全国金融M&A研究会が主催する「2020年M&Aバンクオブザイヤー」の受賞行を取り上げる企画の第一弾。

日本全国の地域金融機関でM&Aや事業承継を担当されている行員(BANKER)に各行の取り組みや銀行のカラー、地域の事業承継事情など他行への参考になる情報をインタビュー。

第一回目は、優良なディールを達成した銀行に授与される「ディールオブザイヤー」を受賞した名古屋銀行のM&A担当、名古屋銀行 法人営業部 法人コンサルティンググループ副業務役の西野 洋平氏、同じく、法人コンサルティンググループ係長の塩澤圭一氏にインタビューした。

愛知県のM&A事情

BANKERS
法人コンサルティンググループ副業務役の西野 洋平氏(左) 、係長の塩澤圭一氏(右)

――愛知県は全国でも製造業を営む事業者、従事者がトップクラスで多い都道府県です。製造業界に今回のコロナショックはどのような影響をもたらしたのでしょうか?

西野:影響は当然ありました。 今回のコロナウィルスでは全世界での製造ストップ、国内外の移動自粛、需要の縮小などの影響を受け、まずはメーカーから順に影響が出始めました。中堅・中小企業へ影響が出たのは4月頃だったと記憶しています。

ただ、メーカーが今後の方針を発表したということもあって、中小企業様の間では、年内には元に戻るのではないかという見解もでてきています。

もちろん、100%戻るとまでは、想定されていませんが。回復の兆しを見せ始めるのが年内ぐらいではないか。そんなイメージです。

――日本M&Aセンターではこのコロナショックによってお問い合わせが急増したという話もありました。

西野: 第三者承継、M&Aで言いますと、事業承継を考えるきっかけにはなっていると思います。ここ最近では相談件数が増加してきています。

世間はもっと相談件数が増加すると予想していたと思いますが、政府や金融機関から補助金や融資が下りたため、まず、今をどうするかというのを考えているのかなという風に思います。

今後、経済が立ち直ってきた段階で経営者様がようやく将来について考えることができる状況になった時に、より事業継承に関する相談が増えてくるのかなと考えています。

――日本M&Aセンターが広めている「パートナー戦略」についてはいかがでしょうか?

西野:製造業に関して申し上げますと、今回のコロナショックで弊行のお取引先企業のほとんどが非常に大きな打撃を受けました。

そういった中で、今後の発展というよりも、現状をどう持ち直すのかに重きを置かれている会社が多いように感じます。

もちろん、それを受けて我々も事業継承だけではなく成長戦略的なM&Aもお手伝いしていきたいと考え、働きかけを行っております。

塩澤: ただ、どうしても現時点(2020年6月時点)では、どの経営者様も緊急事態、コロナへの対応に追われている、そちらが優先してしまっているのが現状です。

コロナで経済の動き、人の動き、働き方が大きく変わったことによって、経営者も今までよりも慎重になっている。実際にそういう意見もあります。ただ、コロナショック前から成長戦略が明確な買収側のニーズは、より一層強くなった印象ですね。こういった不測の事態が起こり得るからこそ、今のうちに商圏を拡大したい。事業領域を拡大しておきたい。新たな事業の柱をつくっておきたい。そういった危機感を持たれた企業からのご相談、お問い合わせは以前に増して増えています。

――愛知県の経営者と言いますと「現金主義」に代表される県民性があるように感じるのですが、M&A、事業承継についてはいかがでしょうか?

西野: 堅実な方が多いことは間違いないと思います。

塩澤: そうですね。堅実な方が多い気がします。 特に三河方面の経営者・企業はそういった気質があるかもしれません。これには県民性以外にも理由があると思っていて、例えば、自動車産業で有名な豊田市では、場合によっては豊田市内など三河エリアの中だけで商いが完結してしまったりもする。県外はおろか名古屋まで取引を広げる必要がない。サプライチェーンの中で、適正な規模、人員で事業が成り立ち、上手く回っているのであれば、身の丈を超えるリスクを敢えて負う必要がないんです。

また、経営も同族、一族で行いたい。そういった想いも強いと感じます。 特に自分で事業を興した方は「最後まで経営を自分の手でやる」という気概をお持ちで責任感の強い方が多いです。私は他府県の経営者の方とも会う機会が多いですし、実際に今まで静岡や大阪など県外に住んでいたこともありますが、そのように感じます。

西野: 恐らく、一族経営に関係していると思うのですが、第三者への事業承継を具体的に考えることができない方が多いのだと思います。 「子供、一族には経営の資質がない」とはいうものの、やはり子供に会社を継いでほしい、第三者に譲るのには抵抗がある。という方が多いと思います。

――なるほど、会社を第三者に承継することについての抵抗感が強いのでしょうか?

西野: 愛知県の会社は、財務内容の良い企業が多く、経営者の方は自分の会社に自信を持っている方が多いです。 また、先ほど申し上げた通り、昔から代々同族で会社を経営している企業が多いです。そういった事情から世間体を気にされる方が多いように感じます。

塩澤: 人の目を気にされる方は多いと思います。どこどこが譲渡した、M&Aを行ったとなると、業界、知人の間で一気に広まりますから。

また反面、M&Aの話、事業承継の話というのを、そういった噂話でしか聞いていないのに、M&Aについて苦手意識やマイナスイメージを持たれている経営者もまだまだ多くいらっしゃいます。そこで、我々が地元の銀行として、接点を多く持って、お客様に働きかける。「相談に乗る」「情報提供をする」「一緒になって考える」こういった役割を果たすことが重要だと思います。  

――狭いコミュニティーの中で普段からお付き合いのある地銀さんにM&Aのご相談、事業承継のご相談ができるっていうのは、結構大きいのでしょうか?

西野: やはり日々の営業活動で人間関係ができているのは大きいですね。とあるお客さんに我々とコンサルさんとお伺いし、打合せをしているときに、銀行側を向いて話をしてくる方も少なくありません。そういう意味では、信頼されているのかなと。

また、製造業のお客様が多いので、昔から取引が続いている会社が多い。そうなると、景気のいい時も悪い時も一緒に乗り越えた企業と銀行とのお付き合いは必然的に濃くなりますよね。

愛知県の地域創生について

BANKERS

――愛知県は第一地銀がないエリアで、元々東海銀行(UFJ銀行)があった地域です。そういった中で、地元のお客さんを取り込んでいる名古屋銀行は顧客基盤が強い。そういった銀行が事業承継に本腰を入れて取り組んでいるので、素地がかなり強いと思います。

西野: やはりキーワードが「地元」でないといけない思うんですね。

やっぱり会社が存続していくということは経営者のみならず、従業員さんの雇用も継続していくことが地域に歓迎されますし。あとはサプライチェーンも維持していかないといけません。

そういったことを考えると、地域を活性化することがお取引先の企業さんもそこの従業員さんも幸せになって。回り回って銀行にも帰ってくるので景気がもっと良くなる。

そういった環境ができればいいと思っていつも働いています。

塩澤: そうですね。この愛知県のあるエリアは、東京と大阪の間に位置して、人口も多く、産業があります。これからリニアが開通して、これからもっと活気が出ると期待していて、地元の銀行としても一緒に盛り上げていきたい。

地元にできる恩返しとして心掛けてることなんですが、会社とオーナーを見て5年後10年後を考えた時に、じゃあ今のうちに、これこれこういう準備をやっておかないといけない、こういうことをやっていく必要がある。そういったことを意識してお客様に提案してきました。先程も申し上げましたが、やっぱりそれって普段から接点の多い「地元の銀行」だからこそできると思うんです。

M&Aについても同様で、お金をどうするのか、どうしたら後継者が育成できるのか、会社を成長させるためにはどういう人材が必要なのか…などなど。長期的な目線で考えるようにお話しています。

――銀行全体の取り組みとしてはいかがでしょうか?

西野:相談件数は増加してきています。M&Aをもっと身近なものにして、組織のM&A知識をボトムアップしたいと思っています。銀行とういう立場だと、お客様に第三者承継(M&A)の話を切り出しにくいことが多々あります。

いきなり、M&Aの話をするということはありません。引退を考えている経営者に親族承継、従業員承継、第三者承継の3つの事業承継手法ののうち、どの方法を選択するかを議論する。その話の中でM&Aという選択肢を提示することが多いです。

ただ、先ほど申し上げた通り、基本的にはどの経営者の方も親族に経営を引き継ぎたいと考えている。そういった経営者の方に対して、きちんと事業承継の知識を持って、最適な方法を提案することが必要だと考えます。 全営業マンが事業承継の話をお客様と膝を付け合わせて話ができるようになって欲しいです。 そのためにも、今まで以上に現場(支店)との距離をもっと縮めたいと思っています。

―――最後に銀行マンとしてのやりがいとは?

BANKERS

西野: M&Aはお客さんの未来を作れる仕事かなと思います。 名古屋銀行は「銀行業」から「未来創造業」への進化を掲げています。どういうことかというと、お金の貸し借りだけではなく、銀行の枠に捉われないサービスをお客様に提案していくことが重要だということです。

塩澤: M&Aもお客様の後継者問題を解決するというだけではなく、会社を存続させたあとの将来像まで考えてベストな提案をする。一緒になって考える。そういったことが今求められているのかなと思います。