

会社経営において、現金以外で代金を受け取る「手形」があるが、現金化までに時間を要する。資金繰りの悪化要因にもなる手形を短期間で資金化する方法には、手形の裏書と割引がある。ここでは、手形の裏書の特徴や実施方法、手形の裏書のメリットやデメリットについても説明する。
目次
手形は決済日までの経営負担が大きい
手形は、振出日から支払い期限まで保有し続け、支払い期限が来た時点で換金することとなっているが、以下のような観点から、事業運営に少なからず影響を及ぼす恐れがある。
手形サイトの期間が長くなりがち
手形が決済されるまでの期間は、比較長期間になりやすい。
少し前のデータになるが、2018年度に中小企業庁が手形のサイト(振出日から支払い期日までの期間)について調査を行ったところ、大半の業種が90日から120日であった。すなわち、手形を受け取ってから3ヵ月から4ヵ月後でなければ現金化できていないという現状がある。
現在ではあまり見ないと思われるが、台風手形、お産手形なる言葉もある。台風手形は手形サイトが7ヵ月、お産手形は手形サイトが10ヵ月のものを指しており、かつては支払いまでの期間が長い手形もあったことが伺える。
保管コストがかかる
手形を受け取ってから現金化するまでに3ヵ月から4ヵ月かかるということは、その期間中、手形を保管し続けなければならないことになる。
手形は紙幣とは違い、金額が数百万円にのぼる金額となることが多く、紛失や窃盗にあったときの被害は1枚といえども大きい。
そのため、手形の保管に関しては、自身で金庫を購入して保管したり金融機関に保管してもらうなどの対応を取ることになるため、保管コストがかかることになる。
資金繰りが悪化しやすい
手形は、支払い期日が来た時点で資金化をするため、3ヵ月から4ヵ月の間はそのまま保存しておかなければならない。
手形を保管している間は現金が全く入らないことになるので、資金繰りが悪化することになる。
手形の裏書とは?
手形を早めに資金化する方法として「手形の裏書」がある。手形の裏書とは、手形を第三者に支払いの手段として譲渡することによって、資金化を図る手段である。
ここでは、手形の裏書の方法とメリット・デメリットについて説明する。
手形の裏書の方法
手形の譲渡人と受取人との間で手形の授受について合意が得られたら、手形の裏書を行った上で手形を譲渡する。
その際に、手形の裏面に、「表記金額を下記裏書人または指図人へお支払いください」と書かれている欄があるので下記の項目を記入した上で、押印する。
・個人の場合:氏名、住所、屋号
・法人の場合:社名、住所、代表者の肩書と氏名
また、必須ではないが、「被裏書人」を記載する欄には、次に手形を受け取る人の名前を記入する。
手形の裏書の注意点
手形の裏書きを行って手形を譲渡したとしても、万が一その手形が不渡りになった場合は、手形の当初の振出人に成り代わって金銭の支払いをしなければならない。手形を他人に渡したとしても、全く支払い義務がなくなるわけではなく、手形が無事に換金されるまでは責任を負うことになる。
また、裏書きする際には、先程記載した氏名などの記載事項以外の余計な事項については、記入してはならない。もし、余計な記載や不備があったり、押印が鮮明でないなどの場合は、手形そのものが無効になることがある。
手形の管理上の注意点ではないが、裏書きして決済されていない手形が期末時点で残っている場合は、決算書に注記する必要がある。
裏書のメリット
手形を裏書きすることのメリットは、手数料無しで実質的に資金化できる点である。
手形を資金化する方法には、手形を銀行などに売却して現金化する「手形割引」があるが、売却の際に手数料が取られる。その反面、裏書の場合はそのまま譲渡するので、額面通りの金額を手数料無しで決済することができる。
裏書のデメリット
手形を裏書きする場合のデメリットの一つは、不渡りになった場合に、振出人に成り代わって取引相手に金銭を支払う義務が生じる点であり、譲渡後も手形が決済されるまで責任を負い続ける事である。
また、手形を裏書きする際には、手形の金額全額を譲渡する必要があるため、手形の券面額を変更して一部だけ譲渡することはできない。手形の金額が大きな場合は、裏書きして取引先に渡すことができない場合が出てくる。
手形の裏書譲渡の仕訳方法は?
手形を裏書きして譲渡した場合、会計上はその事実を反映させる必要がある。会社によって仕訳の方法が多様であるので、複数通りの説明をする。
ここでは、仕入の代金として、手元にある100,000の手形を渡す場合を考える。
(1)通常の場合
ほとんどの会社で使われている手形の裏書譲渡の仕訳方法である。
①100,000の仕入れを行い、代金として手形を渡すとき
借方 | 貸方 |
仕入:100,000 | 受取手形:100,000 |
②裏書きした手形が無事に決済されたとき
仕訳なし
③裏書きした手形が不渡りになり、振込で決済した場合
借方 | 貸方 |
不渡手形:100,000 | 現金預金:100,000 |
(2)裏書手形勘定を用いる時(評価勘定法)
会社によっては、帳簿や会計ソフト上でも裏書譲渡した手形の管理を行うべく「裏書手形勘定」を用いているところもある。
①100,000の仕入れを行い、代金として手形を渡すとき
借方 | 貸方 |
仕入:100,000 | 裏書手形:100,000 |
②裏書きした手形が無事に決済されたとき
借方 | 貸方 |
裏書手形:100,000 | 受取手形:100,000 |
③裏書きした手形が不渡りになり、振込で決済した場合
借方 | 貸方 |
不渡手形:100,000 | 受取手形:100,000 |
裏書手形:100,000 | 現金預金:100,000 |
(3)手形裏書義務、手形裏書義務見返の2つの勘定を用いる方法(対照勘定法)
帳簿や会計ソフト上で手形の管理を行う場合、「手形裏書義務」「手形裏書義務見返」の2つの勘定を用いる方法もある。これは帳簿上に現在手元にある手形と裏書に回した手形の療法がわかる利点がある。
①100,000の仕入れを行い、代金として手形を渡すとき
借方 | 貸方 |
仕入:100,000 | 受取手形:100,000 |
手形裏書義務見返:100,000 | 手形裏書義務:100,000 |
②裏書きした手形が無事に決済されたとき
借方 | 貸方 |
手形裏書義務:100,000 | 手形裏書義務見返:100,000 |
③裏書きした手形が不渡りになり、振込で決済した場合
借方 | 貸方 |
不渡手形:100,000 | 現金預金:100,000 |
手形裏書義務見返:100,000 | 手形裏書義務見返:100,000 |
でんさい(電子記録債権)とは?
紙の手形に代わる債権として、「でんさい(電子記録債権)」が注目されている。ここでは、でんさいの仕組みや裏書の方法、でんさいのメリットやデメリットについて説明する。
でんさいの仕組み
でんさいとは、全国銀行協会が設立した「でんさいネット(株式会社全銀電子債権ネットワーク)」が取り扱う、電子記録債権のことである。
電子記録債権は、従来紙で取り扱ってきた手形などの記録を電子記録に置き換えることによって、手形の保管や盗難・紛失等にかかるコストを軽減することを可能としている。
でんさいの裏書の方法
でんさいを利用するには、振り出す側と受け取る側(裏書であっても)の双方がでんさいを利用できる環境にあることが必要であるため、お互いがでんさいネットに利用の申込みをした上で、でんさいを利用できる環境を整えなければならない。
受け取った電子債権を裏書に回す際は、各金融機関のサイトや利用しているソフトウェアの指示に従って裏書に回すことになる。
なお、会計の仕訳については紙の手形を裏書に回す場合と同じである。
でんさいの裏書のメリット
でんさいを裏書譲渡する場合は、紙の手形にはないメリットがある。
まず、裏書譲渡する際のコストが軽減されていることがある。紙の手形を譲渡する場合は、手渡しする場合を除いて手形を書留で郵送することになるが、でんさいの裏書は電子取引であるため郵送のコストがかからない。
また、紙の手形では費用の一部分のみの裏書ができないが、でんさいでは一部分のみの裏書も可能となる。
でんさいの裏書のデメリット
紙の手形にはないメリットがあるでんさいであるが、デメリットもある。
まず、譲渡する側と譲り受ける側の双方が、でんさいを受け入れる体制を整えなければならないため、ネット環境や設備などを整えるための初期費用がかかる。
また、紙の手形とは違い、裏書などをするたびに別途手数料がかかることもデメリットの一つとしてあげられる。紙の手形の場合裏書きするときは単に記載事項を書いて渡すのみであるため、手数料を支払うことなくできたが、でんさいの場合はそうではない。
手形割引とは?
裏書以外に手形を決済日前に現金化する方法として、手形割引がある。ここでは、手形割引の仕組みや、メリット・デメリットについて説明する。
手形割引の仕組み
手形割引は、支払い期日前に、銀行などの金融機関やノンバンクなどに手形を売却して資金化することである。
手形裏書と異なる点は、支払いの手段に充てなくても済むことや、手形を渡す相手に確認することなく、手形を渡すことができる点がある。
手形割引のメリット
手形割引のメリットとして上げられるのが、すぐに現金に換金できる点である。
手形裏書を行う際には相手方の了承が必要であるが、手形割引の場合は、相手先の信用度にもよるが、金融機関等は基本的に引き受けてもらえるため、資金化の難易度は裏書よりも低い。
手形割引のデメリット
手形割引のデメリットは、手形を割り引いたときに手数料が発生する点がある。
手形の譲渡を行う側の信用度や手形の決済までの期間によって手形割引の手数料は異なり、手形の額面から手数料分を差し引いた金額が支払われることになる。
手形を賢く使ってキャッシュフローを安定させよう
手形の資金化の手法としての裏書について説明してきた。手形は資金繰りの悪化を招きやすく、手数料などがかからない裏書は、手形割引を行う前に検討してほしい手形の資金化手法である。
ただ、手形の裏書を行っても、不渡りが起こった場合は支払い責務が発生する。裏書を行った際にも、資金繰りには注意が必要である。
従来の紙の手形による裏書よりも比較的メリットが多い「でんさい」の裏書についても、その仕組みを理解した上で利用を検討して欲しい。
文・中川崇(公認会計士・税理士)