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人手不足が深刻化する建設業はIT化が必須
建設業界では、人手不足が深刻化しています。その背景には、人口動態変化に基づく若年労働者不足、建設業界においても時間外労働時間の上限規制が適用されるようになった「2024年問題」、さらには大阪万博工事など、様々な要因があります。
この深刻な人手不足は、倒産件数増加という形になって表れています。帝国データバンクが公表した「人手不足倒産の動向調査(2024年上半期)」によると、建設業界における人手不足に起因する倒産は、「過去最多を大幅に上回るペース」で増加していることが明らかになっています。
この状況に対して、採用や人材定着を強化する施策を考えることも必要です。しかし、中小企業の場合は、中堅・大手企業と比べて、採用力で劣る面があることは否めず、すぐに強化することも難しいというのが正直なところでしょう。
そこで、重要となるのが、IT化、DX化によって業務効率化を図り、これまでと同じ人員数でもより多くの業務に対応できるようにしていくことです。
建設の業務においても、IT化により業務効率化できる部分はたくさんあります。実際、国土交通省でも、「ICTの全面的な活用」等の施策を建設現場に導入することによって、建設生産システム全体の生産性向上を図る「i-Construction」の取り組みを以前から進めています。
ITシステムの導入を資金面からサポートするIT導入補助金
ITシステムを導入する際には、相応の費用がかかります。本来、業況が厳しい中小企業こそ、ITシステムによって業務効率化を図るべきなのに、導入費用がかかるためにIT化できないとなれば本末転倒です。
そこで、その状況を打破するために活用を検討したいのが、今回ご紹介する「IT導入補助金」です。
「IT導入補助金」は、中小企業・小規模事業者が、業務効率化、生産性向上、売上アップ等のためにITツールを導入する際に、導入費用の一部を国が補助してくれる制度です。
利用できる範囲が広く、比較的採択もされやすいことから人気がある補助金制度です。ただし、制度の内容は毎年少しずつ変更されます。利用の際には、公式Webサイトで最新情報を確認しましょう。
IT導入補助金の基本
IT導入補助金の基本的な仕組みは、以下のようになっています。
利用できるITツールやITサービスは登録されているものだけ
ITシステムの開発や販売をおこなっている「ITベンダー」が、IT導入補助の対象となる「ITツール」を、IT導入補助金事務局に登録します。なお、登録されたITベンダーのことを「IT導入支援事業者」と呼びます。
補助の対象となるITツールは、登録されたITツールだけである点に注意してください。どんなツールが登録されているのかは、公式Webサイトで検索して調べることができます。建設業で利用できるITツールの例は、後ほど説明します。
申請は、企業とITベンダーが共同でおこなう
IT導入補助金は、中小企業とIT導入支援事業者(ITベンダー)とが共同しておこないます。つまり、企業が自分だけで申請することは、できない仕組みとなっています。申請書類の作成などは、IT導入支援事業者が代行してくれます。
審査があり、必ず補助が受けられるわけではない
IT導入補助金を主催しているのは経済産業省です。経済産業省が主催する「補助金」は、書類による審査があり、審査に通った(採択された)企業だけが補助を受けることができるのが原則です。IT導入補助金にも審査があります。
なお、厚生労働省が主催する「助成金」の場合は、条件に該当している企業であれば、原則的に助成を受けることができます。「補助金」と「助成金」との違いに注意してください。
申請できる中小企業の範囲
IT導入補助金を申請できるのは、「中小企業・小規模事業者」です(一部例外あり)。これは、中小企業基本法で定められた、中小企業の定義に原則的に準じています。
建設業の場合、「資本金額(または出資総額)が3億円以下、または、常時使用する従業員の数が300人以下の会社または個人事業主」となっています。
なお、IT導入補助金において、補助を受ける企業は、「補助事業者」と呼ばれます。
IT導入補助金の種類は、4枠5類型
IT導入補助金(2024年)には、4つの応募枠、5つの応募類型があります。
(1)通常枠
業務効率化、売上アップ、DX化などに役立つITツールの導入が対象です。
名前のとおりもっとも一般的な枠であり、下記の(2)~(5)の該当する場合以外は、この枠を利用します。
(2)インボイス枠(インボイス対応類型)
インボイス制度に対応した会計ソフト、受発注ソフト、決済ソフト、PC・ハードウェア等の導入が対象です。
(3)インボイス枠(電子取引類型)
発注者がインボイス制度に対応した受発注システムを導入し、受注者が無料でそのシステムを利用する場合が対象です。なお、この枠のみ、大企業も応募できます。
(4)セキュリティ対策推進枠
サイバーセキュリティを守るための、サイバーセキュリティお助け隊のサービスを利用する場合に利用できます。
「サイバーセキュリティお助け隊サービス」は民間の事業者が提供するサービスで、中小企業へのサイバー攻撃の対処として必要なサービスをパッケージ化したものです。
「サイバーセキュリティお助け隊サービスリスト」に掲載されているサービスで、IT導入支援事業者が提供し、かつ事務局に事前登録されたサービスを導入することが条件です。
(5)複数社連携IT導入枠
業務上つながりのある「サプライチェーン」や、特定の商圏で事業を営む「商業集積地」に属する複数の中小企業・小規模事業者が連携して導入するITツールが対象です。
2024年での変更ポイント
2024年のIT導入補助金では、前年からあった「インボイス枠」が、「電子取引類型」と「インボイス対応類型」とに分かれました。前者は、大企業も対象となっている点が特徴です。
枠ごとの補助金額、補助率、補助対象
枠・類型ごとに、補助要件、補助事業者、補助上限額、補助率(導入金額のうち、どれくらいまで補助されるのか)、補助対象(どんなITシステム等が対象になるのか)などが異なります。
補助額 | 補助率 | 補助対象 | |
通常枠 | プロセス数1~3:5万円~150万円未満。 プロセス数4以上:150万円~450万円 |
1/2以内 | ・ソフトウェア(必須。ソフトウェア購入費、クラウド利用料最大2年分) ・オプション ・役務 |
インボイス枠(インボイス対応類型) | ITツール(1機能):~50万円。 ITツール(2機能以上):~350万円。 ハードウェア(PC・タブレット等):10万円。 ハードウェア(レジ券売機等):20万円まで |
50万円以下:3/4以内(小規模事業者4/5以内) 50万円超350万円まで:2/3以内 ハードウェア:1/2以内 |
・ソフトウェア(必須。インボイス制度に対応し、「会計」・「受発注」・「決済」の機能を持つもの。クラウド利用料最大2年分) ・オプション ・役務 ・ハードウェア(PC / タブレット / プリンター / スキャナ / 複合機、POSレジ / モバイルPOSレジ / 券売機。ハードウェアのみでの申請は不可) |
インボイス枠(電子取引類型) | ~350万円 | 2/3以内 1/2以内(大企業の場合) |
受発注ソフト (インボイス制度に対応した受発注の機能を持ち、かつ受注事業者に対してアカウントを無償で発行し、利用させることのできる機能を持つクラウド型のソフトウェア。クラウド利用料最大2年分) |
セキュリティ対策推進枠 | 5万円~100万円以下 | 1/2以内 | 独立行政法人情報処理推進機構(IPA)が公表する「サイバーセキュリティお助け隊サービスリスト」に掲載されているサービス(最大2年分) |
複数社連携IT導入枠 | (1)インボイス対応類型の対象経費:左記同様 (2)消費動向分析経費:50万円×参画事業者数 ((1)+(2)で3,000万円以下) (3)事務費等:200万円以下 |
(1)インボイス対応類型同様 (2)(3)2/3以内 |
・基盤導入経費(インボイス対応類型と同様) ・消費動向分析経費(地域の商流等の分析に資するITツール等) ・その他経費(事務費等) |
・補助額:申請できる補助金額です。
・補助率:補助対象として申請するITツールの購入価格のうち、補助される最大割合です
(補助額450万円以下、補助率1/2以内の場合の例)
導入製品価格 | 補助を受けられる金額の上限 |
800万円 | 400万円 |
900万円 | 450万円 |
1,000万円 | 450万円 |
・補助対象:補助の対象となるITシステム等の種類です。次の項目でくわしく説明します。
補助対象になるITツールとは
IT導入補助金の補助対象となるのは、あらかじめITベンダーによって事務局に登録されているITツール等(以下「ITツール」)です。
登録されているITツールは、大きく「ソフトウェア」「オプション」「役務」「ハードウェア」の4つに区分されています。上で見た応募枠(応募類型)によって、それらの区分をどのように組み合わせて利用できるのかが決められています。
また、同じ区分でも、応募枠によって、利用できる製品等が限定されている場合もあります。例えば、「インボイス対応類型」であれば、インボイスに対応した会計ソフトなどです。
通常枠、インボイス枠などでは、「ソフトウェア」が必須で、それに「オプション」「役務」、「ハードウェア」(インボイス枠の場合のみ)を、追加で組み合わせることができる形です。
ソフトウェア
オンプレミスタイプのソフトウェアの場合は購入費、クラウド型ソフトウェアの場合は最大2年分の利用料が対象になります。
ソフトウェアにはさらに、「プロセス」という分類が設けられています。「プロセス」という言葉はわかりにくいのですが、そのITツールがどんな役割を果たすのかという「機能」のようなものだと考えてください。
「プロセス」には、「共通業務プロセス」「業務特化型業務プロセス」「汎用プロセス」があります。
共通業務プロセス | 業種にかかわらずおこなわれる業務に用いられるもの。一般的な会計ソフト、顧客管理ソフト、など |
業務特化型業務プロセス(建設業の場合) | 業種に特化した業務に用いられるもの。CADソフト、積算ソフト、など |
汎用プロセス | 業務プロセスにかかわらず汎用的に用いられるもの。ワープロ、表計算、など |
プロセスの組み合わせにおいては、業務プロセスを1種類以上含み、汎用プロセスのみでの利用は不可など、細かいルールがあります。しかし、それをすべて理解していなくても、導入したい製品を取り扱っているIT導入支援事業者(ITベンダー)に相談すれば、自社の必要性に応じて、適宜適切な処理をしてもらえます。
プロセスの種類
種別 | プロセス | |
業務プロセス | 共通プロセス | P1:顧客対応・販売支援 |
P2:決済・債権債務・資金回収管理 | ||
P3:供給・在庫・物流 | ||
P4:会計・財務・経営 | ||
P5:総務・人事・給与・労務・教育訓練・法務・情報システム | ||
業務特化型プロセス | P6:その他業務固有のプロセス | |
汎用プロセス 単体での使用は不可 |
P7:汎用・自動化・分析ツール (業種・業務が限定されないが生産性向上への寄与が認められる業務プロセスに付随しない専用のソフトウェア) |
建設業※の業務特化型プロセス例
・点群データ解析(測量、地盤解析)、構造、写真測量
・点群データ処理(3D モデル作成、オルソ画像作成、ドローンマッピング)
・CAD(設計、プレゼン支援、シミュレーション)
・積算、拾い出し、見積
・出来形管理、総括表、電子小黒板
・図面管理(共有、変更管理、ファイリング)
・工程管理(工程表)、品質管理、写真管理、工事台帳
・施工管理(工事案件・契約、日報管理、原価管理・実行予算管理、作業員・資材手配、安全管理)
・安全衛生管理(作業手順作成・管理、巡視記録、健康チェック、グリーンファイル作成・管理、リスク評価・ヒヤリハット、教育)
・BIM/CIM 対応
・省エネ性能(分析・評価)、建築確認申請書等法令提出、電子納品対応
※ここでいう建設業には以下が当てはまります。
D 建設業、06 総合工事業、61 一般土木建築工事業、62 建築工事業、63 舗装工事業、65 建築リフォーム工事業、07 職別工事業、71 大工工事業、72 とび・土工・コンクリート工事業、75 左官工事業、77 塗装工事業、08 設備工事業、81 電気工事業、7421 建築設計業、7422 測量業、7429 その他の土木建築サービス業
(アルファベットと数字は日本産業分類コード)
オプション
ソフトウェアの機能を拡張したり、複数のソフトウェア間でデータを連携させたり、セキュリティ対策を実施するためのシステムです。
役務
ITツールを導入するためのコンサルティングや、導入設定、導入後の保守、研修サービス、マニュアル作成などです。これらもIT導入補助金の補助対象になっています。
ハードウェア
下記のようなハードウェアが対象となります。
・PC、タブレット、プリンター、スキャナ、複合機
・POSレジ、モバイルPOSレジ、券売機
ハードウェアが補助対象となるのは、「インボイス対応類型」「複数社連携IT導入枠」のみです。また、ハードウェアのみでの申請はできません。
公式WebサイトでITツールを検索
上記の他にも、建設業で利用できるITシステムは数多く登録されています。
IT導入補助金公式Webサイトには、ITツール・IT導入支援事業者検索の検索ページが用意されていますので、どんなツールがあるのか調べてみるとよいでしょう。
建設業で導入できるITツール例
IT導入補助金を利用して、建設業で導入できるITツールを具体的に見ていきましょう。
CADソフト
現在は、建築設計ではCADソフトで図面を描くのが当たり前で、手描きメインで図面を引いている設計事務所や建設会社は少数派でしょう。ただし、3D CADの活用となるとあまり進んでいないかもしれません。高度な3D CADシステムの導入にIT導入補助金は活用できます。
図面データ管理
CADで作成した多くの図面データを管理し、必要に応じて検索し、新規の図面に流用したり、CADソフト間でのデータ変換などを可能とするシステムです。設計事務所・建設会社にとって資産ともいえる図面データの利活用を促進します。
原価管理システム
長期にわたる建設工事では、適正な原価管理が利益に大きな影響を及ぼします。施工管理システムの一機能となっている場合もありますが、原価管理単体での機能に特化したシステムもあります。
積算・見積もりシステム
設計書や仕様書のデータ、過去の見積もりデータなどを流用しながら、自動で積算を行い、見積もり書の作成が可能になるシステムです。
施工管理システム
建設工事プロジェクトの受注から竣工・納品まで、すべての工程を総合的に管理するツールです。一般的には、予算管理、原価管理、工程管理、作業日報管理、外注管理、図面管理などの機能が用意されています。それぞれ単独のソフトもありますが、それらの機能が統合的に盛り込まれているのが、施工管理システムです。小規模事業所向けには「工務店パック」といった名称で販売されているものもあります。
写真管理
建設業では、大量の現場写真の撮影が必要となります。専用の管理ソフトを使って適正に管理しておかないと、混乱が生じる要因になります。
会計、給与、勤怠・人事管理、等
いわゆるバックオフィス業務として、どの業種でも共通となる、会計、給与計算、人事管理などの業務があります。これらのバックオフィス業務は、直接売上を生みだすものではないためできる限りIT化、デジタル化することで、効率化を図りたいものです。
インボイス対応、電子帳簿保存対応
インボイス制度や、電子帳簿保存制度などでは、それらに対応した会計書類等の作成・保存が義務づけられています。必要に応じて、会計システムなどの更改をする必要がありますが、そのためにもIT導入補助金は利用できます。
申請・交付の流れ
IT導入補助金の交付を受けるまでの流れは以下のとおりです。
(1)「gBizIDプライム」アカウントの取得、「SECURITY ACTION」宣言の実施
IT導入補助金の交付申請にあたっては、事前に、法人向けの行政サービス共通認証アカウントである、「gbizIDプライム」のアカウントを取得している必要があります。
また、独立行政法人情報処理推進機構(IPA)が実施する「SECURITY ACTION」の宣言が必要です。
(2)自社に必要なITツールを把握する
ITツールの導入検討には、まず自社の経営課題を把握する必要があります。経営課題を把握するために、「みらデジ経営チェック」を受けます。
(通常枠では必須要件。インボイス枠とセキュリティ対策推進枠については加点項目)
「みらデジ経営チェック」とは、中小企業基盤整備機構が主催する、Webサイト上で経営課題やデジタル化取り組み状況を把握できるサービスです。
(3)IT導入支援事業者とのマッチング・ITツールの選定
導入したいITツールの候補が決まったら、そのツールを取り扱っているIT導入支援事業者(ITベンダー)に連絡し、費用を見積もってもらいます。
(4)交付申請を行い、審査を受ける
最終的に導入したいITツールを決めたら、IT導入補助事業者(ITベンダー)と共同で、申請書を作成し、交付申請します。提出した申請書類により審査がおこなわれます。
(5)審査通過後にITツールを導入(購入)する
審査に通過したら、ITツールを発注、契約して導入(購入)します。この段階では、補助金交付前であるため、自社が全額を用意しておく必要があります。
(6)事業実施報告をし、補助金交付を受ける
ITツールを導入後、運用報告をします。それを経て、補助金が交付されます。また、その後、事業実施効果報告をおこないます。
申請スケジュール
IT導入補助金の申請は、いつでもできるわけではありません。定められた募集期間内に申請する必要があります。
募集は枠ごとに、1年間に数回実施されます。募集が何回実施されるかは年により異なっています。2023年度の場合は、通常枠で10次(10回)の募集が実施されました。
最新の募集スケジュールはIT導入補助金Webサイトで確認してください。
まとめ
人材不足が深刻化する一方の建設業界において、中小企業が生き残るために、ITツールを活用して業務効率化や生産性向上を図ることはますます重要になっています。
IT導入補助金は、利用のハードルも比較的低く、また、多種多様なツールが幅広く登録されており、建設業界の中小企業にとって使い勝手の良い制度です。
ぜひ積極的に活用して、経営体質の強化に活かしてください。
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