M&Aが活発な建設業界で、有利にM&Aを進めるためのコツはどこにあるのか。今回は、建設業界のM&A動向を簡単に解説するとともに、売り手側・買い手側それぞれのメリットを紹介する。自社を高く売却するコツや、買い手側の見極めポイントも説明するので、M&Aを検討中の経営者はぜひ参考にしてほしい。
目次
建設業界でM&Aが増えている理由
建設業界は景気がいいとM&Aが増える傾向がある。そのため、2019年は東京オリンピックに向けて各業界が盛り上がりを見せる中、建設業界のM&Aも増加していた。2014年は60件前後だったM&A件数が2018年には108件になるなど、データで見てもM&Aの活発化は明らかだった。
建設業界でM&Aが増えている理由として、好景気の他に「事業承継としてのM&A」が広く認知されているという点がある。会社の出口戦略の1つとして、自然とM&Aを目指して動き始めるオーナー経営者も多い。
また、慢性的に人材不足の建設業界では、買い手側にとってもM&Aのメリットは大きい。最近では、M&Aによってスケールメリットを獲得し、生き残りをはかろうとする会社もある。事業拡大の戦略として、M&Aが注目されているのだ。
建設業界のM&A|売り手側の3つのメリット
まず、建設業界のM&Aについて、売り手側のメリットを3つ紹介する。
メリット1:後継者問題の解決
帝国データバンクによると、2019年の後継者不在率は、全国で65.2%にものぼる。企業数が多い建設業界でも、後継者不足は深刻な問題だ。世襲制が廃れた今、子どもがいても別の道を志すケースは少なくない。そのような場合、親族以外で後継者を探す必要がある。
M&Aによって第三者に事業を引き継ぐことができれば、後継者にまつわる悩みから解放されるだろう。
メリット2:従業員の雇用を守れる
M&Aによって事業を存続させることは、必然的に従業員の雇用を守ることにつながる。基本的に、雇用契約は経営者と従業員の間で結ぶものではなく、会社と従業員の間で結ぶものだ。そのため、M&Aによって会社のオーナーが変わったとしても、雇用契約は引き継がれることになる。
長年一緒に仕事をしてきた従業員のためにと、無理をして事業を続けようとする情に厚い経営者も多い。しかし、無理をした結果突然の体調不良に見舞われてしまうと、事業をたたまざるを得なくなり、従業員は路頭に迷ってしまう。
自分が元気なうちにM&Aを検討し始めることが、長い目で見た時、お互いにとって最も望ましい選択となるかもしれない。
メリット3:売却益を得られる
廃業を選択すると、事業用資産の売却や処分にコストがかかり、ほとんど手もとに残らないこともある。会社員と違って退職金がないオーナー経営者は、老後の生活費の捻出に苦労するケースもでてくる。しかし、M&Aによって会社を第三者に売却すれば、売却益を受け取れる。売却益を老後の生活費にあてれば、ゆとりのある老後生活を送れるだろう。
長年事業を営んできたオーナー経営者にとって、会社の価値に見合った売却益を受け取ることは、当然の権利ともいえる。廃業を検討する前に、余裕を持ってM&Aの候補先探索を始めるようにしたい。
建設業界のM&A|買い手側の3つのメリット
続いて、建設業界のM&Aについて、買い手側のメリットを3つ紹介する。
メリット1:事業拡大の時間を短縮できる
事業拡大には、時間がかかる。近隣の地域に範囲を広げて同様の事業をしようとしても、地域によってニーズが異なることから、一から市場調査が必要になるケースも少なくない。しかし、M&Aによって地元の会社を買収すれば、事業拡大にかかる時間を一気に短縮できる。
買収先の企業が持つ取引先リストや顧客リストは、新しい地域に事業を広げるにあたって、心強い味方となるだろう。また、地域での認知度も、M&Aによって獲得できる目には見えない貴重な財産だ。
メリット2:ワンストップでサービスを提供できる
不動産販売会社が施工会社を買収することで、施工から販売まで一貫して自社で担えるようになる。自社施工の強みを活かし、顧客の高い満足度を追求したり、コスト削減を実現したりできるだろう。自社施工をしたいと考えていても、現場監督や職人を一から採用し、育て上げるのは大変だ。M&Aによって、優秀な人材を確保できるのも大きなメリットだ。
メリット3:シナジー効果が期待できる
M&Aにおいては、「1+1が2になる」以上のメリットを享受できることがある。それがシナジー効果だ。たとえば、規模拡大したことでスケールメリットが発生し、資材を安く仕入れられるようになったり、一定棟数に達することで顧客の認知度が高まったりするといったことが想定される。
M&A戦略を成功させるためには、M&Aによってどのようなシナジー効果が見込めるか、買収先の事業内容をよく分析し、経営者と対話を重ねることが重要だ。
建設業界のM&A事例3選
続いては、建設業界のM&A事例を3つ紹介する。
建設業界のM&A事例1:コニシの山昇建設買収
2020年7月、大阪府でボンド事業や土木建設事業を行うコニシは、愛知県で土木建設を行う山昇建設を買収した。山昇建設は東海地方を中心に工事を担っており、高い技術力を有することから、シナジー効果が見込めると考えM&Aを決めたという。
今後は全国に展開するコニシの営業ネットワークを活用し、事業拡大を目指すとのことだ。自社の強みと買収先の会社の強みを分析したうえで、自社の成長戦略に組み込んだ好事例といえる。
建設業界のM&A事例2:オープンハウスのホーク・ワン買収
都心部を中心に住宅分譲事業を展開するオープンハウスは、2018年にホーク・ワンを買収した。ホーク・ワンは、同じく住宅分譲事業を手掛け、首都圏と名古屋地区で年間2,000棟を施工する会社だ。エリア拡大によるシナジー効果が大きいと判断し、M&Aに踏み切ったという。
建設業界のM&A事例3:ラックランドのニイクラ電工買収
店舗施設や商業施設の企画制作、メンテナンス、建築を行うラックランドは、メンテナンスや保守管理を強化するため、2013年にニイクラ電工を買収した。ニイクラ電工も売上を倍増させることに成功した。
知っておきたい建設業界の基礎知識
続いて、建設業界への参入を考えている人に向けて、建設業界の基礎知識を解説する。建設業は、建設業法の許可を受けて行う必要がある。ゼネコンと呼ばれる総合建設業を行う会社は、元請として発注者との調整や企画・指導を行う。同時に、下請業者との間で契約を締結し、工事は下請業者が行う。
下請業者がさらに別会社に依頼する場合、二次下請(孫請)が発生することもある。一般的に、依頼するごとに中間マージンが発生するため、孫請になるほど単価は安くなる傾向がある。
「建設業ハンドブック2019」によると、2019年の建設投資額は62.9兆円で、そのうち21.6兆円が国や地方公共団体が行う公共工事、41.3兆円が民間企業や個人が行う民間工事となっている。バブル期である1992年の84.0兆円と比較すれば、投資額は低くなっているものの、巨大な市場規模を誇っていることがわかる。また、維持修繕工事比率は28.7%で、ほとんどが新設工事となっている。
建設業許可業者数は、2000年にピークとなり、その後は減少傾向にある。2018年において、建設許可業者数は約47万業者だ。
建設業界のM&Aでチェックすべきポイント
まず、建設業界に限らずM&Aでチェックすべきポイントには、次のようなものがある。
・利益率はどうか、利益率にかかわる要因は何か
・顧客満足度やリピーター割合はどうか
・従業員は定着しているか
・戦略的にマーケティングを行い、広告を活用できているか
・設備投資(メンテナンス)は実施に実施されているか
・借入金の返済は滞っていないか
続いて、建設業界のM&Aならではのチェックポイントを紹介する。
・工事内容とその割合(民間工事と公共工事など)
・有資格者は何人いるか、技術力はどうか
・適切な原価管理ができているか
・建設機械や資材の保有状況
建設業界のM&Aで高く売却するコツ
長年育ててきた事業だからこそ、売却時には、適正な価格で売却したいと考えるオーナー経営者は多い。
会社の売却価格を決めるうえで、いくつかの計算方法をもとに評価額を算出するが、結局は売り手・買い手の双方が納得するかどうかで売却価格が決まる。そのため、自社の魅力を正しくアピールし、条件交渉をすることが重要だ。
アピールできるポイントは、M&Aによるシナジー効果、優秀な人材、成長意欲のある会社風土、取引先リストや顧客リストなど、多岐にわたる。自社を客観的な視点から分析したうえで、強み・弱みを把握し、売却価格の決定に活かすことが大切だ。
M&Aで会社を高く売却したいと思うなら、建設業界のM&Aに関して実績を持つM&A仲介会社を積極的に活用したい。
建設業界でM&Aを検討しているならM&A仲介へ相談を
M&Aの市場にも、ステージがある。売却を希望する会社が少なければ、会社を高く売却できるし、買収を希望する会社が少なければ、会社を安く買収できる。
しかし、建設業界はM&Aが活発に行われている状況だ。売り手・買い手ともに競争を勝ち抜き、自社に合った優良な会社を見つけ、条件交渉を重ねる必要がある。
この時、パートナーとしてのM&A仲介会社がいるかいないかで、結果は大きく変わってくる。優良な候補先が見つかるかどうかはもちろんのこと、売却額・買収額も大きく違ってくるため、必ずM&A仲介会社に相談し、二人三脚でM&Aを進めるようにしたい。
売り手も買い手もじっくり準備してタイミングの見極めを
建設業界においては、M&A件数が多いからこそ、自社に合った売却先・買収先を探すことが何より大切だ。売り手側で事業承継としてのM&Aを検討しているなら、早めにM&Aについて情報収集を始め、望ましいタイミングで売却するようにしたい。買い手側で事業拡大としてM&Aを検討しているなら、M&A仲介会社を積極的に活用し、チャンスを逃さずM&Aの意思決定をすることが大切だ。
準備を始めるうえで、早すぎるということはない。早めに動くほど、候補先探索の時間も、見極めの時間も多くとれる。
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文・木崎涼(フィナンシャルプランナー・M&Aシニアエキスパート)