現役の経営者にとってもっとも重要なことは、目前の企業経営である。しかしながら、将来的に事業承継を考えるのか、一代で廃業してしまうのかといった点についても考える時間を持たなければならない。そして、自分自身の引退後の生活についてもイメージしておく必要があるだろう。
今回は、経営者の引退後の生活をテーマとし、中小企業庁が取りまとめた2019年版「中小企業白書」を参考に中小企業経営者引退の実態と引退準備に欠かせないポイントについて解説する。
目次
中小企業経営者引退の実態
中小企業経営者が引退する場合に、企業は事業承継か廃業の選択を迫られる。それぞれのケースで、解決しなければならない課題があり、経営者は課題解決のために準備し計画を実行していかなければない。中小企業経営者が事業承継か廃業を選ぶ時の実態は、どのような傾向があるだろうか。
2019年版「中小企業白書」から、中小企業経営者が事業承継か廃業を選ぶ実態を「売上高」「経常利益」「事業資産と負債の状況」でみてみよう。
売上高
経営者が引退を決断する前の3年間の売上高の傾向を事業承継した経営者と廃業した経営者で比較してみると下記の傾向がみられた。
・事業承継した経営者:売上高増加傾向と横ばい合わせて76.5%が引退を決断している。
・廃業した経営者:売上高減少傾向で72.1%が引退を決断している。
・売上高が減少傾向にある企業の多くが廃業を選択していたことがわかる。
経常利益
経営者が引退を決断した時の営業利益の傾向を事業承継した経営者と廃業した経営者で比較してみると下記の傾向がみられた。
・事業承継した経営者:営業利益2期以上連続黒字で68.3%が引退を決断している
・廃業した経営者:営業利益2期以上連続赤字54.0%、直近2年間のうち1年でも赤字であった企業の経営者の約半数が引退を決断している。
・営業利益赤字が継続すると廃業を選択する傾向が強くなる。
事業資産と負債の状況
経営者が引退を決断した時の事業資産と負債の状況をみてみると下記の傾向がみられた。
・事業承継した経営者:資産超過59.0%、負債超過10.1%
・廃業した経営者:資産超過32.7%、負債超過28.2%
・廃業した経営者の約3割が負債超過の状況で引退を決断していた。
経営者の引退とは?
経営者の引退とは、後継者に事業を引き継ぐ「事業承継」か、事業を終えてしまう「廃業」のどちらかを指す。事業承継では、経営者の引退と並行して新たな後継者への引継ぎが発生する。
近年中小企業を取り巻く大きな課題が後継者の問題である。中小企業の経営者の年齢分布をみると、最も多い年齢が1995年には47歳であったが、2018年には69歳となっている。
現在現役の経営者であっても、年齢的に経営を引退する時期がくるだろう。事業承継をする場合でも廃業する場合でも、経営者が引退するときには企業の経営権や株式、事業用資産、知的資産などの経営資産の引き継ぎをしなければならない。
廃業を検討していたが事業の一部を継続している企業が3割存在する
約9割の経営者は、引退を決断した時点で事業承継か廃業を検討し、実際に実行している。一方で、引退を決断した時点では廃業を検討していたが、実際には事業の一部を継続している企業が3割存在する。
経営者が引退を決断した理由
経営者が引退を決意した理由は、事業承継した経営者と廃業した経営者では大きく異なる。事業承継した経営者が引退を決意した理由を上位から並べると以下のようになる。
・後継者の決定
・経営者本人の高齢化・健康上の理由
・想定引退年齢の到来
・後継者の成熟
一方、廃業した経営者が引退を決意した理由を上位から並べると以下のようになる。
・経営者本人の高齢化・健康上の理由
・業績の悪化(事業の見通しが立たない)
・想定引退年齢の到来
「経営者本人の高齢化・健康上の理由」や「想定引退年齢の到来」は、事業承継、廃業ともに引退理由の上位にあげられる。しかし事業承継した経営者は、「後継者の決定」や「後継者の成熟」など、後継者に関わる点が理由として上位にあがっており、後継者の選定や育成によって事業承継の目途が立ってから、引退を決意することが多いと想定される。
一方で、廃業した経営者が引退を決意した理由は、「業績の悪化(事業の見通しが立たない)」ことが上位になっており、業績悪化が廃業に結び付くケースが想定される。
引退の準備期間
中小企業経営者が引退を決断してから、実際に引退するまでの期間は、下記のようになっている。
1年未満 | 1~3年 | 3~5年 | 5~10年 | 10年以上 | |
---|---|---|---|---|---|
事業承継した経営者 | 33.9% | 34.4% | 22.8% | 6.1% | 2.8% |
廃業した経営者 | 43.5% | 35.2% | 14.9% | 4.1% | 2.4% |
事業承継した経営者の引退までの準備期間は、約9割が1年未満~5年までの期間に該当している。一方、廃業した経営者は1年未満の割合が約4割と多く、事業継承をした経営者と比較すると引退までの準備期間が短い傾向だ。
引退までの準備期間がどれくらい必要であるかという点は、それぞれの企業の状況で異なる。中小企業経営者が引退を決断してから、実際に引退するまでの期間ごとに「時間が足りなかった」と感じた割合をまとめると下記のようになる。
1年未満 | 1~3年 | 3~5年 | 5~10年 | 10年以上 | |
---|---|---|---|---|---|
事業承継した経営者 | 21.4% | 15.4% | 12.0% | 9.9% | 6.5% |
廃業した経営者 | 16.5% | 9.2% | 11.0% | 10.3% | 4.3% |
準備期間が短いほど、不足感が高いことがわかる。一方、事業継承した経営者が「時間に余裕があった」とする割合は、1年以上3年未満で27.2%であったのに対し、3年以上5年未満で大幅に増え40.6%、5年以上10年未満で48.9%と約5割に達している。余裕をもって事業承継を実行するためには、3年間以上時間をかけて準備する必要であると言える。
中小企業経営者引退後の生活状況は?
中小企業経営者の引退を考える場合、企業のことばかりではなく、経営者自身の引退後の生活を想定しておくことも引退準備に欠かせないポイントのひとつであろう。引退後の生活には、生活に必要な資金や引退後の収入源といった現実的な問題と、生活する上での満足感についてもイメージしておく必要がある。
引退後の生活資金は?
中小企業経営者の引退後の生活資金は、事業承継、廃業ともに公的年金を資金としている割合が約8割と最も高くなっている。事業承継した経営者のうち約半数は、勤務収入を得ているケースもあり、公的年金プラス勤務収入が生活資金となっている。
引退後も働いている?
事業継承した経営者は、企業の代表を後継者に引継いだ後も役員などとして企業に在籍するケースがある。当然勤務が継続するので、引退後の収入源として勤務収入を想定できることになる。一方、廃業した経営者は、経営していた企業からの勤務収入はなくなり、約7割は無職である。そのため生活資金は、公的年金がメインとなっている。
引退後に実際の問題になることは?
経営者が引退を考える時の懸念事項の上位は、「後継者の経営能力」「経営者自身の収入の減少」「従業員への影響」「引退後の時間の使い方」「顧客や販売・受注先への影響」となっている。
引退後、実際に問題になったことのうちもっとも大きな割合を占めたのは「経営者自身の収入の減少」であった。注目すべき点は、前述の経営者が引退を考える時の懸念事項の上位5項目の中で、引退後に実際に問題になったのが「経営者自身の収入の減少」のみである点だ。
「経営者自身の収入の減少」は、経営者が懸念する以上に引退後の問題として現実化する可能性が高い。割合は下位だが、引退前の懸念を上回って引退後の問題となったのが「家族への影響」「社会的地位の低下」「個人財産の減少」があげられる。それぞれの項目についても、引退後にでてくる問題点として注目しておく必要があるだろう。
経営者が自分の引退前に懸念している「後継者の経営能力」や「従業員への影響」、「顧客や販売・受注先への影響」は、経営者引退後に実際に問題になった割合が、大幅に減少している。これらの懸念事項は、実際には問題にならないことが多いと想定できる。
引退後の生活に満足している?
中小企業経営者の引退後の生活に対する満足感は、事業継承をした経営者と廃業した経営者とではやや異なった傾向がある。
全体的な満足感については、事業継承をした経営者のうち約7割が満足かやや満足と感じ、廃業した経営者も約5割が満足かやや満足と感じている。中小企業経営者はおおむね引退後の生活に満足していると言える。
しかし、経営者引退後の「収入」に指標を絞ると、事業継承をした経営者と廃業した経営者の満足感は大きく異なってくる。事業継承をした経営者は、5割以上が満足かやや満足と感じているのに対し、廃業した経営者は3割に満たず、不満かやや不満と感じている割合が4割に達している。これは、事業継承した経営者は引退後も役員などとして企業に在籍し、公的年金プラス勤務収入が確保できているからであると想定される。
どこに満足している?
中小企業経営者は、引退後の生活のどこに満足しているのであろうか。
事業承継した経営者も廃業した経営者も、「時間的余裕がある」「精神的余裕がある」という点が、満足感を感じる理由の上位になっている。中小企業経営者は多忙であり、精神的にも厳しい時間を過ごしていたはずである。経営者を引退することで、余裕のある生活を手に入れることができているからであろう。
引退後の生活の不満は?
引退後には満足することばかりではなく、中小企業経営者を引退することで、不満を感じている項目もでてくる。引退後に不満を感じないためにも引退前の準備として不満の理由を知っておくことは重要なポイントであろう。
不満の1位は、事業継承をした経営者も廃業した経営者も「経済的な余裕がない」である。次いで「健康上の問題」「人とのつながりが少なくなった」「時間を持て余している」と続く。
「経済的な余裕がない」という不満については、前述の生活資金の面での問題として挙げたが、公的年金や勤務収入の予測と引退後に向けた資金計画を立てておく必要がある。
「健康上の問題」については、近年注目されている企業の健康経営とリンクして、経営者自身も率先して健康管理に努めていく事も大切であろう。
「人とのつながりが少なくなった」点は、経営者のみならず、引退するすべてのビジネスマンに共通する項目である。経営者も現役時代からライフワークバランスを考えた働き方改革に考え方をシフトしていくのも良いだろう。
ライフワークバランスを考えることは、現在から将来に向けた働き方の方向性を定めることであり、従業員のみならず企業のトップも考え方を変えていく必要がある。トップの姿勢は企業全体に大きな影響を及ぼす。経営者の引退後の不満の項目は、現役経営者が企業経営を考える際に参考にできる項目でもある。経営者自身の「資金計画」「健康」「コミュニケーション」を考えることは、同時に企業経営のアイデアや施策につなげることができるだろう。
引退後に向けての準備時間によって満足度が違う
中小企業経営者が引退後に満足した生活を過ごすためには、準備が必要である。現役経営者が考えておかなければならないポイントは「準備には時間が必要」な点である。経営者引退の準備期間別に引退した経営者の現在の生活の満足度を聞いたところ、「満足・やや満足」と回答した割合は以下のとおりだ。
1年未満 | 1~3年 | 3~5年 | 5年以上 | |
---|---|---|---|---|
事業承継した経営者 | 65.7% | 69.9% | 77.8% | 76.5% |
廃業した経営者 | 47.8% | 49.1% | 54.7% | 55.7% |
引退後に向けての準備期間が長いほうが、引退後の生活に満足している度合いが高いことがわかる。引退後の準備は多岐にわたるため、計画的に時間をつくり、時間をかけて準備を進めていくことが重要である。
引退準備に欠かせない経営資源の引継ぎとは?
引退準備に欠かせないポイントのひとつに経営資源の引継ぎがある。経営資源の引き継ぎは事業承継を行う場合も廃業する場合もどちらも発生する。中小企業庁が2016年に策定した事業承継ガイドラインによると、経営資源は、大きく分けると「人」、「資産」、「知的資産」の3つであり下記の項目がある。
経営資源 | |
---|---|
人 | 経営権 |
資産 | 株式、事業用資産(設備・不動産)、資金 |
知的資産 | ノウハウ、取引先との人脈、顧客情報、知的財産権 |
事業承継による経営資源の引継ぎ
事業承継の場合は、経営資源の引継ぎは後継者に引継がれるのが一般的だ。事業承継は大きく「親族内承継」「親族外承継」の2つにわかれる。
・親族内承継
親族内承継とは、経営者の子供や親族を後継者として継承する方法だ。経営者が計画的に後継者育成を開始できるため、時間をかけて継承できる利点がある。相続などを活用することで、資産面での引継ぎに優位性がある。
・親族外承継
親族外承継は、社内の役員や従業員の中から後継者を選別し承継する方法と、M&Aなど社外へ継承するケースなどがある。社内の役員や従業員の中から後継者を選別する方法は、企業のビジョンや経営方針を明確に承継できる点と、自社の経営者として適任な人材を選び出せる機会があるという点がメリットとしてあげられる。
M&Aは、株式譲渡や事業譲渡などによって承継を行う方法だ。近年、日本の中小企業を悩ませている後継者不在の問題点を解決する方法のひとつである。経営者は、子供や親族、社内の役員や従業員の中から後継者を見つけることができなくても、承継先を社外に求めることができる。経営者にとっては、会社を売却することで利益を得ることができるのもメリットとなる。
廃業時の経営資源の引継ぎ
廃業時には、経営資源の引継ぎを行う場合と引継ぎを行わないケースが存在する。経営資源を引継ぐ際には、事業停止時期に他社や起業予定者などに引継ぎを行う。
引退後に満足した生活をおくるには引退準備を万全にすることが重要
引退後に満足した生活をおくるには、引退準備を万全にすることが重要だ。将来的に事業承継を考えるのか、一代で廃業してしまうのかといった点や、自分自身の引退後の生活についてイメージしておく必要がある。
事業承継する場合も廃業する場合も経営資産の引継ぎが必要であることが多く、後継者の選定や育成などの準備に長い時間がかかる。そのうえ、引退後の生活資金減少や社会的地位の低下といった問題も想定される。引退までの準備期間が長いほうが引退後の生活の満足度が高いため、計画的に時間をつくり、時間をかけて準備を進めていくことが重要である。
文・小塚信夫(ファイナンシャルプランナー・ビジネスライター)