経営
(画像=PIXTA)

企業価値を正しく算定するのは、容易ではない。その会社の経営状態の良し悪しは予想できても、企業価値を具体的な金額として把握するには、やはりしかるべき評価方法が必要になる。今回は、デューデリジェンス(買収対象企業の適正調査および評価)にも使われる企業価値評価手法の一つ、「マーケットアプローチ」を紹介しよう。

目次

  1. マーケットアプローチとは
    1. 他の企業価値算定手法
  2. 類似会社比較法(マルチプル法)と市場株価法
    1. 類似会社比較法とは
    2. 市場株価法
  3. マーケットアプローチのシミュレーション(EV/EBITDA倍率)
  4. マーケットアプローチのメリットとデメリット
    1. メリット
    2. デメリット
  5. 算定の際はM&A仲介会社に相談を
  6. 事業承継、M&Aには欠かせない企業価値の評価

マーケットアプローチとは

マーケットアプローチとは企業価値評価手法の一つで、M&A(企業の合併、買収)を行う際などに対象となる企業を市場取引の観点から評価する方法だ。M&Aを検討する際、対象となる企業の価値(実質的な売却もしくは購入金額)を算出することは、M&Aを進めるかどうかの判断基準になる。

マーケットアプローチの評価手法は、類似会社比較法(マルチプル法)と市場株価法に分かれ、類似会社比較法の代表的な算定手法には「PBR法」「PER法」「EBITDA法」がある。

マーケットアプローチを含むバリュエーション(企業価値評価)の方法は他にもいくつかあるので、簡単に紹介しておこう。

他の企業価値算定手法

・コストアプローチ

コストアプローチとは、対象企業の純資産額を基準に企業価値を算定する方法の総称だ。コストアプローチには簿価純資産法、時価純資産法、清算価値法、再調達原価法などがあるが、貸借対照表の資産と負債の純額である「純資産」に注目して評価するため、ストックアプローチ、ネットアセットアプローチとも呼ばれる。

・インカムアプローチ

インカムアプローチは、対象企業の将来の収益やキャッシュフローの予測を基に企業価値を算定する手法だ。インカムアプローチには「DCF法」「収益還元法」「配当還元法」などがあるが、それぞれ将来の収益を予測する観点が異なる。

簡単にまとめると、対象企業の価値を「株価」や「類似企業の価値」と比べて判断するのがマーケットアプローチ、対象企業の「現在の純資産」で価値を判断するのがコストアプローチ、対象企業が「将来手にすると予測される収益」を予測して価値を判断するのがインカムアプローチだ。

類似会社比較法(マルチプル法)と市場株価法

それぞれ解説していこう。

類似会社比較法とは

対象会社と事業内容が類似する上場企業の財務状況などを基準に、企業価値を評価する方法である。類似した上場企業の評価倍率(純資産や利益、EBITDAといった財務指標から算出される)を基に計算するため、マルチプル(倍数)法とも呼ばれる。マルチプル法は類似上場会社法、類似会社比較法、倍率法、乗数法とも呼ばれるが、すべて同じ意味である。代表的な計算方法に、「PBR法」「PER法」「EBITDA法」がある。

・PBR法

PBRは「Price Book-value Ratio」の略で、株価純資産倍率を意味する。株価を1株あたりの純資産額で割ることで倍率を計算する。例えば株価が2,000円で、1株あたり純資産(BPS)が1,400円であれば、その会社のPBRは約1.43倍(2,000/1,400)になる。PBRは、その会社の純資産に対して株価(実際のM&A価格)が割安かどうかがわかる指標であり、倍率が高ければ割高、低ければ割安と判断する。

一般的に、PBRの目安は1倍と言われている。会社の解散価値(会社の資産をすべて処分し、債務も弁済したあとに残る金額)を考えたときに、PBRが1倍であれば株価と純資産のバランスが取れていることになるからだ。PBRが1倍を下回るなら、M&Aの直後にその会社を清算したとしても利益が出るので、前向きにM&Aを考える、という判断もあるだろう。

・PER法

PERは「Price Earnings Ratio」の略で、株価収益率のことだ。PER法は、評価しようとする会社(評価対象会社)の株価が、その会社の1株あたりの当期純利益の何倍になっているかを計算し、それを類似する上場企業のPERと比較することで、評価対象会社の株価が割高か割安かを判定する方法だ。

PERは「株価/1株あたりの純利益(EPS)」で計算する。例えば株価が2,000円、1株あたり純利益が200円であれば、PERは10倍(2,000/200)になる。PERは投資回収年数と考えることもでき、この会社が同じ純利益を10年間出し続けることができるなら、投資は10年で回収できることになる。この計算を類似する上場企業でも行い、PERが10倍を上回るなら、PER10倍の会社は割安ということになる。

PERは株式投資を行う際にも、その株式銘柄が割安か割高かを判断する手法として使われる。他社と比して株価が割高であれば売りのタイミングを図り、割安であれば買い時と判断する。

・EBITDA法

EBITDAは「Earnings Before Interest, Taxes, Depreciation, and Amortization」の略で、「金利支払い前、税金支払い前、有形固定資産の減価償却費および無形固定資産の償却費控除前の利益」のことだ。

EBITDAの読み方は「イービット・ディーエー」や「イービッダー」が多いようだが、特に決まった読み方はない。

EBITDAは、利息や税金が引かれる前、また減価償却前の数値なので、利率や税率、減価償却方法の違いによる影響を最小限に抑えることができる評価方法だ。金利は融資元や借入額によって変動し、税率は国や制度によって異なる。減価償却費も、償却方法や耐用年数の概念が国ごとに異なる。EBITDAはこのような国や制度による影響を受けにくいので、比較対象がグローバル企業であっても適切に評価できるのだ。

実際の企業価値評価では、このEBITDAに対して企業価値を表すEV(Enterprise Value)が何倍になるかを表す「EV/EBITDA倍率」が使われることが多い。後半では、実際に「EV/EBITDA倍率」を使ってマーケットアプローチのシミュレーション(株式価値=譲渡価格の算出)を行う。

市場株価法

市場株価法とは、上場企業同士を比較する場合にのみ用いることができる評価方法だ。過去1~6ヵ月程度の平均株価を算出し、評価額として比較する。株式は、公開された市場で取引される客観性の高い指標と考えられるため、これを会社の公正な価値として比較の基準とするのだ。

この方法は、上場企業同士の合併比率や株式交換比率を算出する際に利用されることが多いが、出来高が極端に少ない銘柄や、値動きが不自然な銘柄は注意が必要だ。

マーケットアプローチのシミュレーション(EV/EBITDA倍率)

それでは架空の会社を想定し、EV/EBITDA倍率によるシミュレーションを行ってみよう。EBITDAは「税前利益+支払利息+減価償却費」で、EVは「株式価値+有利子負債-現預金」で算出できる。架空の企業は評価対象会社のA社と類似会社のB社で、設定は以下のとおりだ。

企業価値

このシミュレーションでは、類似会社のEV/EBITDA倍率を求め、評価対象会社の株式価値(譲渡価格)を算出する。 ※類似会社のEBITDAは90百万円に設定した。

  • B社の企業価値(EV)=株式価値400+有利子負債200-現預金150=450

  • B社のEV/EBITDA倍率=企業価値(EV)450÷EBITDA 90=5(倍)

  • A社のEBITDA=税引き前利益50+支払利息5+減価償却費15=70

  • A社の企業価値(EV)=EBITDA 70×EBITDA倍率5=350

  • A社の株式価値(譲渡価格)=A社の企業価値(EV)350+現預金160-有利子負債300=210

この計算で、A社の株式価値(譲渡価格)が2億1,000万円と算出できた。この金額が、M&Aの際の交渉価格になるわけだ。

マーケットアプローチのメリットとデメリット

マーケットアプローチのメリットとデメリットについて、整理しておこう。

メリット

  • 客観性が高い(株価やEBITDAなど公開された指標を利用するため)
  • 市場環境を織り込みやすい(市場の需要や傾向など)

デメリット

  • 株式市場の流れに左右されやすい(風評被害やインサイダー取引など)
  • 純利益は会計の方針や増資などの資本施策、特別損失などの影響を受けやすい

M&Aの際の評価方法としてマーケットアプローチを選択するかどうかは、メリット・デメリットを勘案して決めることになる。

算定の際はM&A仲介会社に相談を

実際にM&Aを行う際は、ここまで紹介してきたマーケットアプローチのような企業価値判断から始まるわけではない。通常、M&Aは以下のような手順で進められることが多い。マーケットアプローチは「3.相手企業との接触」の準備として行われるが、これらを自力で行うのは不可能といっても過言ではない。企業価値の算定・評価を含め、準備段階からM&A仲介会社に相談することをおすすめする。

1.事前準備

M&Aを行う目的の明確化。自社にとって必要なことと、どのような会社との連携(M&A)が必要かを明確にする。

2.アドバイザー選定

M&Aを専門とするアドバイザーと契約する。実際には、M&A仲介会社に相談することになる。

3.相手企業との接触(マーケットアプローチ実施)

アドバイザーと相談しながら候補を決め、相手企業と接触する。

4.秘密保持契約

相手企業の意思を確認したら、双方の会社情報を保護するために秘密保持契約を締結する。

5.情報開示(IM提示)

売り手側から、経営に関する詳細な情報開示を受ける。

6.基本合意書締結

M&Aの方法や買収価格などが書かれた基本合意書を締結する。

7.デューデリジェンス

買収監査。隠れた債務や他社との係争がないかなどを精査し、買収価格が適正かどうかも判断する。買収価格などに問題があれば、条件交渉を行う。

8.最終譲渡契約書の締結

最終的な合意に達したら、最終譲渡契約書を締結する。

9.PMI(Post Merger Integration)

実際の統合プロセス。経営統合(経営理念、経営戦略、マネジメントの統合)、業務統合(実際の業務、インフラ、人材、組織の統合)、意識統合(企業風土や社員の意識統合)を実施していく。

事業承継、M&Aには欠かせない企業価値の評価

情報開示(IM提示)やデューデリジェンスが進むにつれ、事前には見えなかった情報が明らかになることがある。良い情報が明らかになるのは歓迎できるが、そうでないことも多いのが現実だ。通常、企業価値の評価はM&Aや事業承継のターゲットを決める際に実施するが、純利益や株価が更新されるたびに評価をやり直すことが肝要だ。

文・長田小猛(ダリコーポレーション ライター)

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