「僻地教育は中国の希望であり未来だ」--。
2019年9月に会長の座を退く少し前、中国・アリババ集団のジャック・マー氏は、地方の教育者たちなどが集まる式典で、都市部ではない地方部における教育の底上げこそが、中国をさらに強国するカギであると力強く語った。
経済大国となった中国だが、まだ全国民による“全員野球”がされているとは言えない。全人口14億人の約4割が住む地方部ではまだ十分な教育がされていない地域も多く、こうした僻地での教育の質が高まれば中国はまだまだ伸びる、というのがマー氏の見立てだ。
中国の将来とマー氏の言葉
2018年、中国の人口が70年ぶりに減少に転じたことを専門家たちが指摘し、世界的に大きな注目を集めた。中国政府からの公式発表ではないが、政府系シンクタンクの中国社会科学院は中国の人口減が始まる時期を2027年とする予測を発表しており 、いずれにせよ中国は人口減の危機にさらされていると言える。そんな中だからこそ冒頭のマー氏の発言は重さが伴う。
人口減社会、そして高齢化が加速するようになれば、内需に支えられる経済成長には黄色信号が灯る。高付加価値を有する製品・サービスを生み出し、他国との競争力を向上させなければ、中国衰退のシナリオは現実のものとなりかねない。そのためには中国国民一人ひとりの競争力を高めることが何より重要だと、マー氏は考えているわけだ。
実際マー氏はアリババを通じて僻地教育に携わる教育者を育成するプログラムに力を注いできた。「僻地の教育のレベルが改善されるときが、中国がもっと強くなるときだと、私は固く信じている」。マー氏はこうも語っている。
会長の座から退くことを宣言したマー氏の「次世代」に対する思いは、このスピーチから約1年前の「引退宣言」の内容からも感じられる。マー氏は「アリババから引退したあとの夢として「教育に立ち返りたい」と語っていた。
マー氏が会長引退後に取り組むことは?
そんなマー氏はアリババの会長をすでに退任し、2020年9月には取締役からも退任している。これで経営の表舞台からはいったん引退した形となった。そんなマー氏は今後どんなことに取り組むのか。予測が外れるのも覚悟しつつ、やや大胆に予測してみたい。
マー氏は過去、アリババを創業する前は中国・杭州市で英語教師をしていた。先ほど紹介した「教育に立ち返りたい」という言葉に着目するのであれば、マー氏は引退後、もしかすると教育に関連する慈善事業を手掛け始めるかもしれない。そして「第二のビル・ゲイツ」と呼ばれるようになるかもしれない。
いや、「プロ経営者」となって後継者を育成しつつその企業の業績を伸ばすスペシャリストとして活躍するかもしれない。もしくはゼロからスタートアップを立ち上げ、アリババのような巨大企業に新たに育て上げることに再び情熱を注ぐかもしれない。
ソフトバンクの孫正義会長との蜜月ぶりを考えるのであれば、マー氏がソフトバンクグループの10兆円ファンド「ソフトバンク・ビジョン・ファンド」の後継者となることも考えられなくもない。孫氏は2000年にマー氏と出会い、アリババに約20億円を投資した 。アリババの急成長を支えてくれた孫氏に対し、マー氏は特別な思いがあるはずだ。
まず2021年のマー氏の動きに注目
2020年12月現在、その後のマー氏の目立った動きはあまり報じられていない。アリババの金融子会社の上場の際、同社の筆頭株主であるマー氏の発言が問題視され、改めて中国国内における影響力が鮮明になったが、水面下で何に取り組んでいるのかはまだ見えてこない。まずは2021年に何かマー氏が仕掛けてくるのか、注目したいところだ。
文・岡本一道(金融・経済ジャーナリスト)