1985年生まれ。職人の集団離職をきっかけにITツールによる業務効率化や水門のDX、職人の働き方改革など経営改革を実施。2020年にはデザイナーや大学生と職人技を生かした商品開発活動「ノリノリプロジェクト」をスタート。機能的かつ独創的なデザインが評価されiF DESIGN AWARD(独)、A’ DESIGN AWARD(伊)、グッドデザイン賞(日)など国内外のデザインアワードを受賞。地域のさまざまなプレイヤーを巻き込みながら町工場のモノづくりを盛り上げるべく奔走中。
創業からこれまでの事業変遷
ーー まず、創業からこれまでの事業の変遷について、ターニングポイントを踏まえてご紹介いただければと思います。
株式会社乗富鉄工所 代表取締役・乘冨 賢蔵氏(以下、社名・氏名略) :創業は1948年で、私の祖父がもともと職人として溶接や機械関連の仕事をやっていました。当時は特定の事業があったわけではなく、なんでも屋さんのような感じでいろんなことをやっていました。最初の仕事は食品工場で保守点検を担当していたようです。
1969年に法人化し、そのタイミングで公共工事をメインに据え始めました。現在は水関係の公共工事が主で、水門やポンプなどインフラ的な事業が会社の7割ほどの売上を占めています。
ーー その後の事業の展開についてもお聞かせいただけますか?
乗富 :当社はもともとインフラの会社ではなく、ゴミ処理場や機械製作などいろんなものを手がけていました。この流れは今も残っていますが、ここ10年ほどで水門事業が中心になっている一方で、他の事業が縮小しているという状況です。
代替わりの経緯・背景
ーー 2017年に入社されてから今年の1月に代表に就任されたと拝見しましたが、その間の役割の変遷や実践されてきたことを教えていただけますか?
乗富 :私はもともと前職では造船所で生産管理をしていましたが、入社後すぐに経営に携わっていたわけではなく、当初は現場の職人さんにくっついて手伝いをしていた時期がありました。しかし、すでに会社の状況が厳しくなっていたため、予定より早く生産管理部長になりました。その後、サイボウズ社のキントーンというソフトを導入したり、いろいろな仕掛けをしてきました。そして、2020年にキャンプ・アウトドア事業を立ち上げました。
ーー 代表に就任された経緯やタイミングについて教えていただけますか?
乗富 :特に決めていませんでしたが、実際には2年ほど前から私が経営を取り仕切っていました。今年1月に代表に就任しましたが、それは親に「そろそろ変わってください」と頼んだことがきっかけです。決めたというよりは、タイミングが来たという感じでした。
ぶつかった壁と乗り越え方
ーー その後、取締役のポジションについたときに、どのような課題にぶつかり、それをどのように乗り越えてきたのでしょうか?
乗富 :課題としては、生産管理になったときに、もともとは非常にアナログな昭和な会社だったので、まずはそこを改善することに取り組みました。そのために、いろんなツールを導入しましたが、本質的には人が組織として良い状態になるというところをずっとやってきた感じです。効率化も必要だったので、ITツールも導入してみました。
ーー しかし、改革を進める上で社内の状況的にも難しい面があったかと思いますが、それはどのように乗り越えられたのでしょうか?
乗富 :もともと私は生産管理をやっていて、職人さんに近いところで仕事をしてきたので、彼らの気持ちや世界観がなんとなく理解できました。そこで、私が改革を進めるにあたって、職人さんを主役に据えることに決めました。
実際、私たちの会社は職人さんでもっているようなもので、社員の半分は職人さんです。彼らを主役にしようと思い、職人さんを中心にしたブランディングを展開しました。職人に「メタルクリエイター」という名前をつけ、会社では必ずその名前で呼ぶようにしました。部署名も「メタルクリエイター部」に変えてみたり、メディアが来るときは極力職人さんにインタビューをお願いするようにしました。
とにかく職人さんを評価し、彼らを主役にするというところに気を使いながら進めてきました。
ーー 職人さん以外の社内メンバーからの反発はなかったのでしょうか?
乗富 :職人さんが味方についてくれれば、うまくいくというのが私たちの会社のキーだったため、職人さんを味方につけることに力を入れることが最優先でした。また、メディアに取り上げられるようになったことも社内への影響として大きかったです。私が同じことを言っても、私が言ったことをメディアが言うと、社員の受け止め方が全然違うと感じました。
今後の経営・事業の展望
ーー 今後の展望や事業計画についてお伺いしたいのですが、BtoCのプロダクトで世界展開を目指すと拝見しましたが、どのように市場を捉えているのでしょうか?
乗富 :今年の1月にドイツの展示会に出店して、結構手応えがありました。現在、いろんなところと商談していて、韓国にもそこそこの量を輸出できました。
さらに、今年の9月にオランダ、来年の1月にドイツの展示会に出す予定です。そこで成果を出したいと思っています。
また、いくつかのデザインアワードを受賞しているので、それが自信になっています。BtoC事業に関しては、これから海外展開を積極的に進めていこうと考えています。
ーー BtoB事業についてはいかがでしょうか?
乗富 :ちょうど今見直しを図っているところです。
最近はスタートアップと連携して、水門のDXに取り組んでいます。実は、水門は日本の信号機よりも多く存在していて、ほとんどが手動で管理されています。しかし、管理する農家の高齢化が進んでいるため、日本の国土の死活問題になっています。
そこで、後付けの機器でスマホやパソコンで操作できるようにし、国土を守るという取り組みをしています。また、そのシステムを活用して、水門をうまく制御すれば、日本の川がより良く流れるようになると考えています。スタートアップや大学の先生と協力しながら、ビジネスに取り組んでいます。
ーー 5年から10年の中長期の時間軸で見た場合、御社はどのような立ち位置やポジションを目指しているのでしょうか?
乗富 :ものづくりができる会社は今後、日本国内で減少すると思います。技能実習生制度などもありますが、日本人であれ外国人であれ働く人がやりたいと思う仕事でないならば長くは続かないのではないかと思っています。だから私たちは、ものづくりを積極的に行いたい職人さんにとって、魅力的な仕事にしていきたいと考えています。そのためにも、デザインや技術力を活用して、イノベーティブな取り組みを進めていきたいと思っています。
ーー 既存の事業において、市場が2倍や3倍に成長することは難しいかと思いますが、御社の中で新しい事業を拡大する方向性はどのように考えられていますか?
乗富 :新規事業であるキャンプ用品をきっかけに当社のことを知っていただいたアーティストや建築家との仕事も増えています。OEMで表に出せないものが多いですが、そういった仕事も少しずつ増えてきています。今後は、水門事業と新しい事業の割合を半分ずつにしていくことを目指しています。
ーー 今後の事業展開において、新しいノウハウを持った人材の活用が重要になると思いますが、御社の考え方はどのようなものでしょうか?
乗富 :最近、社員募集すると、変わった経歴の持ち主がやってくることが多いです。彼らには、水門事業をメインでやってもらいながら、新商品の開発やイベント企画など、プロジェクトベースで取り組んでもらっています。これがうまくいくかどうかはまだ未知数ですが、部門を超えた連携が始まっているので、こうした取り組みから水門事業にも活きてくると思っています。これから彼らがどのようなものを生み出してくれるか楽しみです。
全国の経営者へ
ーー 最後に全国の経営者の皆様へ向けて、一言コメントをいただければと思います。
乗富 :経営者、特に若く経営者になるか迷っている後継ぎには、会社の悪いところばかりが目に付いて、なんとかしなきゃと気負いすぎて疲れてしまう方も少なくありません。もちろんそれも大切な視点ですが、長く続く会社には必ずいいところがあるはずです。そこを大切にしたうえで、ある程度自分らしく好きなことを追求してもいいのかなと個人的には思います。
ーー 本日はお時間いただきありがとうございました。
- 氏名
- 乘冨 賢蔵(のりどみ けんぞう)
- 会社名
- 株式会社乗富鉄工所
- 役職
- 代表取締役