
2019年から働き方改革が実施された。働き方改革関連法案の改正内容に従って、各企業が勤務体制を見直す必要が生じている。今回は、働き方改革に関する政府や企業の取り組みの例についてわかりやすく説明する。働き方改革の対応に迫られている経営者はぜひ参考にしてほしい。
目次
働き方改革とは?具体的な取り組みについて
働き方改革は、全ての労働者が多様な働き方を選択できることを目指す改革だ。安倍内閣のスローガンでもあった一億総活躍社会の実現を目的としている。
目的を実現するために、働き方改革に関連する法律も改正され、厚生労働省からさまざまな施策も示されている。
中には、労働時間改善や有給休暇取得に関係する法改正があり、違反による罰則もあるので注意したい。ここからは、働き方改革に関する政府や厚生労働省の取り組みを抜粋して説明する。
取り組み1.長時間労働の是正
大企業だけでなく中小企業も長時間労働の是正が求められるようになった。時間外労働と年次有給休暇に関するルールは下記の通りである。
・時間外労働:原則として上限は月45時間、年360時間
・年次有給休暇:時季を指定して毎年5日間取得(10日以上の付与者対象)
場合によっては30万円以下の罰金あるいは6ヶ月以下の懲役が科される。社内で長時間の残業が常態化している企業は特に注意してほしい。
取り組み2.雇用形態によらない公正な待遇
同一労働・同一賃金を実現するために改正法を周知徹底し、業界別導入マニュアルを普及する。正社員や非正規社員などの雇用形態に関わらず、賃金等の待遇差を改善していく。
労働者派遣業者を通して派遣社員を雇用している場合でも、同じように待遇差を改善しなければならない。
同一労働・同一賃金の違反による罰則規定は、2020年10月時点では特に設定されていないが、対応しないと社員からの訴訟に発展するかもしれない。
取り組み3.柔軟な働き方ができる環境の整備
柔軟に働ける環境を整備する制度も導入・促進されている。
・フレックスタイム制の清算期間(労働時間調整可能期間)の上限を3ヵ月に延長
・勤務間インターバル制度の導入と促進
・テレワーク(雇用型・自営型)の環境整備や導入の支援
・副業や兼業の普及拡大
・高度プロフェッショナル制度の導入や裁量労働制度の見直し
取り組み4.多様な人材の雇用と活躍の推進
一億総活躍社会を目標としている働き方改革では、各種人材の活躍推進を目的にさまざまな支援体制の強化が行われている。
【女性】
・女性活躍促進法に関する企業の取り組みを促進
・子育て女性への支援など
【若者】
・学校との連携によるスムーズな職場定着支援
・フリーターや無業者の支援など
【高齢者】
・継続雇用年齢の見直し
・シルバー人材センターによる支援
・バリアフリー化など
【障害者】
・職場での差別を禁止
・状況に応じた就労環境の整備など
【外国人材】
・留学生の支援
・高度外国人材の採用強化など
【困難を抱える人】
・生活保護受給者やホームレスなどの就労支援
取り組み5.人材育成と労働生産性の向上
日本は、G7において労働生産性が最下位であり、職業能力開発に必要なOJTに関しても、女性を対象とした実施率がOECDの平均値を下回っている。
その点、働き方改革の柱でもある長時間労働の是正や社員のさらなる活躍を実現するためには、労働生産性を向上させることも重要だろう。
働き方改革における社員の職業能力向上に関する主な取り組みは下記の通りだ。
・リカレント教育の普及と拡充
・企業内の人材育成を支援
・キャリアコンサルティングの拡充
・公的職業訓練の拡充
・人材開発支援助成金の設置
・ジョブカード活用による職業能力評価の充実
取り組み6.転職や再就職支援
働き方改革の中には、IT業界のような成長分野を目指す人材に向けた支援があり、中途採用や再就職希望者の採用拡大を促す施策も行われている。
雇用に関連する各種助成金を設置したり、求職者が求人情報を得やすいようインターネットサービスを充実させたり、支援体制は徐々に拡大している。
中小企業が働き方改革を成功させるポイント5つ
企業が働き方改革を実施するには、社内の環境整備や社員の意識改革も必要となる。働き方改革を成功させるポイントについて紹介していく。
ポイント1.トップダウンで働き方改革の意識を高める
そもそも経営者には、労働者の職業生活を充実させる責任がある。働き方改革を通して労働時間の改善や有給休暇取得率の向上を目指し、ワークライフバランスを整えるべきだ。
まずは、経営者が働き方改革の取り組みに理解を示し、従来の働き方を振り返る必要がある。その後、管理職から一般社員にまで働き方改革の内容を広めなければならない。
ポイント2.働き方改革の推進者や組織を明確にする
働き方改革を推進する体制が社内に整備されてないだけでなく、労働組合の未結成により経営層と社員の仲介者がいない中小企業もあるだろう。
その場合、各部署の代表が参加する働き方改革の実行委員会を設置したり、一般社員から推進者を選定したりするとよい。
マネジメント層が各々の判断にもとづき属人的な運営をしないよう、働き方改革の方針を共有することはもちろん、具体的な取り組みについて標準化する必要もある。
ポイント3.業務の状況を把握する
長時間労働の是正に向けて、業務状況を把握することも大切だ。
たとえば、業務の無駄を洗い出す作業を行うとよい。すると下記のような課題が見えてくるはずだ。
・決裁ルートが明確でない
・決裁者が多すぎる
・業務を引き継ぐ際のマニュアルがない
・業務がブラックボックス化されている
・担当者の代理がいない
・関連の薄い業務で社員の仕事が遅れている
業務の負荷が大きい社員の現状を特に優先して対処するべきだ。
ポイント4.働き方に対する意識を確認する
働き方改革を実現するには、残業や有給取得などに関する考えを社員と共有することも重要である。働き方改革関連法を順守できていない場合、特に理由を明確にしなければならない。
社員の考え方や勤務の実態を把握するためには、匿名性を確保しながら意識調査をする必要もあるだろう。
すでに社内で意識調査をしている経営者もいるかもしれない。しかし、調査の目的が社員に共有されていなかったり、継続的に実施されていなかったりすれば効果は薄くなるだろう。
ポイント5.厚生労働省の自己診断ツールで評価する
働き方改革に取り組むにしても、企業によって抱える問題はさまざまである。まずは、自社の現状を把握するのが第一だ。
そこで役立つのが厚生労働省の「働き方・休み方改善ポータルサイト」である。自社の「働き方・休み方改善指標」を自己診断し、「働く時間の適正さ」「休暇の取得状況」「在宅勤務・テレワークの利用状況」などを含めた計10項目について評価できる。
企業だけでなく社員も自己診断できるため、独善的な改革案の策定を防止できるだろう。
働き方改革とコロナ禍がもたらした2つの変化
働き方改革については、中小企業でも2019年4月から本格的に関連法改正への対応が求められてきた。
しかし、2020年初頭から新型コロナウイルスの感染拡大による経済活動の停滞もあり、経営が圧迫される中で対応を迫られた経営者もいるだろう。
働き方改革とコロナ禍がもたらした変化がわかるよう、労働時間と年次有給化の状況について、厚生労働省のデータを元に確認してみよう。
変化1.労働時間が減少

労働者の労働時間は2017年以降減少傾向にあるが、2020年に大幅な減少が見られる。コロナ禍の緊急事態宣言で外出・営業自粛によって出社日数が減少したからだろう。
なお、労働基準関係法令違反に係る公表事案によると、2019年11月1日~2020年10月30日までの期間で、所定外労働時間に関連する労働基準法第32条の違反事業場数は29である。
変化2.年次有給休暇の取得率が上昇

年次有給休暇の取得率は2017年頃から上昇傾向にあり、2020年は56.3%と2000年以降では最高となっている。コロナ禍の影響が少なからずあるだろう。
ただ、調査対象企業において年次有給休暇の計画的な付与に関する制度がない企業は5割を超えており、制度の整備が進んでいるわけではない。今後の課題として認識する必要がある。
働き方改革の施行にコロナ禍のBCP対応が重なって苦労は尽きないが、罰則規定は変わらない。自社だけで対応できない場合、働き方改革推進支援センターの無料相談窓口を利用するなど、外部支援の活用を検討しよう。
働き方改革に取り組む企業の事例10社
すでに多くの企業が働き方改革に取り組んでおり、厚生労働省の「働き方・休み方改善ポータルサイト」や政府広報などでも事例を確認できる。ここでは、産業別に10社の取り組み事例を紹介する。自社で働き方改革を推進するとき参考にして欲しい。
事例1.株式会社モスフードサービス(飲食業)
- フレックスタイム制度のコアタイム短縮
- 全社員を対象としたアンケートの実施による現状把握
- テレワークの導入と利用促進
- 連続5日以上の休暇を年2回取得することを推奨
事例2.東急株式会社(不動産業)
- 始業時間のスライド勤務
- サテライトオフィスや自宅によるテレワークを実施
- 管理職に働き方改革のセミナーを開催
- 有給休暇取得制度の拡充(2019年度の取得率は78.7%)
事例3.サイボウズ株式会社(情報通信業)
- ボランティア活動のためのサイボノ休暇(年間限度40時間)を導入
- リフレッシュ休暇や看護休暇などの特別休暇制度を導入
- 1日単位で自由に働き方を変更できるウルトラワーク制度を導入
- 社員が自身にあった働き方を設定できる働き方宣言制度を開始
事例4.ヤマキ株式会社(製造業)
- 勤怠管理システムを社内でクラウド型に統一して一元管理化
- 在宅勤務用ガイドラインの作成やインフラ整備の実施
- 失効予定の年次有給休暇(限度5日分)を積み立てられるストック有給制度を策定
- 正社員登用制度の導入や無期労働契約転換の手続き簡便化を実施
事例5.さくらインターネット株式会社(情報通信業)
- 本業と並行してさまざまなキャリアに挑戦できるパラレルキャリアの施策を実施
- 有給休暇の申請や取得方法が一定の条件を満たすことで手当を支給する制度を導入
- 有給休暇取得率の低い社員へのアラートや管理職への意識づけを実施
- 社員が所属拠点外でも勤務可能な「どこでもワーキング」を導入
事例6.兼松株式会社(卸売・小売業)
- 働き方改革の推進に関する目標値を中期経営計画に盛り込んだ
- 土日祝日を含む4日間連続休暇の取得を目的としたブロンズウィーク制度を導入
事例7.株式会社日本ピーエス(建設業)
- 働き方改革推進のプロジェクトチームを2017年に発足
- 新オフィスに本部機能を集約して部署間のコミュニケーションを強化
- 立ち会議スペースやファミレスブースなどを構築して会議を効率化
- フリーアドレス化やパーテーション廃止などにより「ムリ・ムダ・ムラ」を削減
事例8.株式会社ジェイエイシーリクルートメント(サービス業)
- 失効する年次有給休暇を最大40日積み立てられる積立有給休暇制度の導入
- 生活習慣病予防に向けたストレッチ講座などを実施
- 健康経営推進委員会を設置して健康課題の解決を継続的にフォロー
- 所定外労働時間削減のためにアラート発信やフロア強制退出システムを構築
事例9.株式会社アオアクア(医療福祉業)
- 休暇取得や所定外労働時間を正確に把握するための体制を整備
- 休暇制度や残業削減の取り組みに関する情報を毎月の社内会議で共有
- 社員の休暇管理表を作成して取得予定も共有
- 働き方改善の取り組みで獲得したポイントを海外に寄付できる制度を導入
事例10.広島信用金庫(金融業)
- 業務改善案を現場から吸い上げる提案制度を策定
- パソコンが定時に自動シャットダウンされて翌営業時間までロックされるシステムを導入
- 全職員を対象とした勤怠管理システムを導入して警備記録との乖離を確認
- 職員のスキルアップシートを作成して個人に合わせた教育計画を構築
働き方改革を機に経営体制や勤務環境を見直そう
2020年は新型コロナウイルスによって全世界規模で経済が停滞し、日本でも働き方改革に大きな影響を及ぼしている。緊急事態宣言による自粛要請もあり、テレワークを導入せざるを得なくなった中小企業もあるだろう。
働き方改革の柱である「多様で柔軟な働き方」を経験できたという意味ではプラスであるが、継続して環境の整備や労働生産性の向上を狙った取り組みが重要となる。
働き方改革では時間外労働時間の上限も規制していた。違反すると罰則が課せられる場合もあるため、中小企業の経営者には負担が大きいかもしれない。
しかし、経営者は労働者が能力を発揮しやすいよう、職業生活を充実させられる職場を構築しなければならない。
厚生労働省では働き方改革の推進にあたって、各種サポートや助成金も準備している。働き方改革を機に自社の経営体制や勤務環境をあらためて見直してみてはいかがだろうか。
事業承継・M&Aをご検討中の経営者さまへ
THE OWNERでは、経営や事業承継・M&Aの相談も承っております。まずは経営の悩み相談からでも構いません。20万部突破の書籍『鬼速PDCA』のメソッドを持つZUUのコンサルタントが事業承継・M&Aも含めて、経営戦略設計のお手伝いをいたします。
M&Aも視野に入れることで経営戦略の幅も大きく広がります。まずはお気軽にお問い合わせください。
【経営相談にTHE OWNERが選ばれる理由】
・M&A相談だけでなく、資金調達や組織改善など、広く経営の相談だけでも可能!
・年間成約実績783件のギネス記録を持つ日本M&Aセンターの厳選担当者に会える!
・『鬼速PDCA』を用いて創業5年で上場を達成した経営戦略を知れる!
文・隈本稔(キャリアコンサルタント)