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人口2万6,000人弱の香川県小豆島。秋田工業(小豆島町)は島内を中心に70年以上土木工事業を営んできた。3代目にあたる佐々木孝代表取締役は島外から移り住んでの事業承継。しかも土木工事は全く未知の分野だったが、「地域に根ざした経営」という代々の企業精神を受け継ぎ、〝身の丈に合ったICT化〟を手に次の時代へと歩みを進める。(TOP写真:自動追尾型測量システムを使っての測量作業=小豆島町の工場建設現場)
デジタル化の時代を見据えて他分野から土木工事の世界へ
「社の来歴を調べていたら倉庫からこんなものが出てきました」。佐々木社長が色あせた古い登記通知書を見せてくれた。それによると、1952年5月に秋田耕一氏が「秋田工務所」として設立したとある。石工をしていた家系の長男で、土木会社で働いていて独立したらしい。1967年に秋田工業株式会社となり、耕一氏の長男、哲典氏が1993年に2代目社長に就任した。佐々木社長は哲典氏の長女、美穂さんの夫で、哲典氏に請われて東京から転居して2010年に入社した。
「ちょうど香川県の入札や積算など書類づくりのデジタル化が進み始めた時代。もともと職人肌の義父が新しい時代に適応する人間として、私に白羽の矢を立てたのではないかと思います」。佐々木社長はフィットネスクラブのマネジメント・運営会社に勤めていて、土木業は全く未知の世界だったが、身につけたマネジメント力を生かす場として魅力を感じて飛び込んだという。
「入ってみたら秋田工業は絶不調の時でしたが、借金はなく、義父の人柄そのまま実直・堅実な経営。まだ10年はやっていけるか、という感じでした」と佐々木社長。従業員は7人。佐々木社長も一従業員として現場で汗を流し、やがて一級土木施工管理技士などの資格も取得した。
「根が不器用で、ダンプカーやユンボの運転も苦手。現場に出るとむしろ他の従業員に迷惑をかけるくらいで、それなら仕事を取ってくる役目に徹しようと思いました」。佐々木社長が目指したのは地域ネットワークの中で信頼されることだった。「義父からも、仕事は地域に生きることの中にあると言われていました」
地域の世話役をしながら人と仕事への信頼を獲得
秋田家は地元の木庄村(現・小豆島町)では世話役的存在。哲典氏の人望は厚かった。よそから来た佐々木社長はその名跡を継がねばならない。島には島の空気があり、これまで積み重なった時間もある。住民の島への愛着も強い。佐々木社長は消防団やPTAの会長などを務めながら地域の人脈を広げ、人として、会社としての信頼を高めていった。「地元の仲間たちと話しているときに仕事の話なんてしません。それでも『家を建てるなら秋田工業に仕事させてやり』と誰かが言ってくれるようになりました」。会社の業績も持ち直している。
今、秋田工業は小豆島町の仕事を中心に、香川県や香川県広域水道企業団から請け負う道路、河川・港湾改修、水道工事といった公共事業が8割。民家や会社の外構、基礎工事などの民間事業が2割くらいの比率。だが、この2割が意外に重要だ。なければ1年のうち2、3ヶ月、従業員も資材も休業状態になる。
さまざまな分野でICT化を進める。自動追尾型測量システムで丁張り作業の手間が10分の1に
ICT化への対応を期待された佐々木社長は入社以来の14年間、さまざまな分野でICT化を進めてきた。施工管理システムや2次元図面を3次元に変換する3D施工データ変換ソフト、写真管理ソフト、クラウド。給与、会計処理関連も取締役で事務を担当する妻の美穂さんが積極的に導入を進めた。タイムカードも指紋認証方式で、いつでも勤怠管理に応用できる。
2023年に新しく加わったICT施工現場端末アプリは、その効果に目を見張ったという。
自動追尾型測量システムが端末を追尾して、正確な位置を知らせてくれる
土木工事の施工計画を立てるには、発注図を現場の複雑な地形に落とし、施工図にする作業が欠かせない。丁張りといわれる作業で、かつては糸と杭を使って角度や高さを測量して行っていた。最近はレーザー光線を使う光波測量機で光が返ってくる時間を図ることで測量することが多いが、あくまで点と点でつないでいくため、精細な図を仕上げるには出たデータを事務所で測量計算ソフトに入れ直す必要があった。
しかし、新しい自動追尾型測量システムは、あらかじめ設計図の3Dデータを読み込ませておけば、測定機を現場に設置して、連動させた端末を一人が持って現場を移動すると、100メートル先まで自動で追尾し、発注図との違い、どちらへ何センチと表示しつつ正確な位置を教えてくれる。従来は光波を発する本体と、それを受けるミラーを持つ作業員の2人が必要だったが、今は1人でできる。このデータを土木工事用CAD(製図ソフト)に入れ、施工図にする。
測量地点で数ミリの誤差があったりすると、100メートル先ではそれが数センチから数十センチの誤差になることもある。途中で少しずつ修正しながら施工していかなければならないため、最初の正確な測量はありがたいという。
「ベテラン作業員一人以上の働きをしてくれる」
実際にこのアプリを現場で使っている来(らい)則和管理部長は「位置出しや法面の切り方などが正確にわかり、ベテラン作業員一人以上の働きをしてくれる」と話す。
これまでは、道路や川の工事でカーブがあり、何ヶ所かの地点で位置を出す必要があったりすると、多い時で1日4、5回作業を中断して現場から本社へ帰り、測量した数値を測量計算ソフトに入れて紙で印刷、それを持って現場へ戻るというようなこともあったが、このアプリは正確に変更図を描いてくれるのでそんな必要がなくなった。
「手間はざっと10分の1くらいになったのではないでしょうか。ストレスがなくなった。いいものを導入してもらえたと喜んでいます」と来管理部長。秋田工業には現在、ベトナムからの技能実習生が2人来ているが、日本語が十分でない彼らでも簡単に使うことができるという。
基礎づくり作業が圧倒的にスピードアップ
かつては発注図と現場の姿の誤差は自分で計算して出していたが、今は発注図と比べてプラス何センチなどと細かく出るのでわかりやすい。「土木工事は地面を削ったり埋め戻したりする床堀りと法面づくりが重要です。基礎がいいかげんだと、その上にできるものがすべて狂ってくる。その基礎づくりが圧倒的にスピードアップできるようになりました」と、佐々木社長。「ただその分、初期データを作る作業が慎重かつ能力のいる重要な仕事となってきます」という。
今は、3、4日かけて初期データを入力している。図面を解読し、現場での作業をイメージしながら入力しているからだ。安全管理をどうする、どうやってダンプカーを付けるか、ユンボの動線は、交通誘導員はどう配置するか……すでに工事は始まっている。
「職人の目」にも信頼を置きながら
「新しもの好き」を自認する佐々木社長だが、その一方で大きな信頼を置いているのは「職人の目」だ。例えば、初期データの入力が違っていて、そのまま作業が進んでいたとしても優れた職人なら現場の状態を見て「これはちょっとおかしい」と気付いてくれる。実際に下請けで入った仕事でそんな例があったといい、気づくのが遅れて、コンクリートを打った後だったら大変だった。
重機を遠隔操作できるマシンガイダンスなど、さらに進んだICT化はあるが、佐々木社長は「身の丈に合ったICT」を考えている。「小規模の工事では地形も細かく複雑なものが多く、ICT任せの作業は難しい。AIやドローンなどの進化で将来どうなるかわかりませんが、やはり最後は人の手が大切だと思います」(佐々木社長)
「一離島の限られた地域でこれまで仕事をしてきましたが、会社を持続的に経営していくには別の業態も考える必要があるかもしれません」。佐々木社長の胸の内には新たな事業展開への夢が芽生えているようだ。具体的な姿はまだだが、その新たな事業でもまた、別の形でICTが力を与えてくれることになりそうだ。
企業概要
会社名 | 秋田工業株式会社 |
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住所 | 香川県小豆郡小豆島町木庄甲255番地 |
電話 | 0879-82-0636 |
設立 | 1952年5月1日 |
従業員数 | 7人 |
事業内容 | 土木工事、水道施工、解体工事 |