コロナでも絶好調の梅商品~在宅にうれしい味わい
梅と砂糖を入れて「梅シロップ」を作るキットがある。1週間漬け込み、梅の旨味がたっぷり染み出したシロップを炭酸で割る。インスタ映えする梅シロップとして、家で楽しむ人が続出しているという。仕掛けたのは梅酒で知られるチョーヤ梅酒だ。
またチョーヤは今年6月、神奈川県に家飲み需要に応える新たなスポット「蝶矢」鎌倉店をオープンさせた。そこで見せてくれたのは大きな完熟の梅。子供連れにも梅のおいしさを楽しんでもらうため、「梅シロップソーダ割り」(540円)など、アルコールの入っていないさまざまな味の梅ドリンクを提供している。
店内で行われているのが、おいしい梅ドリンクを作る体験教室(1100円~、お酒別売り)。作り方はいたって簡単。さまざまな品種の梅と砂糖から好きな組み合わせを選んで、瓶の中に綺麗に詰めていくだけ。1週間待つと、砂糖が溶けておいしい梅シロップが完成する。ここに、ウォッカやラムを加えておけば、自分好みの梅酒も作ることができるのだ。
チョーヤは今、そんな商品で家飲み需要をつかみ絶好調。小売店での売り上げは20%も伸びているという。
梅を武器にした商品は思った以上に斬新なものだった。「ザ・チョーヤ クラフトフルーツ」(1320円)は、裏ごしした梅の果肉をふんだんに使った驚くほどフルーティーな梅酒だという。全部オーガニックでできている世界初の梅酒「ザ・チョーヤ 大地の梅」(1570円)も。子供が喜ぶのはかき氷用に開発したのは濃厚な「ザ・チョーヤ 至極の梅シロップ」(1080円)。爽やかな酸味が人気だ。
ユニークなのは商品開発だけではない。CMでは梅酒に冷凍フルーツを入れ、フレッシュな味わいを楽しむ斬新な飲み方を提案するという。
今や300社を超える飲料メーカーが乱立し、熾烈な競争を繰り広げる梅酒市場。チョーヤは他にない商品を武器にシェアの3割を占め、トップに君臨し続けている。若者の酒離れもものともせず業績を伸ばす、最強の梅企業なのだ。
その本社大阪市内から車で1時間かかる羽曳野市。ユニークな商品を次々と生み出す開発部隊の取材を申し込むと、案内されたのはいささか寂しげな部屋。商品開発担当・長谷川豪宏は「商品の中身を作っているのは2人」と言う。
チョーヤは全社員を合わせても130人。誰もが知る企業にしては意外なほど小さい。 「我々は本当に小さな会社、大手さんと比べると1000分の1ぐらいの規模じゃないですか」と、社長の金銅重弘は言う。
「規模は1000分の1」~それでも大手に勝つ理由
なぜここまで小さなチョーヤが大手に勝つことができるのか。その象徴ともいえる場所が東京・銀座にある。金銅が去年オープンしたおしゃれな雰囲気の「The CHOYA銀座BAR」だ。
主役は「サバの洋風炊き込みごはん燻製梅添え」(1210円)などのおいしい梅の創作料理。他にない梅酒カクテルも。冷たい完熟梅が夏にぴったりの「ザ・チョーヤソニック」(858円)は「瞬間冷凍した梅をぽんと浮かべた」(金銅)。「梅煙香」(1298円)は梅酒を煙で燻して香り付け、燻製の香りが鼻を抜ける魅惑の一杯だ。
「どのように梅を味わえるか、どんなバラエティがあるか、これからまだまだいろいろ提供させていただけると思います」(金銅)
チョーヤは梅一本に集中し、多彩な味わいを展開することで、他の追随を許さない。
もう一つの大手に負けない秘密が、梅づくりへのこだわりにある。チョーヤが使う梅のほとんどは最高級の紀州産南高梅。しかも農家にお願いして、落ちる直前まで完熟させ、丁寧に手もぎで収穫している。和歌山・田辺市の梅農家・大谷隆文さんは「木で完熟させてちょうどいいものを採っている。完熟にかなうものはありません」と言う。
取引する生産者は実に5000軒。チョーヤは梅を買い上げる量が日本一多い企業。そんなチョーヤのためだからこそ、農家も手間のかかる梅づくりに励んでくれるのだ。
「ほとんどがチョーヤに。安定的に買ってくれるのが一番の魅力です」(大谷さん)
三重・伊賀市のチョーヤ梅酒伊賀上野工場。工場の中にそびえるのは、農家から届いた梅を漬ける巨大なタンク。10万リットルの梅酒を作れるタンクが120基もあるという。
「梅と砂糖と酒で漬け込んでいる、他は何も入っていません」(工場長・飯田雅弘)
実は今売られている梅酒には、さまざまな成分を加えて梅の味を作りだしているものも少なくない。特に酸味料は、低コストで梅の酸っぱさを出すため広く使われている。チョーヤは梅の爽やかな酸味を梅の実だけを使って出すことにこだわり、客をつかんでいるのだ。
「キーポイントは梅。梅の成分をどうやって中に封じ込めるか。自然な素材以外は使わないという考え方です。人工的なものは一切使わない。それが我々を貫く考え方です」(金銅)
一方、チョーヤの梅酒作りは手間暇もかけている。ある部屋で行われていたのは、梅のヘタを取る作業。苦味の元になるため、ひとつひとつ手作業で取り除いていく。さらに砂糖の加え方にも手間をかける。味わいに大きな違いが出る。「数回に分けて浸透圧を徐々に上げて、じっくりと梅の味わいを引き出すことができる」と言う。
原材料費や手間はかかるが、どこよりも本物の梅の味にこだわることで、大手に勝つ梅酒を生み出しているのだ。
チョーヤの財産とも言えるのが、保有するさまざまな熟成期間の梅酒だ。そんな梅の研究を極める中で生み出したヒット商品が、ブランデーのような「ザ・チョーヤ」シリーズ。そこには「本格梅酒」の文字が。チョーヤでは、酸味料などが入った他社の商品と区別するため、梅と砂糖とお酒だけで作る梅酒を「本格梅酒」と名付け、豊富に含まれている梅の量まで表記している。
金銅は、徹底的に梅を極めることで、ライバルを寄せつけないオンリーワンの商品を目指しているという。
「梅酒ではなく、チョーヤという名前で呼んで商品を買っていただきたい。もっと梅酒を進化させたい」(金銅)
なぜワインから「梅酒の王者」に~ゼロから新市場3兄弟物語
羽曳野市の特産品といえばブドウ。羽曳野などの産地がある大阪は、かつてブドウ生産量日本一を誇った。戦後、他県のブドウが全国的に流通し、衰退していくのだが、そんな羽曳野のブドウ農家の一人だったのが、チョーヤの創業者・金銅住太郎だ。チョーヤはもともとワインメーカーとして創業した。
しかし、ワイン造りを一変させる出来事が起きる。1957年、60歳を機に息子たちへ経営を託し引退を決めた住太郎。最後に、かねてからの夢だったワインの本場、フランス・ボルドーへ旅行に出かける。見学で訪れたあるワイン農場で住太郎は衝撃を受ける。
「ボルドーワインは自分たちの造っているワインより品質が高く、コストは安い」(金銅)
ワインが自由に輸入される時代になれば、チョーヤはひとたまりもない。住太郎は考え続け、全く新たな商品作りを思いつく。当時、多くの家庭で作られていた梅酒だった。
「梅酒は日本独特のもので消費者に喜んで飲んでいただける。今は家庭で作るが、将来はいけるのではないか。引き継いでくれる3人の息子がいたことが、そう決断させた最大のポイントだと思います」(金銅)
住太郎の意を受け、3人の息子、2代目社長の和夫、製造担当・信之、営業担当・幸夫は最初の梅酒を開発する。しかしそれは3人にとって、長い格闘の始まりだった。
最初の梅酒からつまずいた。梅酒には梅の実が入っているのが当たり前。それがないチョーヤの商品は偽物と思われた。早速、商品に梅の実を入れようと考え、金銅兄弟は酒の販売免許を所轄する国税局を訪ねる。すると、担当の酒類指導官に「お酒の中に異物を入れることは認められていません」と言われた。
和夫たちは辛抱強く交渉し、なんとか商品に梅を入れる許可をとりつけた。しかし、末っ子の幸夫が必死で営業に回るが、当時、最大の取り扱い先だった酒屋は「梅酒は家で作るもの。家にあるものを買う客はいない」と、扱ってくれない。
「当時の酒屋さんは清酒、ビール、焼酎で99%稼いでいたと思います。梅酒は置いておく価値がない商品だったと思います」(金銅)
それでも金銅兄弟は梅酒を諦めなかった。そして販売から約10年。わらにもすがる思いで、小さなメーカーとしては考えられない資金でコマーシャルを打ち始める。
会社の存亡をかけた挑戦を続ける中、時代は核家族化へ。梅酒を作らない家庭の増加が市場を徐々に拡大していった。
「時代の流れで、梅酒も買おうという流れができたことが一番大きいと思います」(金銅)
チョーヤが切り開いた梅酒市場は、1990年代には一気に競合が参入。酸味料を使った低価格の商品が売り場に溢れるようになる。
「営業マンからすると値段の差が倍ぐらいある。だから売れない、儲からない」(金銅)
売り上げが落ちこむ中、3代目社長となっていた信之に、社員から「酸味料などを使ってもっと安上がりに作れるものを」という声もあがった。だが信之は、「勝って生き残るには、他と同じところに行かないほうがいい。我々だけがおいしい梅酒にこだわり抜いたから、ここまで来れたのではないか」と言った。
以後、チョーヤは姿を消しつつあった家庭の梅酒の味わいを守るべく、昔ながらの製法で戦い、生き残った。ボルドーの光景を見た住太郎が息子たちに未来を託してから40年が過ぎていた。
弱小営業がヒット連発~秘密は真夜中の社長室に
今、累計販売1億本の大ヒットとなっているのが、ノンアルコールでもおいしい「酔わないウメッシュ(153円)」。品質管理室・仁宮祥太は「アルコールが苦手な人もいらっしゃるので、梅酒の味を広く伝えるためにノンアルコールを発売しました」と言う。
味の秘密は、お酒を使わないと引き出しにくい梅の種に含まれる成分。これを独自技術で抽出に成功したのだ。
「より梅酒らしい風味に近づけるため、マイクロ粉末製法を開発しました」(仁宮)
チョーヤが大手に勝つヒットを飛ばせる秘密は、その少人数すぎる営業部隊にあった。
埼玉・川越市の「ヤオコー」本社。チョーヤの営業マンがちょっと変わった商品の営業に回っていた。家飲み需要を狙った一押しの商品。梅で造ったワイン「チョーヤ アイスヌーボー氷熟梅ワイン」。「自然落下して完熟して落ちた梅を凍らせて熟度を高めている」と言う。バイヤーの斉藤弘樹さんから「すっきりしてるフレーバー。梅はチューハイだけでなくワインでも楽しめるということを、こうしたワインを通して広めていきたい」という評価を得た。
新たなジャンルの売り込みがうまくいきホッとする営業マン。だが彼らには悩みがあった。「他社メーカーが1人で担当する数よりも多く担当しているので、新しい開拓をしたいが正直、まだ手が回らない」と言うのだ。
チョーヤは営業マンの数が極端に少ないのだ。それをどう補っているのか。その秘密が、「総員セールスマン」という言葉にある。
「人数が少ない会社なので、全員がセールスマンの気持ちで商品を売って欲しいと」(金銅)
それは「全社員が営業」という考え方。実際、販売先との会議を覗いてみると、新商品を売り込んでいたのは、商品開発の長谷川豪宏。もう1人は広報担当の森田英幸だった。
営業に参加することでさまざまなメリットもあるという。
「売るにはどういう難しさがあるか、知ることができる。そこを含めた中で商品開発ができるのが、少人数ならでは」(長谷川)
深夜12時の社長室をのぞくと、金銅自らアメリカとの営業会議を行っていた。海外の営業を担当しているのは社長の金銅なのだ。
「アメリカもヨーロッパも全部自分で訪問していた。私1人しかいなかった」(金銅)
おいしい梅酒を作り、社長も含めて全社員で売る。そんなチョーヤ流で挑んだ海外市場は、今や売り上げの3割を占めるまでに成長している。
日本一梅を買い取る会社~農家との普通じゃない関係
この日、和歌山の山中を進む1台の車が。梅の仕入れを担当するチョーヤの有福昇だ。訪ねたのはチョーヤ向けの梅を作っている農家の前田謙さん。土作りにこだわり、梅の有機栽培に取り組んでいる。除草剤は一切使わず、全て手作業で草刈り。さらに、畑にまく堆肥は自分で手作りしたものだ。
「ヌカとカニと魚粕、発酵させるために糖蜜を若干入れる、自然に作れば味もよくなる」(前田さん)
「機会があったら堆肥作りに参加させてください」(有福)
最高の梅を作るため、チョーヤでは地元の農家や農協に学び、そのノウハウをもとに新たな商品作りを行ってきたという。例えば世界初のオーガニック梅酒も農家と土作りから始めて作ったものだ。
JA紀南の山本二郎さんにチョーヤとの関係を聞いてみると「親戚だと言っていただいている。切っても切れない関係です」と言う。
ブドウ農家から始まったチョーヤ、生産者との独自の関係がものづくりを支える。
~村上龍の編集後記~
チョーヤ=蝶矢の由来は、創業の地、大阪府羽曳野市の山に、万葉時代から生息する「蝶」、それに付近で採取された石器時代の「矢じり」にある。創業者・金銅住太郎の発案だが、蝶と矢という言葉の選び方は特別だ。関連がなく、シュールで、だがある種の調和がある。そういう人が、梅酒を造った。
1959年から製造開始、だが売れない。売れ出すのは1980年頃だった。その間、チョーヤは梅酒を造り続けたが、退社する社員も出た。最後は梅酒を信じる社員だけが残った。蝶と矢、これほど本物の梅酒を象徴する言葉はない。
<出演者略歴>
金銅重弘(こんどう・しげひろ)1954年、大阪府生まれ。1979年、和歌山大学経済学部卒業後、シャープ入社。1983年、蝶矢洋酒醸造(現チョーヤ梅酒入社)。2007年、社長就任。
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