目次
- 園児が卒園後もつながり続け、親子代々で入園も。農村部特有の家庭環境に寄り添い、地域との親密なコミュニティーを築いてきた
- 職員の働き方改革に取り組み、園の魅力を発信する必要性を改めて認識。ホームページを生かして積極的にPRをしたいと一念発起
- 長男の帰郷が、ICTの推進における大きな原動力 職員の業務負担軽減や保護者との連絡、ホームページによるPRを軸に、運用しやすいICTソリューションを検討
- 手書きからタブレット端末での記録に移行、労力の軽減とリアルタイムの連絡が可能に 出欠席のオンライン化により、朝多かった保護者からの電話が鳴らなくなった
- 職員の勤怠管理・保育料の計算をICTの活用で大幅に楽になった
- ホームページのアクセス解析を活用し、閲覧頻度の高いページは頻繁に更新 保護者が園児の活動状況を見られる通知機能も大好評でホームページ活用の手応えを実感
- ホームページで保護者から好評だったのが、園の日々の様子を週に2回最新ニュースとして見られること
- 職員の健康維持のために「健康経営」に取り組む
- ICTを上手に生かして、子ども、保護者、園が地域で支え合う関係をさらに深め、子どもたちの未来へとつなげていく
茨城県南東部に位置する行方市は西に霞ヶ浦、東に北浦という二つの湖にはさまれた台地にあり、農業を主産業とする地域だ。レンコンやサツマイモが特産物として知られる行方市中根地区を訪れたのは夏の盛り。あたり一帯には蓮田が広がり、美しく清楚な花が咲き誇る風光明媚な景色は「畑」というより「ハス池」というのがふさわしい。そんな蓮田の連なるのどかな田園地帯に、童話に出てくるような赤い屋根の園舎「北浦こども園」がたたずんでいる。
この地域はかつて専業農家が多く、家族総出で畑仕事に従事するため幼児の預け先が必要とされていた。そこで当時の村長らの要請により1978年に設立されたのが、北浦こども園の前身、北浦保育園である。園の設立から46年、蓮田の広がる風景は変わらぬものの、勤めに出る親が増え、保育施設に求められるニーズも多様化した。さらに保育の担い手不足もこの地域とて無縁ではない。地域の変わらぬ価値を維持し、変わりゆくニーズに対応しながら、子どもと保護者・園が共に成長することを目指す北浦こども園を紹介する。(TOP写真:北浦こども園の藤崎貴英園長(右)と2022年に入職した長男の藤崎聡一郎副園長。藤崎副園長はICTの導入に際し、先頭に立って取り組みを進めている)
園児が卒園後もつながり続け、親子代々で入園も。農村部特有の家庭環境に寄り添い、地域との親密なコミュニティーを築いてきた
「この園舎からの眺めは最高なんです」と園庭で微笑むのは北浦こども園 園長の藤崎貴英氏。この地域で生まれ育った藤崎園長は進学により一時東京で過ごしたのち帰郷、1992年に同園に副園長として入職した。
「若い頃は、狭い田舎のコミュニティーがうっとうしくて、地元を離れたんです。でも、いざ離れてみると寂しくなってしまって、結局戻ってきちゃいました」と苦笑する藤崎園長は2007年に園長に就任し、現在に至る。
同園は1978年に藤崎園長の祖父が当時の村長・助役らの求めに応じて設立し、祖父が理事長、母が園長に就任し開園した。
その当時、農業に従事する家庭も多いことから保育施設は必須だった。近年は農業を継がず勤めに出る人も増えているそうだが、今でも三世代同居の家庭は多く、農作業を終えた祖父母が園児の送迎を担う光景は、農村部ならではといえるだろう。
園周辺は自然豊かな里山に恵まれ、園児たちは遠足や収穫体験などを通して日常的に自然に親しみ、農作業に勤しむ地域住民はその様子を見守る。卒園生が親となり、自分の子をここに通わせるケースも多く、中には保育士として同園に戻ってくる卒園生もいるという。それはまさしく、同園の理念とする地域の人たち(保護者、地域住民)と同園、子どもたちが共に成長し、育て合うという親密な関係が成立している証だといえる。しかし、日本各地の地方都市と同様、少子化や保育を担う人手不足の課題はこの地域も無縁ではなかった。
職員の働き方改革に取り組み、園の魅力を発信する必要性を改めて認識。ホームページを生かして積極的にPRをしたいと一念発起
この地域では少子化により学校区の統合が行われ、同園では園児の受け入れ地域が拡大した。しかし、親から選ばれる園であるには園の魅力を発信することが必要だ。そこで活用を進めているのが自園のホームページだ。藤崎園長は園長に就任した2007年、同園の魅力を発信すべくホームページを開設していたが、うまく使いこなせずにいた。たしかに、当時は情報を更新するためにホームページ制作業者に依頼することが主流で、タイムラグが生じるうえ費用も発生することから、頻繁な更新が難しいという声が多方面から聞こえていた。
「業界では比較的早い時期にホームページを作ったものの、更新もせずほったらかしになっていました。でも、ここにきてホームページを活用したPRの必要性に駆られ、ホームページの見直しをしようと思い立ったのです」(藤崎園長)
見直しを図ったのはホームページだけでなかった。保育業界の人手不足は深刻な問題となっており、子どもを預かろうにも保育士の規定数が確保できなければ成り立たない。鍵となるのは保育現場の働き方改革にあると藤崎園長は認識し、ICTを活用した業務の効率化も同時期に進めることにした。
長男の帰郷が、ICTの推進における大きな原動力 職員の業務負担軽減や保護者との連絡、ホームページによるPRを軸に、運用しやすいICTソリューションを検討
ICTの導入に際し大きく貢献したのが、藤崎園長の長男で現在副園長を務める藤崎聡一郎氏だ。藤崎副園長は東京の大学で保育を学び、卒業後は東京で就職。パーソナルトレーナーとして3年間勤めたのち、2022年に帰郷して同園に入職した、いわゆるUターンだ。折しもICTの活用を進めようとしていた矢先に、デジタルネイティブ世代の長男の入職は大きな力となったという。
「いずれ来る代替わりを見据えて、息子に任せてみようと思いました」と振り返る藤崎園長の期待通り、藤崎副園長はまずICTソリューション自体の理解を深めるためにオンライン研修なども受講し、運用しやすいものを検討。園長に進言をする役割を担った。
同園がICT導入において重視したポイントは三つ。 一つ目は「職員の業務負担の軽減」、二つ目は「園児の出欠席連絡対応の省力化」、三つ目は「ホームページの積極的な利活用」だった。
一つ目の「職員の業務軽減」においては、こども園という制度上の規定により生じる、膨大な事務作業をいかに軽減するかが肝だった。こども園には、管轄する市への報告業務や請求管理、保育計画書作成など多くの作業が課されている。さらに、園児一人ひとりの保育記録や保護者への連絡帳作成など日単位、月単位、年単位で生じるさまざまな作業もある。必要な業務ではあるものの、その作業に時間を取られれば園児たちと触れ合う時間は確実に減る。そのことに苦しむ保育士の離職は保育業界の積年の課題でもあった。また、行事で撮影した園児たちの写真販売や感染症予防などにも対応する必要がある。しかし、職員が疲弊する現場は就活生から敬遠され、今いる職員の離職をも招きかねない。
そこで同園が2023年4月に導入したのが、これらの業務を飛躍的に効率化できる、保育に特化したシステムだった。
手書きからタブレット端末での記録に移行、労力の軽減とリアルタイムの連絡が可能に 出欠席のオンライン化により、朝多かった保護者からの電話が鳴らなくなった
さまざまな機能があるこのシステムの中で同園が日常的に使用しているのは、職員のシフト管理、請求管理、保育記録、保護者との連絡帳機能、園児の情報管理だという。
操作にはタブレット端末を用い、保育現場で時間の合間を見て手軽に入力できるため、これまでの手書き作業に比べて時間短縮と効率化に貢献している。導入に際しては若手職員から先に操作方法を教えたところ、およそ1週間程度で習得したという。懸念されたのがICTに抵抗感のある年配職員だったが、若手職員が操作方法を教えることにより、両世代のコミュニケーションにもつながっているという。「今後は、現状半分が手書きの園児情報管理記録もタブレットに移行していきたいですね」(藤崎副園長)と意欲的だ。
また、二つ目の「保護者からの出欠席連絡対応」についても劇的にアップデートした。幼児は発熱や体調不良が生じやすい年齢のため、登園前の朝、職員は保護者からの電話への応対に日々追われていた。しかも、近年多発する送迎バスへの園児の置き去り防止や安全確保の観点からも、確実な伝達方法が求められていた。そこで威力を発揮したのがこのシステムだ。保護者がシステムにログインして欠席を申告するだけで伝達は完了。今や朝に電話は全く鳴らなくなったという。
職員の勤怠管理・保育料の計算をICTの活用で大幅に楽になった
さらに、職員の勤怠管理や保育料の計算をICT活用により、管理者は場所を選ばず確認が可能だ。シフト管理や給与計算における作業も軽減し、勤怠管理業務の効率化につながった。このように、さまざまな業務がシステム上で一括に集約されたことで、同園では保育に応じる時間的な余裕を生み出すことができている。藤崎副園長は「まだまだ全ての機能を使えていません。今後はもっと使いこなしていきたいですね。とにかくICTは今後も切り離せないので、やっていくしかないと思います」と今後を見据えている。
ホームページのアクセス解析を活用し、閲覧頻度の高いページは頻繁に更新 保護者が園児の活動状況を見られる通知機能も大好評でホームページ活用の手応えを実感
システムによる業務改善に続き、同園では三つ目の「ホームページの積極的な利活用」を開始、2022年7月に新しくホームページを開設した。導入前の段階で副園長は従前のホームページに対して「うちの園の魅力が伝えきれていない」という印象を抱いていた。実際、時代とともにホームページの見せ方は目まぐるしく変化しており、いかに閲覧者を画面に引きつけられるかは、写真のセンスや文字情報のバランス、デザインなどの検討が重要だ。
だが、同園が最も求めていたのは、ホームページの更新を自らが自由に出来ることだった。そこで同園が採用したのが、専門的な知識がなくても更新作業ができるホームページ作成システムだった。基本的なデザインは要望に応じて制作会社が組み立て、完成後の写真差し替えや文章挿入などの更新作業は自分たちでできる。さらにアクセス解析機能を活用して、アクセス数の多い地域への対応や、閲覧数の多いページに力を入れるなど、効率的かつ確実な手を打っていった。
ホームページで保護者から好評だったのが、園の日々の様子を週に2回最新ニュースとして見られること
「新着情報の閲覧頻度が高いので、行事報告も加えて毎週更新をしています。保護者のアンケートを実施したところ、最も好評だったのが園の日々の様子が週に2回更新され、更新情報を見られることでした。通知機能があるのでスマートフォンから『すぐに見られるのがよかった』という声がとても多かったですね」と藤崎副園長は手応えを感じている。そして、2024年7月にはホームページのソフトウエアをバージョンアップし、新たに追加された機能を活用した取り組みを進めることにした。
職員の健康維持のために「健康経営」に取り組む
同園がホームページを使って進めている「新たな機能の活用」、それは「健康経営」という概念を取り入れ、職員の健康に寄与することだ。
「今、心理学を勉強していますが、その中で『健康経営』という概念に注目しています。これをうちの園でも導入すべく取り組みを進めています」(藤崎副園長)。この機能では、職員のスマートフォンからアンケートに回答してもらうことでストレス度の測定ができるほか、健康情報動画の発信や健康アドバイス機能などが備わっているという。健康経営に着目したのは、保育業界の人手不足と職員のメンタルヘルスに対する関心の高まりが背景にあったという。
「今いる職員には長く働いていただきたいですし、健康経営への取り組み自体が新規職員獲得へのPRになることも期待できます」(藤崎副園長)。保育施設で健康経営に取り組む事例はまだ少ない。働きやすい職場選びの指標として注目すべき取り組みといえるだろう。
念願だったホームページの活用が進み、藤崎園長はこれから園に入る子を持つ親に対して、積極的に園のPRを行っていきたいと考えている。「ホームページは保護者から好評ですし、頻繁に情報更新ができるようになってよかったです。また、この地域では3人目の子どもを産む人が多く、最初は別のエリアで暮らしていても、いずれ地元に戻ってくる人も多い。そうした人たちにもホームページをぜひ見てもらいたいですね」
ICTを上手に生かして、子ども、保護者、園が地域で支え合う関係をさらに深め、子どもたちの未来へとつなげていく
「田舎では人と人とのつながりが大切です。当園のロゴマークは『共』という漢字をモチーフにしたデザインですが、この形のように保護者や地域の人たち、子ども、園がバランスのよい三角形になって支え合い、育ち合う関係性を目指しています。親や保育士が子どもを一方的に育てているわけではないのです。親も保育士も、子どもから学ぶことが多いと日々感じています」(藤崎園長) この言葉のように、藤崎園長がかつて煩わしく感じていた「田舎」の濃密な関係性は、「今やかけがえのない宝物」だという藤崎園長。親が日々多忙で孤立しがちな現代だからこそ、支え合える関係性は地域の大切なセーフティネットだといえる。もっと言えば、濃密なコミュニケーションが生きている地域だからこそ、ICTを道具として上手に使いこなしていくだろう。
子どもたちが大人になった頃、この蓮田の広がる田園風景はどうなっているだろう。もしかしたら、景色は変わっているかもしれない。けれど、地域の人々と園、そして子どもたちとの深いつながりは、脳裏に浮かぶ蓮田の原風景とともに、きっと受け継がれていくに違いない。
企業概要
会社名 | 社会福祉法人中根福祉会 北浦こども園 |
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住所 | 茨城県行方市中根309-1 |
HP | https://kitaurakodomoen.jp/ |
電話 | 0291-35-3141 |
設立 | 1978年4月 |
従業員数 | 27人 |
事業内容 | 認定こども園の運営 |