経営者は事業を次世代に引き継ぐための方策を遅かれ早かれ考える時期が来ることになる。親族に引き継ぐ、社内の親族外の人間に引き継ぐ、事業売却など、事業承継の方法はさまざまだ。
今回は「信託」を事業承継に活用できるのか、活用する場合にはどのような方法があるのかを、信託法や信託の仕組みと共にお伝えする。
そもそも信託とは?仕組みを解説
信託は「信託法」によってその趣旨や定義が定められている。文字通り何らかの目的を達成するために第三者などに「信じて託す」ものである。
身近なものとして、自身の財産の運用を信託する「投資信託」もその一種である。信託法では信託を次のように定義づけている。
【信託法】
(定義)
第二条 この法律において「信託」とは、次条各号に掲げる方法のいずれかにより、特定の者が一定の目的に従い財産の管理又は処分及びその他の当該目的の達成のために必要な行為をすべきものとすることをいう。
第三条 信託は、次に掲げる方法のいずれかによってする。
一 特定の者との間で、当該特定の者に対し財産の譲渡、担保権の設定その他の財産の処分をする旨並びに当該特定の者が一定の目的に従い財産の管理又は処分及びその他の当該目的の達成のために必要な行為をすべき旨の契約(以下「信託契約」という。)を締結する方法。
二 特定の者に対し財産の譲渡、担保権の設定その他の財産の処分をする旨並びに当該特定の者が一定の目的に従い財産の管理又は処分及びその他の当該目的の達成のために必要な行為をすべき旨の遺言をする方法。
三 特定の者が一定の目的に従い自己の有する一定の財産の管理又は処分及びその他の当該目的の達成のために必要な行為を自らすべき旨の意思表示を公正証書その他の書面又は電磁的記録で当該目的、当該財産の特定に必要な事項その他の法務省令で定める事項を記載し又は記録したものによってする方法。(※信託法より一部抜粋)
つまり信託は、自己の保有している財産の管理・処分などを「特定の者との間で信託契約を締結する」「遺言」「一定の意思表示」といった3つの方法によって行うとしている。この方法によって信託する者を「委託者」という。
信託は自己の財産の管理・運用・処分などを信託する「委託者」の他に、委託者から信託をされて、財産の管理・運用・処分などを行う者も存在する。
第二条
5 この法律において「受託者」とは、信託行為の定めに従い、信託財産に属する財産の管理又は処分及びその他の信託の目的の達成のために必要な行為をすべき義務を負う者をいう。
この場合の受益者とは受託者が信託によって財産の管理・運用・処分等を行うことによる利益を得る者のことをいう。
6 この法律において「受益者」とは、受益権を有する者をいう。
7 この法律において「受益権」とは、信託行為に基づいて受託者が受益者に対し負う債務であって信託財産に属する財産の引渡しその他の信託財産に係る給付をすべきものに係る債権(以下「受益債権」という。)及びこれを確保するためにこの法律の規定に基づいて受託者その他の者に対し一定の行為を求めることができる権利をいう。(※信託法より一部抜粋)
このように信託は、委託者が信託行為によって信頼できる受託者に対して財産を移転し、受託者は委託者の設定した信託の目的などに基づき、受益者の利益のために信託財産の管理・運用・処分などを行うという制度である。
なお信託財産はその所有権が委託者から受託者に移転し受託者の名義となる。また信託財産は受託者自身の財産や他の信託財産と分けて管理されることになる。
主な信託の種類は?
信託は財産の属性や信託を行う目的・設定方法などによって主に次のように分類できる。
商事信託
商事信託とは信託銀行や信託会社などが受託者となり、営利目的で行う信託を指す。信託法とは別の「信託業法」などで監督されるため、資産管理などに対する信頼は高く、受託者が不正などを行うリスクも軽減できる。
一方で営利目的のため信託報酬などのコストがかかり、不動産など一定の財産の信託が行えないといったデメリットもある。また一定額以上の財産を信託する必要があり、財産が少額の場合には信託ができない場合もある。
民事信託
民事信託は家族や親族などが受託者となり、営利目的で行わない信託を指し「家族信託」とも呼ばれる。信託報酬などは自由に設定でき、一般的にコストは低くなる。金銭の他、不動産や自社株式などの財産も信託でき財産の規模も問わないため、信託の範囲が広い点もメリットとなる。
一方でふさわしい受託者が見つからない場合がある他、受託者の財産管理などの負担が大きくなる場合があることや、受託者の不正リスクが商事信託よりも高くなるなどはデメリットといえる。
他益信託
他益信託は委託者が受託者に財産を信託し、受託者は信託された財産の管理・運用などを行い、そこから生じた利益などを委託者とは別の受益者に渡す。
自益信託
一方で自益信託は委託者自らが受益者となり受託者から利益などを受け取るという仕組みである。他益信託は他の人のため、自益信託は自分のための信託だ。
このように信託にもさまざまな種類があるため、どのような財産を誰のために信託するのかによって使い分けていくことも可能だ。
どのように信託を事業承継に活用するのか?
では、この信託を事業承継にどう活用すれば良いのだろうか。ここでは信託を活用した事業承継の代表的なスキームをいくつかお伝えする。
遺言代用信託とは?
遺言代用信託とは、文字通り信託を遺言の代わりとして活用する方法である。
委託者が自身の財産を受託者に信託し、生存中は合わせて自身が受益者となり、相続発生後に配偶者・子などを受益者(第二受益者・帰属権利者)とすることをあらかじめ設定をしておくことで、自身の財産を希望する親族に承継していくことが可能となる。
このような形態で契約をする遺言代用信託は委託者が受益者となるため自益信託となる。この信託契約が遺言の代わりをする役割を果たすために遺言代用信託と呼ばれる。
例えば現経営者が保有している自社株式を、遺言代用信託を活用して承継することも可能となる。自社株式を信託財産として設定し信託契約を締結する。この場合の受託者は親族や信託銀行など、状況に応じて選定を行う。
・遺言代用信託の仕組み
現経営者が生存中は自らが受益者となり、現経営者死亡時には後継者が受益者・帰属権利者として自社株式を取得する旨を定めておく。これにより自社株式が分散することを防ぎ、現経営者が希望する後継者に確実に経営権を承継することが可能となる。
遺言代用信託の契約を行うと、委託者である現経営者は受託者に自社株式を交付する。議決権行使権を受託者、議決権指図権を現経営者が保有し、委託者は現経営者の指図に従って議決権を行使する。また受託者が配当金を受け取った場合には、委託者である現経営者に交付する。
このように信託契約を結ぶことによって、経営に対する現経営者の影響力は信託契約締結前と変化が生じることがない。
また相続が発生した場合には受託者は信託契約の内容に従って次の受益者・権利帰属者に定められた後継者に自社株式を交付し、信託契約が終了することになる。
・遺言代用信託によって相続するメリットは?
相続が発生すると、遺言や各相続人間の遺産分割協議などによって財産が相続されるが、その内容が決定されるまでは自社株式の相続人が決まらず経営に空白期間が生じてしまう場合がある。
一方で遺言代用信託では、現経営者が遺言として遺したい内容が契約を締結した時点から効力を発揮するので、現経営者が希望する事業承継の内容を明確にすることができ、相続発生後のトラブルを回避することも可能となる。
さらに遺言代用信託では、現経営者が認知症などによって業務が遂行できなくなった場合についても、契約時にそのような状況になった場合について設定しておくことで、その内容通りに契約が執行される。生前に自身に不測の事態が起きた場合についても現経営者の意向を反映させることが可能となる。
後継ぎ遺贈型受益者連続信託とは?
信託法では受益者が死亡した後、順次他の者を受益者として権利を取得させる旨を定めることができると規定されている。この信託契約の方法は「後継ぎ遺贈型受益者連続信託」と呼ばれている。
この後継ぎ遺贈型受益者連続信託を活用して、現経営者が数世代にわたって後継者を指定しておくことも可能となる。
例えば遺言の場合には、自身の保有する財産を配偶者・子などの相続人に自身の考えに基づき分割をして相続させることができるが、その財産を引き継いだ相続人に相続が発生した場合に、その財産を誰に相続・承継させるかということまでは拘束できない。
これに対して後継ぎ遺贈型受益者連続信託を活用すれば、自分が相続させたいと考える相続人に順次財産(受益権)を承継させる旨を設定することで、自身の死後の財産承継の方法を指定することが可能となる。
注意点としては、その信託契約が開始してから30年を経過したとき、それ以降に現存している受益者が受益権を取得した場合には、その受益者が死亡すると受益権は消滅する点である。
信託契約から30年を経過後では受益権の新たな承継は一度しか認められず、未来永劫受益権が存在するわけではない。
他の事業承継スキームと信託との違い
信託は主に遺言の代わりとして活用されることが多いが、遺言と違う点は現経営者が遺言として遺したい内容について、契約を締結した時点から効力が生じる点である。
また先にもお伝えした通り、遺言の執行の他、遺産分割協議の成立を待たずに、相続発生後速やかに後継者に事業承継できる点も大きな違いとなる。
後継ぎ遺贈型受益者連続信託のように、遺言では指定できない先の世代の事業承継の方法を生前に決めておくことができる点も遺言を含めた他の事業承継スキームとは違う。
なお自社株式については信託を活用することにより、会社の経営に必要な「議決権(経営権)」と配当などを受け取る権利である「受益権(財産権)」に分割し、それぞれを指定した受益者に取得させることも可能である。
例えば議決権は現経営者が引き続き保有し受益権を後継者に取得させて、相続発生後には後継者が議決権を含めて自社株式を取得させたり、会社の経営に必要な議決権は後継者へ、受益権を経営者の配偶者や被後継者となる他の相続人に取得させるということも可能となる。
信託を事業承継に活用する際の注意点
一方で信託を活用する際の注意点としては、他の事業承継対策と同様に後継者を含めた相続人間に不公平が生じないように考慮する点である。
事業承継を重視するあまり、自社株式など後継者が取得する財産によっては他の相続人の遺留分額を侵害する恐れがあるからだ。
また自益信託・他益信託の違いや信託契約の内容によって、相続税・贈与税・所得税などの課税関係が決まるため、事前にどのような税負担がいつの時点で発生するのかを確認しておく必要がある。
信託の受託者が注意すべき義務とは?
なお受託者には次のようなさまざまな義務が生じてくる。
受託者の注意義務
第二十九条 受託者は、信託の本旨に従い、信託事務を処理しなければならない。
2 受託者は、信託事務を処理するに当たっては、善良な管理者の注意をもって、これをしなければならない。ただし、信託行為に別段の定めがあるときは、その定めるところによる注意をもって、これをするものとする。(※信託法より一部抜粋)
これは信託契約に定められたその目的や委託者の意思・意図などを含めて信託の内容を遂行することを義務付けた「信託事務遂行義務」があるということだ。
また信託は委託者の財産を受託者名義に変更して管理をしていくため、受託者は自身の財産を管理する場合よりもさらに高度な注意をもって管理する「善管注意義務」がある。
忠実義務
第三十条 受託者は、受益者のため忠実に信託事務の処理その他の行為をしなければならない。(※信託法より一部抜粋)
これは「忠実義務」と呼ばれているもので、受託者は受益者利益のために常に忠実にさまざまな行為を行わなければならないとしている。具体的には信託法の第三十一条で「利益相反行為の制限」、第三十二条で「競合行為の禁止」を定めている。
公平義務
第三十三条 受益者が二人以上ある信託においては、受託者は、受益者のために公平にその職務を行わなければならない。(※信託法より一部抜粋)
これは「公平義務」と呼ばれているもので、信託契約に受益者が複数いる場合には、受託者は各受益者を公平に扱わなければならないとしている。
分別管理義務
第三十四条 受託者は、信託財産に属する財産と固有財産及び他の信託の信託財産に属する財産とを、次の各号に掲げる財産の区分に応じ、当該各号に定める方法により、分別して管理しなければならない。ただし、分別して管理する方法について、信託行為に別段の定めがあるときは、その定めるところによる。(※信託法より一部抜粋)
これは受託者には自身が所有している財産と信託財産とを分別して管理しなければならない「分別管理義務」があるということだ。
信託事務の処理の状況についての報告義務
第三十六条 委託者又は受益者は、受託者に対し、信託事務の処理の状況並びに信託財産に属する財産及び信託財産責任負担債務の状況について報告を求めることができる。
(帳簿等の作成等、報告及び保存の義務)
第三十七条 受託者は、信託事務に関する計算並びに信託財産に属する財産及び信託財産責任負担債務の状況を明らかにするため、法務省令で定めるところにより、信託財産に係る帳簿その他の書類又は電磁的記録を作成しなければならない。(※信託法より一部抜粋)
これは受託者が受益者に求められた場合には、信託事務の処理状況・信託財産に属する財産または信託財産責任負担債務の状況について報告をする「報告義務」、信託財産に係る帳簿を作成する「帳簿作成義務」があるということだ。
受託者については信託銀行や親族などを設定できるが、先にお伝えした後継ぎ遺贈型受益者連続信託の場合には契約が長期間にわたるケースが想定され、加えて専門的な知識が必要となる。
個人で適任者が見つからない場合には、信託銀行などを受託者として設定するわけだが、その場合には一定額の財産が必要となり、信託契約における費用が発生する。専門家に判断を仰ぐことはもちろん、各所と連携をしながら進めていくことが不可欠となるだろう。
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文・THE OWNER編集部