ビジョン(将来像、展望、理想像)を示すことがそんなに重要なのか?と思う方もいるかもしれない。だが会社とは、上から見た風景と下から見た風景がまったく違うものだ。外からも中の風景はわからない。
経営ビジョンは経営理念ではなく、中期計画などとも違う。経営ビジョンは、会社の向かう方向(将来像、展望)を内外に示す際の約束なのだ。社員のみならず、ステークホルダーや社会に向かってビジョンを示すメリットは計り知れない。今回は、会社経営において非常に重要な経営ビジョンについて解説する。
目次
経営ビジョンとは?
会社にはさまざまな目標が存在するが、通常最も重要視されているのは売上や利益に関わる目標ではないだろうか。特に経営においては、定量的な数値目標を掲げないと達成度を判断できない。また目標が定量的でなければ、目標達成に必要なコスト(経費予算)も見積もれないからだ。
ここで取り上げる経営ビジョンとは、「会社の将来のあるべき姿(理想像)や将来像を明文化したもの」である。ただし経営ビジョンは、重要でありながら内容が定量的ではないため(定量的な目標が付加されている場合もある)軽視されがちだ。会社によっては、設定すらされていない場合もある。経営ビジョンの役割が明確になっていないためだと思われるが、そもそも経営ビジョンの役割とは何だろうか?
企業理念・経営理念との違い
企業理念とは「自社の存在意義とこれからの企業としてのあり方を言葉で明示したもの」であり、企業の存在意義を示す理念だ。企業理念は、経営理念や経営ビジョンの上位にあり、概念的、理念的なものである。経営ビジョンは、具体的な経営方針や目標を示すもので、企業理念や経営理念を実現するための基本方策となる。
経営理念は、企業経営上基本的な考え方や価値観、経営者の考え方を明示したものだ。企業理念よりも経営に即した内容だが、経営ビジョンに比べるとまだ概念的な内容となる。企業理念を実現するために経営理念があり、経営理念の具体的な施策として経営ビジョンがあると考えればよい。
ミッションとの違い
ミッションとは、企業が果たすべき使命や存在意義であり、会社の将来のあるべき姿(理想像)や将来像を明文化した経営ビジョンとは意味合いが異なる。例えば味の素の経営ビジョンの一つは「世界No.1の調味料事業を中核とするグローバル食品企業グループへ」だ。その一方、グループミッションは「私たちは地球的な視野にたち、”食”と”健康”、そして、明日のよりよい生活に貢献します」である。
バリューとの違い
経営におけるバリューとは、組織共通の価値観を示す。ビジョンを達成するためにミッションを実行するが、バリューはミッションを実行するベースの価値観として企業内で共有されると考えればよい。例えば経営ビジョンで「業界No.1」を掲げ、ミッションでは「お客様の期待を上回るサービスを提供する」としよう。バリューでは「お客様を大切にする」などと設定する。
経営ビジョンの役割
会社で設定される定性的な目標には、経営理念もある。経営ビジョンの役割を明らかにするとともに、経営理念との違いについても見ていこう。
会社の将来像を社内外に示す
通常、売上・利益計画の詳細を社外に公開することはないだろう。経営ビジョンは、社内はもちろんホームページなどにも掲載し、ステークスホルダー以外にも公開する。冒頭にも書いたとおり、経営ビジョンは会社の向かう方向(将来像)を内外に広く示す役割を担っているからだ。
同じように、社内外に広く示す会社としての目標に「経営理念」がある。経営理念と経営ビジョンは混同されやすいが、これらはまったく違うものだ。経営理念の多くは会社の設立時に定められ、頻繁に変わるものではない。
経営理念は、その会社の経営に関わる基本的な考え方(理念)や価値観、存在意義を定めたものだ。例えば、京セラが掲げる経営理念は以下のとおりである。
「全従業員の物心両面の幸福を追求すると同時に、人類、社会の進歩発展に貢献すること。」
この経営理念は京セラがどのような目的で存在しているか、シンプルではあるが明確に示している。他にもいくつか、有名企業の経営理念を挙げてみよう。
・ホンダ
「常に夢と若さを保つこと。」
「理論とアイディアと時間を尊重すること。」
「仕事を愛しコミュニケーションを大切にすること。」
「調和のとれた仕事の流れをつくり上げること。」
「不断の研究と努力を忘れないこと。」
・マイクロソフト
「世界中のすべての人々とビジネスの持つ可能性を最大限に引き出すための支援をすること。」
いかがだろうか。どれもシンプルで誰にでもわかりやすく、会社を経営する際の理念を表している。一方で極めて概念的であり、具体的な行動の指針が見えないことも事実だ。
経営計画の元となる目標
経営ビジョンは、上記のような経営理念を達成するための将来像を明確にする役割を担っている。そして、経営ビジョンによって示された将来像を実現するために策定されるのが経営計画だ。経営計画では定量的な目標や、それを達成するための戦略や戦術が練られる。経営計画は、経営ビジョン実現のための具体策ということだ。
経営ビジョンの作り方
経営ビジョンの作り方は、会社によってかなり違いがある。「粒度が違う」といったほうが、正しいかもしれない。経営ビジョンに具体的な目標を盛り込むだけでなく、具体的な数値目標を掲げる会社もある。ここでは、経営ビジョンに必要とされる一般的な内容について説明する。
将来のあるべき姿を具体的に示す
経営ビジョンを作成する場合に最も大事なことは、経営ビジョンの先に経営理念がしっかりと見えていることだ。経営理念と同じような概念を書くことや、経営理念に沿わないことを書いてしまうことは避けなければならない。経営の一貫性がなくなってしまうからだ。経営理念を念頭に置いて、会社の将来あるべき姿を「具体的に」示そう。
数値目標だけを示さない
売上や利益の数値目標だけを示したものは、経営計画だ。経営ビジョンには、文字どおりビジョンが必要になる。示された側が、自分がそこにいる姿を想像できる(具体性のある)、希望のあるビジョンでなければならない。数値目標だけでは、それを想像することはできない。
社内に浸透させることが重要
経営ビジョンは社内外に示すことを目的に作られるため、社外に広報するだけでなく、社内にも浸透させなければならない。「経営ビジョンを作ってホームページに掲載したので見てください」では、まず浸透しないだろう。経営ビジョンは作っただけでは意味がなく、運用されてはじめて意味を持つのだ。
具体的には、年度や期の始めに催されるキックオフや経営計画の説明会で、経営側が経営ビジョンを直接社員に説明する機会を設ける。その後は社内の見やすい場所に掲示する、社内で使うパワーポイントのフォーマットに組み込むなど、常に目に触れる場所に掲示して社員の自覚を促すことが肝心だ。
経営ビジョンを設定するメリット4つ
経営ビジョンを社内外に示すことで、どのようなメリットが生まれるのだろうか。
・会社としての一体感を醸成できる
例えば数値目標は事業部や部署によって異なり、特にゼネラルスタッフやバックオフィスと呼ばれる総務部や経理部にとっては、現実味がないかもしれない。全社が一枚岩になれる経営ビジョンを示すことで、各人が目標に向かって努力することができ、会社としての一体感が醸成されるというメリットがある。
・社員のモチベーションが上がる
「何のためにこの仕事をしているのかわからない」という状態は、社員のモチベーションを著しく下げてしまう。仕事には達成が予測できる現実的な目標と、将来が期待できる希望のある目標の両方が必要だ。
目標が示されることで、社員は自分なりの行動や判断ができるようになり、結果としてモチベーションが上がっていく。経営ビジョンの明示は、社員のモチベーションアップだけでなく離職率の低減にも寄与し、結果として優秀な人材の確保につながる。
・顧客からの信頼を得られる
経営ビジョンは社外にも発信される。顧客は経営ビジョンを確認することで、その会社が自社(自分)と同じ方向を向いているのか、ともに発展できる会社なのかを判断できる。経営ビジョンの明示は、顧客からの信頼を得ることにも寄与するのだ。
・人材採用へのメリット
優秀な人材を確保できるか否かは、会社の業績や将来に大きく影響する。新卒であれキャリア採用であれ、応募する人間はその会社をよく知りたいと思うものだ。会社の方向性が一貫しているか否かは、これからその会社で働こうとする人間にとって非常に重要な要素といえる。会社は人を選ぶ前に、人から選ばれているからだ。
経営ビジョンを企業経営に活かすポイント
経営ビジョンを企業経営に活かすためには、ただ従業員に経営ビジョンを明示するだけでは十分とは言えない。組織の成立要素には、共通の目的(経営ビジョンなど)以外に協働意思・コミュニケーションの要素も求められる。
協働意思とは、言わば経営ビジョンなど共通の目的に対する従業員の意欲・モチベーションだ。共有の目的に共感する人を従業員として採用し、組織内にいる従業員の意欲を向上させる施策により、企業は協働意思を高めていかなければならない。
コミュニケーションは、協働意思を高めるための手段だ。共通の目的を達成するため、コミュニケーションは計画的に進める必要がある。共通の目的・協働意思・コミュニケーションをバランスよく強化することで、経営ビジョンはスムーズに従業員に浸透し、企業の運営が順調に進められるようになる。
経営ビジョンを浸透させるためのプロセス
経営ビジョンを浸透させるためには、以下のプロセスを経る必要がある。
- 理解:従業員に経営ビジョンの存在の認知・理解を深めるよう促す
- 共感:経営ビジョンへの共感を促す
- 具体化:経営ビジョンを従業員の評価項目・評価指標に落とし込んで具体化する
- 実践:評価項目・評価指標に向かって行動することで経営ビジョンを達成する
- 協働:社内の協働意識を高める
経営ビジョンの理解には「経営トップからメッセージを発する」「部署単位の朝礼で定期的に周知」などを行い、経営ビジョンに接する機会を多くする施策が有効だ。次のステップである共感は、経営ビジョンをストーリーに落とし込み、イメージしやすい情報として伝えるとよい。
経営ビジョンの例3つ
実際に、各社はどのような経営ビジョンを掲げているのだろうか。いくつか例を挙げてみよう。
・味の素
「私たちは、お客様に役立つ独自の価値を創出し続ける『グローバル健康貢献企業グループ』を目指します。」
「世界No.1の調味料事業を中核とするグローバル食品企業グループへ」
「世界No.1のアミノ酸技術で人類に貢献するグローバルアミノサイエンス企業グループへ」
「おいしさと健康を科学する健康創造企業グループへ」
人体を構成するアミノ酸のひとつである、グルタミン酸ナトリウムを主原料とする調味料「味の素」。味の素株式会社は、研究で培ったアミノ酸技術を新たな価値創造に活かし、健康に貢献する企業として国内だけではなくグローバルにその価値を届けていく、というビジョンを明確に示している。
・ソフトバンク
「300年間成長し続ける企業グループ」
「戦略的シナジーグループ」
「次の時代を担う後継者の育成」
ソフトバンクの経営ビジョンは非常に特徴的だ。味の素の経営ビジョンとは違い、業務内容に関わる記述が一切ない。読み方によっては、経営の手段を選ばず、相乗効果(シナジー)を生み出せるグループであり続けるための、ビジョナリーな後継者を育てていく、と捉えられる。世界を相手に戦い続けてきた、孫正義CEOならではの経営ビジョンかもしれない。
・イオンモール
「アジア50億人の心を動かす企業へ」
「私たちは、パートナーとともに、地域の魅力を磨きつづける究極のローカライズに挑戦します。」
「私たちは、一人ひとりがLife Design Producerとして、商業施設の枠組みを越え、新たな「暮らし」を創造する事業領域を拓き、成長し続けます。」
「私たちは、世界中の拠点をはじめとする全ての資産を活かし、永続的に発展することで、強い財務体制と強固な事業基盤を構築します。」
「私たちは、革新し続けるプロフェッショナル集団です。」
「私たちは、お客さまに徹底して寄り添い、生涯わすれえない思い出となる最良の体験を共有します。」
アジアに進出する決意を強く表現しながら、徹底した地域密着型経営で地域ごとの(ローカライズされた)新たな生活を提案し、顧客に寄り添っていく、というビジョンだ。生活に密着した商品やサービスを提供するイオンならではの、力強いメッセージである。
経営ビジョンに関するQ&A
Q.ビジネス・会社経営における経営ビジョンとは?
A.経営ビジョンとは、会社の将来のあるべき姿(理想像)や将来像を明文化したものだ。経営ビジョンは、企業理念や経営理念を実現するために具体的な経営方針や目標を示すものである。
Q.経営ビジョンとミッションとの違いは?
A.経営ビジョンとは、会社の将来のあるべき姿(理想像)や将来像を明文化したものだ。一方ミッションとは、企業が果たすべき使命や存在意義を指す。「理想=経営ビジョン」「理想を達成するための方法=ミッション」と言い換えることもできる。
Q.経営ビジョンと企業理念・経営理念との違いは?
A.企業理念とは「自社の存在意義とこれからの企業としてのあり方を言葉で明示したもの」で企業の存在意義を示す理念である。一方経営理念は、企業経営上基本的な考え方や価値観、経営者の考え方を明示したものであり、企業理念よりも経営に即した内容だ。
しかし経営理念は、経営ビジョンに比べるとまだ概念的な内容とも言える。3つの概念は、企業理念を実現するために経営理念があり、経営理念の具体的な施策として経営ビジョンがあるという関係性が成り立つ。
Q.経営ビジョンの実例は?
A.経営ビジョンの一例として、以下3社の経営ビジョン(一部)を紹介する。
Q.経営ビジョンを会社経営に活かすポイントは?
A.経営ビジョンなどの「共通の目的」を社内のコミュニケーション活性化により浸透させ、共通の目的に共感する従業員を増やして協働意思を高めることで、経営ビジョンを会社経営に活かせるようになる。
Q.経営ビジョンの作り方は?
A.経営ビジョン作成の第一歩は、将来のあるべき姿を具体的に示すことだ。将来のあるべき姿(理想像)や将来像を明確にできたら、ビジョンを達成するための数値目標も同時に提示するとよい。数値目標だけを提示して将来のあるべき姿を提示していないと、従業員の中に会社の将来像が描けず、モチベーションの向上が見込めない。
定量的な目標に偏らないことが大切
恒久的な目標である経営理念、経営安定のための定量的な目標を定めた経営計画があるが、経営ビジョンは、経営理念から順に目標をブレークダウンするためのものである。定量的な目標に偏ると将来像が不明確になり、人の心に届きにくくなってしまう。経営ビジョンは、あくまで理想と現実の橋渡しであるべきだ。
個人経営の企業であっても、顧客や取引先などのステークホルダーは存在する。経営ビジョンの役割が会社の将来像を明確にし、共感を得るためのものである限り、会社の大小にかかわらず設定し活用していこう。
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