株式会社の発行する株式の中には、株主の権利などについて普通株式と異なる種類株式がある。その中でも、取得条項付株式は資金調達や自社防衛に活用できる株式である。今回は、取得条項付株式の仕組みや発行方法、取得条項付株式用途や相続税法上の注意点について解説する。
目次
取得条項付株式とは何か
取得条項付株式は、ある条件が発生したことを条件にその株式の株主からその株式を取得することができる種類株式である。
種類株式とは、他の株式とは権利内容が異なる株式のことである。一般によく知られているものとしては、以下の2つがある。
優先株式:配当が他の株主よりも多く、または優先的に支払われる
議決権制限株式:議決権の内容に制約がある
なお、取得にあたっては取得条項付株主の了解は必要ない。また、対価については現金である必要はなく、定款に定めておけば普通株式や他の種類株式に転換することができる。
取得条項付株式の発行の目的はさまざまで、資金調達や事業承継に使われることが多いとされる。
取得条項付株式の設定や発行と取得
それぞれ解説していく。
取得条項付株式の発行には定款の変更が必要
会社が種類株式を発行できるようにするには、その会社が普通株式と異なる種類の株式の発行ができるように定款を変更しなければならない。定款の変更となるので、特別決議が必要となる。
・取得条項付株式の設定にあたって実施すること
会社が種類株式を発行できるように定款の変更をした上で取得条項付株式を発行するには、定款で取得条項付株式を発行できるように定款を更に変更する必要がある。
定款において定めるべき事項は以下の通りである。
・一定の事項が生じた日に会社が株式を取得すること
・一定の事項が生じた日が特定の日付の場合はその日
・取得する株式が一部の場合はその旨と取得する株式の決定方法
・取得条項付株式を取得するときに支払う対価の内容や支払う金額や数の算定方法
定款を変更するには株主総会における特別決議が必要となり、既存の種類株式の株主が損害を受ける場合は、種類株主総会での特別決議が必要となる。
また、定款の変更が完了した後には登記しなければならないため、必要な書類を揃えた上で法務局で登記を行う。
取得条項付株式を発行する方法2つ
取得条項付株式を発行する方法は、以下の2通りがある。
(1)全くなにもないところから新しく株式を発行する
(2)既存の株式を転換する
新しく発行する場合の手続きは、通常の株式発行と同じである。既存の株式(通常の場合は普通株式)を取得条項付株式に転換する場合は、持っている株式の転換の有無に関係なく、既存の株主全員の同意が必要となる。
取得条項付株式を取得をする方法4つ
取得条項付株式を取得するには、予め定めておいた取得条件を満たすことが必要となる。以下の4つの取得パターン毎に説明する。
①取得事由が発生したときに全部取得するケース
株式会社は株式を取得し、当該取得条項付株式の株主には公告または通知しなければならない。
②取得事由が発生したときに一部を取得するケース
定款に定めがない限り、取締役会(ないときは株主総会)の決議で取得する当該取得条項付株式を決定し、直ちにその株主に通知する。
通知は、以下の2つのうちでいずれか遅い日に行う。
・取得事由が発生した日
・通知した2週間後
③取得日を会社が定めた日とし、その日が決まった場合に全部取得するケース
取得日を決めた後に、取得日の2週間前までに、その日について株主に対して公告または通知することとなる。
④取得日を会社が定めた日とし、その日が決まった場合に一部を取得するケース
②と同様の対応を行うこととなる。
所得条項付株式と類似した名称の株式
取得条項付株式と名称が似ているものの、内容が異なる株式がいくつかある。ここでは、2つの類似名称株式について簡単に説明する。
全部取得条項付種類株式
全部取得条項付種類株式と取得条項付き株式は、名前がよく似ているので混同されがちであるが、全く異なる内容の株式である。
全部取得条項付株式は、株式会社が特別決議を行うことで、その全てを取得できる種類株式のことである。
取得条項付株式と異なる点としては、以下の2つがある。
・取得時に特別決議を経なければならない
・取得に反対する株主に対して買取請求権が請求できる
取得請求権付株式
取得請求権付株式は、株主が会社に対して株式の取得を請求できる種類株式である。
取得条項付株式は株式会社が株主に対して株式を強制的に取得できる株式であるが、取得請求権付株式はその逆であり、どちらの側が株式の取得・買取を請求できるかが異なる。
取得条項付株式の用途3つ
取得条項付株式は、主に以下の3つの用途で利用される。
1.相続対策
取得条項付株式の用途でよく言われるものが、相続対策である。
例えば、後継者の候補者が複数いて一人に決めることができないとする。その場合は、前もって候補者全員に取得条項株式を渡しておき、後継者に決まった者のみの株式を普通株式に転換して、その他の候補者の株式を議決権のない株式や現金に替えることで、経営者から外すことができる。
2.資金調達
取得条項付株式は、資金調達のために使われることもある。
一つは、社債の代わりに取得条項付株式を発行し、返済時に現金と引換に株式を取得するものである。
他には、議決権はないが資金調達のために優先的に配当が支払われるように取得条項付株式にしておき、後に議決権がある普通株式に転換するという方法もある。
3.株主を排除する
取得条項付株式を導入する目的として、一部の株主の排除を容易にすることも挙げられる。
株式会社には合同会社のように除名の規定がないため、株主の排除はできないが、取得条項付株式の取得条項の内容次第では事実上の除名を行うことも可能である。
例えば、取得条項付株式の取得を行う際に、重要な不正などがあった場合に強制的に株式を取得できるように定款を設定しておくことで、不正発生時に当該株主を排除することが可能となる。
その他にも、会社の敵対者が一定の数以上の株式を取得しようとした場合に備えるために、敵対する株主について、その一部または全部を強制的に取得することを定款に定めることで、排除することも可能である。
取得条項付株式を取得された場合の税務
一般的に、取得条項付株式を会社に強制的に売却または転換された場合の所得税や法人税については、通常の株式の売却と同様の措置が取られることとなる。
ただし、その対価として支払われたものが、取得条項付株式発行会社の別の株式の場合については、税金は課税されないこととなる。ただし、1株未満の端数処理のため、現金を対価として受け取った場合は、その部分についてのみ株式の贈与があったものとして計算される。
なお、新たに取得した株式の取得価格は、元の取得条項付株式の取得価格をそのまま引き継ぐこととなる。
取得条項付株式の相続税法上の評価
取得条項付株式を相続税上で評価を行う場合、どのような評価で行われるのであろうか。
社債類似株式の場合
取得条項株式の中には社債類似株式といい、その性質が社債に似ているものがある。詳しく条件は、国税庁サイトの「相続等により取得した種類株式の評価について(照会)」に記載されており、各項目に該当する場合は、社債と同様に発行価格を評価額とする。
なお、通常、社債については支払われていない利息を評価に反映させるが、取得条項付株式では、払われていない配当金は評価に反映させない。この性質を持つ取得条項株式について名目上は株式であるが、実質的には社債として扱われる。なお、社債類似株式を発行する会社の取得条項株式以外の株式を評価する際は、社債として扱われる。
その他の取得条項付株式について
その他の取得条項付株式については、取得条項付株式特有の決まりがないため、法令や通達などを参考にして合理的に決められることとなる。
取得条項付株式の注意事項
取得条項付株式については、会社が強制的に取得できる性質であることから、その設定についてはかなり厳しい条件が設定されている。
ここでは、取得条項付株式の設定要件や買取時の制限について説明する。
取得条項付株式の厳しい設定要件
取得条項付株式の注意事項の一つとして、設定要件の厳しさがある。取得条項付株式の発行時には、まず定款の書き換えをしなければならず、定款変更のためには株主総会における特別決議が必要となる。
その他に、取得条項付株式の発行に際して影響を及ぼす株主に対しては、特別決議を超える株主の同意が必要となる。
取得条項付株式の買取時の制限
取得条項付株式を現金で取得する際は、会社法で定められた配当可能額の範囲内で買い取りが可能となる。配当可能額を超えた部分については、会社法に違反した買取となってしまうことに注意が必要である。
ただし、取得対価が現金ではなく、株式の場合はそのような買取制限はない。
取得条項付株式を上手く活用しよう
本稿では、種類株式の一つとして知られる取得条項付株式について説明した。
取得条項付株式には、定款の変更やそれに関わる特別決議が必要など、発行から取得までのプロセスに厳しい要件が課せられる。また、相続税上の評価の方法や、買取が発生した場合の譲渡損益の処理についても注意が必要である。
取得条項付株式は、資金調達に活用できるだけでなく、自社を防衛するために利用することもできる。
本稿がお役に立てれば幸いである。
文・中川崇(公認会計士・税理士)