
目次
- 家業の旅館を継ぐのが嫌で10代で上京 原宿のコーヒー専門店で修業し帰郷 1985年に札幌・円山に初の店舗を開店
- 「北海道にカフェ文化を根付かせたい」と自家焙煎を開始 ドイツ製の焙煎機も導入し「じっくり焼き上げた深煎りの豆」を各店舗に配送
- じっくり時間をかけた深煎りのコーヒーで定評 2004年の日本橋三越本店新館への出店を機に東京に進出 道内外で22店舗を展開
- 店舗経営は好調で売上10%増予測。2022年に販売管理システムを導入したが、価格変動が激しい仕入業務のデジタル化に課題も
- 新システム導入を試行中 現場に大きな負荷を与えずに操作が容易な利用環境を構築中
- 築き上げてきたコーヒー店の“文化”にこだわり 長男と長女が経営に参画しながら経営を勉強 事業承継への準備も着々
- 厳しい飲食店経営が続く中でも、堅実な店舗経営でコロナ禍を乗り切り、新システム導入をにらみ次代のコーヒー店経営を模索
北海道を中心に直営店とフランチャイズ(FC)店を合わせて「宮越屋珈琲」22店舗を展開する有限会社宮越商事は、2025年に創業40周年を迎えた。深煎りの自家焙煎にこだわり、美味しいコーヒーを楽しめるコーヒー店として根強い人気で、2004年の日本橋三越本店新館への出店を機に東京にも進出した。同社では現在、受発注業務の効率化に取り組んでいる。価格変動の激しいコーヒー豆の仕入れや店舗によるスキルの格差もあり、新たなシステム導入の検討にも着手した。(TOP写真景観の良さが売りの高級コーヒー店「High Grown Cafe」店内)
家業の旅館を継ぐのが嫌で10代で上京 原宿のコーヒー専門店で修業し帰郷 1985年に札幌・円山に初の店舗を開店

宮越商事は1985年に札幌市の円山で創業した。宮越陽一代表取締役は、祖父が開業した旅館を継ぐのが嫌で10代で上京し、アルバイトをしていた原宿のコーヒー専門店での美味しさや奥深さに魅了されてコーヒーの仕事に携わりたいと考えるようになった。札幌市に戻ってからは父親が継いでいたホテルの喫茶コーナーでコーヒーを淹れたり、原宿のコーヒー専門店の札幌進出の際に店長を務めるなどコーヒーの勉強を続け、北海道と本州をつなぐ青函トンネルの本坑が開通した1985年に自分の店「カフェ・アンフィニ」を開店した。
「北海道にカフェ文化を根付かせたい」と自家焙煎を開始 ドイツ製の焙煎機も導入し「じっくり焼き上げた深煎りの豆」を各店舗に配送

宮越社長は「1日に一度、気に入ったカフェでとびきり美味しいコーヒーの時間を大切にする」というカフェ文化を北海道に根付かせたいと考えながら、事業を展開してきた。だからこそ「コーヒー通をうならせる究極のコーヒーではなく、毎日普通の生活の中で楽しめる、誰にとっても最高に美味しいコーヒー」を追求してきた。
1991年には設備を買い入れコーヒー豆の自家焙煎を開始。業界の先輩のアドバイスで自分の名前を冠した「珈琲焙煎宮越屋珈琲」としてコーヒー豆の焙煎販売に乗り出した。札幌市の「宮越屋珈琲ハウス焙煎工場」にはコーヒー豆25kgを一度に焙煎できるドイツ製焙煎機など4台を導入、東京・新橋の店舗に設置した1台と合わせて「じっくり焼き上げた深煎りの豆」を各店舗に届けている。
じっくり時間をかけた深煎りのコーヒーで定評 2004年の日本橋三越本店新館への出店を機に東京に進出 道内外で22店舗を展開

宮越昌子専務取締役は夫である宮越社長について「事業欲が特別強かったわけではなかった」と笑うが、「宮越屋珈琲」は札幌市を中心に店舗を次第に増やした。
じっくり時間をかけた深煎りで、豊かなコクや香りがありながらくどくない飲み心地が宮越屋珈琲店のコーヒーの特徴で、道内では「濃い目のコーヒーなら宮越屋珈琲」と定評を得ている。札幌三越に出店したのをきっかけに、東京都の日本橋三越本店から出店の誘いがあり、2004年の本店新館オープンに合わせて東京の直営店第1号店を開いた。4階にある店舗は窓から日本橋交差点を見下ろせる落ち着いた雰囲気で、午前10時の開店と同時に入店する固定客も少なくないという。
宮越屋珈琲は4月1日現在、直営16店、FC6店を運営しており、東京には直営とFC合計で9店ある。宮越専務が「人手が足りないので、直営店をどんどん増やす予定はない」と話すように、コロナ禍以降続く求人難はいまだに地場企業の事業展開において足かせになっているようだ。
店舗経営は好調で売上10%増予測。2022年に販売管理システムを導入したが、価格変動が激しい仕入業務のデジタル化に課題も

宮越商事はコロナ禍で厳しかった一部の店舗も持ち直して、現在は全店舗が黒字化。「2025年度も店舗売上は10%増を見込んでいる」(宮越専務)が、人手不足を補う業務の効率化が経営課題となっている。
2022年には仕入・在庫管理業務の効率化を目指して市販の販売・仕入管理システムを導入。手作業による伝票処理や発注業務のデジタル化を行った。ただ「システム化するための作業が細かく従業員がパソコン操作に慣れていないため、動き出すまでには時間がかかりました」(宮越専務)
作業の効率化のためのデジタル導入ができても、デジタル対応にはじっくり取り組む必要がある。「パソコンアレルギーの人もいるし、タブレット端末を使っても上手くいかなかったという同業者の話も聞いている。じっくり時間をかけたい」という。
新システム導入を試行中 現場に大きな負荷を与えずに操作が容易な利用環境を構築中

現状の販売各店舗からの発注に応じて工場でコーヒー豆を焙煎して配送するが、工場で仕入れる生コーヒー豆は取引先や時期で頻繁に仕入れ値が変動するため、導入した販売・仕入管理システムでは対応が難しい。
受発注業務の完全な一元管理ができないと受注のタイムラグや伝達ミスが生じる可能性も排除できず、仕入れる生コーヒー豆の量に過不足が生じたり、最適な焙煎量を把握しにくいなどの問題も懸念される。「工場側も人手が足りない状況は同じで、発注、焙煎、袋への詰め込み、配達業務まで手作業に頼らざるを得ないが、会計システムと連動できればと考えています。」(宮越専務)
現在検討しているのが、より使いやすい操作環境と柔軟なカスタマイズ機能で受発注業務の一元管理など業務効率化を一段と進められそうなシステムだ。クラウド環境での利用も可能で、システム管理の負担も不要になる。宮越専務も「シンプルで操作はそれほど難しくないようです」と評価している。
初期投資も可能な範囲で捻出する方針だが、気にかかるのは多忙な店長の業務が一時的にさらに負担増となることだ。「通常業務をこなしながら新システムに変えていければいいのだけれど」とシステム移行の方策をシステム支援会社と協議している。
ネックになっている人材採用に向けた取り組みも強化。社労士などとも相談して就労環境改善や採用条件整備、若手採用に向けた奨学金返済支援など継続的な採用活動を続けている。
築き上げてきたコーヒー店の“文化”にこだわり 長男と長女が経営に参画しながら経営を勉強 事業承継への準備も着々

宮越屋珈琲店の事業規模を積極的に拡大させるつもりはない宮越社長だが、事業承継にはこだわりを持っている。多くの優れた珈琲店が後継者に恵まれず一代限りで店を閉じてきたのを見てきたため、築き上げた「とびきりのコーヒーが飲める空間」という“文化”をなくしたくないという気持ちが強い。
2025年秋に70歳となる宮越社長は、事業承継に向けた準備を少しずつ整えてきた。現在、長男で宮越商事取締役の龍也氏は、テイクアウト用紙コップなどを扱う株式会社ミヤコシサンズの経営を任される一方、通常店舗と異なる高級店「High Grown Cafe」などの運営を担当、各店舗を回って自らコーヒーも淹れて経営全般を勉強している。また、長女の珠実氏は株式会社まーごが管轄する2店舗の運営を担当している。
厳しい飲食店経営が続く中でも、堅実な店舗経営でコロナ禍を乗り切り、新システム導入をにらみ次代のコーヒー店経営を模索

一般社団法人日本フードサービス協会の外食産業市場動向調査などによると、コロナ禍で他の飲食業と同様にコーヒー店の閉店が全国で相次いだが、2022年以降の店舗数は微増、客単価は回復傾向にあるという。ただ、大手チェーン店の出店攻勢が続く一方、個人経営や地域に根差したコーヒー店を取り巻く環境は依然厳しく、働き手の不足も大きな足かせになっているようだ。ただ、さまざまなコンセプトのコーヒー店が新規開業しており、ICT活用やSNSによる販促が集客に貢献しているケースもあるという。
自社所有を中心とした堅実な店舗経営が信条だった宮越屋珈琲は、若干の店舗整理でコロナ禍を乗り切り、美味しいコーヒーと落ち着いた空間の居心地の良さは道内だけでなく都内でも人気を得ている。若い頃にデビューの話が来たほど音楽活動に熱心だった宮越社長の趣味で店内にビンテージギターが展示されていたり、貴重な調度品も観賞できるなど写真映えする店内空間は地元でも定評がある。
新システムへの移行とコーヒー店に適した働き方改革を模索する宮越商事だが、事業承継に道筋をつけて宮越夫妻も一安心。景気や時代に左右されないコーヒー店経営のモデルケースとして注目されそうだ。
企業概要
会社名 | 有限会社宮越商事 |
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本社 | 北海道札幌市中央区南4条西26丁目2番25号 カフェビル1階 |
HP | http://miyakoshiya-coffee.co.jp/ |
電話 | 011-518-7233 |
設立 | 1985年8月 |
従業員数 | 70人 |
事業内容 | コーヒー専門店運営、コーヒー豆の焙煎・卸売など |