孫正義,新規事業,考え方
(写真=Billion Photos/Shutterstock.com)

ソフトバンクグループ(以下ソフトバンクG)の孫正義代表取締役会長兼社長は日本を代表するカリスマ経営者の1人だ。1981年9月に起業した日本ソフトバンク株式会社(現・ソフトバンクG)をパッケージソフトとPC雑誌出版の会社から、インターネットと通信事業をコアとした時価総額約10兆円でトヨタに次ぐ日本第2位の会社にまで成長させた。(2019年8月22日時点)

ソフトバンクの成長の源は「新規事業」だ。さらに現状にとどまることなく常に成長を求めて「新規事業」で成長し続けていることも強みとなっている。本記事では孫社長のアニマルスピリットと新規事業への考え方を学んでみたい。

ソフトバンクの野望 時価総額最大200兆円

2019年4~6月期にソフトバンクGは約1兆1,217億円の最終利益を計上した。四半期の利益としては日本企業で過去最大の利益だ。時価総額は約10兆円でトヨタ自動車株式会社の約22兆円に次ぐ日本2位だ。(2019年8月22日大引時点)ITバブルピーク時である2000年2月には一時、約20兆円の時価総額をも達成した。それでも孫ソフトバンクの野望は止まらない。

2019年7月に行われたソフトバンクGの株主総会で孫社長は「将来、時価総額を100~200兆円にしたい」と話した。世界の時価総額ランキング(2019年7月末)のトップ3は、マイクロソフトが1兆442万米ドルでトップ、2位がアップルで9,627億米ドル、3位がアマゾンで9,234億米ドルだ。円換算で100兆円程度が世界のトップ企業である。

世界の時価総額を踏まえるとソフトバンクGが100~200兆円を目指すというのは、世界一の会社を目指すということにほかならない。これを孫社長の「大ボラ」という人もいる。しかし孫社長は2004年に同じ会場で開いた総会で「60代で利益を1兆、2兆と数える規模になりたい」と語ったことを引き合いに出した。

そのころソフトバンクは2002年3月~2005年3月期まで4年連続で数百億円単位の巨額の赤字を計上していた時期である。それこそ「大ボラ」ととらえられたが、それから15年後にソフトバンクGは3年連続で1兆円の利益を計上する会社となったのだ。孫社長の2004年の総会で話した「大ボラ」は実現した。100兆円についても完全に本気だろう。

ソフトバンクGは、孫社長の眼力で常に将来の時代の変化を予想し新規事業に常に力を注いできたからこそ今がある。

・創業のPCのソフトウェア販売会社からブロードバンド事業の「ヤフー!BB」
・固定電話の国内初の値引き「おとくライン」
・2兆円を超える金額でのボーダフォンの買収による「携帯電話」進出
・スティーブ・ジョブス氏と孫社長との関係で「iPhoneの独占販売」

上記のように確実に新規事業を行うことでステップアップして成長してきた。さらに米ヤフーや中国アリババなどのインターネット系の会社にも投資し大きな成功を収め、その含み益を打ちでの小槌として次のM&Aをしてきたのだ。常に新規事業に惜しみなくお金と人材をかけ、インターネットが世界を変えると信じて思い切った投資をしてきた結果ともいえる。

投資の中心分野は時代とともに変革するのが激しい。「パソコン」→「通信」→「インターネット」とシナジーの効いた勝てる分野でアメーバのように拡大してきたのだ。ソフトバンクGのホームページには、「成長戦略」について重要項目として大きく掲げており、特別大きなフォントで「ソフトバンクを、超えろ。」とある。

ソフトバンクGは、情報革命で人々を幸せにするため、「ソフトバンク」を超えて新たなステージである「その先」へ行こうとしているのだ。ソフトバンクGに本業の縛りはない。伸びる可能性がある分野に集中投資し、その分野でナンバー1になるという戦略だけだ。国内でのインターネット、通信事業での一定の成功を収めた後は、米携帯のスプリント買収、英半導体設計アーム社の買収と狙いは世界になった。

ライドシェアの米ウーバーテクノロジーズ、中国DiDi(滴滴出行)、オフィスシェアの米ウィーワークなどにも出資して新たな成長戦略を推し進めている。世界は「インダストリー4.0」という産業革命のまっただなかだ。5Gという高速通信網が整備されるとクラウド、ビッグデータの利用が容易になり、フィンテックや自動運転、遠隔医療、IoTなど、世界の産業は革命的に変わる可能性がある。

ソフトバンクGは、かつて「インターネット」へ勝負をかけたように現在は「AI」に勝負をかけているのだ。「インダストリー4.0」でのスピードは早まっており、ソフトバンクといえども、すべてを自前で新規事業として推進していくのは、時間的にも資金的にも人材的にも無理がある。そこでソフトバンクが新たに取り入れたのがSVF(ソフトバンク・ビジョン・ファンド)での投資というスタイルだ。

世界から約10兆円の資金を集め、その資金をファンドとして新規事業に投資することで成長分野への機会、時間と効率を買うスタイルの会社へと変貌した。ソフトバンクGは、通信子会社のソフトバンク<9434>を分離し上場させることで、SVFの運用がメインビジネスの実質投資会社のようになったのだ。現在のソフトバンクGが計上している大きな利益の源泉はSVFの投資収益である。

1本目の10兆円ファンドが成功しているため、2本目の10兆円ファンドもスタートする予定だ。通信から新規事業に数千人単位で人材を異動し、SVFの社員はやがて1,000人に達する見込み。資金と人材資源をまさに新規事業に集中させている。

孫流発明ノートのすすめ 孫流3つの発明の思考法

ソフトバンクが孫社長1代でここまで大きくなったのは、若いころから常にアイデアを考える習慣を身につけ、それを実践してきたことにあるのではないだろうか。学生時代に発明ノートを作り、ほとんどの時間を勉強に費やしながらも、毎日15分だけ発明やアイデアを考え続けた話は有名だ。ノートに書かれたアイデアは相当数に達したが、それでもアイデアは限りなく湧いてくるわけではない。

そこで孫社長は「アイデア発明できる方法」についても発明したのが非凡だ。

孫流3つの発明の思考法

1.問題解決法
2.逆転(水平)法
3.複合連結法

1.問題解決法
問題解決法とは、常に普段から問題だと思ったことをメモしておき、その解決方法を考えることだ。例えば丸い鉛筆はいつも机からころがり落ちる。これを解決するために、鉛筆を四角形、六角形にしてみる。こういった発想法だ。

2.逆転(水平)法
逆転(水平)法とは、常に物事を水平や逆転して考える思考法だ。例えば鉛筆は芯を削るのが面倒くさい。だから手でむける芯を開発、もしくはシャープペンやボールペンというふうに水平的に考えることでアイデアは広がる。鉛筆は黒い必要もない。色鉛筆やラインマーカーといった発想も逆転の発想で生まれる。

「鉛筆などいっそのことなくす」といったアイデアを出すと、タイプライターやワープロになるといった具合だ。

3.複合連結法
複合連結法とは、なんでも合わせてしまう思考法だ。例えば以下のようなイメージとなる。

・鉛筆に消しゴムをつける
・鉛筆をノートにつける
・赤に青の鉛筆をつけるなど

具体的にはラジオとカセット、携帯とメモ帳など、便利なものはだいたい複合連結法でアイデアが生まれているといっても過言ではない。

孫社長は、この3つの発想方法を身につけると1日15分で新しいアイデアが湧くようになったという。この教えは、孫社長の弟で1998年にオンセール株式会社(現ガンホー・オンライン・エンターテイメント株式会社<3765>)の設立に参画した孫泰蔵氏などにも継承され「孫家の教え」となっているようである。私たちが「孫家の教え」をコピーしない手はないだろう。

アイデアに完璧さはいらない コピーOK スピード重視

アイデアは完璧な必要はない。まずは常に新しいこと考えること。そして同じようなアイデアで成功しているモデルや事例を調べて、そのビジネスモデルをコピーできないか柔軟に考えることである。最初から完全なアイデアなどは存在しない。ソフトバンクでさえ新規事業は全部が成功しているわけではないのだ。新規事業は10勝9敗が当たり前といえるだろう。

起業家は単なるアイデアマンではなく、実行することこそが重要だ。孫社長のすごさは実行力といっても過言ではない。孫社長は、アイデアや発明を人に売ることで自分のお金を使わずにビジネスを拡大していったのだ。ソフトバンクを起業するための最初の資金は携帯型自動翻訳機をシャープ株式会社<6753>に売ったことだという。現在の新規事業はスピードが重要だ。すべて自分でやる必要はない。

例えばアイデアを出してクラウド・ファンディングで資金調達をして、製造は中国などにアウトソーシングすることでビジネスモデルは簡単に完結する。アイデアだけでも資金調達が可能な時代なのだ。またアイデアだけを売買可能なサイトもある。孫社長の創業時代よりさらにインターネットの利便性はさらに増した。

アイデアを売って資金調達したり、アイデアを買って新規事業を始めたりすることも可能な時代となったのだ。しかし誰もやっていないような、すごいアイデアなど簡単には出てこない。まずは自分のアイデアと類似したビジネスモデルを研究してみることだ。成功している米国などのベンチャー企業やスタートアップ企業を調べ、それを改善し日本風にカスタマイズしたほうがより一層新規事業として成功率が高いだろう。今のスタートアップはスピードと実行力が勝負だ。

まずはアルバイトしてお金を貯めてから新規事業を実行するのでは遅い。例えば「アルバイトする時間をビジネスモデル準備にあて、資金調達の方法を考える」といったことも孫社長が実行したことの一つである。いまや大企業となっているヤフーやフェイスブック、楽天などもインターネット上で同じようなサービスは存在していた。

成功している多くのインターネット系の企業は最初にアイデアを考えたのでなく、いいアイデアの完成度を高めたともいえるだろう。すぐれたアイデアを使いやすくして訪問客を増やし、顧客基盤を固めてナンバー1になることでプラットフォームとなったのである。まずはコピーでもいい、アイデアを出してみることが重要だ。

さらにアイデアを実行し、フィードバック(経過の振り返り)をして、常に修正しながら行える柔軟な戦略をとることが大事だろう。

孫流「新規事業の立案」に大切な考え方3つ

孫社長が新規事業を立案するにあたって大切にしている考え方というものが3つある。

  1. 30年後のビジョンを考える
  2. 自分の経験や興味のシナジーの効く分野で勝負
  3. 最新のビジネスモデルを知ること

1. 30年後のビジョンを考える

ソフトバンクの新規事業の基本的な考え方は、ニッチを狙うのでなく将来のメインストリームを狙うことだ。そのために「30年ビジョン」として常に30年後の未来を考えている。だからこそ、今はニッチでも30年後に本流となり、先行者利益でトップとなることができる新規事業に参入しようとしている。

それが今までは「パソコン」「通信」「インターネット」だったのだ。現状集中しているのが「AI」分野である。SVFが出資している分野は、「不動産」「建設」「メディカル」「イーコマース」「ロボット」など、あまりシナジーが効かない分野のように思えるかもしれない。しかしライドシェア大手ウーバーテクノロジーズやシェアオフィスのウィーワークでも、一貫して共通しているのは「AI」がキーテクノロジーで世界を豊かに変えるスタートアップ企業ということである。

1社への投資だけでは成功しないかもしれない。しかし多くの優良ビジネスに投資することで成功する確率は高くなるのだ。Uber Technologies(ウーバーテクノロジーズ)もWeWork(ウィーワーク)もソフトバンクGがユーザーになることでシナジー効果も効いてくる。孫社長はそれを「AI群戦略」と称している。

2. 自分の経験や興味のシナジーの効く分野で勝負

新規事業を行う以上は「継続性のあるビジネス」「世の中のためになる」「儲かる」といった要素が重要である。今までの事業のシナジーがあり、自分が好きな分野であることも大切だ。いくら孫社長でもいきなり自動車メーカーを買ったり、レストランを買ったりはしない。得意な分野を生かせる戦略をとっている。

例えば自動運転を意識して自動車メーカーを創業したり、自動車メーカーにM&Aをかけたりすることもできる。しかし自動車に関しては2019年2月にトヨタとの提携を発表し、両社でモネ・テクノロジーズ社を設立する道を選んだ。トヨタとソフトバンクは大きな会社でありながら過去にすれ違いがあったこともあり、この提携は歴史的な提携だといわれた。

孫社長はモビリティの分野では、自社やM&Aよりも実績があるトヨタと組むことを選んだのだ。

3. 最新のビジネスモデルを知ること

孫社長は世界のスタートアップ企業にネットワークを持っているため、現在人気がある最新のビジネスモデルの状況が常にアップデートされている。自分でアイデアを出すのには限界がある。アイデアや資金調達は完全である必要はない。最新のビジネスモデルを採用し、走りながら常にフィードバックして方向修正していくことのほうが時代に即しているだろう。

ソフトバンクのグループ企業は実に多岐の分野にわたっている。メインの通信事業、インターネット事業のほかにも金融、出版、ゲーム、ロボット、発電、プロ野球球団運営などだ。社内起業制度「ソフトバンクイノベンチャー」で新規事業のアイデアを常に募り、フィードバックしながら育てていく仕組みができている。

ソフトバンクもすべての新規事業が成功しているわけではなく、「ダメな事業はあっさり切る」という投資を繰り返して成功につなげてきたのだ。最近のビジネスモデルの傾向は、プラットフォーム・ビジネスとサブスクリプション・モデル。プラットフォーム・ビジネスは、グーグル、アマゾン、フェイスブック、アップルなどのGAFA(ガーファ)といわれる世界企業のように、ある分野でナンバー1となり、その会社なしでは世界が回らないようなプラットフォーマーとしての地位を築くことである。

サブスクリプション・モデルは、一度売って終わりのビジネスモデルでなく月次の収入が長期間続くというモデルだ。例えば携帯電話がその代表といえるだろう。機種本体の売り上げよりも月々の携帯利用料金を取り続けるほうが、キャッシュフローが継続的に見込める。マイクロソフトなどもパソコンソフトを売切りから、月次のサブスクリプション制にして最新のバージョンを常に使えるビジネスモデルへ変わりつつある。

自動車メーカーが、「サブスクリプションで最新の自動車が常に借りられる」というモデルを用意しているのもその流れだ。

新規事業立案のフロー

「事業立案」を時代に即して突き詰めると、スタートアップ企業へ資金を提供する銀行やベンチャーキャピタルやエンジェル投資家を説得できるプランにほかならない。そのためには、説得力のある事業計画書やスライドとプレゼンテーション能力が必要なのでしっかりとしたスキルを身につけておきたいところだ。具体的な新規事業立案を行う際のフローや計画書の書き方は以下に示そう。

事業計画書は、第1にシンプルでわかりやすいことが大切だ。新事業のアイデアの明確化、ファクトに基づいた実行計画、運営計画にKPIなどの具体的な目標やタイムフレームなどが大切だ。さらに実行するためのリーダーシップをとる人間の存在も投資家の説得のためには最重要項目といえるだろう。

1.新規事業のアイデアと戦略を建てる

新事業を狙う背景、狙う意味などを明確化しておく。

2.SWOT分析

新事業の市場分析や将来性、新規事業における自社の強み(Strength)と弱み(Weakness)、市場機会(Opportunity)と脅威(Threat)の分析を行う。

3.ビジネスモデル立案

具体的にマネタイズする方法と運用方針や目標数字KPIなどと達成時期などの具体化する。

4.プレゼン、質疑応答への準備

スライドはシンプルで分かりやすいものを作成。想定問答集などもしっかりと準備しておくことが重要である。

5.プレゼン

リーダーシップをとる人やチームの熱意や人となりをアピールできることが大切になる。

IT化が一般的となった現代においては、さまざまなスタートアップ企業などの事業計画書をインターネットで閲覧することができるだろう。ぜひたくさんの参考文献を研究して、実践するための一歩を踏み出してみよう。失敗もかならず大きな糧となるはずだ。

文・平田和生(ストラテジスト)