から30ヵ月が与えられることが挙げられる。外国特許を取得するかどうかの判断は、その国での技術市場がどの程度の大きさかの「市場性」を加味することが必要だ。PCTルートなら猶予期間が3ヵ月あるため、市場性をより正確に評価しやすい。

・PCTルートのメリット2 …国際調査・国際予備審査を利用できる
PCTルートのメリットとして次に挙げられるのは、国際調査および国際予備調査を利用できることである。PCT国際出願を行うと、国際調査機関(ISA)により出願内容が調査される。国際調査では、出願した発明に類似した発明が過去に出願されたかが調査され、進歩性や新規性などについての審査官の見解も作成される。また、希望すれば任意で予備的な審査(国際予備審査)を受けることもできる。

外国特許を取得するかどうかの判断には、特許が実際に取得できるかの「特許性」の検討も重要だ。この特許性の検討材料を、PCT国際出願を行うことで得られるわけだ。

パリルートとPCTルートのメリット・デメリット

パリルートとPCTルートのメリット・デメリットを、コストと権利化の早さ、市場性の判断期間、特許性判断の4つの観点から比較してみよう。

・コスト
コストについては、パリルートのほうが安いことが多い。なぜならば、PCTルートの費用は調査込みの価格となるので、その分20万円~30万円が余分にかかるからである。特に、出願したい国の数が少ない場合は、パリルートのほうが安くなるケースが多い。

・権利化の早さ
権利化の早さについても、パリルートのほうが早い。パリルートは国内出願の日から12ヵ月以内に各国に出願しなければならない。それにたいしてPCTルートは国内移行手続きまで30ヵ月の猶予があるため、その分権利化されるまでの期間も長くなるのである。

・市場性の判断期間
市場性の判断期間については、前述のとおり30ヵ月の猶予期間があるPCTルートに軍配が上がる。

・特許性判断
特許性の判断についても、国際機関による調査が行われるPCTルートが有利である。

表
(画像=表)

PCTルートへの切り替えが世界の主流に

特許の外国出願方法には、以上で見てきたとおり従来あるパリルートと、新設されたPCTルートの2つがある。このうちPCTルートが世界の主流となりつつあり、日本でもパリルートからPCTルートへの切り替えが進んでいる。

パリルートとPCTルートは、それぞれにメリット・デメリットがある。PCTルートへの切り替えが進んでいるのは、発明の市場性や特許性の判断を、多くの特許出願人が重視するようになっていることが理由であると考えられる。

外国出願の方法はメリット・デメリットを考えて決めよう

外国出願の方法には、パリ条約に基づいて行うパリルートと、特許協力条約に基づくPCTルートの2つがある。パリルートはコストや権利化の早さにおいて有利な一方、市場性や特許性の判断についてはPCTルートに軍配が上がる。どちらの方法を選ぶかは、メリット・メリットを十分検討したうえで決定しよう。

文・福薗 健(公認会計士税理士福薗事務所所長 公認会計士・税理士)

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