つい大量買いしたくなる~常識破りで客を呼ぶ新戦略
いま主婦に人気の「業務スーパー」。その理由は「他のスーパーにないものがある」「ワクワクする」「テンションが上がる」からだと言う。店内は大量買いの客が目立つ。
冷凍の「フライドポテト」(210円)は1kgサイズ。大きな箱に入った「焼きとりもも串」は50本入りで1188円。「マカロニサラダ」(318円)も1kg入り。「こしあん」(1312円)は5kg入りだ。「焼きそば」はおよそ7人前入って148円という激安価格だ。「業務スーパー」の特徴は、とにかく商品が大きくて安いことにある。
商品そのものも普通のスーパーとは違う。しょうゆのコーナーを見てみると、真っ先にあるはずの「キッコーマン」が見当たらない。マヨネーズのコーナーには「キューピー」がない。扱っているのは、基本は2番手、3番手のメーカーのものか、「業務スーパー」のオリジナル商品。プライベートブランドは全体の3分の1を占める。
このオリジナル商品が主婦たちの間で評判になっている。ある女性客が取ったのは、おいしいという口コミを聞きつけた「やわらか煮豚」。1袋に600g入っていて496円。甘辛のタレがちょうどいい味だと言う。
別の客が毎回買うというのはタイ料理の調味料「パッタイペースト」(321円)。この調味料を絡めるだけで、普通の焼きそばが本格タイ風焼きそばに変身。辛過ぎずうまみ濃厚でビーフンや野菜炒めにも合うと言う。
「業務スーパー」はこれまで安さと量で人気となっていたが、こうした他にない商品で今、再ブレークを果たしているのだ。
主婦の舞さん(41)は「業務スーパー」のヘビーユーザーから生まれた人気ブロガーだ。この日、カゴに取ったのは1kgの「ゴボウサラダ」(429円)に1kgの「ポテトサラダ」(399円)。「このまま食べると量が多くて飽きてしまうので、ちょっとアレンジして揚げて、コロッケや春巻きとかにもできるので」と言う。
そのアレンジレシピをブログで紹介している。「こしあん」はパイ生地と合わせおしゃれなあんパンに。このブログを毎月20万人が閲覧している。こうして家庭のアレンジ料理から「業務スーパー」ブームが世に広がっているのだ。
「調理の時短ができる商品があって日々の料理に使っています。欠かせないです」(舞さん)
量と安さが売りとはいえ、もちろん質にもこだわっている。その代表ともいえる商品が「上州高原若どりもも」(1620円)、「上州高原若どりささみ」(1274円)といった2kgサイズの鶏肉だ。いろいろな部位がそろっているが、どれも格安。大手スーパーより3割は安い。
魅力は安さだけじゃない~新発想の商品で客の心をキャッチ
安さの秘密が群馬・渋川市の山の中にある。そこは「業務スーパー」の自社養鶏場。自分たちで一から育てて商品化、中間業者を省くことで安さを実現させているのだ。
さらに自社グループの加工工場では、朝の7時に養鶏場から届くニワトリをすぐさまさばき、10時には袋詰め。3時間で商品化している。
「鶏肉は鮮度を重視しているので、なるべく早く製品にしてお客様に届けるのがポイントです」(経営管理部・小渕光宏)
これを関東圏なら24時間以内に店頭へ。鮮度がいいからおいしいのも当然という訳だ。
原料から作っているのは鶏肉だけではない。北海道には自社農園があり、ジャガイモを生産。石巻では漁船を保有し、魚を調達している。
こんなやり方で「業務スーパー」を運営する神戸物産の年商は右肩上がり。全国で886店舗を展開し、今期は3000億円を突破する勢いだ。
兵庫・稲美町。田んぼが広がる田舎町に神戸物産の本社がある。社長の沼田博和(39)は、創業者の父親から会社を継いだ2代目。社長就任後、売り上げを2倍にしたやり手経営者だ。そんな沼田には常に意識していることがある。
「他の会社がうまくいっているからと、同じことをするのではなく、自分たちで考えて自分たちなりの商品を生み出す。そこが武器になっているので」(沼田)
自社工場の兵庫・姫路市「オースターフーズ」。豆腐の製造ラインの隣のレーンに、見た目は豆腐のようだがまったく違う商品が並んでいた。その正体は「リッチチーズケーキ」(375円)。1.6丁サイズの豆腐の容器に入っており、家族4人でもたっぷり食べられる常識破りのスイーツだ。
一方、かつて牛乳を作っていた愛知・豊田市の自社工場「豊田乳業」。紙パックの牛乳を製造するラインで作っているのは「カスタードプリン」(267円)。1Lの紙パックにプリンが入っている。「切り分けて好きなだけ食べて」という商品だが、「業務スーパー」マニアの間では、フライパンにのせて火にかけて溶かし、食パンを入れて焼き、フレンチ・トーストにするという食べ方も。
常識にとらわれない発想で作った他にはない商品が客の心をしっかりキャッチし、ヒットを連発。多くの客の支持を得て、沼田は確信する。
「今の方向性をもっと研ぎ澄ませて、『こんな商品見たことない』という驚きの商品を開発したいなと思っています」
大手に負けない店を作れ~独自商品に挑んだ親子物語
現在は引退した創業者の父親。その人柄をうかがわせる元社長室で目につくのが本。その中身はキノコやウナギなど、どれも専門的な本ばかり。
「興味を持った時に調べて、面白そうなきっかけがあると展開していく。知識欲がすごかったですね」(沼田)
沼田もまた探究心が強い。日常の中で気になったことはなんでもスマホにメモっている。
「今必要なことや、将来必要になると思ったことを書き留めておきます」(沼田)
沼田の父親・昭二は高校を卒業後、「三越」に入社。その後、独立し、布団をトラックに積み団地を行商して回った苦労人だ。引退した昭二が今回、特別に、取材に応じてくれた。
「私たちの時は学歴で社内の地位が決まる時代です。事業をすれば評価は自分でできる。自分の人生を試すためには起業しかないかな、と」(昭二)
行商で資金を貯め、1981年、27歳の時に兵庫県で小さなスーパーを開業。しかし90年代の半ば、大手スーパーが次々と進出してきた。たちまち経営が悪化し、大きな差を見せつけられた時、昭二は悔しがるのではなく、こんな風に考えた。
「マラソンと一緒で、ライバルははるか先を走っている。これに追いつくのは物理的に不可能です。個人で2店舗、3店舗出しても、数百店舗半には永久に追いつけない」(昭二)
そこで昭二は思い切った手を打つ。中国に工場を作り、当時の小売では考えられない製造販売を始めるのだ。作ったのは、大手スーパーでは売っていない大容量の安いオリジナル商品。それを店に並べると、予想以上に売れた。
手応えを感じた昭二は、大手との価格競争ではなく新しいコンセプトのスーパーで生き残っていこうと決意する。それこそが業務用の商品を一般客に販売する店、「業務スーパー」だった。
「お客さんに理解していただくにはそれなりに時間がかかるので、やはり良いものを安く売るに徹して、時代の間違えなければ大丈夫だ、と」(昭二)
すると昭二の読みは的中。こういう商品が欲しかったと、家計を預かる主婦達が押し寄せ、さらに飲食店を営むプロたちも来てくれたのだ。差別化された商品が並ぶスーパーは大成功を収め、一気に拡大。全国規模のチェーン店に育っていった。
そんな偉大な父の跡を継ぎ、2012年、社長に就任した沼田は、先代とは違うやり方で客の心をつかむヒット商品を生み出す。
取り組んだのは、最大の武器であるオンリーワン商品の強化だ。沼田は新たな売り場を店内に仕掛ける。それが「世界の本物」と題した直輸入品のコーナーだ。
「自分自身、海外の展示会でワクワクする。その感覚を店内でお客様に感じていただけるといいかな、と」(沼田)
集めたのは日本ではほとんど売られていないものばかり。これで他にはない商品が増え、ここからもヒットが生まれた。
ある主婦客が絶賛するのは、「姜葱醤」(235円)という中国の調味料。すりおろした生姜をねぎ油に漬け込んだ香り豊かな商品。豆腐にのせてもよし、蒸し鶏にのせれば本格中華に早変わり。ヒットを受け、味は7種類に増加。今では年間200万個を売り上げる。
父親とは違うやり方で差別化商品の強化に成功。これで新たな「業務スーパー」ブームを巻き起こしたのだ。
「初めて目にする商品が『業務スーパー』にあるという世界を作りたい」(沼田)
沼田は商品を販売するかどうかを決める際、あるポリシーを守っている
この日は週に2回の社長プレゼン会議。バイヤーがプレゼンしたのは、ヨルダンのメーカーから取り寄せたひよこ豆のディップソース、「フムス」だ。日本ではほとんどなじみのない食品、試食した沼田は「結構チャレンジ商品ですけど、やってみます?」。「やってみたいです」と言う担当者にゴーサインを出した。
「野球でも3割バッターと言いますが、3割も当たれば上出来じゃないかと思います。振らないと始まらないので、まずは思いっきり振ってみる」(沼田)
世にないものを作り出す~機械まで作るマル秘商品開発
「業務スーパー」の商品作りに欠かせないのが独自の工夫を施した製造機械だ。
滋賀・竜王町の「秦食品」にあったのは、かつて関連会社の工場で使っていた原料をきめ細かく混ぜられるアイスクリームの機械。その特性を利用して、ここでは全く別の商品を作っている。機械から出てきたのはオリジナルのドレッシング。きめ細かく混ぜられる特性を生かし、これまで以上に口当たりのいいドレッシングを作ることができたと言う。
こうした製造機械の活用法で全幅の信頼を集めているのが、商品開発部の浅見一夫。その仕事はまさに「浅見マジック」。豆腐の製造ラインでチーズケーキを作ったのも、牛乳パックデザートを実現させたのも浅見だ。
「他社と同じ生産工程で商品を作ることを我々は求められていない。普通にやったら勝てないので」(浅見)
その浅見が今までとは違うやり方でまたオンリーワン商品を生み出した。西日本限定で販売され、爆発的に売れている「うどん」(17円)。その特徴は「おいしさ長持ち」。通常より賞味期限が3倍も長いことだ。
賞味期限を伸ばすという難題に取り組み、試行錯誤すること2年。浅見は新しい発想のうどん製造機を編み出した。
「同じ土俵に乗っかると勝てない相手がいるじゃないですか。同じ土俵に乗らずに勝負するのが神戸物産の『やってみなはれ精神』じゃないですか」(浅見) この機械では、ゆでたてのうどんの玉が下に落ち、熱々のままパックされる。日本でも初の作り方だ。
「普通は冷却した麺をパックしますが、熱々のままだとほぼ無菌状態でパックできる」(浅見)
通常、熱々のままパックすれば、うどんはのびてしまう。それを浅見は粉の配合で克服。出来上がったうどんは賞味期限が長い上、2週間ももちもち感が味わえるのだ。
食パンでも負けていない。1日に2万本が売れる大ヒット商品があるのだ。1.8斤というサイズで246円の「天然酵母食パン」。生地がキメ細やかで甘みがあり、香りのいいのが持ち味だ。
このパンも自社工場で製造している。岐阜・瑞穂市の「麦パン工房」。おいしさの鍵を握るのは発酵室だ。取り出した液体は酵母菌。それを壁に吹きかける。生地に混ぜるより、こうしたほうが発酵が安定すると言う。
「イースト菌だけではコクのある香りは出ない。建物に住み着く酵母と一緒に合わさることではじめておいしいパンができます」(麦パン工房・藤澤慶誌)
求める物がこの世にないのなら自分たちで作る。だから勢いは止まらない。
~村上龍の編集後記~
「業務スーパー」いったい誰がそんな名前を付けたのか。1990年代初頭、創業者は、家族に尋ねたらしい。「名前を業務スーパーにしたいがどう思う?」。創業者・沼田昭二氏は、それまで経営方針などについて家族に相談したことはなかったらしい。「業務用」スーパーではない。「業務スーパー」というネーミングが勝負だと思ったのだ。
一般に流通企業だと思われるだろうが、小売機能を持つ食品メーカーというほうが実際の形に近い。創業者の思いは、2代目博和氏に受け継がれ、さらに進化した。まれに見る幸福な企業である。
<出演者略歴>
沼田博和(ぬまた・ひろかず)1980年、兵庫県生まれ。2005年、京都薬科大学大学院卒業。2009年、神戸物産入社。2012年、代表取締役社長就任。
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