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マルイ産業株式会社は長野県小諸市にある飼料製造会社だ。周辺は「佐久鯉」で知られるコイやフナなど淡水魚の養殖が盛んで、かつては飼料製造会社が多数点在していた。ただ、消費者志向の変化で撤退する養殖業者が相次ぎ、飼料会社も廃業や販売だけに追い込まれ、マルイ産業が現在、県内で飼料を製造し販売する唯一の存在となっている。しかし、コロナ禍での需要減退に加え、穀物価格、輸送費の高騰、さらに円安も加わり、2023年は設立以来、最悪の業績に見舞われた。それでも新設備を導入し、独自の生産管理・商品管理・工程管理・在庫管理システムも構築し、新規事業も視野に入れるなど反転攻勢に打って出ようとしている。(TOP写真:BSEの発生防止策に対応したA飼料工場)
前身は食用油製造、植物残渣を二次利用した飼料分野を分社化し飼料製造会社をスタート
マルイ産業は1969年11月の設立で、前身は現在の伊藤賢治郎代表取締役社長の曽祖父が戦後まもなく立ち上げた製油工場にある。小諸市周辺では植物性油の原料となるベニバナやヒマワリ、大豆、綿花などが取れ、小諸産業の社名でそれらを原料に食用油を製造してきた。その過程で発生する植物残渣(ざんさ)を二次利用して家畜の飼料も手掛けるようになった。
しかし、海外から大量に輸入したトウモロコシや大豆を使った大手製油会社が生産する食用油に押され、製油事業に見切りをつけ、小諸産業の清算に踏み切った。しかし、飼料部門の家畜用は顧客がついており、養魚用も名産の「佐久鯉」があり需要も見込めることから、独立・分社化し、伊藤社長の祖父ら4人が共同出資し、マルイ産業を立ち上げた。
BSE発生防止策を転機に家畜用、養魚用の二本立てを選択
こうした経緯でスタートしたマルイ産業も21世紀に入ると大きな転機を迎える。それは日本でも確認された牛海綿状脳症(BSE)であり、マルイ産業のみならず飼料業界全体にとって一大転機となった。農林水産省はBSEの発生防止に向けて牛など反すう動物用飼料にBSEの原因となる動物由来タンパク質の混入防止策を打ち出した。その結果、県内の飼料事業者が相次いで製造事業から撤退していった。
農水省によるBSEの発生防止策は「飼料の安全性の確保及び品質の改善に関する法律(飼料安全法)」に基づき、飼料を反すう動物に与える動物由来タンパク質が混入していない「A飼料」と、それ以外の「B飼料」の二つのカテゴリーに分離し、動物由来タンパク質のA飼料への混入防止を確実に推し進めることとした。
これにより、飼料製造事業者にはA飼料とB飼料を確実に分離することが求められ、A飼料を製造する設備とA飼料以外の飼料の製造設備を完全分離し、B飼料と動物由来タンパク質の粉じんの侵入を防ぐ閉鎖系の措置、例えばA飼料とB飼料の工場を別棟にするなどの対策を講じることが必要になった。
マルイ産業の場合は家畜用のA飼料、養魚用のB飼料の両方を手掛けていくことを決断し、このタイミングでA飼料を製造する工場を新設した。新工場建設に踏み切った当時の事業計画に関連して、伊藤社長は「現在の売上構成は家畜用が7割に対して養魚用は3割。養魚用が今後、少し衰退していったとしても、家畜用でカバーできる。家畜用、養魚量の両建ての事業ができる形に当時、事業転換したことが今日まで飼料製造会社として継続できていることにつながっている」と話す。
県内の多くの飼料事業者がBSEの発生防止策に対応できず、結果的に廃業や飼料製造からの撤退を余儀なくされ、マルイ産業が県内で飼料を製造し、販売する唯一の飼料製造会社として残ってきたことは、この事業転換に起因する。
コロナ禍など多難続きのさなかに社長に。就任1年目の業績は最悪
しかし、2020年以降、マルイ産業はコロナ禍をはじめ苦難に次々と見舞わる。飼料の需要者である酪農業界はコロナ禍の直撃を受けた。学校給食用牛乳が納品できなかったため牛乳余りが生じ酪農業界を疲弊させました。乳牛は生き物ですので、いくら経費がかかるとはいえエサ(主食の配合飼料)を減らすことはできません。代わりに牛の健康管理や体調を整える補助食の家畜用サプリメント飼料まで予算が回らず、販売減につながりました。
さらに追い打ちをかけたのは、ウクライナ問題に端を発した穀物価格の高騰だった。ウクライナに限らず、トウモロコシの最大の輸入先である米国はハリケーンと熱波による不作も重なり飼料用の穀物価格は高騰を続け、今も高止まりしたままだ。さらに、原油価格の上昇に加えて世界的な半導体不足も手伝って海運需給がひっ迫し、物流費が上昇し、優先度の低い飼料用穀物の手配にも苦しんだ。その上、歴史的な円安も加わった。
当時の状況を伊藤社長は「まさに四重苦の状況」と振り返る。実は伊藤社長の就任は2022年で、その真っただ中での就任だった。「業績的には2023年が一番ひどく、近年まれにみるマイナスを記録した。無駄をなくす努力を続けてもマイナスが続いた」と就任1年目に辛酸をなめた。
業績悪化はコロナ禍をはじめ外的要因が大きいものの、伊藤社長は「自分の力でどうにもならないところは仕方がないと受け止め、自分で何かできる新たな事業展開を考えようと切り替えた」。
事業再構築補助金を活用し新ミキサーを導入、製品管理・商品管理・工程管理・在庫管理についても独自のシステムを構築
その気構えは苦境のさなかに新規設備の投資に踏み切った点に見て取れる。コロナ禍で中小企業の新分野展開や業態転換を支援する「事業再構築補助金」を活用して、2023年9月にA飼料工場内に既存工程から独立したナウター型ミキサーを導入した。
この設備は、飼料製造の際に原材料に使用していないにもかかわらず特定原材料が最終製品に混入してしまう「コンタミネーション」が発生するケースをほぼゼロにできる点を最大の特徴としている。近年は家畜用飼料も乳酸菌系など有効成分を配合して牛の体調をよくするような飼料サプリメントが増えており、こうしたニーズに対応するために導入した。
一方、製造する家畜用飼料はすべてOEM(相手先ブランドによる生産)で、その多くはアレルギー物質など成分表示に厳格な薬品メーカーとの取引であり、飼料用とはいえより高い品質管理とコンタミネーション防止を徹底するための新設備導入だった。
さらに、マルイ産業は2024年1月に製品管理・商品管理・工程管理・在庫管理について独自のシステムを構築した。このシステムは、クラウド型の販売・仕入・在庫管理ソフトに別の工程管理・原料の在庫管理ソフトを組み合わせることで、商品の流れから原料の動きまでを全体的に管理できることを最大の特徴としている。販売・仕入・在庫管理ソフトだけでは細かな原料管理はできず、それを補完する形で工程管理・原料の在庫管理ソフトと連動することで製品ごとに使う原料を選び、その在庫状況までも管理できるようにした。
システム導入前までの在庫管理は、手書きの原料管理帳というアナログな対応だった。このため、製造する際に原料の在庫が足りないといった事態も発生していた。伊藤社長はシステムの導入効果について「注文が入って、この原料の在庫がなかったら原料を手配し、製造に間に合わせるなど総合的な管理ができるようになった」と語る。
上記のシステム導入により、工程管理・原料の個別在庫管理と販売・仕入・在庫管理のそれぞれ入力という作業がなくなり事務作業の負担が大幅に軽減された。しかも販売・仕入・在庫管理システムは財務管理と連動できるので財務管理も一元的に管理され、業務の大幅な改善につながった。
マルイ産業の場合、総務、財務・経理に加え輸送の管理を3人の事務員が担当してきた。そのうち1人は65歳で定年退職することになっていて、たまたまシステム導入のタイミングと重なり、結果的に3人で担当してきた業務を2人でこなせるようになった。伊藤社長は「意識的に人員削減したわけじゃないものの、結果的に1人分の人件費が削減でき、システム導入のメリットが目に見える形で表れた」と話す。
家畜用は地の利を生かし、抗酸化物質が多く含まれるブドウの搾りかすで独自商品を開発し、養魚用は海外展開を視野に新事業で巻き返し
新たな事業展開への取り組みでは、既に家畜用のA飼料、養魚用のB飼料それぞれに布石を打っている。A飼料について伊藤社長は「オリジナル製品を作って自分のところで売ってみよう」と考え、ワイン醸造所で発生するブドウの搾りかすを活用して動物のエサに製造する計画を進めている。
マルイ産業のある佐久地方には22ものワイン醸造所があり、浅間山の山麓(さんろく)は良質なブドウの産地でもある。ただ、ワイン醸造所で出るブドウの搾りかすはすべて廃棄されてきた。一方でブドウの搾りかすには抗酸化物質が多く含まれており、動物の健康にも効果があると学術的なエビデンスも得ている。
この点に着目し、ワイン醸造所からブドウの搾りかすを譲り受けることで了承を得たほか、ブドウの搾りかすを粉状とするためフリーズドライの技術を持った地元の企業の協力を得て、2025年にもオリジナル商品と売り出す予定としている。
B飼料に対する新たな取り組みは養魚用の国内需要が停滞する中、海外での販売を視野に入れている。養魚用の飼料についてマルイ産業はかねてからオリジナル商品を扱っており、日本貿易振興機構(ジェトロ)による新規輸出1万者支援プログラムへの申請が通り、2025年から養魚用飼料の輸出を始める方針だ。
最初に手掛けるのはニシキゴイ用の飼料だ。海外でもニシキゴイへの需要は確実性があり、伊藤社長は「海外に売る取っ掛かりとしては一番問題がない」と判断した。ジェトロの支援を受けてタイとインドネシアで販売する予定にしている。
二つの新規事業について、伊藤社長は「新たに増資することなく、当社がそもそも所持している知識と設備と資金でやろうというアイデアで、商品開発と海外販売に一歩ずつ取り込もうという形で進めている」と語る。苦難続きの状況から脱し、新規事業への挑戦を反転攻勢のテコとなることに期待を寄せる。
企業概要
会社名 | マルイ産業株式会社 |
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住所 | 長野県小諸市大字和田483-5 |
HP | https://www.marui-sangyo.net/ |
電話 | 0267-22-3111 |
設立 | 1969年11月 |
従業員数 | 17人 |
事業内容 | 飼料の製造 |