後継者育成,ステップ,事業承継
(写真=oatawa/Shutterstock.com)

中小企業は日本の企業数の約9割、雇用の約7割を担う、「日本株式会社」の重要なエンジンだ。しかし、日本社会の高齢化とともに中小企業の社長も高齢化している。社長が高齢になると業績が悪化する傾向があり、廃業リスクも高くなる。

日本政府も中小企業の事業承継を課題と考え、事業承継税制の改正などで承継を促進する環境を整えているが、「事業承継」や「後継者育成」に関心があっても具体的にどうしたらいいかわからない経営者が多いのが現状だ。

もしあなたがそのような中小企業の社長なら、この記事をよく読んで事業承継の全体像を理解し、後継者の育成をすぐに始めるべきだろう。

社長の年齢が上がると業績は低迷し廃業比率が高まる

東京商工リサーチが行った『2018年の全国社長の年齢調査』によると、社長の平均年齢は61.73歳と前年より0.28歳伸びて過去最高を記録した。調査を開始した2009年が59.57歳だったので、平均年齢は10年で2.16歳上がったことになる。10年で2歳程度というと、世代交代が進んでいるように思えるかもしれないが、これは「生存企業の社長の平均年齢」であることに注意したい。

2018年に「倒産」した企業は8,235社と10年連続で減少しているのに対し、「休廃業・解散」した企業は4万6,724社と倒産会社の5倍以上だ。休廃業・解散した企業の社長の平均年齢は69.61歳だ。休廃業・解散した企業の社長の平均年齢は、生存企業のそれよりも7.88歳高い。つまり、今後10年で多くの中小企業が事業承継の時期を迎えることになり、承継が遅れると休廃業・解散の可能性が高まるわけだ。

また、調査では社長の年齢と企業業績には逆相関関係があり、社長の年齢が上がるほど減収・赤字になる傾向があることが明らかになっている。

社長の年代別で、30代以下の企業の増収比率は59.15で、40代が54.01%、50代が50.45%、60代が48.15%と低下していく。それでも、社長が60代の企業は増収企業の比率が減収企業の比率を上回っている。しかし、70代以上になると減収企業は43.97%と増収企業の43.10%を上回る。このように、増収率は社長が若いほど高くなるのだ。

赤字企業の比率を見ても、30代以下が18.29%、40代が17.83%、50代が18.52%、60代が18.97%、70代が20.70%であり、社長が70代の企業の赤字比率が最も高い。

その主な理由は、社長が高齢化することで社会環境やビジネスモデルの変化、生産性の向上などに対応できなくなることだろう。これらを踏まえると、後継者の育成は早く始めるに越したことがないことがわかるはずだ。

事業承継の方法は3つしかない

後継者育成のステップを考える前に、事業承継の方法を見ていこう。複雑に思えるかもしれないが、事業承継の方法は、以下の3つしかない。

 1)親族内承継
 2)親族外承継(内部昇格、外部招聘)
 3)社外への事業譲渡(M&A)

中小企業庁によると、2012年の「親族内承継」の比率は42.5%で、「親族外承継」が53.6%、「M&A」が4.0%だった。1987年は親族内が64.1%、親族外が33.5%、M&Aが2.4%だったので、25年で親族承継比率が21.6ポイント低下し、親族外が20.1ポイント、M&Aが1.6ポイント上昇したことになる。直近のデータはないが、親族外とM&Aの比率が上昇している可能性が高い。

事業承継は単に「社長を誰にするか」だけでなく、会社の経営権である株式を誰に引き継ぐか、また後継者の育成とセットで考えなければならない。

次に、事業承継の3つの方法のメリット・デメリットを整理しておこう。

1. 親族内承継

事業承継と聞くと、一般的には親族内承継、特に子どもへの承継をイメージするだろう。実際、親族に事業を承継したいと考える経営者は多い。

しかし、少子化によって親族内の候補者の絶対数が減り、価値観が多様化していることもあって、親族が承継を望まないケースが増えており、親族内承継の比率は親族外承継より低くなっている。

経営者である親が子どもへの承継を考えていたとしても、子どもはすでに別の仕事を持っているため、親の会社に入る気がないというケースは少なくない。

【親族内承継のメリット】
・親族に継がせたいという経営者の希望が叶う
・社内外の関係者に加えて金融機関の理解を得やすい
・経営権(保有株)の引き継ぎが円滑にできるため、経営権と経営の分離を避けられる
・前社長の所得や生活環境を維持しやすい

【親族内承継のデメリット】
・候補となる親族が少ない
・候補となる親族が複数いる場合は親族間の争いになることもあり得る
・親族内の後継者の育成には時間がかかる
・経営権(保有株)を移転する際、相続、贈与、譲渡で税負担が変わるため、方法の選択と実行のタイミングが難しい
・承継者に経営の資質がなく、親族外で資質を持つ人がいる場合の扱いが難しい

2. 親族外承継

親族外承継には、すでに社内にいる優秀な従業員を後継者として抜擢するケースと、社外から後継者を招聘するケースがある。親族内承継の時間を稼ぐために、中継ぎとして一時的に親族外承継をすることもある。

【親族外承継のメリット】
・親族内に適切な承継者がいない場合でも事業承継ができる
・社内で実績のある承継者の場合、経営の継続性が保ちやすい
・社内や取引先など内外から理解を得やすい
・比較的短期間で事業を承継できる
・親族外でもトップに立てることで社員の士気が上がる
・他の株主からも理解が得やすい

【親族外承継のデメリット】
・経営権(保有株)と経営が分離する場合がある
・後継者に経営権(保有株)や事業用資産を承継する際、資金が必要になる
・会社の借入金に個人保証が付いている場合、その保証の引き継ぎが容易ではない
・後継者を外部から招聘した場合は、内外から理解を得にくく、社員の士気が下がることもある

3. 社外への事業譲渡(M&A)

M&Aとは、経営権(保有株)を他社に譲渡することだ。以前は譲渡先を探すのは容易ではなかったが、中小企業に特化したM&Aの会社が増えていることや、M&Aのマッチングサイトなどによって、中小企業のM&Aによる事業承継の件数が増えている。事業譲渡には、会社全体を譲渡するケースと、事業の一部を譲渡するケースがある。

【社外への事業譲渡(M&A)のメリット】
・親族や社内に適切な承継者がいない場合でも事業を承継できる
・より強い企業のもとで事業を拡大できる可能性が広がる
・事業譲渡益によって創業者の利益を最大化できる
・譲渡先が大手企業の場合、社員の待遇や士気が上がることもある

【社外への事業譲渡(M&A)のデメリット】
・事業譲渡先を探すのが容易ではなく、時間もかかることが多い
・経営の継続性が保てない可能性がある
・社員の雇用を守れない場合がある

事業承継を早期に始めることの重要性

経営者の中には、健康や体力にはまったく問題がないので、自分の経営はずっと続くと思っている人もいるかもしれない。しかし、いつかは必ず社長を辞める時がやってくる。しかも、社長の高齢化は業績悪化と直結するので、少しでも早く事業承継に着手すべきだ。

「中小企業白書2019」には、前述の事業承継の3つの方法それぞれについて、後継者の決定後、実際に引き継ぐまでにかかった期間の調査結果がある。事業承継全体では、1年未満が55.1%、1年以上3年未満が27.9%、3年以上5年未満が8.5%、5年以上が8.5%となっている。これを見た経営者は、「1年あれば何とかなる」と思うかもしれない。

方法別に見ると、最も時間がかかるのは親族内承継で、5年以上の比率は12.8%と全体平均の8.5%を大きく上回り、3年以上5年未満も10.9%と平均の8.5%を上回る。3年以上の合計は23.7%、つまり4件に1件は承継に3年以上かかったことになる。

比較的短期間で承継できるのはM&Aで、1年未満が69.5%だ。ただし、これは「後継者決定後の期間」であることに注意したい。M&Aの場合は、後継者が決まるまで時間がかかると考えておくべきだ。

親族外承継では、すでに実績のある役員や社員に引き継ぐため、1年未満が52.9%と比較的短期間で引き継ぎを完了できる。3年以上の比率は12.7%と、親族内承継(23.7%)よりもずっと少ないことがわかる。

日本政策金融公庫が2017年に発表した「円滑な事業承継に向けて~早期取組み着手の重要性~」では、今後数年間で経営者の大量引退が予想されるが、過半の企業において事業承継の準備は進んでおらず、70代・80代の経営者でも準備が終わっていると回答した企業数は半数以下で、後継者の選定や株式・事業用資産の整理が済んでいない企業が多いとしている。このような状況を踏まえ、中小企業庁は2016年12月に事情承継を円滑化するための「事業承継ガイドライン」を10年ぶりに改正した。

新ガイドラインのポイントは、以下の3つだ。
 1)事業承継に向けた早期取組みの重要性
 2)事業承継に向けて踏むべき5つのステップ
 3)地域における事業承継支援体制の強化の必要性

いずれにしても、事業承継のポイントは早期に取組むことだ。中小企業庁が示した「事業承継に向けて踏むべき5ステップ」を参考にしながら、後継者育成のための5つのステップを見ていこう。

後継者育成の5つのステップ

ステップ1: 事業承継の準備本格化

後継者育成の最初のステップは、本格的な事業承継計画を作成することだ。株主や金融機関などと、事業承認に関する対話を始める必要もあるだろう。

中小企業庁などが用意しているツール(事業承継診断、中小会計要領、ローカルベンチマーク、知的資産経営報告書など)を活用して、経営状況や経営課題などを「見える化」して把握しよう。また、事業承継を見据えて経営方針を見直し、企業価値の向上を図ることも後継者育成の準備として必要になる。

さらに、事業承継の障壁となる問題点を洗い出して事業再生計画を作成したり、次世代のための経営方針を考えたりすることも重要だろう。

ステップ2: 後継者候補の選定と育成プランの立案

最初から候補を1人に決める必要はない。ステップ1の事業承継計画に基づいて、後継者として相応しい人物像を設定し、後継者候補を絞り込んでいく。後継者が決まったら、その人に合った育成プランを作成する。

この段階で、経営者自身と後継者の年齢などを考慮し「Xデー」を想定しておくと、育成プランの現実味と効果が増すだろう。

親族内承継・親族外承継において後継者を選定できない場合は、取引先や金融機関、中小企業のM&Aに特化した会社に相談するといいだろう。現在はインターネット上にマッチングサイトもあり、企業のM&Aだけでなく、意欲のある起業家による個人のM&Aも増えている。

事業に将来性がなく、後継者もいない場合は、廃業も一つの選択肢だ。その場合でも、経営者が病気になってからやむなく廃業するのではなく、事前に廃業計画を作成し準備を進めておきたい。

ステップ3: 後継者育成プラン実行

後継者育成の王道は、急がず時間をかけて教育していくことだ。スピードよりもキャリアアップを優先したい。特に親族内承継の場合は、5~10年かけてOJT(職場内訓練)を施し、複数のポジションを経験させつつ社内外のネットワークを構築させるといいだろう。親族外承継の場合も、OJTでキャリアアップさせることが、経営者としてのスキルアアップにも役立つはずだ。

ただし、OJTでは体系的な指導ができないことや、指導者の能力を超える人材を育てることが難しいという問題がある。短期間でも関連業界で働かせるなど、OFF-JT(職場外訓練)を取り入れてみるのも有効だ。多くの親族内承継において、後継者が学校を卒業した後関連企業などに入って経験を積み、その後父親の会社に入って事業を承継するケースが多いのはそのためだ。

ステップ4: 後継者のマインドセット

仕事ができることと、経営ができることは別だ。後継者には、経営者としてのマインドセットが必要になる。マインドセットとは、経営者の理念を伝えること、会社への熱い思いを伝えることだ。

管理職・トップマネジメントとしての育成プランを作成し、後継者に経営方針や会社の存在意義、社会貢献、公私混同しないことなどを徹底的に叩き込みたい。これは、帝王学と言ってもいいかもしれない。

社長に常に帯同させることや、経営企画のような会社の方針を決める部署を経験させることも有効だが、社外の管理職研修などで、仕事そのものでなく人材の能力・資質を高める教育を施すことも大切だ。

ステップ5: 事業承継の実行

後継者と育成プランが決まれば、いよいよ事業承継を実行することになる。経営者として事業承継を円滑に行い、引退する。ここでのポイントは、「経営権(保有株)や会社の資産をどのように承継するか」だ。相続、贈与、譲渡のどれを選ぶかによって、手続きも税制も変わる。信託や生命保険を活用した承継方法もあるので、専門家に相談しながら最適な方法とタイミングで実行しよう。

事業承継を円滑化するために利用したいこと

政府は国策として、60歳以上の経営者が事業承継に向けて早期に準備することを促し、事業承継が円滑に行われることを目指している。

中小企業庁は、中小企業経営者の高齢化を踏まえ、円滑な事業承継の促進を通じて中小企業の活性化を図るため、事業承継に向けて早期に、計画的に準備することの重要性や課題への対応策、事業承継支援体制の強化の方向性などについてまとめた「事業承継ガイドライン」を策定している。

国による支援制度の整備に合わせて、各支援機関においても中小企業の事業承継を支援する取り組みが増えている。

国税庁は円滑化法に基づく認定のもと、会社や個人事業の後継者が取得した一定の資産について、贈与税や相続税の納税を猶予する制度(事業承継税制)を設けている。

中小企業庁は、事業承継・事業再編・事業統合を契機として経営革新や事業転換を行う中小企業者に対して、その新たな取り組みに要する経費の一部を補助する事業承継補助金を公募している。

このように、中小企業には多くの支援機関がある。まずは、金融機関や商工会・商工会議所の経営指導員、顧問税理士・顧問弁護士など、身近な支援機関に相談することが最初のステップになるだろう。

文・平田和生(ストラテジスト)