従業員向けの福利厚生として退職金制度の導入が挙げられる。勤労意欲を向上させるほか、求人や採用でのアピールにも役立つ。今回は、中小企業に活用してほしい代表的な退職金制度について概要をお伝えする。まずは、中小企業が用意する退職金の相場から紹介しよう。
目次
中小企業の退職金相場
退職金制度を導入している中小企業は、どれくらいの退職金を準備しているのだろうか。東京都労働相談情報センターによる調査結果を紹介しよう。なお、調査対象は、従業員が10人~299人の東京都内中小企業である。
定年退職
学歴 | 退職金の支給額 |
---|---|
高校卒 | 1,126.8万円 |
高専・短大卒 | 1,106.6万円 |
大学卒 | 1,203.4万円 |
上記の金額は、卒業と同時に入社し、平均的な能力と成績で勤務した場合の水準である。
自己都合・会社都合
【高校卒の場合】
勤続年数 | 年齢 | 退職金の支給額 | |
---|---|---|---|
自己都合 | 会社都合 | ||
10年 | 28歳 | 89.8万円 | 122.7万円 |
15年 | 33歳 | 170.2万円 | 223.0万円 |
20年 | 38歳 | 279.6万円 | 344.1万円 |
25年 | 43歳 | 423.5万円 | 504.9万円 |
30年 | 48歳 | 577.9万円 | 677.8万円 |
【高専・短大卒の場合】
勤続年数 | 年齢 | 退職金の支給額 | |
---|---|---|---|
自己都合 | 会社都合 | ||
10年 | 30歳 | 106.0万円 | 136.5万円 |
15年 | 35歳 | 194.9万円 | 243.2万円 |
20年 | 40歳 | 321.9万円 | 376.5万円 |
25年 | 45歳 | 484.4万円 | 554.1万円 |
30年 | 50歳 | 670.7万円 | 749.0万円 |
【大学卒の場合】
勤続年数 | 年齢 | 退職金の支給額 | |
---|---|---|---|
自己都合 | 会社都合 | ||
10年 | 32歳 | 121.5万円 | 157.4万円 |
15年 | 37歳 | 229.8万円 | 283.6万円 |
20年 | 42歳 | 373.3万円 | 435.8万円 |
25年 | 47歳 | 569.7万円 | 636.3万円 |
30年 | 52歳 | 785.2万円 | 852.3万円 |
このように最終学歴や勤続年数、退職事情によって退職金の額が変化する。
中小企業に役立つ退職金制度3つ
中小企業が活用できる退職金制度は主に3つある。退職金制度の導入に向けて検討していただきたい。
制度1.中小企業退職金共済制度(中退共)
中小企業に向けて国が用意した退職金制度であり、独立行政法人勤労者退職金共済機構が運営している。
【加入条件】
業種や従業員数などによって加入要件が定められており、一定規模の企業は加入できない。
業種 | 常用従業員数または資本金・出資金 |
一般業種(製造業・建設業等) | 300人以下または3億円以下 |
卸売業 | 100人以下または1億円以下 |
サービス業 | 100人以下または5,000万円以下 |
小売業 | 50人以下または5,000万円以下 |
原則として、従業員には加入義務がある。中小企業の従業員を対象にした制度であるため、個人事業主や法人の役員などは加入できない。
【掛金】
掛金は全額事業主負担となり、法人の場合は損金、個人企業の場合は必要経費として扱われ、全額が非課税になる。
掛金は毎月5,000円から10,000円までは1,000円単位、それ以上は12,000円から30,000円まで2,000円単位で設定可能だ。
従業員ごとに掛金の額を任意に選択できる仕組みだ。パートタイマーなどの短時間労働者については、上記の掛金月額のほか、2,000円から4,000円まで1,000円単位で加入できる。
【助成】
掛金に関しては、国から2種類の助成を受けられる。
①新規加入助成
新しく中退共制度に加入する事業主を対象にしている。
(1)掛金月額の1/2(従業員ごと上限5,000円)を加入後4か月目から1年間助成
(2)パートタイマー等短時間労働者のうち掛金月額4,000円以下の加入者については、(1)に次の額を上乗せして助成
・掛金月額が2,000円→300円
・掛金月額が3,000円→400円
・掛金月額が4,000円→500円
②月額変更助成
掛金月額が18,000円以下の掛金を変更する事業主に、増額分の1/3を1年間助成する。
【退職金の金額】
退職金は加入月数11月以下の場合は支給されず、12月以上23月以下の場合は掛金納付総額を下回る額になる。24月以上42月以下では掛金相当額になり、43月からは運用利息と付加退職金が加算され、長く加入するほど有利な制度といえよう。
受取方法は一時金(退職所得)、分割(雑所得)、併用払いから選択でき、掛金の額と納付年数によって基本退職金額が変わる。
掛金月額 納付年数 | 5,000円 | 10,000円 | 20,000円 | 30,000円 |
10年 | 632,800 | 1,265,600 | 2,531,200 | 3,796,800 |
15年 | 975,000 | 1,950,000 | 3,900,000 | 5,850,000 |
20年 | 1,333,300 | 2,666,600 | 5,333,200 | 7,999,800 |
25年 | 1,710,400 | 3,420,800 | 6,841,600 | 10,262,400 |
30年 | 2,106,550 | 4,213,100 | 8,426,200 | 12,639,300 |
35年 | 2,522,900 | 5,045,800 | 10,091,600 | 15,137,400 |
40年 | 2,958,950 | 5,917,900 | 11,835,800 | 17,753,700 |
制度2.小規模企業共済制度
経営者や役員、個人事業主などを対象とする国の退職金制度だ。独立行政法人中小企業基盤整備機構(中小機構)が運営している。
加入資格は下記の通りで、比較的小規模な企業に適した制度といえる。
【加入資格】
1.建設業、製造業、運輸業、サービス業(宿泊業・娯楽業に限る)、不動産業、農業などを営む者のうち、従業員数が20人以下の個人事業主または会社などの役員
2.商業(卸売業・小売業)、サービス業(宿泊業・娯楽業を除く)を営む者のうち、従業員数が5人以下の個人事業主または会社などの役員
3.組合員数が20人以下の企業組合の役員、従業員数が20人以下の協業組合の役員
4.従業員数が20人以下で、農業経営を主とする農事組合法人の役員
5.従業員数が5人以下の士業法人(弁護士法人や税理士法人など)に属する社員
6.上記1と2に該当する個人事業主が営む事業の経営に携わる共同経営者(個人事業主1人につき2人まで)
【掛金】
掛金は毎月1,000円から70,000円までの範囲内(500円単位)で設定可能で、税法上では全額を小規模企業共済等掛金控除として所得控除でき、所得税・住民税の節税効果も見込める。
ただし、掛金は契約者個人の収入から払い込むため、事業上の損金または必要経費に算入できない。
【受取方法】
退職時に老齢給付として共済金を受け取る方法には、一括、分割、一括・分割併用がある。一括受取りの場合は退職所得扱い、分割受取りの場合は公的年金などの雑所得扱いとなり、税制に関するメリットもある。
【共済金の額】
毎月10,000円の掛金を積み立てた場合の老齢給付の額は下記の通りだ。
【老齢給付(共済金B)の額】
掛金納付年数 | 5年 | 10年 | 15年 | 20年 |
掛金合計額 | 600,000円 | 1,200,000円 | 1,800,000円 | 2,400,000円 |
共済金B | 614,600円 | 1,260,800円 | 1,940,400円 | 2,658,800円 |
契約者である経営者や事業主が死亡した場合、遺族が共済金を受け取ることができ、みなし相続財産として生命保険の死亡保険金と同じく非課税限度額の対象となる。
制度3.企業型確定拠出年金
確定拠出年金は、掛金と運用収益の合計額を基に将来の給付額が決まる年金制度だ。事業主(企業)が掛金を拠出する企業型年金と、加入者自身が拠出する個人型年金(iDeCo)がある。
中小企業で導入する企業型の場合、運用成果によって将来の受取額が変わるため、従業員の新規加入時や制度の導入前後に投資教育を必要とする。
例として、制度および退職金における福利厚生の概要や、資産運用の基礎知識、金融商品の仕組みなどだ。企業は、継続的運用に向けた情報提供を行わなくてはならない。運用商品は預貯金、投資信託、保険商品などから選択し、加入者が運用を指図していく。
企業が従業員に対して拠出する月額掛金の限度額は、確定給付型年金を実施していない場合は55,000円、実施している場合には27,500円だ。掛金は全額を損金に算入でき、収益に対する税金は非課税となる。
【確定拠出年金の給付事由】
国の年金制度を補完する意味合いもあり、退職時の老齢給付だけでなく、死亡時や障害時にも給付金を受け取れる。
老齢給付金 | 障害給付金 | 死亡一時金 | |
---|---|---|---|
給付 | 5年以上の有期または終身年金 (規約により一時金の選択可能) | 5年以上の有期または終身年金 (規約により一時金の選択可能) | 一時金 |
受給 要件等 | 原則60歳に到達した場合に受給可能 (60歳時点で加入者期間が10年に満たない場合、支給開始年齢が段階的に先延ばしになる) 8年以上10年未満→61歳 6年以上8年未満 →62歳 4年以上6年未満 →63歳 2年以上4年未満 →64歳 1月以上2年未満 →65歳 | 70歳に到達する前に傷病によって一定以上の障害状態になった加入者等が、傷病の状態で一定期間(1年6ヶ月)を経過した場合に受給可能 | 加入者等が死亡した際、その遺族が資産残高を受給可能 |
老齢給付を年金として受給した場合は公的年金等控除、一時金として受給した場合は退職所得控除の対象となり、受取時にも税制優遇のメリットを受けられる。
中小企業が知っておくべき退職金の受取手続き
退職金の受け取りに際しては所定の手続きがある。ご紹介した退職金制度に関して受取手続きも共有しておく。
中小企業退職金共済制度の手続き
【会社が行う手続き】
ステップ1.被共済者退職届の記入・押印
退職金共済手帳にある退職届に必要事項を記入して押印する。記載事項は下記の通りだ。
・退職年月日
・退職事由
・従業員の住所
・電話番号
・マイナンバー
・事業主の住所および電話番号
・氏名または名称
ステップ2.被共済者退職届の送付
従業員の退職日が決まり次第、中退共へ郵送する。
ステップ3.退職金共済手帳の交付
退職金共済手帳にある「退職金請求書の事業主」欄に記入・押印する。その後、退職金共済手帳を退職した従業員に渡し、退職金請求手続きを行うよう伝える。
【従業員が行う手続き】
ステップ1.退職金共済手帳の入手
事業主から退職金共済手帳を受け取る。
ステップ2.退職金請求書の記入・押印
記入・押印後、退職金を受け取る金融機関で押印を受ける。
ステップ3.必要書類の準備
・住民票(マイナンバー入り)
・本人確認書類(運転免許証のコピー、パスポート、年金手帳など)
ステップ4.書類の送付
退職金請求書とステップ3で準備した本人確認書類を中退共へ郵送する。
ステップ5.退職金の受取
中退共本部の請求書審査を経て、退職金が金融機関に振り込まれる。
小規模企業共済の手続き
小規模企業共済については、経営者・個人事業主が中小機構へ請求を行う。
ステップ1.必要書類の入手・記入
・印鑑登録証明書(発行後3か月以内の原本)
・マイナンバー(個人番号)確認書類
・共済金等請求書
・退職所得申告書
・預金口座振替解約申出書兼委託団体払解約申出書
・共済契約締結証書
ステップ2.必要書類を送付
ステップ1で記入した必要書類を中小機構へ郵送する。なお、「預金口座振替解約申出書兼委託団体払解約申出書」については、掛金の引き落とし口座がある金融機関に提出する。
ステップ3.共済金の受取
審査完了後、指定口座に共済金が振り込まれる。その後、中小機構から「支払決定通知書兼振込通知書」が郵送される。
企業型確定拠出年金の手続き
運用管理機関に対して加入者が請求する。手続きの流れや必要書類などは運営管理機関によって異なるため、請求時に確認していただきたい。
ステップ1.必要書類の入手・記入
・裁定請求書
・受取人の印鑑証明書
・受取人の個人番号カード
・退職所得の受給に関する申告書(給付金を一時金で受け取る場合)
・ほかの退職所得の源泉徴収票・特別徴収票(給付金を一時金で受け取る場合)
ステップ2.必要書類を送付
運営管理機関に必要書類を郵送する。なお、源泉徴収票・特別徴収票の本紙は返却しない機関もあるので、必要に応じて写しを送付する。
ステップ3.給付裁定結果の受取
一時金の額または年金額を通知書で確認する。提出書類に不備があると別途連絡がくる。
ステップ4.給付金の受取
年金を選択した場合、選択した期間に選択した回数で年金が支給され、一時金を選択した場合、一括で支給される。
自社にあった退職金制度を導入
中退共は従業員向けの制度であり、小規模企業共済は経営者や事業主向けの制度である。企業型確定拠出年金については、経営者・従業員ともに加入できる。
制度ごとに掛金の額や将来の受取額などが異なるため、福利厚生の面も考慮しながら自社に適した制度を導入してほしい。
文・澤田朗(ファイナンシャルプランナー・相続士)